ラトザール物語

 

 

第十四話        戦士(その一)

 

 エルフ族は、総じて長生きであることが知られている。中には、二千年近く生きた者もいるらしい。そういった年老いたエルフは、数々の言い伝えを残している。それによると、古代の物質文明の最期は、次のように表現されている。

 “暗黒の力が、地上を覆いつくし、焼きつくした。人間は焼けただれ、誰も彼も区別がつかなくなった。勝者も敗者も等しく灰となった。富者の荘厳な邸宅も貧者のあばら屋もみな等しく灰と化した。天をつく高さを誇った巨大な建造物は全て破壊され、石くれと化した。草木は絶え。鳥獣も棲家を失った。天すらも暗黒と化し。長い長い冬がおとずれた。”

 言い伝えの幾つかは、古文書の記述で裏づけられるものもあるが、大部分はいまだ謎に包まれたままだ。記録と遺跡の調査から、古代文明が徐々に衰退して滅亡したのではなく、過去のある時期に突如としてこの地上から消滅したことがわかっている。その消滅はエルフ族の言い伝えと一致するであろう。その時に失われた人命は、数十億にものぼると考えられている。古代の暗黒の力を利用しようとする者が現れれば同じ悲劇を繰り返す恐れがあるのだ。

 悲劇を繰り返さないためには、悲劇を風化させないことが重要だ。その風化の防止に長命なエルフの言い伝えが一役かったということは諸説の一致するところである。しかし、世の中には、そのエルフを超える寿命を持った者がいると言われている。彼らは、不死の一族、または、ヴァンパイアと呼ばれている。

 

 夜の闇に閉ざされた静かな森、一面の雪景色の中、一羽の兎が食べ物を探してぴょこぴょこと跳ねている。鳥たちはねぐらで身を寄せ合っている。カトマールの争いなど全く無縁の平和な世界がそこにはあった。その森に、突然、強風が吹き荒れ始めた。雪の中に鼻を突っ込んでいた兎は、一目散に逃げていった。木立の切れ目に地響きと共に黒い巨大な生き物が舞い降りた。それは、長い首を振り回し、身震いをしながら尖った翼をたたんだ。その背中から大男と少女が降り立った。雪明りに鈍い光を放つ大きな鱗に覆われた首を少女が撫でた。

 「ありがとう、マーシ。助かったわ。ほんとうに可愛い子。」

 少女の声に答えるようにドラゴンのマーシは低く喉を鳴らした。

 「乗せてもらった後で言うのもなんだが、おれは、長虫ってやつは好きになれないぜ。こんな棘だらけの化物のどこが可愛いんだか。」

 そう言うガランカをドラゴンはにらんだ。口の中で火が燃えている。鼻から火花と共に息を荒く吐いた。

 「だめよ、怒らせちゃ。仲間を亡くしたばかりで気が立っているんだから。」

 エリザベスは、たしなめるように言った。

 「ところで、あの三本足の化物は何ものだ。見たことの無い魔物だった。」

 「ロボットね。魔族じゃないわ。古代の物質文明の遺物。対人戦闘兵器よ。人間を殺すためだけに作られた機械。」

 「物質文明だなんて伝説に過ぎないだろ。数万年前に存在したっていう話だが、おとぎ話みたいなものだぜ。地上に人間が何十億人も住んでいて、食べ物をめぐって殺し合いに明け暮れたという話だ。金属で作った船が空を飛んだらしいし、人間があの月まで行ったという話さえある。」

 彼の、指し示す先に、満月が雲の切れ目から顔をのぞかせ、夜の雪原を照らしていた。

 「おとぎ話じゃないわ。その古代文明は確かにこの地球上に存在したのよ。あなたのようなトロール族も彼らによって作られたもの。あのロボットと同じ殺人兵器としてね。」

 「ゾーラもそんなようなことを言ってたな。」

 「そう、彼女自身も過去の遺物。レプリカよ。」

 「ま、おれは、そんなおとぎ話、信じないけどな。」

 「でも、彼女の命令は信じるでしょう?」

 「あたりまえだろう。そんなこと。おれは・・・」

 「ソルジャーだから、殺せと命じられれば殺すわけね。戦争の道具だから。でも、本当の戦士はそんなものじゃないはずよ。サミエ家の誇りを忘れたの? 守るべきもののために戦うのが戦士の本来の姿のはずよ。あなたは、守るべき者である仲間を殺すよう命じられたのよ。」

