大和市の石仏/下福田小付近

福田472(下福田小付近)  最終更新日:2009年10月05日 
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場所:福田472(写真1 2009/09/25撮影)
個人の邸内。写真撮影ならびにホームページへの掲載許可をいただいた。

庚申塔12
(クリックで拡大)
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写真2 庚申塔
2009/09/25
写真3 斜めから
2009/09/25
写真4 斜めから
2009/09/25
写真5 猿
2009/09/25

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
1  全体
2〜5庚申塔12元禄五年(1692)
正面:《阿弥陀如来像》 《三猿》 奉納庚申供養 □禄五天申八月吉日
(注)七名記載判読不能)
【 寸法(cm)】 総高=90 塔高=72.5 幅=35.5 奥行=23
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)

大和市発行の大和市文化財調査報告書76「石造物」(1996発行)によれば、写真2〜5の庚申塔について次のように書かれている。
 阿弥陀如来坐像を彫った舟型部の頂部が欠損しているが、三猿部、さらにその下の人名を刻んだ台部まで一体の塔である。主尊に阿弥陀如来をもつが、銘文から明らかに庚申塔であるといえる。建立年代は元禄5年(1692)で、初期庚申塔ということができる。元禄期頃までの庚申塔は青面金剛立像と三猿といった組み合わせではなく、多様な像容をもったものが多く、これもその一例といえる。
 阿弥陀如来坐像は弥陀定印を結び、頭部には肉髻(にっけい)も彫られているが、頭部は彫りが不鮮明になっている。
 深見島津の寛文12年(1672)庚申塔は阿弥陀如来を示すキリークの種子があり、これも阿弥陀如来を主尊とするといえる。    (小川)

地神塔18
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写真6 
2009/09/25
写真7 
2009/09/25

写真No叢書No説 明 (大和市資料叢書1 大和市の石造物より引用)
6,7地神塔18明治九年(1876)
正面:堅牢大地神 明治九丙子年十一月吉日 願主 関水弥次右ェ門
【 寸法(cm)】 総高=65 塔高=50 幅=29 奥行=11
像に刻ざまれた文字等は、大和市発行の「大和市資料叢書1〜大和市の石造物〜」から引用。
《 》=刻像の説明  □=判読不能文字(1字)  [  ]=判読不能文字(2字以上)


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