窓円アパート : 2F > 202号室 : T氏の部屋

「T氏の優雅な日常」

上品なスーツに蝶ネクタイを身に纏う紳士・T氏。 お気に入りのキャンデーステッキを片手に軽やかなステップで闊歩するT氏の後には スプーン1杯の幸せと1つまみの驚き。

* * *

4.

ここにいる理由はない。
T氏は思った。
だってT氏はとても素直だ。
理由のないことはしない。

ここにいない理由はない。
T氏は思った。
だってT氏はとても素直だ。
理由のないことはしない。

そんなT氏、ひさしぶりにアパートを通りがかった。
通りがかったので、中へ入ってみることにした。
202号室のドアを開けると、中には誰もいない。
T氏は中へ進むと、部屋の中央で立ち止まった。
そして右手に抱えた脚立を組み立てる。
組み立てたから、足場が出来て、足場が出来たから、T氏は脚立にのぼった。 するとライトに手が届き、届いたのでポケットに入れておいた電球を取り出した。
キュキュ、と電球をまわすと、パッ、と明かりがついた。

明かりのついた部屋をゆっくり見渡しながら、
世の中のことがらにはすべて理由がある、とT氏は思った。
明かりのついた部屋をゆっくり見渡しながら、
この部屋はずいぶん住みやすそうだ、とT氏は思った。

住みやすそうな部屋には、住むべきなのである。

T氏はにこにこと電球を見つめて、それから喉が渇いたので、お茶を飲んだ。


* * *

3.

部屋には誰も居ない。

* * *

2.

T氏はテレビが大好き!
部屋に20台のテレビを並べて、一日中モニタにかじりつく。傍らにはポップコーンとポテトチップス、それからナッツチョコレート。コマーシャル・フィルムだって大好きだから、トイレにだって行けやしない。

T氏はテレビが大嫌い!
愛想の悪いニュース・キャスターと大げんかしてまるまる三日罵りあった。お互い目の下にくまをつけながら、72時間後に眠ってしまった。
どちらもT氏であり、どちらもT氏ではない。

そんなT氏、今日はずいぶんにぎやかである。
部屋にT氏が10人。T氏で部屋はいっぱいだ。

「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」
「ふむ、すこし窮屈ですね」

T氏が一言口にするたびに、残り9人のT氏も同じことを繰り返す。

「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」
「食費がかさみそうですね」

再び10ぺん、繰り返す。

「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」
「うるさいかもしれません」

やはり10ぺん、繰り返す。

「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」
「‥‥!」

と、T氏(たち)、あることを思いついた。

「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」
「わたしが居なくなればよいのですね」

そういうとT氏たち、同時にジャケットを身に付け、帽子をかぶり、ステッキを持ち、ぞろぞろと部屋を出て行った。

カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。
カチャ、パタン。

そして誰も、居なくなってしまった。

* * *

1.

T氏はパーティが大好き!
50人もの友人、知人、または見知らぬ人を集めて自宅の部屋でパーティをする。 それはもう、豪華なパーティ。一夜で使う金額は計り知れない。

T氏はパーティが大嫌い!
誰も居ない部屋でひとり一ヶ月こもり、水とパンだけたまに口にし、時々猫を撫でて暮らす。
どちらもT氏であり、どちらもT氏ではない。

そんなT氏、今日やってきた新居で、荷物を整理中。
けれども、おや?
T氏、部屋の中央で、ぼんやり立ち尽くしている。
視線の先は、天井の照明。
電球が切れてたので新しく買ってきたのだが、脚立がなくて取りかえられないでいる。

「困りましたね」

T氏は電球片手にただただ立ち尽くす。
そこで7時のニュースです、とラジオが告げた。

今日未明、天然記念物のフワフワドリが○○市内で目撃されました! たまたま発見した住民が近付いたところ、フワフワドリは大きく羽ばたきサミシ湖方面へと消えて行ったそうです!

「なるほど、飛べばいいのですね」

そう言ってT氏、両手を羽ばたかせるとフワフワと宙に舞った。ええっ、どうして、それだけで?そんな理屈がT氏には存在しない。
そして見事天井に近付いたものの、あることに気付く。

「ああ、しまった。両手がふさがって取りかえられません」

T氏、ゆっくりと床へ下降。 そして再び、切れたままの電球を見つめて立ち尽くすのだった。


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