アルプス谷は月面の地溝帯
イギリス天文協会月面課(BAA Lunar Section)が「The new moon」というアマチュア向けの雑誌をオンラインで発行しています。このニュースレターには、月に関するいろいろな話題が提供されています。2007年12月号では、ピーター・グレーゴ氏による「アルプス谷:月の地溝帯」という記事が載っていました。なかなか興味深い内容でしたので紹介いたします。(本来、原文を直訳して載せるべきですが、著作権の問題もありますので、私なりの理解を原文とは異なる「解説」という形で書かせていただきます。私は地形学の素人ですので、英語の読める方はぜひ原文に当たって下さい)
http://www.baalunarsection.org.uk/TNM_2007_12.pdf
★ アルプス谷の特徴

アルプス谷の位置(【フリー素材】月画像集−プレ天文http://www.f3.dion.ne.jp/~p2k/moon.htmlより)
アルプス谷は雨の海に対して外側に向かって延びている大きな谷で、幅は約20km、長さは180kmあります。日本の糸魚川−静岡構造線の長さは約300kmくらいですから、その半分くらいの長さがあるのですね。このような大きな谷なので、小望遠鏡や双眼鏡、もちろんコルキット・スピカでも簡単に見つけることができます。アルプス谷のような「線形状の」「大きな」谷は、月の表側にはほとんど例が無く、月面では非常に珍しい地形です。一方月の裏側には、シュレディンガー谷という、アルプス谷に比肩する幅10km、長さ300kmに及ぶ立派な線形谷があります。その存在は秤動の具合によっては、地球からもチラリと見えるのだそうです。
★ アルプス谷の形成:3つの説
さて、アルプス谷の形成については3つの考え方があったそうです。
1)雨の海形成時の噴出物による「傷」
これは地質学者のグローブ・ギルバートが「月の顔(その特徴の起源の研究)」という論文の中で1893年に述べている説で、雨の海ベースンを造った隕石の衝突時に、投げ出された噴出物によってアルプス谷が作られたとする考え方です。雨の海は、巨大なベースン(海盆)であり、巨大隕石の衝突によって造られたと考えられていますが、その衝突時に吹き飛ばされた物体が地面を抉った跡がアルプス谷である、とする考え方です。アルプス谷が雨の海から外側に延びていることもこの説に整合していて、20世紀の中頃まで支持されていたそうです。
2)地溝帯とする説

上の図のように、2つの平行する正断層に挟まれて陥没した地形を地溝帯と呼んでいて、地球上では各地に見られます。ヨシア・スパーという人が「月理学に適用される地質学(Geology Applied to Selenology)、月の雨の海の平原(1944)」において、アルプス谷が地溝帯であるという主張をしています(ちなみにこの本は、今でもアマゾンで売っています)。
3)月の地殻の縮小説
ところが同じヨシア・スパーさんがその5年後、「月理学に適用される地質学W:縮む月(1949)」という本を著し、今度はアルプス谷が地殻の収縮によって形成された地形であるとする説を提唱しました。ある時期に月全体のグローバルな収縮が起こり、その結果アルプス谷が形成されたというのです。
さて1)〜3)にうち、正しいのはどれでしょうか?グレーゴ氏の記事によると、現在は2)の地溝帯説が正しいとされているのだそうです。ただ残念ながら、その根拠は記事に書かれていませんでした。おいおい勉強していきたいと思います。
★アルプス谷を流れた「川」の発見

ルナーオービターが「発見」した、アルプス谷のリル(模写)
1960年代に打ち上げられた月面探査衛星「ルナーオービター」は、アルプス谷に「小川」(リル)を発見しました。小川といっても流れていたのは水ではなく、かつて月面が溶岩で満たされていた頃(30億年前)に、溶岩が流れた跡だと考えられています。
アルプス谷に細いリルがあることは、実はそれ以前の地球からの望遠鏡観測でわかっていたことでしたが、特に注目されてこなかったため、敢えてルナーオービターの「発見」とグレーゴ氏は呼んでいます。アルプス谷のリルの存在は、実は口径15cmの望遠鏡でも条件が良ければ見えるようです(私の所有するMC127では無理か?)。巨大隕石の衝突で雨の海が形成され、その後の地殻活動によってアルプス谷が誕生し、この谷は何億年かの間、周囲から雨の海へ溶岩を運ぶ水路の働きをしていた、ということでしょうか。やがて溶岩が冷えて固まり、現在の姿に固定され、約30億年にわたって保存されている、こんなイメージのようです。
以上、ピーター・グレーゴ氏の記事を私なりに解釈してみました。
もう1つ、「The new moon」2007年12月号にサリー・ラッセル氏による、ペタビウスのもの凄いスケッチが載っています(17ページ)。とても人間技とは思えない素晴らしいスケッチで、私などこれを見たときはショックのあまり呆然としてしまいました。CCDカメラを上回る細密画で、まさにスケッチャーの逆襲です。
http://www.baalunarsection.org.uk/TNM_2007_12.pdf