ラトザール物語

 

 

第十二話      擬態(その三)

 

 森の廃屋の薄暗がりの中に黒装束の男が膝まづいていた。ニンジャのサスケだ。彼は、エドガーにエルドール軍の動きを報告した。

 「ダルマ老は、チョウリョウを使ったのか。では、もしかして、シュンラも一緒だね。」

 報告を聞き終えたエドガーは、そう言った。

 「まさしく。」

 サスケは、低い声で一言だけ答えた。エドガーは、顎に手をやり、しばらく考え込んでいた。

 「そうか・・・・、よかった。あの子には、本当に手を焼いたけど、ついに巣立ったわけだね。アラミスに続いてメンバーが減るのは痛いけど、安心したよ。ダルマ老には礼を言わなければならないね。」

 「私から、言付けましょうか?」

 「・・・いや、それは後にしよう。アンナのお腹の中にいるアーサーの気に誘われて魔物どもが集まり始めている。いつまでも、同じ場所にはいられない。これから忙しくなるだろう。カトマールからヨーコという女を連れてきた。彼女を見張ってくれ。少しでも妙な素振りを見せたら・・・、殺せ。」

 「御意。」

 「待て、サスケ。」

 エドガーは、闇の中に姿を消そうとしたニンジャを呼び止めた。

 「たまにはベスにも顔を見せてやれ。きみのことを今でも子供のように思い、心配している。」

 決して表情を変えることのないサスケの顔にわずかながら笑顔のようなものが見えたと思ったら、彼の姿はすでに闇の中に消えていた。廃屋の外の森では冷たい風が鳴っていた。

 

 薄暗いカトマール王宮の一室で、キャプテングランは、鞭打たれていた。皮が破れ、肉が裂けても二人の大男の鞭は容赦なく風を切り裂き彼の肉体に襲い掛かる。彼は、裸で木の棒に縛りつけられていた。鞭が鳴る度に彼の悲鳴が部屋中に響く。その声とは別に、時折、遠くの方でドスンと鈍い音がして、そのたびに天井から砂埃が落ちてくる。エルドール軍の砲撃が始まっているのだ。パタパタと忙しげな足音が近づいて来た。

 「ゾーラ殿、エルドール軍が攻めてきましたぞ! 早く、早く、何か手を打ってくださいませんと・・・」

 すっかりうろたえた様子で部屋の中に飛び込んで来たのはエダマ=ルンカだった。

 「攻めてきたんじゃないよ。おどしに鉄の玉を打ちこんでるだけさ。安心おし。この城はあんな玉っころじゃびくともしないよ。補強してあるんだからさ。勇み立って攻め込んで来たら目に物見せてやるんだけど、残念ながら、まだ動かないようだ。よほど頭の切れる奴が軍を率いているらしいね。」

 ゾーラは、エダマを部屋から追い払った。

 「まったく、せち辛い世の中だね。おしおき一つ、のんびりできないんだからさ。」

 ゾーラは、二人の大男に合図して、鞭打ちを止めさせた。彼女は、グランの前に立った。グランは、短い息で体を震わせながら、視線を彼女の後方に向けたままだった。しかし、その目は空ろではなく、まだしっかりとした意思の光を宿していた。

 「痛むかい?」

 ゾーラは、そう尋ねた。グランの返答はない。彼女の顔を見ようともしないが、その表情には敵意は見られなかった。ただ、体を焼くような激痛にじっと耐えているようだ。ゾーラは、彼の両足の間にぶら下がった一物を片手に握った。

 「こんなものはいらないね。もらっとくよ。あんたも、あのエダマみたいないい子になるだろうて。」

 彼女は、そう言って素早くナイフを押し当てた。グランは、視線を動かすことなく、ただ、じっと歯を食いしばった。避けられない運命を耐え忍ぼうとしている顔だ。

 「ふん。」

 ゾーラは、鼻を鳴らして、そこから手を離した。

 「ま、こんなもんでも、何かの役に立つかもしれないからね。まだつけといてあげるよ。」

 彼女は、グランの肩に手を置いた。初めて彼は、ゾーラの顔に視線を移した。

 「わかってるんだろうね、グラン。ゼーダ様は、おまえに期待なさってる。だからこそ、こんな手間ひまかけて体に覚え込ませてるんだよ。ここまでハートンたちを押さえ込んできたお前の手腕はゼーダ様も評価してるよ。今回の事で過信は禁物だってことが身にしみてわかっただろう。でも、安心しな。ハートンとの間の形勢は、じきに逆転するよ。魔法使いって奴らは汚い格好で空気を汚してるだけだと思ってたんだけど、なかなか気の利いたことをする奴もいるんだね。シャールのことさ。ジーナから聞いたんだ。」

 顔に模様を彫りこんだ女がゾーラの側に立っている。地下迷宮でアンナを見張っていた模様女だ。この部屋の中では丈の長い服を着て、体の模様を覆っている。ジーナという名前らしい。

 「まあ、悪名高い“薬の魔法使い”シャール=ザマのお手並み拝見だね。それから、エルドール軍に対するおまえの最初の伏兵は良かったよ。おまえらしい作戦だった。でも、その後、敵を見くびって裏をかかれたね。それも過信のせいさ。エルドールとラトザールの民兵の後ろに誰か兵を操る術に長けた奴がついたようだ。さらにその背後で糸を引いている奴もいるに違いないよ。ハートン以外にね。タイミングが良すぎるんだ。すぐに調べな。そして、始末するんだ。もう、二度とへますんじゃないよ。」

 

 水鳥が何かに驚いたように飛び立った。川靄の中を大きな船影が動いている。船腹からはムカデの足のように無数の櫂が伸びている。船尾には、エルドールの旗。それは、世界に名立たるエルドール海軍の上陸強襲部隊だった。次から次へと多数の軍船が大河タケル川を遡って行く。

