ラトザール物語

 

 

第十一話            竜使いの少女(その一)

 

 一面の焼け野原と化した森の一角に、地響きと共にドラゴンが降り立った。月明かりの中、長い首を振り回し、興奮冷めやらぬ様子で、鳴き声を轟かせている。辺りには焼け焦げた機械兵の残骸が散乱している。銀色の髪の少女が、ドラゴンの背中から飛び降りて、岩陰で倒れている少年のもとに駆け寄った。

 「ルーイ!」

 エリザベス=ハートンは、美しい金髪の少年を助け起こし、すぐに治療の呪文を唱えた。

 “MACURE

 彼の脇腹に開いた傷口が塞がった。ルーイは、目を開けた。

 「ベス。ごめん、ぼく・・・」

 「いいのよ。さあ、立てる?」

 エリザベスは、ルーイの手を引いた。その時、無数の矢が降ってきた。森の中から魔物たちの叫び声がする。オークやデーモンの混成部隊だ。夜空が赤く輝く。二匹目のドラゴンが上空からオークたちの森を焼き払った。

 「マーシとザークよ。憶えているかしら。とっても可愛い子たちよ。でも、お腹を空かしていて、ちょっとご機嫌斜めなの。」

 その“可愛い”生き物たちは、木をなぎ倒し森の中に突っ込んで、逃げ惑うオークを片っ端から飲み込んでいる最中だった。

 「あんなに一杯食べて、後でお腹をこわさないといいけど。それから、デーモンはだめよ、病気を持っていることが多いから。」

 エリザベスは、心配そうにその様子を見ていた。

 「ベス、ここにいると危ない。これは、カトマールのエダマとシャールの罠なんだ。」

 ルーイは、エリザベスの細い腕を掴んだ。もう、すっかり傷は回復したようだ。

 「あの薄汚い魔法使いは始末したの?」

 彼女は、振り返ってそう尋ねた。

 「うん。」

 「当然の報いね。わたしたちのシュンラに手を出すなんて、身の程知らずにも程があるわ。汚らわしいあの男、もうろくしてやきがまわったのかしら。」

 エリザベスは、吐き捨てるようにそう言った。美しい少女の外見には似つかわしくない口調だ。ルーイは、無言でうなずいた。そのルーイの頬にエリザベスの白く細い指が触れた。そこには、血の痕がある。

 「ルーイ、あなた。狩をしたのね。」

 「うん。でも、魔法使いのシャールじゃないよ。狩ったのは彼の部下の人間たちだ。」

 ルーイは、若い生命力に満ち溢れた人間の男たちの感触を思い浮かべ、思わず少しだけ顔をほころばせた。エリザベスは、彼の唇を奪うようにキスをした。透き通るように白い少女の頬に微かな血の気がさしたように見えた。ルーイが奪った哀れな人間たちの命が口移しに少女の体内に取り込まれていったのだ。彼らは、ヴァンパイアだった。人間の生き血を吸って、永遠の命を生きると言い伝えられている。したがって、少年、少女の姿はしていても、それは見かけだけで、すでに気の遠くなるような長い年月を生きてきたに違いない。ヴァンパイアの記述が公式な記録に初めて現れたのは、数万年も前のことだ。おそらくは、人間社会の高度化と共に、その捕食者としてこの地上に現れたのだろう。その起源には諸説があるが、その殆どは、宗教がらみの迷信の産物なので、ここでは割愛しよう。

 「ごめんなさい。ちょっと、渇いてたの。」

 エリザベスは、キスの後、そう言った。

 「うん。」

 「お兄さまにもあげてちょうだい。後でね。よろこぶと思うわ。」

 「うん。エドはどこ?」

 彼女は、その問いには答えず、ただ、遠くの岩場の上を見上げた。月明かりの中、長い剣を手にしたサムライの姿が浮かび上がっている。剣は、遠目にも妖しい輝きを放っていた。エドガー=ハートンの愛刀、ムラマサブレードに違いない。エドガーは、彼らヴァンパイアのリーダーだ。

 「エド?」

 ルーイは、少し首を傾げた。

 

