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ラトザール物語
第九話 勝利の女神(その四)
カトマール城内の兵士たちは、すでに、出陣の準備を終えていた。エダマは、執務室にシャール=ザマを呼び出した。シャールは、相変わらずぼろ布をまとった姿で現れた。シュンラに受けた傷は治癒しているようだ。 「すでに将兵たちの出陣の支度は万端整うておるというのに、将軍たる、そなたからの報告がまだというのは、どういうことじゃ。いつまで、そんな汚いぼろ布を被っておるつもりじゃ。」 エダマは、そう詰問した。 「されど、魔法使いが将軍に任命されるなどという話、聞いたことがありません。しかも、ハートンたちの処置もまだ・・・」 シャールのくぐもるような声をエダマが中断した。 「ええい! まだそのような愚痴を申すか。そなたが行かずして、誰が行くのじゃ。このわしの期待を裏切ってくれるでない。それを、所詮、数人の勢力に過ぎぬハートンどもに対する防備をあげて、数千人のエルドール軍よりも優先させようという気か。」 エダマのかん高い叫び声が響きわたる。ブルーノの旧臣であった将軍たちは、大臣たち同様、すでにエダマの命令により殺されていた。今や、カトマールには兵士はいるが、それを率いる指令官がいないという現状だった。そこで、シャールに白羽の矢がたてられたのだ。シャールには、かつて、魔王アーサーとともに魔物の軍団を指揮した経歴がある。 「今すぐに出陣して、エルドールの軍勢を撃ち破ってまいれ!」 エダマは、シャールの頭から怒鳴りつけるようにそう言った。シャールは、しゃがれ声を懸命にしぼり出し反論した。 「そのエルドールの軍、私の手の者の調べによりますと、これまで魔物相手に連戦連勝を重ね、その勢い当たらからざるべきものがあります。彼らは、故郷を離れて戦っている軍隊。決死の覚悟がありましょう。いま叩くは明らかに不利です。ここは、カトマールの城壁をもって、持久戦に持ち込むのが最も得策かと思われますが。」 「そんな臆病者の意見など聞き飽きた! 明日の朝までに出陣せよ! これは命令じゃ。背けば、そちの首、無いものと思え。」 エダマは、そう言って、シャールを部屋から追い出した。続いて、部隊長たちが個別に執務室に呼ばれ、各々、何事か秘密の策を与えられた。エダマの話にみんな呆っ気にとられた様子であったが、命令とあればと、服従を誓った。 「これでよいのかな? キャプテン・グラン。」 部隊長全員に話をつけ終わると、エダマは、振り返った。いつの間にか、部屋の隅に三人の男がいた。 「上出来です。エダマ殿。あの魔法使いめにはくれぐれも策の洩れぬよう、内密にお願いしますよ。秘策は、洩れぬをもって上策となすといいますからね。」 そう答えたキャプテン・グランは、異常に高い鷲鼻に赤毛の男だった。彼の後ろにはがっしりとした体格の大男が二人、無言で立っていた。 その翌朝、シャール=ザマを大将とする一万人余りの軍勢がカトマールを後に東へと進軍を開始した。 シャールは、いつものぼろ布を真新しい将軍用の衣装に着替えての出陣だった。しかし、坊具や武器の類は身につけていなかった。魔法使いとしての彼のプライドがそれを許さないのだ。シャールは、今回の出陣にはどうしても気が乗らなかった。何か不吉な予感があるのだ。カトマールを離れることによって、エドガーの報復に曝される危険が増えることも気懸かりだった。シャールのシュンラに対する仕打ちを、エドガーは決して忘れはすまい。
物見の者がカトマール軍の来襲を告げたのは、高台に陣を張って三日目のことだった。メルフィーヌは、全軍に戦闘配置を指令した。カトマール軍はおよそ一万、二手に分かれて行軍中だという。メルフィーヌにとって初めて出会う強敵だった。これまでの魔物相手の戦いとはわけが違う。全軍に緊張がみなぎった。その翌日、地を覆うような黒装束の鎧武者の大群が現れた。カトマール王室の旗が風に揺れているのが見える。カトマールの正規軍だ。メルフィーヌは、櫓の上からその様子を眺めていた。 「奴らは、逆賊エダマ=ルンカに率いられし賊軍。ラトザールの民を救うために立ち上がった我らこそ、正義の軍である!」 メルフィーヌが、叫んだ。彼女の号令一下、轟音が響いた。エルドールから運んできた大砲と呼ばれる新兵器である。火薬の爆発力を利用して鉄製の玉を飛ばす武器であり、石弓よりもはるかに強い破壊力を持っている。カトマールの陣内に数本の土煙が上がる。たちまち、カトマール軍は、怯み始めた。 「突撃!」 メルフィーヌは、櫓の上でアスランの杖を振りかざした。合図の太鼓が打ち鳴らされる。エルドール、ラトザール連合軍は猛然と突進した。メルフィーヌも、戦闘用馬車に乗り、後に続いた。 白兵戦になったところで、横あいから迂回してきたエルドールの軽騎兵部隊が襲いかかった。カトマール軍はすぐに戦陣を乱し、逃げ始めた。第一軍が潰走するのを第二陣は押しとどめることは出来なかった。シャールは、第二陣にいたが全くなす術もなかった。カトマール軍は全軍を上げて、武器を捨て、西へ向けて逃げ走った。 メルフィーヌは、一時追撃を止めて、陣容をたて直した。大勝利だった。敵の捨てて逃げた武器、食糧だけでも大変な量だった。あちらこちらで勝利のおたけびが上がった。メルフィーヌは、陣形を保ちながら、逃げる敵を追って、カトマールへ向けての進軍を開始した。
「図られた!」 狂ったように逃げ走る馬の背にしがみつきながら、シャールはそう叫んだ。彼の直属の小隊の中に歳老いた兵士の姿が目だつことにもっと早く注意しておくべきだった。彼は、そう思った。殆ど戦闘らしい戦闘も起こらぬままに潰走し始めた全軍が、それでもなお、隊列を正し、まるで予定上の行動でもあるかのように一路カトマールへ向けて引き上げる中、彼の小隊のみは、多くの落伍者と共に散り散りになり、さらには、追っ手のエルドール軍に散々に打ち負かされていたのだ。シャールがエダマの策略にはまったことは疑いようがない。エルドール軍へ罠を掛け、同時に、じゃま者であるシャールを始末しようとのたくらみだ。しかし、こんな手の込んだ真似がエダマ一人の思惑から出たものとも、シャールには思えなかった。影で手を引いている者がいたのだ。ついにゼーダが自ら動き出したのだろうか。 シャールは、ある森の外れで馬を止めた。すでに、彼を追いすがる味方も、敵の姿もない。馬を飛び降りると、人目に立つ指令官の盛装を脱ぎ捨て、いつものぼろ布に身をくるんだ。 「エダマの奴め・・・」 シャールの姿は、馬を残し、忽然とその場から消え去った。
「勝てる。」 そう、はっきりした思いがメルフィーヌの胸を埋め始めていた。彼女は、今や勝利の確信に酔っていた。メルフィーヌの心はすでにスラニの砦に飛んでいたのだ。仲間たちと二人の子供を残してきたスラニの砦。いままで押し殺してきたさまざまな感情が彼女の胸から解放されつつあった。 ガランカのみは一人、そんなメルフィーヌに警鐘を発した。しかし、その声もメルフィーヌのはやる耳には届かなかったようだ。 メルフィーヌは、いまや、自らの心に突き動かされるまま、進軍を告げる号令の声を張り上げ続けていた。
第九話 完
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