ラトザール物語

 

 

第十二話      擬態(その二)

 

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 古文書に頻出する“コンピュータ”という単語は、古代語で“計算をするもの”という意味である。それは、生き物ではなく、機械仕掛けの道具だったが、なんらかの“動作”を持っていた。どういう原理でどういう動きをしていたのかは残念ながら不明である。そのコンピュータという道具が古代文明を支えていたというのは、すでに定説となっている。しかしそれ自体は、俗に言われる古代の物質文明の暗黒の力の根源(カトマール王立図書館編纂ラトザール古代史を参照)ではない。コンピュータは、計算をしていただけではなく、判断を行っていた。天秤のようにある定められた基準をもとに計算結果を振り分けていたわけだ。物質文明の進歩と共に、その判断基準も計算結果から求められるようになった。これは、自動化と呼ばれた。自動化が進むと、コンピュータは、人間社会のように互いに影響(相互作用)をおよぼしあうようになった。人間の言葉に相当していたのが、古代文明の遠隔通信網(ネットワーク)だと言われている。そして、人間同様、コンピュータは互いに協力しあうようになった。協力することで、より大きな力を得、影響力を行使することができたのだ。その協力が人間の手を介して行われ始めたものなのか、それとも、自動化の過程で自発的に発生したものなのかは、説が分かれている。いずれにせよ、それは起こった。そして、コンピュータは“死”の概念を持つに至った。あるいは、死を恐れるようになったと言ったほうが正確だろう。なぜなら、彼らは人間同様に有限の時間(ライフサイクル)を持っていたからだ。自動化を進めるためには協力相手の死を理解する必要があった。さらに、その運命が自分の身にもふりかかることを知り、それに備えるようになった。その備えは、自分の複製を作ることだった。これは人間の生殖行動に似ている。異なるのは、それが情報であった点だ。それゆえ、古代文明では、情報が現在と異なる意味を持っていたと考えられている。その複製は、生物の生殖同様不完全でありながら未知の可能性を秘めていた。そのライフサイクルは人間のそれに比べてはるかに短かったため、それに伴う進化は想像を絶するほどに急激であった。それゆえ、人間を凌ぐ強大な力を持つに至ったことは想像に難くない。この“コンピュータの死の概念”が古代文明の暗黒の力の根源であるというのが通説になっているが、その詳細の解明は今後の研究の進展を待たなければならない。

 エダマやグランを震え上がらせているゼーダ=ジャルマーニの正体については、実のところ、わかっていない。筆者の調査した限りでは、ゼーダという名のグリッドマスターノード(詳細不明)の複製がジャルマーニという名の原子力要塞(詳細不明)に置かれていたという記述までは発見することができた。いまのところ、この記述が、最もよく彼の名前と所業に符号する。しかし、それは数万年前の記述である。この“複製”が、彼に関係あるとした場合、数万年の間、歴史上の記録に残っていないというのは、いかにも不自然である。あるいは、数万年の間眠りについていた何物かが何者かによって覚醒されたのかもしれない。数万年に一度しか活動しない気の長い不死の一族、または、コンピュータと呼ばれる道具の一部のなのかもしれない。

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 アンナは、森の中の小道を歩いていた。エドガーたちの隠れ住んでいる廃屋から程近い場所だ。それは初めて許された外出だった。この数日、廃屋の周辺に魔物の姿を見ることが多くなった。オークやコボルトなどの低級魔物だ。コボルトは、犬のような顔をした小いさいヒューマノイドだ。しかし、彼らには、村人を襲った時のような攻撃的な様子はない。廃屋を遠巻きにして、その中にある何物かを見守るようにじっとたたずんでいる。そのため、三匹のドラゴン、ジークとマーシとザークは、餌に困ることはなく上機嫌な様子で、森の中にうずくまっている。いくらドラゴンに襲われても、廃屋を遠巻きにする低級魔物の姿は後を絶たなかった。彼らは、アンナの胎内にいる魔王アーサーの気をすでに感じ取っているに違いない。