 キャプテングランは、カトマールの王宮でハーピーの報告を聞いた。彼は、この半人半獣の美しい魔物と会話を交わすことができるらしい。ハーピーはすぐに飛び立っていった。キャプテングランは、周囲の者たちに忙しく指示を出し始めた。彼自身すでに身支度を整え、小走りでどこかに向かっている。二人の大男が彼の後を追う。彼らは、王宮の主エダマ=ルンカに呼び止められた。

 「グラン殿どうなされた?」

 「ハートンです。ついに罠にはまりました。詳細は、後ほどご報告いたしましょう。間に合えば良いのですが。では、先を急ぎますので。」

 彼は、エダマを歯牙にも掛けない様子で振り払った。王宮の中庭には、異様な形をした金属性の物体が群れ集まっていた。やがて、轟音と共に王宮から飛び出して行った。エダマは、窓からその様子を見ていた。マスターゼーダの道具はどれも彼にとっては初めて見る異様な物ばかりだ。

 その金属の物体が城から遠ざかる様子を見ている少年がいた。彼は、後ろを振り返った。少年の栗色の巻き毛が風に揺れる。暗い木立の影の中に大きな光る目があった。ドラゴンだった。今しも一羽のハーピーの体を鋭い牙で噛み千切っている最中だ。人間そのもののハーピーの首が少年の足元に転がってきた。

 「ジーク。いい子だから、おとなしくしてるんだよ。すぐもどるからね。」

 そう言い残して、少年は歩き始めた。そこは、カトマールの城外。カトマール軍の主力はそのほとんどを、エルドール・ラトザール連合軍の掃討作戦に駆り出されている。魔法使いのシャール=ザマをおとりにした罠にも部隊が割かれた。そして、今、総指揮官のキャプテングランは、罠にかかったエドガー=ハートン一味を急襲するために飛び出して行った。

 「策士、策に溺れるというわけか。」

 エドガーは、カトマールの城内に足を踏み入れながら、そうつぶやいた。才能のある人間ほど、自分の作戦が成功すると、その結果まで過信してしまうものだ。でも、実際に成功しているように見えるのは結果ではなくその過程に過ぎない。

かつて鎧武者の充満していた城内も、今では少数の守備部隊を残すのみとなっている。エドガーは、カトマールの城内を良く知っていた。その地下深くにある迷宮は、かつて、彼が魔王アーサーと死闘を繰り広げた舞台だった。エドガーは、月明かりの中、まるで公園を散歩するような足取りで王宮の中へと姿を消した。

 

 アンナは、いつもの籠の中で、いつもの夢を見ていた。栗色の巻き毛の少年、不気味に光る青い瞳、そして、振り上げられる剣。アンナは、悲鳴を上げて目を覚ました。どうして、同じ夢ばかり見るのだろう。それも、何度も何度も繰り返し。夢の中なのに。模様女は、いつもと全く同じ冷たい視線をアンナに向けている。

 「ヨーコ遅いわね。」

 アンナは、言った。壁の模様女の答えなんか期待していない。ただ、独り言のようにそう言うだけだ。でも、何も無い壁に向かって言うのもいやだから、模様女に向かって言っているだけのことだ。最近では、ヨーコが食事を持ってきてくれるのだ。一緒に食べることもある。ヨーコは、この変な夢の中でアンナの唯一の友達だった。

 “夢の中でも、お友達付き合いは大切にしないとね。”アンナは、そう思う。この夢の中では、ヨーコと過ごす時間が、アンナにとって唯一の楽しい時間だと言ってもいい。

 “醒めない夢なんて、本当にあるんだ。ヨーコもそう言ってた。彼女は、悪い男に現実世界への帰り道を奪われたって言ってた。これって、本当にわたしの夢?それともヨーコの夢に付き合っているだけ?”

