海上自衛官時代の回想記

嗚呼,花の艦隊勤務其の壱
護衛艦のシゴトと艦内設備篇





(洋上給油を実施中の護衛艦)



1.艦隊って、何ぞや?



 まず、予め予告しておくが、本来「艦隊」というコトバは存在してはならない。
あくまで自衛隊は「じえいたい」であるから。正しい呼称は、「自衛艦隊(じえいかんたい)」。 この自衛艦隊は、海上自衛隊の全部の護衛艦部隊を統括する組織。
この中で、国内を機動的に活動する「護衛艦隊(ごえいかんたい)」、国内を分担してその 沿岸の防衛に就く「地方隊」、そして自衛艦隊の直轄部隊と分けられる。
 護衛艦隊は全部で4つあり、それぞれを「護衛隊」という。このような部隊は他の海軍で は通常「艦隊」と呼ばれている(アメリカ軍の「第1艦隊」などがいい例。)ことから、隊内で は同じように俗称するのが通例。
今回のお話は、その護衛隊群(=艦隊)にまつわるお話。



2.艦隊にも色々あるのだ


 海上自衛隊には、艦隊が4つある。それぞれ、第1・第2・第3・第4護衛隊群という名前が あるが、何十年も部隊があると、自然とその部隊のカラーというものが出てくる。 これは、部隊のあるところにも少なからず影響があるのだが。
以降、その部隊について、紹介しておこう。

●第1護衛隊群
 司令部は横須賀、在日米海軍司令部のお向かいにある。海上自衛隊のメッカとも言う
べき場所。ここで勤務する海上自衛官は、首都に一番近いところで、しかも「1」がつく 部隊「頭号艦隊」であるということを少しだけ誇りにしている。また、この1群(=ぐん。 護衛隊群の略称。)だけが、8隻全部を横須賀に置く。1群は,東京に近いせいかよく お偉いさんの視察に指名されたり、マスコミの取材先になることが多い。東京のお偉 いさんやマスコミは、横須賀に行けば日帰りで行けて経費もかからず、交通の便も いいとか思っている。実際、お偉いさんの視察のパターンは陸上が埼玉の朝霞駐とん 地か静岡の富士演習場、航空自衛隊は茨城の百里基地で、というのが定番。そして 海上は横須賀で。これには、海上自衛隊でも新しい艦が配備される部隊であるからと いう要因もはらんでいる。1群の構成艦は,ほとんどがその型の最初の艦、いわゆる 1番艦。新しく配備された艦(新造艦という。)は最初の一定の期間を能力試験などに 費やすため、その期間中は8隻での訓練が難しいため、困りもの。また、1群は視察 やらなにやらの経験が豊富なので、サービス精神が旺盛。地方に補給のために寄港 すると、すぐ艦内公開や体験航海を催す。
  そんな1群についたあだ名が「広報の1群」。

●第2護衛隊群
 司令部は横須賀につぐ大きな港、長崎の佐世保にある。海上自衛隊はなぜか九州 地方出身者が多いので、隊員が希望する人気配置のひとつ。
この2群、構成されている艦は2番艦や1群のお下がりが多い。 そういった艦は、1群が既にその艦に対する必要な基礎的データ等は取っているので, 2群の艦では、取ったデータを元に、更にその能力の向上や、戦力化に向けた訓練を させられる。つまり、他の群に比べてやたらと訓練が多いのである。また、そういった 任務を持っていることを2群の者はよく自覚しているため、訓練にもいっそう気合を入れ ているらしい。
  そんな2群のあだ名は,「訓練の2群」。

●第3護衛隊群
 司令部は京都の舞鶴にある。 3群は、海上自衛隊の部隊の中でも屈指の管理能力に優れた部隊といわれている。 あまりに優れているため、周りからは「あの部隊はなんでもかんでも書類でキッチリ動 く=書類でないと動かないのと違うかー?」と言われてしまうほどである。
 そのため、あだ名のひとつに「文書の3群」というのがある。しかし、これは士官の間 でついているあだ名。海曹士のあいだではその場所柄,もっぱら「田舎の3群」と呼ば れている。

●第4護衛隊群
 司令部は広島の呉にある。 この4群、悲しい話だが、海上自衛隊でも屈指の老齢艦が所属している部隊。 そのため不具合が多く、他の艦隊に比べて修理期間が長い。また、できるだけ長く使 える様にかは分からないが、非常に手入れには熱心なところが多い。 修理が多いということは、その分だけまとまって行動する機会が少ないと言うことであ り、それをやっかんでついたあだ名が「休養の4群」。  



3.海の男だ、艦隊勤務。


「うみーのおっとこーだかーんたーいきーんむ、げっつげっつかーすーいもっくきんきん♪」
・・・といえば、有名な軍歌「月月火水木金金」である。この「月月火水木金金」と言う言葉の 意味を理解している方はいるだろうか?
この一字一字は曜日のことをさす。では何故、土曜と日曜がないか?それは、かつての 海軍の艦隊勤務者に休日はなかったからである。・・・時は変わって海上自衛隊の艦隊 勤務。やっぱり休日はない。あるにはあるが、あるのかないのかさっぱり分からない。 あっても、つぶされることも多い。
いつの時代にも、艦隊勤務者はつらい毎日を送っているのだ。



4.艦のシゴト分担


艦には、配置と言うものがあり、総員(そういん=全員と同じ意味)がいずれかの配置に 所属している。それぞれの配置が分けられているから、イコールその分野のスペシャリス トと言うことになる。以降、大まかな部署と、それにまつわるエピソードを話そうと思う。
 
