大和市の石仏/桜株十一面観世音菩薩

桜株十一面観世音菩薩  最終更新日:2010年12月28日(周辺地図変更) 
Google
WWW を検索 サイト内検索


観世音菩薩3


場所:福田2608(写真1 2009/02/20撮影)
桜ヶ丘駅の南側。小田急線と中原街道が交わる踏切の南西側角地。
周辺地図はこちら

(クリックで拡大)
blank blank blank blank
写真2 観世音像
2009/
写真3 祠
2009/
写真4 浄水鉢
2009/
写真5 由来記
2009/

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
1  全体
2観世音菩薩3昭和十二年(1937)
【 寸法(cm)】 総高=268 塔高=185 幅=-- 奥行=--
3〜5記載なし
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)

説明板には次にように書かれています。

桜株十一面観世音菩薩の由来

  この尊像は昭和十一年十月二十三日、深谷村秋祭りと大和村小学校の運動会の帰途、当時もの珍しい自動三輪にてこの桜株踏切にさしかかるや折から幕進し来たりし江の島行電車に接触し一大音響と共に三輪車もろとも十一名即死、二名が重傷と云う大惨事を巻き起し、これを契期に部落の先輩諸氏が事故防止を呼びかけ設立運動を起し、翌昭和十二年有志の善意が高なり浄財の御喜捨により、当時綾瀬村報恩寺住職の御懇篤なる御教導仰いで十一名の尊き御魂の冥福を祈るために 十一面観世音菩薩が踏切わきの此の地に安置されて二度とこのような事故を起こさぬよう 永遠に交通安全を願い 菩薩の御加護祈願し 茲に尊像が設立致しました。
         桜ヶ丘自治会

小田急江ノ島線が開通したのは昭和 4年(1929)、桜ヶ丘駅が開業したのは昭和27年(1952年) なので、事故当時は桜ヶ丘駅はなかった。しかし、今もって幹線である中原街道とは平面交叉の踏切で交通渋滞の難所である。

・Home:大和市の石仏トップ

・大和市なんじゃもんじゃ写真館はこちら   ・クリックしてメール。

Copyright© 2009 K.Hironaka. All rights reserved