 「おれは・・・」

 「仲間を思う心。それが戦士にとって必要なもの。戦争の道具ではないわ。お願い、思い出して。」

 「思い出すことなんてない。殺せと命じられれば、殺す。あたりまえのことだ。」

 「それでは、もし、もう一度メルフィーヌに会えたらどうするの?」

 エリザベスは、ガランカの顔をのぞきこむように見た。

 「じゃまをするようなら殺すさ。おれは、チョウリョウを殺さなければならないんだ。おれの使命だからな。それにしても、なんで頭痛がするんだ。」

 ガランカは、うつむいて頭を両手で抱えた。エリザベスの顔に冷たい表情が浮かんだ。

 「あなたの使命は、愛する者を守ることよ。サミエ。戦士としてね。」

 「愛する者って、どういう意味だ? わからない。なぜなんだ。イッキュウにもそう質問されたんだ。なぜ、わからないんだ。」

 「ゾーラによって脳の一部を改造されたようね。昔行われていた戦闘用人格改変手術だわ。」

 エリザベスは、彼の頭に残る円形の傷跡を指差した。

 「おれは・・・」

 「あなたが、正気をとりもどせないようなら、わたしは、あなたを・・・」

 エリザベスは、冷たい表情のまま、両腕をゆっくりと広げた。小さな少女の体がとてつもなく大きく見える。

 「ごめんなさい。これがわたしたちの役割なの。この世界の調和を保つこと。過去の悲劇を繰り返さないために。そのために、犠牲を払ってきたわ。時として、耐え難い犠牲もね。サミエ、あなたをその中に加えなければならないのは残念だわ。」

 「おれは・・・、メルフィーヌに会いたい。」

 喉の奥から搾り出すようなガランカの言葉に、エリザベスの動きが止まった。

 「会って、この手で抱きしめたい。なぜだかわからないが。」

 自分の両手を食い入るように見ていたガランカが、顔を上げた。その目は涙で濡れていた。

 「よかったわ。やはり、あなたはサミエ家の一員ね。」

 エリザベスの顔に安堵の表情が浮かんだ。その時、別の女性の声が聞こえた。

 「止めちゃうの? せっかく、邪魔者が一匹片付くと思ったのにさ。」

 闇の中から、ヨーコが姿を現した。

 「そんなトカゲに乗って逃げ切れるとでも思っていたのかしら。お嬢ちゃん。相変わらず甘いわね。役割だの、世界の調和だの、化物のくせに。人並みな口をきくものじゃないわ。餌の人間が戦争で死に絶えてしまったら困るという事情だけは理解できるわよ。」

 ドラゴンのマーシが鳴き声をとどろかせて、ヨーコに襲い掛かった。

 「だめよ! マーシ!」

 エリザベスの叫び声は、ヨーコの放った第一撃の爆発音にかき消された。マーシは、深手を負って後退した。ヨーコの次の攻撃は、エリザベスの魔法の盾が跳ね返した。しかし、ヨーコは、次々に攻撃を繰り出してくる。度重なる爆発の閃光にあたりは昼間のような明るさになった。

 「馬鹿なお嬢ちゃんだこと。傷ついたケダモノをかばって、いつまで逃げまわれると思っているの。それに、魔力は無尽蔵に放出し続けられるものではないでしょう。もう、そろそろ足元もふらつき始めているわよ。小さな吸血鬼さん。」

 ヨーコは、甲高い笑い声を上げた。その笑い声は、金属がぶつかり合う音に遮られた。彼女の背後からガランカが長剣を振り下ろしたのだ。ヨーコは、手に持った剣でその攻撃を受け止めていたが、ガランカの力任せの攻撃に足場を失い、土にのめり込むように後退した。

