月面クレーター隕石孔説への反論

〜「月:形態と観察(パトリック・ムーア著 地人書館)」より〜

 

先日、近所の図書館をぶらついていたところ、月面観察に関する「古典」というべき本「月:形態と観察(パトリック・ムーア著・宮本正太郎・服部昭訳 地人書館)」が置かれているのを発見し、早速借りてみました。

 

この本が書かれたのは1963年であり、アポロが月面に着陸する以前です。現在では月面のクレーターは「主に」隕石の衝突によって形成されたことが常識になっています。しかしこの頃はまだ「火山説」と「隕石説」が論争を続けていた頃です。

 

著者のパトリック・ムーアは、イギリス天文学協会(BAA)月面課の課長を勤めた人物で、非常に優れたアマチュア月面観測家として知られています。特に1952年に彼が行った予言「月の裏側は、我々がいつも見ている側に比べて、大きな火口列は少なく、海の数も確かに少ないだろう」は、1959年にソ連のルーニク3号が初めて撮影した月面の裏側の様相とまさに合致していて、賞賛されました。そのパトリック・ムーアは当時「クレーター火山起源説」の最後の砦として論陣を張っていました。彼の主張がこの本に書かれています。

 

長年にわたる月面観測から得られた「事実」に基づく隕石説への反論は、大変読み応えがありました。以下、ムーア氏の反論の概要を、私が理解した範囲でご紹介いたします。

 

反論1:隕石説では「火口列」の存在が説明できない

 

 

月面には、クレーターが数珠つなぎになった「火口列」と呼ばれる地形がいくつかあります。ムーア氏はその例として「レイタ谷」(上図)を挙げています。レイタ谷は名前こそ「谷」ですが、その実態は明らかにクレーターの列であって、断層や地溝帯ではありません。月面に対してランダムに落ちてくる隕石によって、どうしてこのような直線に並んだ火口ができるのか?偶然複数の、同じ程度の大きさの隕石が直線に並ぶことは考えにくく、むしろ線状の火山帯と考えた方が自然に思えます。あるいは列をなした隕石が落ちてきたことも考えられますが、その場合このようなきれいな直線になるかどうかは大変疑問です。

 

反論2:月面には「負の重なり」をもつクレーターがほとんど無い

月面のクレーターの重なり方にはある規則性があって、上図左のように、大きなクレーターの周壁を小さいクレーターが覆っている例は非常に多くありますが(正の重なり)、右のように小さいクレーターの周壁を大きなクレーターが覆っている例(負の重なり)はほとんどありません。ムーア氏は「正の重なり」の典型例として、直線壁のすぐ近くにあるテビト・クレーターを挙げています。もし隕石がランダムに落ちてくるなら、月面に「負の重なり」がもっとあって良いはずですが、ほとんど見られません(敢えて例を挙げるなら「雨の海」と「虹の入江」の関係が負の重なりといえそうです)。火山活動が活発な時期に大きな火口が造られ、沈静化するに従って小さな火口が造られたと考えれば、この重なりの規則性が無理なく説明できます。

 

反論3:小型クレーターが周壁を破壊していない

 上記2とも関連しますが、一般に2つのクレーターが重なっているとき、お互いの「周壁」は、接合点ぎりぎりまでその形が崩れていません。これはちょっと奇妙なことです。というのは、古いクレーターの周壁に、別の隕石が新たに飛び込んだとすれば、そこでは大きな衝撃、および巨大な地震(月震)が生じたはずで、古いクレーターの周壁はもっと崩れていて良いはずです。にもかかわらずその形跡が無いのは、もっと穏やかなプロセスでクレーター形成が起こったことを示唆しています。

 

反論4:「ドーム」と呼ばれる地形の頂部に穴がある

月面には「ドーム」と呼ばれる、こんもり盛り上がった丘陵がよくあります。この丘陵部の頂上には「穴」がある場合が多く、地球の楯状火山と外見がよく似ています。もしこれを隕石孔で説明するとすれば、盛り上がったドームに「偶然」隕石が直撃しなければなりません。そのようなことが頻繁に起こるはずはなく、ドーム地形は火山であると考えたほうが自然です。

 

反論5:クレーターの配列は構造的である

 さらにムーア氏は「論争の決め手」として、火口が子午線に沿って構造的に並んでいることを挙げています。この並びについて「東方火口列」「大西方火口列」「プトレマイオス・ワルター火口列」「テオフィルス火口列」の4つの並びを例示しています。一方、「隕石説」を唱えるボールドウィンは、「照明の具合によって火口列に見えるだけだ」と反論したようですが、確かに、望遠鏡で月面を見ていると、大型のクレーターが南北に並んでいることに気がつきます。

 

反論6:レイ(光条)は明るい小さい火口を伴っている

 レイといえば、ティコから延びるものが有名ですが、ムーア氏は以下のように述べています。「北のリムを越えているレイは、チコから出たレイの単なる延長ではないし、一般に、レイはただの“すじ”ではないといえる。レイは、はっきりした構造を示し、小さな明るい火口をともなっている・・・」。すなわち観察結果は、レイが1回の衝突でつくられたのではなく、レイに沿って複数の小型の火山が噴火して長く延びたのではないか、と考えています。

 

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 以上、ムーア氏の反論は、観測事実に基づいているため、非常に説得力があります。月面のクレーターは(ドーム地形などを除き)「隕石説」で決着がついているそうですが、もしそうであるなら、隕石の作用で上記のような観測事実を説明できねばなりません。レイタ谷の形成など、どう説明されているのでしょうか?残念ながら私は知識が無いため、最新の月面の知見がどのようになっているのか知りませんが、非常に興味あるところです。

 

他にもこの本には、様々な月面に関するエピソード(リンネ消失事件、アルフォンススのガス噴出など)や、観測に関する基本的な事柄(月面の温度を望遠鏡で推定する方法など)がきちんと書かれており、大変ためになる本です。内容は古い部分があるかも知れませんが、科学とは「結果」ではなく「プロセス」が重要であり、結果にいたった経過や思考過程のきちんと書かれたこのような本は貴重です。

 

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