ラトザール物語

 

 

第九話              勝利の女神(その三)

 

 ハーピーは、人間の女性の上半身に鳥の下半身、そして、背中に大きな翼を有する魔物である。長時間の飛行能力とある程度の知能を持っているため、遠く離れた場所の間での連絡員として活躍することもある。その気性は極めて凶暴で、特に若い男の子の肉を好んで、足の大きな爪で引き裂き食べるといわれる。村や町で男の子が神隠しに遭うと、決って、ハーピーの仕業だと噂されるのだ。

 カトマールの王宮の塔に一羽のハーピーが舞い降りた。ハーピーは、鳥とも人間ともつかないかん高い鳴き声を発して翼をばさばさとはばたかせている。

 「きれいな魔物ね。」

 ヨーコは、王宮の一室の窓からハーピーを見ていた。彼女は、隣の男を振り返り同意を求めた。男の名はゴロウ。ヨーコの守役として、魔法使いのシャール=ザマによって選ばれた男である。

 「ゴロウ、あなた、あの魔物と交わりを結ぶ勇気がある?」

 ヨーコは、宮廷の女官服に身を包み、窓にその体をもたせかけていた。ゴロウの顔を試すような目で見ている。

 「さあね。でも、あそこを食いちぎられたら困るだろうな。」

 ゴロウは、そう言って、髭の下でニヤリと笑った。

 塔の上に登ってきた兵士たちを、ハーピーは、金色の目でにらんだ。さらにかん高い叫び声とともに、その羽で風を巻き起こした。そして、金属製の筒状の物を兵士に向けて投げ捨てるように放り出すと、そのまま飛び去った。

 エダマ=ルンカは、彼の執務室で、一人の衛兵から報告を受けた。一通の手紙が差し出される。ハーピーの運んできたものだ。エルドールとの軍事境界線の警備にあたっている小隊からの知らせだった。

 エダマは、予期せぬ知らせの内容に顔色を変え立ち上がった。そして、手紙を手にしたまま、ふらふらと部屋の中を歩きだした。エルドール防衛軍の突然の動きを知らせる手紙だった。すでに、カトマールへ向けて進軍を開始したという。至急、増援を乞うとその手紙は語っていた。

 「シャールを呼べ!」

 エダマは、衛兵に向けて叫んだ。

 

 夜半過ぎ、エルドールの南に位置する小さな漁港の沖合に、一つの黒い影が現れた。それは、外洋船だった。一隻の小船が岸に向かって漕ぎ出し、黒い外洋船は闇の中にその姿を消した。海岸に着いた小船からは、三人の男が上陸した。二人の大男が、一人の男を護衛するように両側からぴったりとつき従っている。

 海岸の小屋から、灯が一つ揺れながら近づいてきた。背を丸めた老人だ。

 「キャプテングランですね?」

 老人が、そう尋ねた。

 「あなたは?」

 まん中の男が、尋ね返した。二人の大男が間に割って入る。

 「私は、マスターゼーダのしもべ。JR34キークです。」

 老人は、そう言って、自分の胸を開き、そこに記された小さな模様を見せた。まん中の男の差し出した記章の印と老人の模様は、手燭の揺れる明りの中で、正確に一致した。

 「お待ちしておりました。キャプテングラン。カトマールまでは、私のせがれに案内させましょう。さあ、どうぞこちらへ。馬を用意しております。」

 老人は、先に立って夜道を歩き出した。

 

 サンの砦には二百人の精鋭部隊が残された。砦の人々を魔物の残党から守り、食糧を集めたり、連絡をとりあったりするのを護衛するためだった。その他にも、負傷兵は砦に残り治療を受けることになった。明朝には、エルドール防衛軍とサンの砦の志願兵からなる連合軍が、次の砦、ベルに向けて行軍を開始していた。連合軍指令官メルフィーヌは、ひたすら行軍を急がせた。彼女の脳裏には、スラニの砦に残してきた二人の子供と、仲間たちの事があった。スラニの砦はカトマールのさらに西にあるのだ。

 途中、何度か魔物の群れに遭遇したが、全て、エルドールの精鋭軽騎兵部隊によって追い散らされた。彼らは威力の強い弓を馬上から器用に使っていた。魔物たちは、近くの洞窟へと逃げ込んだ。メルフィーヌは、魔物の逃げ込んだ洞窟の口を火薬で爆破させ、エルドールから連れてきた魔法使いに魔物よけの結界を張らせた。これで当分の間、再び地上に現れることはないはずだ。

 その日のうちにベルの砦は、解放された。メルフィーヌは、ここでも有志を募った。そうして、五日の間に四っつ砦が解放された。メルフィーヌの指揮下にはすでに一万人を超える兵士が集まっていた。中には魔の手を逃れカトマールを身一つで脱出してきていた国王正規軍の兵士も多数含まれていた。彼らは、今まで、砦の民衆を魔物から守ために戦っていたのだ。それら、かつてのブルーノの兵士たちも皆、メルフィーヌの指揮下に合流した。

