ラトザール物語

 

 

第八話        軍師(その二)

 

 エダマ=ルンカは、その翌日、日が暮れてから、便所騒ぎの噂を聞いて彼の執務室に、シャール=ザマを呼び出した。

 「シュンラ=リスレンから、ハートン一味の居場所を聞き出せと命令したはずだが、まだか?」

 明らかに機嫌が悪い。

 「思ったより強情な女でありまして。いま、しばらくのご猶予を・・・」

 シャールは、うやうやしく馬鹿丁寧に頭を下げた。

 「ならぬ! そちは、十三年前の恨みから、私的復讐にのみ走り、肝心な情報の引出しに手を抜いている様子。そんな悠長な事をしている場合ではあるまい。その上、もしも、自殺などして果てられたらどうする。折角掴んだハートンの手がかりも絶えてしまうではないか。」

 「されど、あの女は、自殺して果てるなどというかわいらしい精神構造を持った玉にはございません。ご安心のほど。」

 「そのような問題ではない! エルドールの動きが掴めぬいま、事は急を要するのだ。私情を捨て、一刻も早くハートン一味の居場所をつきとめよ。よいな!」

 この様子だと、エダマは、ゼーダから相当の圧力を受けているらしい。シャールは、そう思った。中間管理職の辛さといったところか。シャールは、型通りの返事を残して退出した。

 

 魔法使いのシャールは、兵士を引き連れて、石造りの牢獄へと入った。シュンラは昨夜の姿のままだ。眠っているのか、起きているのか、あるいは気を失っているのか。ぴくりとも動かない。鼻をつく悪臭が部屋中に満ちている。シャールは、兵士に命じ、エルフの頭からざんぶりと桶の水を浴びせさせた。

 「なあ、シュンラよ。」

 シャールは、シュンラの頬に手をやって、語りかけるように言った。

 「おれとおまえは古い仲じゃないかね。お互い、腹の中はわかっているはずだ。おれの性格は知っていよう。これ以上強情を張っても無駄だぜ。取引をしようじゃないか。エドガーの現在地についてのどんな情報でもいい、教えてくれたら楽にしてやろう。運が良ければ、エドガーをおびき寄せる餌として生き長らえることも出来るかもしれないぜ。あたまの良いおまえさんのことだ。どちらが得か、すぐにわかるだろう?」

 そう言って、少女の裸体に残る痛々しい傷跡を優しく撫でた。

 「かわいそうに。おれは、悲しいよ。昔馴染みのおまえさんにこんなひどい仕打ちをしなきゃいけないなんてな。な、楽になれよ。もうこれ以上おれを悲しませないでくれよ。」

 シュンラは、顔をそむけたまま、無表情、何も言わない。

 「それとも、なにかい? おまえさん、まだ、この状況から逃げ出せるとでも思っているのかい? 無駄なんだよ。無駄。いつから、おまえさんそんなにあたま悪くなっちまったんだい。」

 シャールは、懐から一個の鍵を取り出した。

 「ここに鍵がある。おまえさんを縛っている鉄の輪を外す鍵だ。」

 シュンラは、初めてチラリと振り返った。シャールの顔に微かな笑いが浮かぶ。

 「たとえば、この鍵でおまえさんの左腕を自由にしたとする。そうしたら、おまえさん逃げられるかい。」

 そう言いながら、シャールは、本当に鍵を外し、シュンラの左腕を自由にした。そして、その左腕を自分の手にとり、撫でまわした。

 「ところが、逃げられないんだよな。何故なら、この腕はいま切り落とされてしまうからなんだよ。」

 シュンラは、シャールをにらんだ。一人の兵士が横に立ち、斧を振り上げた。

 「こんなきれいな腕が切り落とされてしまうなんて悲しいよな。脅しだと思ってるのかい? でも、本当なんだよな。」

 そう言い終わるが早いか、斧が振り下ろされた。シュンラの左腕は言葉通りに切り落とされて石の床の上に転がった。鮮血が吹き上げる。シュンラの絶叫。シャールは、高らかに笑い始めた。

