ラトザール物語

 

 

第七話                五つの試練(その三)

 

 次の標的は性の長老だった。名前からしてろくでもなさそうな感じだが、その分攻め易そうな気がした。メルフィーヌも自分の美貌には十分自信があった。ここまできて後に引くわけにはいかないのだ。覚悟を決めて、彼女は一人で門を叩いた。今回だけは、ラピは連れてこなかった。

 彼女はまずその屋敷の小間使いの衣装にびっくりした。すけすけの薄布の下に例の上下に分かれた下着がはっきりと見える。もちろん、体の線は丸見えだった。下男の衣装も似たようなものだ。メルフィーヌは、思わず顔を赤くした。出来ることならこのまま逃げだしたかった。でも、それは出来ない。応接室でメルフィーヌを出迎えたのは痩せた白髪の老人だった。

 メルフィーヌの話を聞きながら、長老はニヤニヤして彼女を物色しているようだった。メルフィーヌは、悪い予感をおぼえた。その予感は当たった。長老が要求した条件は、男と女の本来あるべき関係を共に追求することだった。そのために寝室を用意しているという。生き物の本来の姿がどうのと、小難しい事ばかり言っているようで、その実、中身は結局それだけなのだ。メルフィーヌは、老人のひからびた指が彼女の肌をなぞる様子を想像しただけで思わず寒気がした。

 「どうした? 断わるなら今のうちだぞ。」

 長老は薄ら笑いを浮かべながらそう言った。

 メルフィーヌは、思いきって頭を下げて、相手の目を見ずに言った。

 「お供させていただきます。」

 寝室に入り、メルフィーヌは服を脱ぎ、下着のみの姿になった。エルドール式の胸と腰の一部のみを覆う布切れだ。ここにくるために着けてきたのだ。これくらいの事で許してもらえるのではないかという期待もあった。

 「ほほーう。これは、また美しい。見事な体じゃ。ラトザールには美女が多いという噂は本当らしいのう。ほッ、ほッ、ほッ。」

 長老は、いきなり裸になり、その骨の浮いた体をさらした。

 「ほれ、もっとこうすぱっと脱がぬか。ほれ、ほれ、このようにの。」

 長老は、メルフィーヌの目の前で腰を揺すって見せている。これが、人々の尊敬厚い長老の姿であろうか。メルフィーヌは、失望を感じた。ラトザールからここまで必死の思いで辿りついた自分が馬鹿みたいだった。

 「男と女の関係を追及するのであろう。そのように恥ずかしがっていては、始まるまい。」

 「でも、物事には順序というものがあります。今日初めて会ったばかりでは・・・」

 「ええい、そのような悠長な事を言っておる場合ではなかろう。援軍が欲しいのではないのか? ならば、手っ取り早くわかりあおうではないか。」

 そんな二人の姿を部屋の外から隙間ごしに見ている男がいた。

 「シュンスケさま、覗き見はいけませんよ。」

 男が振り返ると、女が一人立っている。やはり、すけすけの薄布を着ている。

 「覗き見ではありません。心配なのです、長老の身にもしものことがあればと。あのメルフィーヌとかいう女の真意、図りかねるものがあります。長老も長老です。サヤカどのにまで、このような恥ずかしい姿をさせて。一体、何を考えておられるのか。」

 そう言って、彼は、相手の女の姿から目を逸らした。

 「長老には、長老のお考えがおありでしょう。私たちのあずかり知らぬことです。それに、結構お似合いですよ。シュンスケさま。」

 その時、部屋の中で、ぱしっという大きな音がした。メルフィーヌがしつこく迫る長老の頬に思い切り平手打ちを食らわしたのだ。長老は、もんどりうってベッドの上に倒れた。

 「あ・・・、ごめんなさい。わたし、つい・・・」

 メルフィーヌは、長老を助け起こそうとした。シュンスケとサヤカは部屋の中に飛び込んでいた。シュンスケがメルフィーヌをとり押さえようとする。長老は、眼でそれを制しながら身を起こし、素早く立ち上がった。