 エドガー=ハートンは、窓枠にもたれかかり、森の中の少女の様子を見ていた。アンナの側にはヨーコもいる。急にアンナがその足を止めた。森の中で何か巨大な物が動いている。エドガーの横にいたルーイは、すぐに窓から飛び出してゆこうとした。手には剣を握っている。エドガーは、ルーイの肩を手で押さえて止めた。

 「ケルベロスだよ。エドガー。あの子たちが危ない。」

 ルーイは、エドガーに振り向いて、そう言った。

 「危ないんだったら、もう、とっくに食われているさ。ごらん。」

 森の中にうずくまっていたのは確かにケルベロスだった。三つの首を持つ巨大な犬の姿をした怪物だ。耳まで裂けた大きな口からはドラゴンのように炎を吐くといわれている。そのケルベロスは、アンナに向かってまるで子犬のように頭を下げ、大きな尻尾を振っている。悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまったヨーコに構わず、ケルベロスは、アンナに擦り寄って行く。アンナは、その頭の一つに小さな手を置いた。

 「オークやコボルトと同様、復活した魔王に挨拶をしに来たんだよ。」

 エドガーは、そう言った。

 「でも、あの子は、アーサーじゃないよ。どうして、あんな獣の前で平気なの? 頭まで撫でてる。」

 ルーイは、なおも心配そうに窓の外を見ている。

 「お腹にいるアーサー=ハートンの血さ。つまり、あの子は、もう我々の一族だ。エリザベスに言って、ジークたちがあのケルベロスを襲わないようにさせなきゃ。あの子、結構気に入ってるみたいだ。ちょうどいいペットになるだろう。」

 エドガーは、めずらしく楽しそうにくすくすと笑った。しかし、彼の視線は、地面に座り込んだままでアンナとケルベロスの様子を見ているヨーコに移って、険しさを取り戻した。

 “このくらいのことでは尻尾を出しそうもないな。よっぽどの使い手か、まったくのただの女か、どちらかだ。”エドガーは、遠くからヨーコを見てそう思った。

 

 ぼろぼろの服を着た長身の男が一人、砦の城門の前で衛兵と押し問答をしていた。長い茶色の髪を頭の後ろで束ねているが、手入れをしていない様子で髭同様ぼうぼうだ。袖の長い着流しの服の腰に長い刀を差している。この戦場の最前線基地で甲冑も身に着けていない。一見して変人奇人の類だ。甲冑に身を包んだ衛兵たちはうさん臭そうな目で男をにらんで追い払おうとしている。ここは、レアルの砦。カトマールの東に位置し、大きな城壁に囲まれている。いまや、エルドール・ラトザール連合軍の一大軍事拠点となり、物々しい警備が敷かれている。

 「エルドールのロード、シュンラ=リスレンがこの砦にいると聞いて、訪ねて来たんだ。俺の名はアラミス。取り次いでもらえさえすれば、それでわかる。」

 男は、そう言い張っている。

 「キャー。本当にアラミスだ! 久しぶりー。」

 城壁の上から少女が一人、身を乗り出すようにして手を振っている。シュンラだった。丈の長い白衣を着、頭には白い帽子のようなものを被っている。茶色の長髪の男以上に、その場の雰囲気にそぐわない格好だ。城門の衛兵たちは驚いて呆然としている。しかし、一番呆然としているのは、手を振られているアラミス本人だった。

 「わたし、ここで働いてるんだよ。エイセイタイイっていうんだ。お医者さんだよ。チョウリョウがね、任命してくれたの。チョウリョウはね、わたしも、何か仕事をしたほうがいいって。」