 「ちっ! 馬鹿力のトロールめ。どうして、わたしを攻撃するのかしら。そんな命令受けていないはずなのに。」

 月明かりの中で弧を描くガランカの剣先をかわしながらヨーコはそう言った。なおもガランカの攻撃は続く、身をかわすヨーコをエリザベスの魔法の閃光が襲った。ヨーコの体は消え、数歩離れた場所に出現し、反撃に移った。深い森の中、一対二の激しい攻防が続く。ヨーコは巧みに木の間を縫うようにテレポートによって場所を移動しながら攻撃を繰り返す。十数人のヨーコが戦っているように見える。エリザベスは、魔法の盾と稲妻で応戦し、ガランカは、剣を舞わせた。そして、ついに、エリザベスの放った稲妻がヨーコの体を捕らえた。ヨーコは麻痺して動きを止めた。彼女の体はパリパリと音をたてて放電している。しかし、襲い掛かったガランカの剣は、またしてもヨーコの頭上で遮られてしまった。

 「うおおおおつ!」

 ガランカは、おたけびと共に再度剣を振り下ろす。ヨーコの剣が砕ける。ヨーコは、仰け反るように身をかわした。前のめりになったガランカの巨体の懐にヨーコが挟まるように入り込んでいた。

 「あばよ。トロール。」

 ヨーコは、ガランカの腰に両手を触れた。その手から閃光がほとばしり出て、ガランカの体は吹き飛んだ。彼の体は引き裂かれていた。ヨーコは、全身に血を浴びて、エリザベスの姿を探した。エリザベスは、肩で息をしながら木立の影に隠れるように立っていた。

 「どうやら、もう魔力もつきたようね。ずいぶんと手こずらせてくれたわね。」

 ヨーコは、エリザベスの目の前に現れた。エリザベスの顔には血の気が全く無い。空ろな視線をさ迷わせているように見える。その視線がヨーコではなく、その後ろにある何物かを追っていることに気付いた時、ヨーコの顔に恐怖の表情が走った。次の瞬間、森が裂けたように見えた。轟音と共に土が火柱のように上がり、木がなぎ倒された。すさまじい土煙がおさまった後には、エリザベスの姿だけが先ほどとまったく同じ姿勢と視線のままで残っていた。

 「お兄さま。」

 エリザベスの口から漏れたのは、その言葉だけだった。彼女の視線の先には、エドガー=ハートンの姿があった。横には、ルーイもいる。少年の姿をした二人は、ゆっくりとエリザベスに歩み寄った。

 「また、取り逃がしたみたいね。」

 「ああ。エリザベス、無事でよかった。」

 その存在を確かめるように、エドガーは彼女の手を両手に包んだ。

 「ゾーラ=バッドに会ったわ。私の記憶は持っていないようだったから、後期型ね。」

 「あのカラクリ人形、まだ動いていたのか。」

 エドガーは、口の端で笑った。その時、グッグウと低い音がした。マーシが、ガランカの体を心配そうに見おろしている。エリザベスが駆け寄った。ガランカは、腰から下を失っていたが、まだ息をしていた。

 「この体では、もう助からないだろう。」

 ガランカは、頭を両腕で抱えられて、そう言った。エリザベスは答えなかった。ただ無言で首を横に振るしかなかった。

 「もう、目も見えないんだ。」

 「しゃべると、苦しくなるわ。」

 「メルフィーヌのことを聞いて欲しいんだ。あいつには何不自由無い暮らしをさせてやると約束したのに・・・、守れなかった。ひどい苦労をさせてしまった。それがくやしくてたまらない。」

 「彼女を愛しているからよ。」

 エリザベスは、ガランカの顔を撫でた。

 「そうか、これが愛というやつか。思い出したような気がする。」

 ガランカの口元は苦痛にゆがみながらも笑みを浮かべ、そして、動かなくなった。勇者ガランカ=サミエは、永遠の眠りについた。

 

メインページに戻る     続きを読む