地球の雨・タイタンの雨

MrDuck

 

1.はじめに

土星を望遠鏡で見ると、近くにオレンジ色に輝いているタイタンという衛星が見えます。最近のカッシーニ/ホイヘンス探査機の調査によると、タイタンには川のような地形や、湖のような地形があり、どうやら地球と同じように地面に雨が降っているらしいことがわかってきました。雨といっても、タイタンはマイナス180℃の極寒の世界ですから、地球のようなH2O の雨ではなく、降っているのはメタンの雨です。

地球では、最大で直径6mm くらいの雨粒が落ちてきます。雨粒の落下速度は最大9メートル毎秒くらいですので、大粒の雨が降ってくると、傘をさしても結構な衝撃が伝わってきます。では、タイタンで降っているのはどんな大きさの雨粒でしょうか?サッカーボール大?ゴルフボール大?それとも霧雨?ということを物理学的に考えてみましょう(以下、数式がかったるい人は結論に飛んで下さい)。

 

2.雨粒の落下速度はどのように決まるのか

落下している雨粒には、3つの力が働いています。1つは重力、2つめは空気から受ける抵抗力、3つめは(小さいですが)浮力です。空から雨粒が落ちてくる間に、これら3つの力が釣り合うと考えられます。今、簡単のために雨粒の形が球であると仮定しましょう。雨粒の直径をD とすると、雨粒の体積は

で計算されます。πはもちろん円周率です。

物体が空気から受ける抵抗力は、「抵抗係数」という概念で説明されます。抵抗係数CDは、以下の式で定義されます。

ここでF が抵抗力、ρa は空気密度、Uは物体の空気に対する相対速度(ここでは落下速度)、S は物体の断面積です。分母 は「動圧」と呼ばれる量で、空気が物体を押す圧力に対応します。ですから(2)

の関係になっていて、抵抗係数CD は、動圧から予想される抵抗力と、実際の抵抗力の比で定義されます。ここで球の場合、断面積S は直径D の円の面積ですから、

と書くことができます。また抵抗力F と重力、浮力の釣り合いから、

という関係式が導けます。ここでρw は雨粒(水)の密度です。地球の場合、雨粒の密度は空気密度の1000 倍もありますから、(4)のρa は無視しても良いのですが、後の議論のために残しておきます。(3)(4)(2)に代入すると、

と整理できます。

球体の抵抗係数CD は、レイノルズ数の関数です。レイノルズ数というのは、物体のまわりを流れる流体(気体や液体)の流れの場を特徴づける、次元(単位)の無い数で、その定義は「【移流の効果】÷【粘性の効果】」です。つまり、レイノルズ数が小さい時は、粘性の効果の働きが大きいときですし、レイノルズ数が大きい時は、移流の効果(上流の流れの乱れがが下流に影響する効果)が大きいときです。レイノルズ数が小さいときほど(粘性の効果が大きいときほど)抵抗係数も大きくなります。レイノルズ数を数式で書くと、

となります。ここでηは空気の粘性率です。

球体に対するCD-Re 関係は、いろいろな人がいろいろな実験式を導いているようですが、ここでは土木工学ハンドブック(土木学会編)より、

を採用することにします。

これでお膳立てができました。(5)(6)(7)に代入してCD Re を消去し、U D の関係を求めれば、雨粒の直径別の落下速度が求まる、というわけです。

 

3.タイタンに降る雨の落下速度

では早速、タイタンに降る雨の落下速度を求めてみましょう。そのためにはタイタンの

大気に関する値が必要です。

 

1)空気の密度

ネイチャー誌2005 12 8 日号のFulchignoni 達の報告に、ホイヘンスで測定されたタイタン地上付近の空気の特性が記述されています。彼らのグラフから読み取ると、地上の気圧は1500hPa で地球の値(約1000hPa)に近く、また地上気温は95K となっています。空気密度の値はグラフの目盛りが粗いので、気体の状態方程式から求めることにしましょう。状態方程式より、

空気1モルの体積をv0 とすると、

気体定数R=8.31、気温T=94K、気圧1.5×105Pa 代入すると、v0=5.3×10-3m3 が計算されます。一方、大気の成分として窒素を仮定すると、1モル当りの質量は2.8×10-2kg となりますので、タイタン地上の空気密度はρa=2.8×10-2÷5.3×10-3=5.3kg/m3 となります。

 

2)空気の粘性率

気体の粘性率は気温の関数で、理科年表によりますと以下のように計算されます。

ここで理科年表より窒素の値η1=17.6×10-6PasT1=293.15KC=104 を代入し、またタイタン表面の値であるT=95K を用いると、η=6.5×10-6Pas となります。気温が低いので、粘性率の低い、ちょっとサラサラした空気、ということになります。

 

3)液体メタンの密度

「気体百科事典」によりますと、液体メタンの密度は422.62kg/m3 なのだそうです。水の値(1000kg/m3)よりも少し軽いですね。

 

4)液体メタンの表面張力

落下速度には関係ありませんが、雨粒の最大の大きさを考える上で重要な値に表面張力があります。Escobedo and Mansoori(AIChE Journal, Volume 42, No. 5, pp. 1425-1433,May 1996)の第1図から読み取ると、表面張力はσ=18dyne/cm=0.018N/m のようです。

 

5)重力加速度

タイタンは地球よりも重力が小さく、ウィキペディアによるとg=1.35m/s2 で、地球の7

分の1 の値です。

 

以上の値を使って、タイタンに降る雨粒の落下速度を求めてみます。まず、(5)(6)からU を消去し、タイタンにおける値を代入すると、以下の式が得られます。

 

 (7)式と(11)式をグラフに書いてみましょう。

 

グラフの交点から値を読み取り、雨粒の直径に対するレイノルズ数、および対応する落下

速度を計算すると、次のようになります。

タイタンでは、直径20mm の大きな雨粒があったとしても、その落下速度は毎秒2.7 メートルです。地球では直径5mm の雨粒が毎秒9 メートルの速さで落ちてきますから、タイタンの雨は地球よりもゆっくりと落ちてくることがわかります。

 

4.タイタンの雨粒の大きさ

皆さんはゴルフボール大の雨粒を見たことがあるでしょうか?おそらく無いと思います。なぜならば雨粒は大きくなればなるほど、空気から受ける抵抗力が大きくなり、雨粒が割れてしまうからです。地球大気ではおよそ6mm7mm 程度が最大の雨粒の大きさであると言われています。

ではタイタンではどうでしょうか?

 

雨粒が割れる理由

雨粒は大きくなればなるほど強い空気抵抗を受け、やがては凹んで落下傘のような形になります。ある程度凹んでも、表面張力によって押し返すことができますが、あまり大きくなると空気抵抗に耐えられなくなり、割れてしまいます。ですから最大の雨粒の直径は、空気抵抗と表面張力のバランスで計算することができます。

最大の雨粒の直径をDmax とすると、式(4)で与えられる空気抵抗による圧力と、表面張力が押し返す応力との釣り合いから、

 

ここでσは表面張力で、液体メタンでは0.018N/m となります。(12)から、

ここにタイタンでの値を入れて計算しますと、Dmax=1.4cm となります。地球の雨粒よりちょっと大きめですね。

 

4.結論

タイタンに降るメタンの雨は、落下速度で最大2m/s 程度、最大の大きさで直径1.4cm くらいであると推測できます。地球よりも大粒の雨が、ゆっくりと落ちてくる、ちょうど地球のぼたん雪のような雨であると考えられます。(読んで下さった方、ありがとうございました)。