 「ラトザールの意気。しかと見せていただいたぞ。勇者メルフィーヌよ。」

 長老は、近くの机の引き出しから小さな箱を取り出した。長老の印だ。

 「これを持って行きなされ、この続きはラトザールに平和が戻ってからにでも、ゆっくりと愉しませてもらうぞよ。長生きは、してみるものじゃのう。ほッ、ほッ、ほッ。」

 三人の前に立ち、素っ裸で笑う長老の姿は滑稽に見えた。事実、少しばつが悪そうだった。

 メルフィーヌが、性の長老の屋敷を出ると、そこにラピが待ち構えていた。メルフィーヌは少しぎょっとした。

 「おねえ。ここの長老とやっちゃったの?」

 ラピは、非難するような目で見ている。

 「何もしてないわよ。ちょっと試されただけ。ほら、この通り。」

 メルフィーヌは、長老の印を見せた。

 「本当に?」

 ラピは、疑っているようだ。

 「おねえは、少し尻軽なところがあるから、おいら心配さ。」

 「生意気な口をきくもんじゃないわ。おチビさん。さあ、帰って次の作戦を立てましょう。」

 メルフィーヌは、ラピをせかして、長老の屋敷を後にした。

 メルフィーヌを送り出した後の寝室で、シュンスケは、長老の前に片膝をついた。

 「シュンスケ。サヤカ。もうそのような格好は不用じゃぞ。皆の者にも伝えい。平常の服装に戻ってもよいとな。」

 長老は、そう言った。

 「長老。本当にあのようなことで。あのメルフィーヌとやらの真意、確かめることが出来たのでしょうか?」

 シュンスケは、そう言って、長老を見上げた。

 「“あのようなこと”とはなんじゃ。おぬし、全部見ておったのか? このむっつりすけべめが。ほッ、ほッ、ほッ。」

 「・・・おそれながら。不安になりましたので。」

 「確かめられるわけがなかろう。」

 長老は平然と、そう言い放った。

 「それでは、なぜ大切な印を渡してしまわれたのです?」

 シュンスケは、恐い表情で詰め寄った。

 「わしは、美しいものが好きなのじゃ。ただ、それだけのことよ。おぬしにはわかるまいな。若い、若い。ほッ、ほッ、ほッ、ほッ、ほッ。」

 長老は、高らかに笑った。

 

 長老の印もあと二つ。でも、その両方ともメルフィーヌには苦手に思えた。知と理。知識、記述、理論、秩序。どれもメルフィーヌには縁遠いものばかりだ。頭が痛くなりそうだった。もちろん、後には引けない。まず、知の長老の門を叩いた。“知”の試練だ。

 知の長老は、書物を山と積んだ部屋で、メルフィーヌとラピを迎えた。長老は、いろんな事を根掘り葉掘り尋ねた。メルフィーヌは生い立ちからここへ到る経過まで洗いざらいしゃべらされた。ガランカとの出会い、そして、その死、エドガーやルーイのことまで。ラピも同様だった。王子ダンの非業の最期のくだりに到るころには頬を涙が濡らしていた。話が一段落すると、長老は腰を上げた。さあ、どんな試練がもたらされるのか。メルフィーヌは、身の引き締まる思いがした。

 「確か、この辺じゃったがの。」

 長老は書物の山をあさり始めた。なんだろう? 書物に関することだろうか。メルフィーヌは、大の書物嫌いだ。読んでるとすぐ眠くなるのだ。古代の書物の内容に関する質問だったりしたら、お手上げだ。ラピも頼りにはなるまい。

 「これじゃ、これじゃ。」

 長老は、ほこりだらけの小箱を取り出した。

 「さあ、この印を持って行きなされ。わしが持っていてもつまらぬ物じゃ。」

 呆っ気にとられているメルフィーヌを見て、長老が言った。

 「エドガー=ハートン殿は、わしの大切な客人。このわしの先生と仰ぐお人じゃ。そのハートン殿よりすでに一年前、ラトザールへの援軍の要請をことづかっておったのじゃ。そなたがハートン殿に会ったことがあり、また、仲間のルーイ=ポワイエ殿とも親しくしておりなさったとあれば、何を疑うことがあろう。わしの方から頼んででも持って行ってもらいたいほどじゃ。」

 そう言って、長老は、メルフィーヌの手に印を渡した。

 「ハートン殿より連絡が途絶えて、早、一年。きっと、どこかで難儀をしておいでじゃ。ガランカ=サミエ殿まですでにこの世に無いとあれば、ラトザールに頼る人とてあるまい。どうかハートン先生の力になってくだされ。頼みましたぞ。」

 メルフィーヌの手を両手で握りしめて、そう言った。

 「ところで、最後に残ったのは理の印のみじゃな?」

 メルフィーヌは、うなずいた。

 「一つだけ言っておこう。理の長老の前では決して、ハートン殿の名を出してはならぬ。あの長老は、ハートン殿をいたく嫌っておる。よいな。さあ、行きなされ。幸運を祈っておるぞ。」

 長老は、それ以上は言わず、メルフィーヌとラピを送り出した。

 しばらくして、再び知の長老の門を叩く者があった。長旅の果てといった様子。とてつもない大男だ。長老はひどく驚いた様子で彼を奥の部屋に通した。

 

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