 「止血をしろ。殺すな。」

 早口で、そう兵士たちに指図した。

 「明日は、右腕だ。その次は、足。早く喋って楽になることだな。喋るまでは毎日、おまえさんの美しい体の一部を切り落としてやる。」

 そう言って、また笑った。シャールは、シュンラの腕を床から拾い上げた。

 「ついさっきまで血の通って動くことも出来たこの腕も、今じゃ、ただの肉の塊だ。ほれ、可愛い子ちゃんよ、落し物だぜ。おまえさんの物だろう。」

 そう言って、シュンラの顔に近づけた。シュンラは、蒼白な顔にものすごい形相を浮かべて、シャールをにらみ返した。

 「犬の餌にでもしろ。」

 そう言って、後ろの兵士に無造作に腕を放った。

 一しきり笑いやむと、シャールは、兵士たちを引き連れて部屋を出て行こうとした。そのとき、背後でシュンラの声が聞こえた。

 「シャール・・・」

 シャールは、立ち止まった。

 「なんだ? やっと喋る気になったのか?」

 「シャール、用心深いおまえでも、失敗をすることがあるんだね。」

 シュンラは、そう言って、血の気の無い顔に微かに笑みを浮かべている。シャールは一瞬、背筋が寒くなるのを感じた。どうしたのだろう。まさか、気が触れたのではあるまいな。そう思った。しかし、その時は、さして気にも止めずに、見張りの者に何事か注意を言いつけ部屋を出て行った。

 

 シュンラの腕を渡された男は、その腕の処分に困った。犬の餌にという命令だったがこんな物を厨房に持ち込むわけにもゆかず、持ちまわっていてそれほど気色の良い物でもない。通りがかった場所のごみ箱に捨てて、あとは関せずと、そのまま立ち去ってしまった。

 

 シャールは、この王宮の中に自分の部屋を与えられていた。その部屋に帰ってからも、シュンラの最後の言葉が頭について離れなかった。失敗とはなにを意味するのか。持ち前の用心深さから、彼は考え込んでいた。

 

 シュンラは、部屋の中の見張り役の男の顔を見た。それは、昨夜、彼女の体を慰み物にした男の一人だ。シャールは、昨日も、今日も、この部屋の中の見張りに何事かことづけていった。しかも、その見張り役は、部屋の外にいる二人と交代制になっており、決して、その場を離れることはない。何か大事な物を守っているに違いない。シャールにとっていま一番大事な物、それは、シュンラの魔力を封じる結界だ。この結界は自然の力を利用したものではない。特殊な結界とシャールも言っていた。あの機械仕掛の怪物と同じ音。その本体は、この部屋の入口にある。ともすれば疲労と激痛に薄れがちになるシュンラの意識の底をそんな考えがつらつらと行き交っていた。

 シュンラは、目を閉じた。シャールよ、我に与えし数々の屈辱、その身をもって償え! 心の中でそう呟く。切り落とされた腕の根元がずきずきと痛む。我が肉体の一部、我が左腕よ、我はここにある・・・。シュンラは念じた。

 シャールは、まだ考え込んでいた。飾り気のない質素な部屋の中を早足でぐるぐると歩き回った。あの結界がある限りシュンラには手も足も出せないはずなのだ。“手も足も”! シャールは、雷に撃たれたように跳び上がった。腕だ! シュンラの腕は、いま結界の外にある!

 彼は、転がるように部屋から飛び出し、手当り次第に辺りの兵士にシュンラの腕の所在を聞き回った。尋ねられた兵士たちは、いぶかしげに首を横に振るのみであった。

 

 一匹の猫が、その臭いをかぎつけた。猫はごみ箱の上に飛び移った。中に美味しそうな骨付きの肉を見つけた。猫は、その肉に飛びついた。ぎゃっつ! 悲鳴とともに猫は首の骨を折られ死んだ。

 シュンラは、部屋の入口に目を向けた。部屋の外で物音がする。見張りの男は何気なく外に首を出し、二人の男が倒れているのを発見した。彼は、何者かに足を掴まれ悲鳴を上げ、そのまま足首の骨を砕かれて床に転がった。それは、一本の腕だった。指先が青白い光りに包まれる。一瞬の閃光。シュンラの監禁されている部屋の入口は、ドアごと吹き飛ばされた。耳障りなうなり声が消えた。結界が破れたのだ。シュンラの髪が逆立ち、パリパリと放電した。シュンラの体を捕らえていた鉄の輪が白熱し飴玉のようにぐにゃりと溶け落ちた。シュンラは、自分の左腕を拾い上げた。もとの場所におさめ、治療の呪文を唱える。

 “MACURE”