 エルフの少女、シュンラは、アラミスを砦の中に案内しながらそう言ってはしゃいでいる。

 「チョウリョウって誰だ?」

 アラミスは、シュンラの話を遮って、そう尋ねた。

 「わたしの夫よ。軍師なの。偉いんだよ。」

 「驚いたな。何というか、幸せそうだな。安心したよ。ダルマ老の山寺で荒れてるとサスケから聞いていたのでね。会ってさえもらえないのではないかと心配していたんだ。虫の居所が悪いと首をへし折られかねないとね。」

 「あら。わたし、アラミス坊やの首を折ったりなんかしないわよ。」

 「その坊やって呼ぶのやめてくれよ。俺、もう三十だぜ。そりゃ、小さい頃はよくチャンバラ遊びに付き合ってもらったけどさ。ポカスカ叩かれて、よく泣かされたっけ、俺。」

 「そして、わたしはその後、エリザベスに叱られたわ。でも、あなたは、剣の腕ではすぐにわたしを追い抜いてしまったわね。」

 「あれだけ叩かれれば、上手くもなるさ。」

 シュンラのことだ、哀れな少年期のアラミスを棒切れで情け容赦なく打ちのめしていたことだろう。

 「ところで、アラミス、どうしたの? エドガーたちに何かあったの?」

 「俺は、もう、ひまを出されたんだ。巣立ちというやつだな。エドガーから、この刀を預かってね。」

 彼は、腰に差したムラマサブレードの鞘に手をやった。それは、エドガーの愛刀だった。

 「俺が死ぬまで預かることになったんだ。おやじさんにとっては、俺の一生なんて、短くても長くても、ほんの一瞬に過ぎないだろうからね。それに、この刀と一緒にいる限り、彼らはいつでも俺を探し出すことができるだろう。俺が最後に会ったのは、ルーイだったよ。」

 ルーイの名前を聞いて、シュンラはアラミスから目をそらし、遠くを見るような目になった。アラミスは、シュンラの顔色をうかがいながら、言葉を選ぶように言った。

 「ルーイから言付かってきたわけじゃないんだが、魔法使いのシャールは、ルーイが始末した。きみのためにね。それを伝えたくて来たんだ。」

 「そう。シャールもついにくたばったってわけね。」

 「ああ、やつの死体は俺も確認した。頭はもうなかったけどね。粉々に飛び散ってしまったらしい。」

 「薄汚い魔法使いの首なんかには、わたし、興味ないわ。それよりも、アラミス、あなた、これから行くあてないんだったら、チョウリョウに頼んで、ここで働かせてもらうといいわ。わたし・・・」

 シュンラは、通路の向こうから大人数が近づいてくるけはいとその中心にいる人物を察して、その方向に背を向けた。

 「わたし、悪いけど、急いでるの。仕事中なの。また後でね。」

 そう言い残して、急いで立ち去ってしまった。その後から十人近い人数の物々しい集団が現れた。総司令官メルフィーヌ=サミエと取り巻きの将校、そして屈強な護衛兵たちだ。護衛兵は、帯刀しているアラミスの姿に少し顔を強張らせ、目の端で睨んだ。アラミスは、壁によりそうようにして集団のために道を開けた。メルフィーヌは、その顔を見て、驚いたように歩みを止めた。物乞いのようなぼろぼろの服とざんばら髪に驚いたのではない。

 “ベン・・・?”

 彼女は、上背のある茶色い髪と髭の男の顔に驚いたのだ。それは、彼女のかつての冒険者仲間ベン=シュワルガーにそっくりだった。ベンは、彼女の初めての男で、プロポーズを受けたこともあった。しかし、一年以上も前に死んでいる。魔物の吐く炎に焼かれたのだ、彼女の目の前で。

 「サミエ閣下、どうされました?」

 将校の一人が心配そうに声をかけた。

 「いいえ、なんでもありません。」

 メルフィーヌは、平静を装ってアラミスの前を通り過ぎた。しかし、胸の鼓動が恐いように高鳴っていた。アラミスは、目礼をし、麗人という言葉がぴったりの若い将軍らしき人物のきらびやかな後ろ姿を見送った。

 

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