大和市の石仏/鶴林寺

鶴林寺  最終更新日:2010年12月28日(周辺地図変更) 
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場所:下鶴間1938(写真1 2009/11/21撮影)
鶴間駅東口から神奈中バス「町田バスセンター行」「(鶴ヶ峰駅経由)横浜駅西口行」で、「下鶴間」下車。
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地蔵尊像7
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写真2 地蔵尊
2009/11/21
写真3 一部拡大
2009/11/21
写真4 一部拡大
2009/11/21
写真5 一部拡大
2009/11/21
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写真6 右面
2009/11/21
写真7 背面
2009/11/21
写真8 台座右面
2009/11/21

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
1  全体
2〜8地蔵尊像7享和三年(1803)
正面:権律師明誉実円 瀬沼代々並祖
左面:享和三亥二月十五日 施主 弥市
(注)木の小祠に祀る。台座角石上下の石質が異なるが、文字の彫刻は同一と思われる。
【 寸法(cm)】 総高=163 塔高=50 幅=-- 奥行=--
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)

叢書では「木の小祠に祀る。台座角石上下の石質が異なるが、文字の彫刻は同一と思われる」と書かれているが、写真8からわかるように現在の台座は平成十四年七月吉祥日に再建されたものである。
地下に入って断食し、即身仏となった俗名瀬沼崇信という人の菩提を弔ったものと伝えれれている。

念仏供養塔8
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写真9 念仏供養塔
2009/11/21
写真10 一部拡大
2009/11/21
写真11 右斜めから
2009/11/21
写真12 左斜めから
2009/11/21

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
9〜12念仏供養塔8宝暦十三年(1763)
正面:《上人坐像》 寒念仏供養 □誉上人 宝暦十三天未十二月日
【 寸法(cm)】 総高=84 塔高=67 幅=41 奥行=21
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


読誦塔4
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写真13 読誦塔
2009/11/21
写真14 一部拡大
2009/11/21
写真15 一部拡大
2009/11/21
写真16 一部拡大
2009/11/21

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
13〜16読誦塔4年代不明
正面:《地蔵尊坐像》 三部妙典一千部供養 読経沙門典誉円栄 相州講座郡鶴間村 せしゅ 源左衛門
【 寸法(cm)】 総高=90 塔高=71 幅=37 奥行=24
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


不動明王1
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写真17 不動尊
2009/10/16
写真18 右面
2009/10/16
写真19 左面
2010/04/03
写真20不動明王坐像
2009/10/09
追加 裏面
2010/04/03

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
17〜20不動明王像1寛保三年(1743)
正面:不動尊 [  ]
右面:寛保三歳次癸亥 林鐘吉祥日
左面:江戸番町依藤卦氏之志願村中造立之
(注)塔身上部に不動明王坐像あり。首部欠損。”林鐘”は六月の異称。
【 寸法(cm)】 総高=122.5 塔高=103 幅=31.5 奥行=30.5
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)

大和市発行の大和市文化財調査報告書76「石造物」(1996発行)によれば、写真17〜20の不動明王について次のように書かれている。
 凝灰岩を材料にした石造物で、風化が進み、大きな剥落があるとともに不動明王は頭部が失われている。剥落は今後も進み、将来にわたって現状を維持するのは困難な塔である。
 鶴林寺の不動堂の入口にあってこれへの奉納であるが、ここは矢倉沢往還(大山道)沿いにあり、大山信仰とのつながりも考えられる。寛保3年(1743)建立は、庶民の社寺参詣の高揚期にあたる。林鐘は6月のことである。左面は「江戸番町藤卦氏の志願に依り、村中がこれを造立す」とあって、江戸番町に住む人の依頼で建立されたことがわかる。
 大和市域では、不動明王塔は3基と少なく、貴重な存在である。  (小川)
 鶴林寺の不動堂には、不動尊が安置される(写真29,30参照)。この像の胎内にはニ文書が納められており、貞享元年(1684)4月の造立であることがわかる。また、施主として120人の名前が記載されるが、関・依田・大井などの姓は、下鶴間村周辺の人々ではなく、願主の「覚院」も鶴林寺の住職ではない。どのような経緯でこの像が安置されたのかは、明らかでない。いずれにせよ村外の人々に信仰されたことがうかがえる。
 1996発行の大和市文化財調査報告書76「石造物」に、上述の如く「剥落は今後も進み、将来にわたって現状を維持するのは困難な塔である」と警鐘が発せられているが、それからわずか13年後の今回の調査では、右面の文字のうち下部にある「亥」と「日」の文字部は剥落している。左面では「氏」と「立之」の文字部が剥落している。正面下部の線刻画も剥落が進んでいる。わずか13年しか経っていないのに・・・。

記載なし/石祠
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写真21 石祠
2009/11/21
写真22 右面
2009/11/21
写真23 左面
2009/11/21
写真24 裏面
2009/11/21

写真No叢書No説 明 
21〜24記載なし
石祠
年代不明
総高=72 塔高=-- 幅=24.5 奥行=30.5
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


記載なし/六地蔵 墓石?
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写真25 六地蔵
2009/11/21
写真26 種別不明
2009/11/21
写真27 種別不明
2009/11/21
写真28 種別不明
2009/11/21

写真No叢書No説 明 
25〜28記載なし
種別不明
年代不明
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


記載なし/不動尊 蚕神 他
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写真29 不動尊祠
2009/11/21
写真30 不動明王
2009/11/21
写真31 不動明王の兜?
2010/04/03
写真32 蚕神&天神
2009/11/21
写真33 地蔵立像
2009/11/21

写真No叢書No説 明 
29,30記載なし
不動尊
年代不明
31記載なし
種別不明
年代不明
毘沙門天の胸当て(鎧の胸当て)のようにも見えるし、兜のようにも見えるが、わからない。
32記載なし
蚕神&天神
年代不明
33記載なし
地蔵立像
年代不明
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


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