大和市の石仏/上和田日枝社

上和田日枝社  最終更新日:2010年12月27日(周辺地図変更) 
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場所:上和田2491(写真1 2009/04/08撮影)
大和駅から「上和田団地行き」神奈中バスで終点「上和田団地」バス停下車。上和田団地の北側に道路を隔てて隣接。
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庚申塔27
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写真2 庚申塔
2009/04/08
写真3 2の右面上部
2009/04/08
写真4 2の右面下部
2009/04/08
写真5 2の正面三猿
2009/04/08
写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
1  全体
2〜4庚申塔27元文四年(1739)
正面:《青面金剛立像(合掌六臂)》 《三猿》 《日》 《月》
右面:庚申供養 中村同行九人 中村中島同行六人
左面:元文四未年十一月吉[  ]
5庚申塔27三猿が踊っているようで楽しい。
叢書では「見ざる・言わざる・聞かざる」となっているがそのようには見えない。
【 寸法(cm)】 総高=83 塔高=74 幅=23.5 奥行=19
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


 写真5の説明でも書きましたが、叢書では三猿は「見ざる・言わざる・聞かざる」となっているがそのようには見えません。左端の猿は口を押さえ「言わざる」の形をしているが、残りの二猿は目がはっきり刻まれており、「見ざる」がいないことになります。それにしても三匹の猿のユーモラスな姿には思わず笑ってしまいます。
また、碑文に「中村」「中島」とありますが、大和市の古い地名では、薬王院の東側が「中島」で、その南側が「中村」です。「中村集落の九人」と「中島集落六人」が、この庚申塔を寄進したようです。

その他2
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写真6 その他の塔
2009/04/08
写真7 6の右面
2009/04/08
写真8 6の左面
2009/04/08
写真9 6の左面下部
2009/04/08
写真10 日枝社全景
2009/04/08

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
6〜9その他2享保二年(1717)
正面:為奉納御宝前
右面:享保二丁酉年
左面:七月吉日 當村小川団之助
(注)笠に日月あり。
【 寸法(cm)】 総高=83.5 塔高=79.5 幅=22.5 奥行=18.5
10  日枝社の全景。なぜか、お雛様が捨てて(?)あった。
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


上和田左馬神社に良く似た塔がある。両塔とも、享保二年に小川団之助が寄進したものである。
 ここも参照

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