夏の日
いつもは一人で帰ることはあまりないのです。たまたま、校舎から出ようとしていたときに給食袋が落ちていたのを見つけたのです。同じ方向の桃子は風邪でお休みで、ありさはピアノのお稽古に遅れるとお母さんが正門で待ち構えていたので、一人で職員室に届けに行ったのです。
いつも馬鹿な話をしつつ壁にぶつかり、歩道から落ちしつつ歩く通りですが、一人で歩くととても広い気がします。こんなに広かったっけと周りを見渡しながらてくてく歩くと、見慣れないものを見つけました。
「夏の暑さをたくさん持っている人求む。場所 神社の境内 時間 夕方」
それはそれは小さなチラシでした。そして、読みにくい字。しかし、確かに貼ってあります。電柱に。
美佐は、いぶかしげに眺めます。
今日の教室も暑かったなあ。暑さなら体の中にいくらでも入ってるわっ。高い位置にあるにもかかわらずこのところの暑さのおかげで窓を開けても熱風しか入ってこないのですから。その上美佐のクラスはみんな外で遊ぶのが大好き。昼休みにちからいっぱいドッジボールをして教室に戻ると、先生が「みんなからの熱で日焼けしそう。」と笑うほどです。
今日は仲良しはみんな習い事。遊ぶ相手もいないし、いってみようかな。知らない人のところに行っちゃだめだけど、神社はみんなが知ってる場所だし。実際、誰も遊び相手がいないとき、美佐は神社の境内で一人でよく遊びます。程よく雑草も生い茂り、摘む花にも事欠かないし、秋にはたくさんのどんぐりが拾えるので「どんぐり広場」とも呼ばれてます。ちょっと薄暗いようで、それでいて老人会の建物が同じ敷地にあるので、人の行き来がないわけでもない、居心地のよいところでした。
ランドセルを置いて、プリントを出して母さんが仕事から帰ってきたらすぐ目に付くように、机の上のいつもの位置におきます。そして、「神社で遊んできます。」と、置手紙をして、美佐は出かけていきました。
境内は、ひんやりとしています。梅雨明けのお日様はぎらぎらで、その上駆けてきたせいかじわじわじわと汗は流れていくのに、ここはなんだかとても静かです。
まだ蝉が出ていないからでしょうか、いつもなら子どもたちがたくさんいるのに、今日は誰もいません。きつい日差しと、葉の影がくっきりと分かれて映っている駐車場に陽炎が立っています。
夕方と書いてありました。四時は夕方かしら。お昼かしら。学校から帰ったら、もう夕方のつもりでいましたが、落ち着いて周りを見回すと、とても夕方というムードではありません。少しがっかりして、手近な石の上に座りました。まあいいや、ここは風が吹き抜けて涼しいし、少し待っていましょう。
ぼおっとあたりを見回すと、いつの間に来たのか、白猫が一匹こちらを伺っています。真っ白な毛並みはつやつやとしていて、野良猫にしてはとても身奇麗です。
「お前どこから来たの。見かけない子ね。」
猫好きな美佐は、ここらの飼い猫はだいたい覚えています。こんな綺麗な猫を見忘れるわけはありません。猫はゆっくり伸びをして、欠伸をし、小さくつぶやきます。
「見かけんのはお前じゃ。」
そして首をかしげてこちらを眺めます。
美佐は自分の目がどんぐりのようにまん丸になってるだろうと思いました。猫がしゃべった。私、気が狂ったのかしら。ああ、桃子がいてくれたら一緒に聞いたかどうか確認できたのに。
「ほおっ、聞こえたようじゃな。」
猫はこちらを眺めながら面白そうに毛づくろいをしています。美佐は口が利けないままです。
「ついて参れ。」
つぶやくとしなやかな体をふわりと中に躍らせ、もうお社の裏に回ろうとしています。
慌てて、美佐は追いかけます。
角をまがると、目の前にはなだらかな丘に差し掛かる上り坂の小道が一本。両脇は白樺の林です。そして、目の前にはくたびれた長いマントをまとった黒髪のおじさんが一人。しまった。鼻の高い外人さん。あら、知らない人について来ちゃったのかしら私って。でも、おじさんの表情は自分の犯罪が成功したという嬉しそうなものではく、どちらかというと、つまらなさそうな顔をしています。何よ、あんたが連れてきたんでしょうっ。と、思わず食って掛かりたくなりますが、怒らせるのもまずい気がします。だって、ちゃんとつれて帰ってもらわなくっちゃいけないんですもの。おじさんが面倒くさそうに口をあけようとすると、後ろから別のおじさんがやってきました。こちらのおじさんは明るい茶色の長髪と白い肌。長髪のおじさんはニコニコしていますが、不機嫌おじさんは怪訝そうにこちらを眺めています。値踏みされてるみたいでやな感じ。
「いらっしゃい。名前を聞いてもいいかな。」
明るく声をかけてくれたのは当然ニコニコおじさんです。
「まだだ、来たばかりで説明もしてないんだ。」
不機嫌おじさんは、むすっと返事をしました。あんまり説明する気はなさそうに。
あたしが大きく息を吸って一気に、「ここはどこ、あなたたちは誰、わたしはなんでつれてこられたの。」って聞こうとするのをニコニコおじさんは柔らかに手で制して、
「女王様の命令でね。ああ、ほんとにきみはおあつらえむきだよ。夏を呼んでほしいんだ。この国には季節がなくってね、ときどき君みたいな子に協力してもらってるんだよ。」
・・・どうやって。
「だいじょうぶ、もう持って来てくれてるよ。」
不機嫌おじさんは、手のひらを私にかざしました。と、思う間もなく回りに風が巻き起こります。ぶわんぶわんっ、洗濯機の中にいるみたい。痛くも痒くもないけど、なんかわけわかんない・・・。
「君は乱暴すぎるよ。」
ニコニコおじさんの声が聞こえます。
足を地に付けしっかりしようと、ぶんぶん頭を振ると、
「もういい、やめろ。」
と、不機嫌おじさんの声がします。
空を見上げるとさっきまでの穏やかな日ではなく、ギンギンの夏の太陽。木々の青さも濃くなっています。
「ありがとう、お疲れ様。」
ニコニコおじさんは手を振りました。
気がつけばさっきの境内に座っています。あれ、私夢見てたのかしら。
ふと自分の右手の中に透明な水色の石を持っているのに気づきます。ひんやり、つめたあい。気持ちいい。なんだか疲れたから、もう帰えろうっと。
次の日から二日、美佐は熱を出して寝込みました。熱が引いたとき境内でのことは何にも覚えていなかったけど、机の上にあの綺麗な石はちゃんとあります。