 しかし、半数以上が生まれて初めて武器を持った農民たちからなる混成軍隊であるため、すでに急行軍の弊害がいろいろと出初めていた。途中で脱落する者もあった。そのため、エルドールを出て十日目にして、メルフィーヌは、新参者の訓練と全軍の休養のため、高台に陣地を築き行軍を一時中断した。カトマールの軍勢の動きも気になった。カトマールが黙って、見ているはずはなかった。そこで、何人かの物見が放たれた。

 ガランカは、常にメルフィーヌの側にいて、彼女を補佐していた。軍隊の運営については、ガランカに教えられることが多かった。また、ブルーノの古参兵たちも親衛隊筆頭組頭ガランカの言うことには素直に従った。メルフィーヌが、最も頭を痛めたのは、エルドールの防衛軍兵士とラトザールの民兵の間の関係だった。何度か喧嘩騒ぎも起こった。そのため、エルドールの兵士一人一人を教育係としてそれぞれに新参兵を数人ずつ配属させ、軍隊の訓練を行わせた。訓練を通じてエルドールとラトザールの民同士の友好を深めようとしたのだ。メルフィーヌのカトマールでの修行の経験がここで大いに役に立った。

 夜になると、エルドールからつき従ってきた将校十数人とブルーノの古参兵の中から何人かを選び、部隊長に任命し、慰労の宴を張った。各人に、これまでの戦功に対する報償の金が、メルフィーヌの手から渡された。メルフィーヌの横にはガランカが剣を手に起立していたため、誰一人、美しい女指令官に冗談を言ったり、からんだりする者はいなかった。そのガランカも副将として、メルフィーヌの手から賞金の入った袋を恭しく受け取った。

 メルフィーヌは、席を立ち、しばらくして数人の侍女を従えて、肌も露な舞姫の衣装で宴席に現れた。固い宴の雰囲気を和らげようとしてのメルフィーヌの機転だ。侍女は、砦で仕官した女性たちだった。

 呆っ気にとられる将校たちの前で、メルフィーヌは、一席の舞を披露した。すぐに将校たちも浮かれ出し、手拍子を打ったり、囃し立てたりした。侍女の奏でる音楽に合わせて、メルフィーヌは舞った。胸元が大きく開き、腰の曲線を強調した衣装が誘うように揺れた。さすがにガランカは、顔色が変わったが、黙って起立したままだった。メルフィーヌの舞い姿はあまりにも魅力的だった。額を紗で覆い、長い黒髪を真珠で飾り、頬に紅をさし、手に持った輪を打ち鳴らしながら舞い続けた。

 将校たちは口々にメルフィーヌの舞を褒めそやし、祝辞を述べた。そこで、ガランカが進み出た。

 「指令官閣下が率先して見本を示された。さあ、各々方、それぞれ得意の芸を披露していただきましょう。」

 そう大きな声で言って、居並ぶ将校たちを見まわした。

 初めに指名された将校は、頭を掻いたが、高まる拍手の中で立ち上がった。ついに宴席は隠し芸大会へと流れ込んだ。一席ごとに笑いが沸き起こり、宴は夜遅くまで続いた。

 「君のその突発的な行動というのは、単なる思い付きだけでやってるのかい。それとも、ちゃんと計算された上でのものかい?」

 指令官用の天幕の中に二人きりになるとガランカが、そう尋ねた。

 「思い付きだけじゃないと思うけど、計算してるわけでもないわね。そうね、どちらかと言えば、思い付きの方かしら。どうしたのよ? へんなことをきく人ね。」

 メルフィーヌは、笑って答えた。

 「もう二度と人前であんな挑発的な格好をしないと言ってくれ。言うだけでいいんだ。これは、メルフィーヌ閣下ではなく、俺の妻、メルフィーヌ=サミエへのお願いだ。」

 「さっきの事、怒ってるの?」

 メルフィーヌは、ガランカの顔を覗き込んだ。

 「そうじゃない。ただ、俺は、誰もが憧れる美人指令官の夫としてのこの好運を味わっていたいだけなんだ。」

 そう言って、ガランカは、メルフィーヌの豊かな乳房を衣の上から揉んだ。

 「例えば、こんなことが出来るのは、俺だけだってね。そう信じていられるだけでいいんだ。」

 ガランカの言葉に、メルフィーヌは、くすくすと笑った。ガランカの手の下で彼女の胸が揺れる。

 「へんな人。こんなことをするのは、あなたしかいないに決ってるじゃない。」

 メルフィーヌは、そう言って、ガランカの太い腰に手をかけた。

 

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