書評
最新・月の科学―残された謎を解く
(NHKブックス) 渡部潤一【編・著】

NHKブックスより標記の本が2008年6月に刊行された。値段も1123円と手頃だったので早速購入して読んでみたところ、非常に面白く、ためになる本だったので、書評(というか感想)を書いてみる。
まず表紙には「渡部潤一【編・著】」と大きく書かれている。てっきり渡部氏が執筆したのかと思いきや、分担執筆であった。目次と担当は以下の通りである。
第1章 日本人は月をどう見てきたか;(渡部潤一)
第2章 月に踏み出した人類;(出村裕英)
第3章 月表層・地殻を科学する;(出村裕英)
第4章 月の深部構造に迫る;(出村裕英)
第5章 月に残された謎―「かぐや」以前;(出村裕英)
第6章 「かぐや」が迫る月の起源と進化;(平田成)
第7章 「かぐや」以後の月着陸探査と科学 ;(寺薗淳也)
おわりに;(出村裕英)
つまりこの本の大半は会津大学の出村裕英氏が執筆したものである。にもかかわらず、表紙には渡部氏の名前だけが大きく書かれ、巻末には渡部氏の経歴が写真入りで説明されている。これはどうしたことか?
出版社の要望で渡部氏を前面に出したのか、あるいは元々渡部氏が受注した作業を出村氏が「下請け」したのかわからないが、何とも不公平な扱いである。
さて出村氏の文章であるが、月面に関する幅広い知識に裏打ちされた流れるような表現力で、読んでいてグイグイと引きつけられた。月に関して「何がわかったか」より「何がわからないか」を中心に書かれており、月がいかに謎に満ちた天体であるか、 また「月の科学」がいかにチャレンジングな学問であるか、よくわかった。このようなダイナミックな研究をしておられる出村氏に、羨望を感じたほどである。
「ジャイアント・インパクト」や「マグマ・オーシャン」といった説が、あくまで都合良くこしらえた仮説であって、必ずしもすべての研究者が納得しているわけではないことも良く分かった。このあたりの慎重な書きぶりも、第一線の研究者ならではであろう。
さて、この本を読んで私が感じたこと・考えたことを順不同で書いてみる。
○人類と月との関わり
「暦」とは、「地球の公転周期」「月の公転周期」「地球の自転周期」の組み合わせであり、これら3つは独立の周期をもつので、その折り合いをどうつけるか、それが暦の歴史であると理解した。このシンプルな理解の仕方は自分には新鮮だった。
○月面探査に対する批判
第2章の冒頭にアポロ計画について「天上世界のイメージが汚されたような印象を抱いた人もいたそうだ」という批判が紹介されている。しかし世の中にはそう思う人が実際にいる。何を隠そうこの私がそうだ。
なぜ私が夜な夜な望遠鏡で月を見ているのかというと、そこには(アポロ飛行士の十数名を除き)人の手で全く汚されていない、数十億年間も静かに眠っている大地があるからである。私のような安月給のサラリーマンでも、少し小遣いを叩いて望遠鏡を買えば、数十億年間変わらない月面の地形を、間近に見ることができる。人間関係でヘトヘトになった時、望遠鏡を月に向ければ、そこには人間が触れていない、数十億年の悠久の大地がある。だからこそ癒されるのである。もしそこに「基地」だの「工場」だのが見えたら幻滅である。
誰もが気軽に観望できる「人の手で汚されていない」大地を、できることなら子孫にも残して欲しい。「科学」の為なら何でも許されるというわけではない。増してや月面に基地だの工場だのを作るのは金輪際やめて欲しい・・・と考える私は恐らく少数派であろうが、こういう人間もいることを研究者の皆様は理解しておいて頂きたい、と思った。
○月の起源について
私が子供の頃、月は地球から分離してできたという説(親子説)がよく本に載っていた。地球の一部がヒョウタンのようにくびれ、遠心力で分離したのが月であり、月が分離してできた窪地が太平洋であるとする説明である。しかし月−地球系のもつ角運動量では分裂は起こり得ないことが判り、地球と月は別々に生まれたとする「兄弟説」がその後主流となった。ところがアポロによる月の石の解析などにより、岩石の組成が地球のマントルに似ていること、また月には親鉄性の元素が不足していることなどが判明し、「兄弟説」では都合が悪くなった。ということで登場したのが、地球と、もう1つの未知の惑星がぶつかって月ができたとする、「ジャイアント・インパクト説」である。
「ジャイアント・インパクト説」は、てっきり学界では定説になっているのかと思っていた。しかしこの本では「都合の良すぎるジャイアント・インパクト説」として批判を加えている。この批判は読んでいてナルホドと思った。このあたりはさすが第一線の研究者であり、読み応えがあった。
○満月が明るい理由
望遠鏡で月を見たことがある人なら誰でも気づくことだが、月は満月近くになると異常に明るくなり、望遠鏡で見ていると目が痛くなる。一方、三日月など細い月は非常に暗く、小口径の望遠鏡では地形がはっきり見えないこともある。つまり月の明るさは、光っている面積に比例しない。その理由は何だろうか?
という初歩的な疑問に対する答えが、この本には分かりやすく説明されている。その理由は、月の表面を覆っているレゴリス(表層土壌)の特性にあるという。月の土壌粒子は大きな起伏をもっており(コンペイトウのようなイメージ?)、斜めから光が当たると、起伏の影ができて暗くなるのだそうである。ナルホド、賢くなりました。
○後期重爆撃の謎
アポロの探査によると、月面のクレーターの多くは生成期が40億年〜38億年前に集中しているという。月ができたのが45億年前とすると、形成後5億年も経ってから大量の隕石が降り注いだことになる。このように遅れて起こる微惑星衝突(後期重爆撃)については、いろいろな説があるようだが、1つの謎として大変興味深い。
○「かぐや」ミッションについて
第6章には「かぐや」ミッションについて詳しく説明されている。かぐやは、各国の月面探査の中でも特に意欲的なものであることが伝わってきた。ただし、この章の説明はごく淡々としており(まるでJAXAのパンフレットのよう)、もしできることならミッションが決まるまでの裏話とか、人間味のある話を紹介して欲しかった。
ところで月面の「ハイビジョン映像」というのは、単に広報用であるというのもちょっとビックリした(科学ミッションと思っていたので)。この本とは関係ないが、NHKさんとJAXAさん、「満地球の出」とかはどうでも良いので、私のようなマニアのために常時リアルタイム映像を放映するとか、地形別・クレーター別にハイビジョン映像をアーカイブして提供するとかしていただけると有り難い。アマチュアの月面観測者は、今だに1960年代の「ルナーオービター」の写真アーカイブを活用しています。これに変わる画像データベースが欲しい。
○南極エイトケン盆地
月の裏側に「エイトケン盆地」と呼ばれる巨大な窪地があることが、1990年代になって発見された。盆地といっても「海」ではないので目視では分からず、高度計による測量によって初めて浮かび上がったんだそうである。次回探査が行われるとすれば、ここがターゲットになるのだそうだが、月面の裏側にあるため地球の電波が届かず、その調査にはまだまだ課題があるとのことである。
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この本全体を通して、例えば月面の「海」の形成について詳しく書かれていないとか、若干の不満もありましたが、全体を通して大変分かり易く、私のような素人にはとてもためになる本でした。また「月」が、エキサイティングな科学の対象であることもよく分かりました。月面探査が、変な方向(月面の資源利用とか)に行かないことを祈りつつ、益々の発展を期待したい。