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大和駅から神奈中バス「上和田団地行き」で、「上和田団地」下車。進行方向とは逆方向に70m戻り四つ角を右折し、北東方向に300m(途中「上和田会館前」交差点を通過)進んだ三叉路の角地。
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| 写真2 六地蔵 2009/10/10 |
写真3 右面 2009/10/10 |
写真4 裏面 2009/10/10 |
写真5 左面(斜めから) 2009/10/10 |
| 写真No | 叢書No | 説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用) |
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| 1 | 全体 | |
| 2〜5 | 六地蔵尊4 | 萬延元年(1860) 正面:《地蔵尊立像2体》 右面:《地蔵尊立像2体》 左面:《地蔵尊立像2体》 裏面:萬延元庚申年七月 施主 木村銀蔵 建之 【 寸法(cm)】 総高=49 塔高=-- 幅=30 奥行=27 |
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| 写真6 念仏供養塔 2009/10/10 |
写真7 右面 2009/10/10 |
写真8 右面拡大 2009/10/10 |
写真9 左面 2009/10/10 |
写真10 全体像 2009/10/10 |
| 写真No | 叢書No | 説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用) |
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| 6〜10 | 念仏供養塔7 (岩船地蔵) | 享保四年(1719) 正面:《地蔵尊》 上和田村 下和田村 信法寺□世行誉上人 右面:岩船地蔵尊 念仏供養 左面:享保四己亥九月廿四日 【 寸法(cm)】 総高=111 塔高=94 幅=-- 奥行=-- |
| 深見坊之窪には「岩船地蔵」という祠があり、地蔵が祀られています。 |
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岩船地蔵は、享保年間(1716〜1735)のものが大部分で短期間に広がった珍しい地蔵です。 宝亀8年(777)弘誓坊明願(明源と書いた資料もある)和尚が地蔵菩薩の霊夢を見て栃木県にある岩船山を訪れ、生きた地蔵を見た事からこの地を霊地と定め高勝寺を開山し、地蔵を祀ったと伝えられています。江戸時代には歴代将軍に庇護され、8代将軍徳川吉宗(4代家綱と書いた資料もある)は岩船地蔵の生まれ変わりと言われ、吉宗(在位1716〜1745)は堂宇の修復を行い境内を整備しました。これを機に岩船地蔵の普及に努め"関東の高野山"、"日本三大地蔵尊"などと称されることとなったとのことです。 なぜ[岩船」かと云うと、濁世から浄土へ人々を送り渡すために地蔵菩薩は丈夫な岩の船に乗って現れるということのようです。三途の川を岩船に乗って渡るのでしょう。 |
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享保年間に急速に流行した岩船地蔵が、上和田(享保4年造立)と坊之窪(享保9年造立)の二箇所にあり、享保年間の早い時期に作られたということは、当時流行った社会現象にいち早く対応したことを示す貴重な文化財かも知れません。 資料1:日本石仏協会機関紙 日本の石仏 1984年 冬号50ページ 松村雄介著「岩船地蔵場J」 資料2:岩船町観光 高勝寺 (http://totitabi.ame-zaiku.com/iwafune/kousyouji.html) |