 エルドール・ラトザール連合軍は、怒涛の勢いで兵を進めカトマールを包囲した後、そこで陣を敷き動きを止めた。しかし、ただ無為に包囲したわけではない。チョウリョウの第二の標的はカトマール水軍だった。タケル川の水運を確保するためだ。すでに後方の砦では、魔物から隠れ暮らしていた人々が開放され、自分たちの村や町に戻っていた。そして、生産活動や物流が再開している。水運の確保は、彼らの安全を保障するための必須課題だった。川岸には多数の砲台が設置され、カトマール水軍を待ち受けていた。

 人々の生活が元に戻るにつれて、食料の確保も楽になった。そして、今では海外からの支援物資も届けられるようになった。そのため、カトマールを包囲する陣も日に日に厚みを増していった。その一方で、カトマール軍は、連日の砲撃にもかかわらず固く殻を閉ざすように城に閉じこもり動き出すけはいを見せない。

 チョウリョウは、総司令官メルフィーヌと共にレアルの砦に留まり、前線司令部を形成していた。王城への砲撃を始めて数日がたった夜のこと、レアルの砦では主だった将校が集まって作戦会議が開かれていた。軍議は、敵本陣への総攻撃の開始時期、そして、カトマールから西の丘陵地帯に点在する砦の開放についてだった。チョウリョウが、地図の上で何かを説明している。

 その部屋の窓の外、壁にへばり付いている影があった。窓から漏れる明かりで、金色の瞳が光っており、その体は、灰色の羽でぴったりと覆われている。それは、一羽のハーピーだった。美しい女性の顔を持つ気高い魔物だ。時折、鋭い鉤爪で屋根を引っ掻くような動作を見せている。プライドの高い彼女にとって、こんな場所でこそこそと聞き耳を立てているのは心外なのだろう。そのハーピーが振り向いた先の屋根の上、朧な月明かりの中に、細い人影が浮かび上がった。

 「何をしてるのかって、きかなくたってわかるわ。きいたって、あんたたちのキイキイ声じゃ、意味通じないけどね。」

 シュンラは、ハーピーにそう言った。ハーピーの鋭い目が、威嚇するようにシュンラを捕らえた。華奢な少女の姿と見て取って、鉤爪で引き裂いてやろうとでも思ったのだろう。しかし、すぐに相手を知ったようだ。獰猛な威嚇の姿勢から一変、恐怖の表情に顔を引きつらせ、大きな翼を広げた。シュンラの動きの方が一瞬早かった。屋根を蹴り、剣の一振りでハーピーの首を落としていた。ハーピーの首は、窓ガラスを破って部屋の中に飛び込んだ。中で悲鳴が上がる。切り落とされたその首は人間の女の生首と見分けがつかない。すぐに衛兵が窓を蹴破って飛び出してきた。

 「シュンラ様! これは一体、何の騒ぎでございますか。」

 将校たちと共にチョウリョウが窓の外に顔を出した。

 「ハーピーよ。カトマールのスパイだわ。他にもいるはずよ。」

 シュンラは、鉤爪を持ち、首の無いハーピーの体をぶら下げて見せた。人間の上半身から、両翼三メートルもありそうな羽が屋根の上に垂れ下がっている。その体はまだ激しく震えており、灰色の羽毛が辺り一面に舞っていた。

 

 翌日、アラミスは、軍師の執務室に呼び出された。シュンラが、チョウリョウの用心棒として彼を強く薦めたのだ。アラミスは、相変わらずの着流し姿だった。すでに髪と髭は整え、破れた着物も繕っていた。アラミスは一人で部屋の中に通された。案内してきた護衛兵は部屋の入り口を固めている。アラミスを迎えたのは、赤い髪飾りをつけた痩せた小男だった。顔は、婦女子のような柔和さだ。アラミスは、驚いた。シュンラの変貌ぶりと軍の采配の手腕から、よほど精悍ないかつい男を想像していたからだ。

 「エドガー=ハートン殿に奉公されていたサムライのアラミスとは、あなたですね。」

 チョウリョウは、そう言って、アラミスに席をすすめた。アラミスは、無言で一礼し、すすめられた椅子には座らず、長い刀を懐に抱えてその場であぐらを組んで座った。

 「お構いなく。」

 アラミスは、ただ一言そう言って、居眠りでもするように目を閉じてしまった。

 彼がシュンラを訪ねてレアルの砦に現れた目的は、シュンラにシャールの死を伝えるためだけではなかった。アラミスは、ハートン兄妹のもとから独立するにあたり、長年一緒に暮らしてきたシュンラを伴侶にしてもよいと思っていたのだ。彼女のような激しい気性の女を相手にできるのは自分しかいないとも思っていた。彼は、その色男ぶりがかえって災いし、恋多きまま実ることもなく、三十年間、ハートン兄妹と行動を共にしてきた。親元から離れた彼が同じ境遇のシュンラを慕って来たのは無理も無いことだった。しかし、彼の胸算用は空振りに終わった。かといって、赤い髪飾りをつけた男にやきもちを焼く気はなかった。ただ、与えられた役割を全うしたいという気持ちだけが残った。彼の心の中には、同じくハートン兄妹に育てられた兄貴分のカルザックの生き様への憧れがあった。カルザックは、独立し、幸せな家庭を築いていたが、十九年前、まだ少年だったアラミスとエリザベスを危地から救うため命を落とした。アラミスの目の前で、魔王アーサーに戦いを挑んだのだ。そのカルザック=ダルネの一人娘が、今、エルドール・ラトザール連合軍の将兵を率いているメルフィーヌ=サミエであることをアラミスは、この時、まだ知らなかった。

 

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