現役時代の回想写真集






2.術科学校篇


作者は船務科の職種についていたため、第1術科学校に入校しました。
第1術科学校は広島県安芸郡江田島町という瀬戸内の半島にあります。
江田島と言う地名から孤立した島のように思われがちですが、
じつは江田島の南部が陸続きになっていまして、厳密には島ではないのです。
(ただし、交通上、陸上交通で渡るより、フェリーで渡ったほうが時間的に早いんですよ)

江田島と言えばまず出てくるのが「海軍兵学校」。
かつて、帝国海軍の時代に隆盛を誇ったこの伝統の地・江田島は
今でもその精神を受け継ぎ、海上自衛隊の艦乗り精神涵養の場として息づいています。
この江田島には第1術科学校の他に、幹部候補生学校・第1術科学校生徒隊などが同じ基地にあります。
観光地として一般公開もされておりますので、旅行などで近くへ行かれた際には
ぜひお寄りになることをお勧めいたします。




第1術科学校表桟橋付近から撮影した術科学校学生館(左)。
右側の建物が赤レンガで有名な幹部候補生学校です。





私がが所属した分隊の居住区は
海側に面していて、朝夕は瀬戸内の
素晴らしい風景の楽しめるいい場所に
ありました。

これは、海上自衛隊が戦後はじめて
国産建造した護衛艦「はるかぜ」で、
退役後、なぜかこの場所に係留
されています。(今もあるそうです)
それでも昔は停泊実習などで
使用していたらしいです。

しかしながら、以後手入れは
まったくされておらず、
ご覧のありさま…^^;。
せめて、船体保守作業実習も
兼ねて塗粧くらいは
して欲しいなー…。



→海上自衛隊大原射撃場。

都会の部隊と違い、ここ江田島は
射撃場は屋外にあります^^;。

この写真は射撃教練の休憩時間に
撮影したもので、64式小銃と
鉄帽が置いてあります。
通常、隊員にはライナーと呼ばれる
プラスチックのヘルメットのみが
渡されており、射撃時に鉄棒を
かぶるわけです。

この鉄帽がまた重いんだ…(-_-;)。




私が学生だったころ、幹部候補生学校の赤レンガの修復作業と
窓枠と屋根のスレート交換の工事が行われ、
ご覧のようにシートがかけられていました。

工事とはいっても表面のレンガを削ると言うものでしたが、修復が終わると
シートがかかっていない部分のように見違えるほどきれいになりました。
屋根に至ってはシートがかかっている部分を見れば一目瞭然。

工事が終わったのは修業間近の時期で、完全な状態の赤レンガを見ながら
修業できたのは本当に嬉しかったです。





第1術科学校の目の前にある海は「江田内(えだうち)湾」といいます。
入港中にもよく護衛艦などがブイ係留をするために入港、
ここから術科学校まで内火艇で移動し、上陸していました。
以降、その係留時に入港した艦船や、江田内で撮影した艦船を
ご覧ください(^^ゞ。


@第3護衛隊群入港!
群訓練の帰途か術科訓練での施設利用か何かと記憶していますが、
第3護衛隊群の全8隻がある日の昼に相次いで入港しました。
数日入港していたのですが、その3日目の夜、なんと江田内湾内で異例の電灯艦飾が
行われたんですよ!
あれにはびっくりしましたが、後で聞いてみたらどうやら艦の乗員が外部で地域住民との
不祥事を起こしたらしく、そのお詫びで行われたとか(-_-;)…。

ちなみにこの時の写真は大失敗したので掲載できません(T_T)ごめんなさい…。

夕焼けに佇む護衛艦「あさゆき」。

護衛艦「あまつかぜ」。

作者が現職のころは
「ジェットコースター」という異名をとる
この艦も、現役バリバリ!?の防空艦
でした。

この当時はイージスの1番艦が建造中
で、その後、第3護衛隊群へ
「みょうこう」が配備されるまで現役で
活躍していました。

ある意味で、思い出に残っている
護衛艦のひとつです。
←護衛艦「しまかぜ」。

余談ですが、ブイ係留していると
係留されている個所は1か所しか
ないため、潮の流れによって
索の廻りをくるくると廻ります。

この日も、昼に艦首を左に向けていた
はずの「しまかぜ」でしたが、
夕方に写真を撮る時にはご覧のように
なっていました(笑)。
→夕焼けの江田内湾に浮かぶ
第3護衛隊群。

良く見えにくいのですが、いちばん
手前に「みねゆき」、その奥に
「はるな」、右に「あさゆき」がいます。

瀬戸内の夕暮れは私が今まで見て
きた夕日の中では一番と言っても
過言ではないくらいきれいでした。

やはり、気候のせいもあるとは
思いますが、山と海、そして
そこに広がる雄大な雲。
そして護衛艦(笑)。

できれば、もう一回みたい
景色ですね。



Aその他、護衛艦等。
護衛隊群がまとめて入港、というのは極めてまれなケースですが、術科学校の施設利用の
ために個艦で、あるいは護衛隊で、という入港は結構多くありました。
ここにあるのはその一部です。

←護衛艦「ちくご」。

ご存知「ちくご型」のネームシップ。

この艦もすでに廃艦になりましたね・・・。

ちなみにこの時は「みくま」「いわせ」
も一緒に入港していました。

現代の海上自衛隊レベルでは
恐ろしいまでに貧弱な兵装ですが、
当時はこの大きさでこのレベルの
装備を搭載したと言うだけでかなり
注目されていたそうですよ。
→護衛艦「せんだい」。

ちくご型の後継として沿岸の
防衛に最適な能力を持たせたDE。

当時はこの「せんだい」も新造艦
だったんですよ…。
→掃海艇「えたじま」。

江田島に「えたじま」入港^^;。
絵に書いたような光景だ!

…と言うようなつまらん
ことを考えながら
撮ったように覚えとります…。
←夕焼けに浮かぶ
 練習艦「やまぐも」と「まきぐも」。

この2隻も今は退役してしまって
います。
当時は第1練習隊の練習艦として
実習員の航海実習に活躍して
いました。

江田内で写真を撮るのは昼休みか
課業後が多かったので、やはり
いい写真が撮りたいと思うばっかりに
所蔵の写真はやはり夕焼けの
写真が多いです…。


←朝方に出港準備中の
海洋観測艦「ふたみ」。

この艦はその行動等に
ついては部内の我々でもなかなか
知ることができないので、
この時になんのために入港したのか
すら謎でした…。

しかも撮影の前の日に入港し、
上陸員がいる様子もないままに
出港して行こうとするので
慌てて撮ったため、
ピントがイマイチです(^^ゞ
→帆走中のカッター。

休日の当直の日に外を眺めて
いるとカッターのダビットで出港の
支度をしている集団がいて、
「こんな日に短艇訓練かいな。
ご苦労なこっちゃ」と思ってたら、
いきなりマストが立って帆が出たので、
何となく撮ってしまった一枚です。





第1術科学校大講堂。
ちょっとだけ写真としての芸術性なんか意識してみました^^;

江田島の生活は、自分にとっては大変でもあり、
有意義な生活でもありました。
また機会があればぜひ訪れて、時代が変わった
江田島をフィルムに焼き付けてみたいなーと思っています…。

まあ、お金ないから当分先のハナシですが(-_-;)