指を強くするとは?

ピアノを弾く指はしっかりしているに越したことはありません。
もちろん、そうなんですが、では一体強い指とは
どんな指のことを言うのでしょうか?

大人になってからと、子供の時では多少違うかもしれませんが、
指導する側が「この人は指がしっかりしてきたなぁ」と思うのは
どんなときなのか、少し考えてみました。

・強い音でも割れずに良い音がでている時
         ・・・・・・・・・打鍵が芯まで届いている

・細かい動きもあいまいにならずにきちんと弾けている時
         ・・・・・・・・・指の交換がスムーズで音量やタッチが安定している   

・離れた音でもはっきりと打鍵している時
         ・・・・・・・・・指の開き、着地の安定、ポジション移動への適応 

・強弱のメリハリがはっきりしている時
         ・・・・・・・・・弱い音でもきちんと鳴らすことが出来る   

・多声部がしっかり響いている時
         ・・・・・・・・・指にかける圧力がうまく調節できる

・音質をきちんと意図したものに変化させている
         ・・・・・・・・・音質の違いを筋肉の使い方で操作できる  

とりあえず思いついたのはこんなところでした。
こうやって書き出してみると、面白いことに気づきます。
つまり、指先の神経の敏感さも強い指には欠かせない要素だということです。
そして意図したものが実現できたかを判断する耳も、もちろん大切なわけです。

ただ単に筋力が強い(打鍵が強い)だけではガンガン鳴らすことは出来ても
弱い音でもしっかりと表現できるとは限りません。

そして筋力がその人の体の成長と共についてくるものだとしたら、
まず先に目指すのは、筋力があまりなくてもしっかり打鍵の感覚をみにつけることだというように思えてきたのです。

末端の神経は日常生活では、現代社会においてはさほど必要性がないのかもしれません。

日本人は比較的手先が器用な方だと言われてきましたが、
どんどん社会が便利になるにつれて、案外人間の方は手先を十分に使いこなすことなく
成長してしまっているのかもしれません。

子供さんたちのなかには、驚くような鉛筆の持ち方で書いている子もいます。
関節をほとんど利用せずに棒のように使ってしまっているので、抱え込むような持ち方です。

一生懸命になればなるほど、全身ににやたら力みが入り、簡単に力が抜けない。
半分の筋力を使いながら自由にこなしていくというのが、体験としてもとても希薄なのでしょうか。


どうやら、もう一度指先にどんなことが出来るか体験してもらうのが、先決のようです。