「ごぶさたね。元気なの?」


とても簡単な文面だ。そこに媚やら愛想は一切含まれていない。だが、とても読みやすい綺麗な文字の配列が何故か無性に愛しい。
紙は時の流れに逆らえず酷く痛んでしまったが、どれだけ時が過ぎようとも自分の内にあるこの思いだけは一向に風化しない。
それどころか、この手紙を見るたびにより一層強くなる。


「ごぶさたね、か」


仏頂面が妙に様になって吃驚するくらい笑わない女だった。
いつもつまらなそうにバーのカウンターでグラスを磨いて、客が来ても「いらっしゃい」の言葉もなく、ただ力強い瞳で射抜くだけ。
客商売の気質が壊滅的にないとしか言いようがない接客態度だった。でも、女は好かれていた。俺も嫌いにはなれなかった。
良く言えばミステリアス。悪く言えば無愛想な女の何処に人を惹きつける魅力があるのかは定かではないが、
なにか強力な磁力でもあるかのように人を惹きつけてやまなかった。いい女だった。


「お前こそ、元気なのか?」


未だにあの仏頂面でグラスを磨いているのだろうか。この広い海の何処かで。
手紙は柄じゃないから出来ればこの目でその姿を見たい。だが、それはきっと叶わない。
この手に掴める筈だった、その白く少し荒れた手はもう他の優しく大きな手に包まれていることだろう。
俺にはほとんど見せなかった穏やかな笑顔を何処かの誰かに見せているのだろう。
海の見える何処か遠くの地で幸せに暮らしているだろう。幸せに。幸せに。幸せに。


「流石の俺も人様の幸せを奪うことは出来ねえわな」


たった一通の手紙の返事も出せない俺では、幸せになんてしてやれない。
そもそも二人の間に色っぽい話なんてこれっぽっちもなかった。「好き」と言われた覚えもなければ「愛してる」と言った覚えもない。
だからきっとこれで良かった。ただ哀れな男が過去を思い返しては少しの後悔を味わう。それだけの話だ。


「こんな所にいたのか。珍しいな、あんたが一人でいるなんて」
「俺だってたまにはセンチメンタルな気分に浸りたくなるんだよ」


わざわざ見張り台にまで上ってきた見慣れた顔はその薄い唇に少し笑いを含ませた。
どうせ「センチメンタル」なんてタマじゃねえくせに、とか思っているのだろう。
長い付き合いなだけに、手に取るようにわかる。


「で、何の用だ?」
「お届けものだ。今さっき着いた」


シックなワインレッドのリボンがついた伝電虫。
リボンを除けば何の変哲もない、ごく一般的なものだ。


「俺に?」
「ああ。あんたに」
「誰から?」
「知らねえよ」


長居は無用と言わんばかりに、さっさと相棒は帰っていく。
だが、何故か妙にひっかかる。何処か楽しげに見えたのは気のせいか?



Lululu・・・



タイミングよく鳴る電話。
澄んだ呼び鈴に急かされてとりあえず、その音を正当な手段で止めてみる。


「誰だ?」
「ごぶさたね」
「え、」
「元気なの?」


懐かしいと呼ぶには、あまりにも愛想のない声に自然と歯茎が痒くなる。


「―――ああ。あの頃のままさ」












2008年3月6日