| 観世音菩薩・阿弥陀如来・不動明王・弁財天・弥勒菩薩の画像一覧を示します。 |
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観音さま、観音菩薩として広く親しまれる仏様です。十一面観音や千手観音、如意輪観音など、様々な観音様がありますが、これらは全て観世音菩薩の変化観音とされています。馬頭観音も変化観音の一つです。変化観音に対し、基本的な姿をした観世音菩薩を「聖観音」又は「正観音」と呼びます。一貫番号01の写真のように、阿弥陀如来の化仏がついた宝冠をかぶり、蓮華などを持ち蓮台に乗る姿が一般的です。 観世音菩薩は、慈母観音などという呼び方から女性と見られていますが、経典などでは釈迦が観音に向かって「善男子よ」と呼びかけていることから、本来は男性であったと考えられています。 |
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| 一貫番号 01 叢書の番号 01 造塔年 1668 |
一貫番号 02 叢書の番号 02 造塔年 1773 |
一貫番号 03 叢書の番号 03 造塔年 1937 |
| 浄土真宗の本尊です。浄土真宗では、「他力本願」と云う言葉が用いられますが、これは、人まかせ・成り行き任せの意味ではなく、阿弥陀仏が衆生を救済する本願のはたらきを意味します。すなわち、自分の修行などによって極楽浄土へ往生しようとする「自力念仏」ではなく、阿弥陀如来を信じ感謝の心とともに唱える「他力念仏」が浄土真宗の念仏なのだそうです。 むづかしいことはわかりませんが、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。 |
| 一貫番号 01 叢書の番号 01 造塔年 1672 |
一貫番号 02 叢書に記載なし 造塔年 1708 |
| 「お不動さん」の名で親しまれています。不動明王は一面二臂で剣と羂索(けんじゃく、縄)を持つのが基本です。剣は罪人を切るためのものではありませんし、縄も罪人を縛るてめのものではありません。剣は人間の煩悩、つまり邪悪なこころを切るためのものです。縄は人が横道、悪い道に逸れそうになったときに、それを善導するためのものなのです。身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多いようです。これはどぶ泥の色ともいわれ、煩悩の泥の中において衆生を済度せんことを表しているのだそうです。 でも、恐い顔をしていますね。太宰治も恐がったそうですが、何か悪いことでもしていたのでしょうか。 |
| 一貫番号 01 叢書の番号 01 造塔年 1743 |
一貫番号 02 叢書の番号 02 造塔年 1925 |
一貫番号 03 叢書の番号 03 造塔年 不明 |
| 弁財天は、ヒンドゥー教の女神です。経典に則った漢字表記は「弁才天」ですが、日本では「才」が「財」の音に通じることから財宝神としての性格が付与され、「弁財天」と表記する場合も多いようです。弁天様とも言われます。また、日本では神道の神とも見なされ七福神の一員になっています。歌舞伎の「弁天小僧」はどんな関係なのでしょうか・・・。 |
| 一貫番号 01 叢書の番号 01 造塔年 1750 |
一貫番号 02 叢書の番号 02 造塔年 1768 |
一貫番号 03 叢書の番号 03 造塔年 1781 |
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叢書では「弥勒菩薩」の分類はありませんが、市域に2基あり、比較的珍しいようなので、特別に「弥勒菩薩」として掲載しました。 弥勒菩薩は釈迦入滅後56億7千万年後に現れるそうですが、科学的に見ると50億年後には、地球は太陽に飲み込まれているそうです。弥勒菩薩の像容としては半跏思惟像が有名ですが、インドでは水瓶を手にする像として造形され、中国においては、唐までは足を交差させ椅子に座る像として造像され、元・明時代以降は弥勒の化身とされた布袋として肥満形で表されました。一方、飛鳥時代の日本では半跏思惟像として造像が行なわれましたが、平安時代・鎌倉時代には、立像や坐像として表されるようになりました。 でも、美しいのは京都の広隆寺の弥勒菩薩像(半跏思惟像)に代表されるお姿でしょう。 |
| 一貫番号 01 叢書の分類「弁財天1」 造塔年 1750 |
一貫番号 02 叢書の分類「その他3」 造塔年 1751 |