 アンナは、籠から床におりた。模様女が咎めるような視線を送っている。

“構うもんか。”アンナは、そう思った。模様女は、裸だった。まるで服を着ることがとんでもない罪であるかのような顔つきだ。体中全ての肌に壁と同じ細かい模様を掘り込んでいる。そのため壁と一体化しているように見える。本当にあれは皮膚なのだろうか?アンナは、最近そう疑っている。本当は、服を着ていて、引っ張ると脱げてしまうかもしれない。でも、彼女には、それを確かめるだけの勇気は無かった。アンナは、ヨーコの持ってきてくれた袖の長い服を着ていた。宮廷風の寝巻きだとヨーコは、言っていた。ヨーコは、宮廷に住んでいたのだ。王様のお供をしたこともあると言っていた。偉い人なのだ。

 「アンナ、お待たせ。」

 ヨーコだ。輝くような黒い瞳と黒髪の美しい女性だった。ボーイッシュな髪型。長身でスタイルも良い。ヨーコは、いつも男の人のような服を着ている。それがとっても似合っている。彼女は、二人分の食事を部屋のテーブルの上に置いた。

 「お腹すいてない。」

 アンナは、わざと拗ねて見せた。

 「しっかり食べないと、お腹の赤ちゃんがかわいそうだよ。子猫ちゃん。」

 ヨーコは、そう言って、アンナの髪を撫でた。壁の椅子に座ったままの模様女の視線がきつくなるのをアンナは感じた。

 「じゃあ、いつものように食べさせてちょうだい。」

 アンナは、そう言って、心持ち顔を上に向けた。ヨーコは、スープを自分の口に含み、それをアンナに口移しで飲ませた。口の中のスープが無くなった後も、二人は、そのまま唇を重ねていた。そして、激しく吸い合った。アンナの手がヨーコの胸に触れる。

 「後は、自分で食べるんだよ。子猫ちゃん。」

 ヨーコは、そう言って、乱れた髪を整えた。自分の髪、そして、アンナの柔らかな髪をとかすように撫で付けた。

 

 エルドール・ラトザール連合軍の立て篭もるアスカの砦は、夜が更けても篝火がこうこうと空を焦がし、忙しく人々の行き交う音が聞こえている。昨日の戦闘で散り散りになった部隊も続々と集結しているようだ。物見や伝令が幾たびとなく駆け込み、また駆け去っていく。この砦も朝になれば、カトマールの大軍に包囲されてしまうだろう。兵士たちは、興奮した様子で、大声で叫び合っている。この最前線基地に総司令官を迎え、活気づいているのだ。いや、殺気だっているという表現の方があてはまるだろうか。そんな喧騒をよそに、シュンラとチョウリョウは、急作りの湯船の中で人魚のように抱き合っていた。外気が冷たいため、部屋の中にはもうもうと湯気が立て込めている。エルフの少女は、長身の裸体を仰け反らせて彼の腰の動きに応えた。水面がバシャバシャと波打って、湯船からお湯が溢れ出す。

 「チョウリョウ、わたし、感じてきちゃった。いっしょにおいで。」

 鬼神として怖れられるこのエルフの口からそんな甘い声が漏れるのは考えられないことであったが、もとより、それを聞いているのは無心で腰を動かしているチョウリョウ以外にはいない。

 「チョウリョウ、嬉しそうにメルフィーヌの手を握ってたでしょ。しかも、美しいだなんておべっか言って。」

 荒い息を整えると、シュンラは、チョウリョウの腕の中でそう言った。二人は、湯船の中で横向きに抱き合ったままだ。

 「ははは。実に綺麗な司令官どのですな。美しいというのは心の声です。蓋をすることはできません。」

 チョウリョウは、笑っている。

 「もし、浮気したら、殺すからね。」

 シュンラは、少しだけ顔を上げて、そう言った。短めの金髪が湯に濡れて、彼女の愛らしい額や頬に張り付いている。このエルフの少女は、そういう状況になれば、間違いなくその言葉を実行するだろう。彼女にとって、人間の首をへし折ることぐらい、生きた鶏の首をひねるのと同じ程度のことでしかないはずだ。

 「ははは。心しておきまする。」

 チョウリョウは、からからと笑った。

 “カトマールの追っ手に襲われた時は、キイキイ悲鳴を上げてたくせに、こんな時だけは変に落ち着いてるんだから。”シュンラは、そう思いながら、甘えるように彼の胸に顔を擦り付けた。

 

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