 シュンラは、足元を這いずりながら逃げすざろうとする男をにらみつけ、その胸板を踏み抜いて殺した。突然起こった異常事態に駆けつけて来た兵士たちの大半は、シュンラの姿を見ることもなく死んだ。シュンラは、生き残った兵士の首を掴み、片手で喉輪を食わせ、そのまま空中に吊り上げた。

 「シャールは、どこ?」

 男は手足をばたつかせてもがいた。必死に声を上げようとするが、喉を絞められているため口をぱくつかせるのみである。

 「手で差し示せ!」

 男の指が震えながら、王宮の奥を差した。その次の瞬間、男は壁に頭を砕かれて死んだ。シュンラは、剣を拾い上げた。大勢の兵士たちが押し寄せてくる。シュンラは、その群れの中に駆け込んだ。シュンラの剣が舞い、たちまち、死体の山が築かれた。

 「シャール!」

 兵士の群れの中に、シャールの姿を見つけた。シュンラは、血の海の中、死体を踏みすえて、キッと立ち止まった。シュンラの天を突かんばかりに逆立つ髪。その長身のしなやかな裸の体を伸び上がらせ、片手を振り上げて魔法の呪文を唱える。“TERAGNAMITE”

 巨大な火球が空間に出現し、広間を飲み込んだ。激しい閃光と爆風。兵士たちの姿は、跡形もなく消し飛んだ。床と天井に大きな穴が開き、石の柱が一つ残らずなぎ倒されている。あちらこちらの壁に兵士たちの残骸が張り付いている。シュンラは、天井に開いた穴を見上げた。星が見える。

 「ちッ! あい変わらず、逃げ足の早い奴。」

 シャールをとり逃がしてしまったのだ。しかし、かなりの傷を負わせたはず。当分の間、追跡しては来られまい。シュンラは、そう思った。ぐずぐずしていると、また、あの機械仕掛の怪物がやってくるに違いない。今の体ではあいつらに対して、到底、勝ち目はない。

 シュンラは、天井の穴の上に身を躍らせた。城壁から城壁へと飛びわたり、ついにカトマールを脱出した。

 

 仮造りの野営地で、エドガーは、目を覚ました。四人の仲間が仮眠をとっていた。ニンジャのサスケは、エドガーの枕元に膝をつき身を屈めていた。

 「先ほど、カトマールの王宮に魔法の火の手が上がり、追っ手の者が出ました。シュンラ殿が無事脱出した模様です。」

 「そうか。ダルマ老のもとに身を寄せるよう、伝えてくれ。」

 エドガーが、そう言った。サスケは短い返事を残し闇の中に消えた。

 「シュンラが、脱出したって、どういうこと?」

 ルーイが、その短い会話を聞いていたのだ。ルーイは、エドガーにつめ寄った。

 「シュンラは、ぼくの警告を無視し、シャールの張った罠にかかり、カトマールに連れ去られていたのだ。でも、もう脱出した。」

 エドガーは、起き上がり、一度、大きく背伸びをした。

 「捕まったって、いつの話?」

 ルーイの顔色が変わる。

 「三日前になるな。」

 「どうして、知ってて助けに行かなかったの?」

 ルーイは、エドガーの衿がみを掴んだ。

 「それこそ、シャールの思う壷だからだ。それに、ぼくはあの子を信じていたしね。」

 エドガーは、ルーイの手を静かに振り解いた。

 「シュンラ、何をされたんだろう・・・」

 ルーイの唇が震えている。

 「歓迎されていたわけじゃないだろうね。カトマールにはシャールがいる。奴は、ぼくを、大層、憎んでいるそうだからね。」

 ルーイは、ぷいと顔をそむけ、早足で歩きだした。

 「ルーイ! どこに行く?」

 エドガーが、ルーイの腕を掴んだ。

 「シャールを殺す。」

 ルーイは、振り返らずにそう言った。その横顔にエドガーの平手打ちが飛んだ。

 「これ以上、ぼくに、いらない心配をさせる気か?」

 エドガーが、珍しく声を荒げた。ルーイは、振り返り、エドガーをきっとにらんだ。唇を噛みしめ、その頬に涙が光っている。

 「きみがシュンラの失踪について責任を感じているのは知っている。でも、あの子はきみなんかよりずっと大人だよ。いまは、堪えるんだ。そのうち、きっとカトマールに連れていってやる。約束だ。」

 エドガーは、諭すようにそう言った。ルーイは、エドガーの肩に額をついて泣いた。エドガーは、少年の柔らかな髪を撫でた。

 

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