 A・砲雷科(ほうらいか)
   おもに、甲板上が仕事場の部署が多い。また、体力を要する部署も多い。
   甲板上でのシゴトがメインなので,いちばん一般の方が目にすることが多いカタガタ。
   ・運用・・・・・・主に、艦の出・入港時作業に活躍する。船の運用には欠かせない、
            ロープや錨の管理をしている。艦内一、結索が上手な集団。
            典型的な海の男、豪快な荒くれ者が多い。
   ・射撃・・・・・・護衛艦の主力兵器、大砲やミサイルの運用をするのがこのカタガタ。
            昔は手動で装填したり発射していたので砲弾を抱えてスタスタやる
            ような体力が要るところだったが、今は自動装填でポンポンとたまが
            発射されるご時世なので、体力よりもアタマが要るようになって来た。
   ・射管・・・・・・「射撃管制」の略。決して左官屋さんのお友達ではない。
            秘密の多い部署なのだが、要するに弾がキッチリ当たる様に計算す
            る部署。
   ・魚雷・・・・・・いうまでもなく、魚雷の部署。
            私の知る限り、この配置にはちょっと変わった奴が多かった。
            あと、希望に反してこの部署になった奴も,多かった。
   ・水測・・・・・・「すいそく」と読む。いわゆるソーナーマン。映画などではものすごく有名
            なこのカタガタも、海上自衛隊では秘密のベールに包まれた集団。
            対潜水艦戦では大活躍する。
 B・船務科(せんむか)
   こちらは艦内でのシゴトがほとんど。日の目にいる配置は航海科だけ。
   あとの連中は室内にこもりっきりという、とっても不健康な部署。
   ・航海・・・・・・艦橋(ブリッジ)に配置し、航海の安全を確保する部署。
            前章「術科学校」の項参照。
   ・電測・・・・・・「でんそく」と読む。通常、CICという真っ暗な、いかにも不健康そうな部屋
           に入り、戦術の情報の処理に当たったり、レーダーで航海の安全を補助
           する仕事をする。このCICと言う部屋、機械がいっぱい詰まっていて,
           その機械を冷やすため1年中エアコンをたいている。年間約23℃らしいが
           このカタガタ、夏でもジャンパーを着ている。
           その格好で真夏に見かけると、こちらの方が汗ばんでしまう。
           CICは乗員でもめったに入れないので,何をしているのかは、謎だらけ。
   ・通信・・・・・・昔はモールス信号が主流だったが,今では機械化が進み,FAXのように
           カタカタと電文が届くようになった。この方々の部屋(電信室)にも,関係者
           以外は入ることが出来ない。
   ・電子整備・・レーダーや電子機械の整備をする,影の力持ち。
           ものすごいエレクトリックな知識を持っている。
           私がいた艦のこのカタガタは、怪しい発明品を色々作っていた。
           隊内での呼び方はET(エレクトリック・タクティカル)というのだが、一部の
           連中は「エロチック・テクニシャン」と言っていた。
   ・気象海洋・・艦内のお天気おじさん。気象予報士にだってなれそうな、お天気のプロ。
           通常、艦内に1人か2人しかいないうえ、シゴト部屋が目立たないところに
           あるため非常に影の薄い存在。しかし、なくてはならないのもまた事実。
 C・機関科(きかんか)
    おもに艦のエンジン関係や、艦体自体の整備をする部署。
    汗と油にまみれている様はまさしく「海の男」らしい職場。
    ・機関・・・・・・艦のエンジンの種類によって、「蒸気」「ディーゼル」「ガスタービン」等、
            細かい種別がある。総じて言えるのは,「とっても熱い」部署と言うこと。
            特に「ディーゼル」はニオイが強力で、長く勤務すると体にしっかり軽油
            のニオイが染み付いてしまう。潜水艦のこの職種にいたっては、バスに
            乗れば乗客が逃げ、タクシーに乗れば「あんたニオうね―、潜水艦?」
            と言われてしまうくらい、「かぐわしき」職場。
    ・電機・・・・・・電子整備のようだが、全く違う。この部署は,モーターや電化製品など、
             もっと電気的な機器の整備を担当する。「電気屋」ともいう。
    ・応急工作・・艦内での非常時に際し,大活躍するのがこのカタガタ。
            穴の開いた船体を塞いだり、浸水した船体を応急処置したりと、頼れる
            影の役者たちの集団。
 D・補給科(補給科)
    食事の世話や、隊員の健康に関するシゴト、事務関係など、後方支援のシゴトに
    携わる。仕事は地味だが、このカタガタなくして、隊員の生活は始まらない。
    ・経理・・・・・・シゴトは会社の経理のシゴトに近い。総務課と経理課のシゴトを一手に
            やっているようなもの。いつもはなにをやっているのか全くもって謎の様
            だが締め日近くになるとものすごく忙しそうに仕事をしている。
            溜めなきゃいいのになあ・・・。
    ・給養・・・・・・通称「めしたき」。乗員の胃袋はこのカタガタの手中にある。
             したがって、絶対文句は言えない。しかし、今は自衛官ではないから
             言うぞ。「おい、お前等、・・・。」やっぱり、言えない。
    ・衛生・・・・・・艦内の診療所のような部屋「医務室」の番人。ここにいるカタガタは,
             医療系のせいか、どのフネにも賢そうで、しかも真面目な人しかいな
             い。ハッキリ言って、冗談も通じない。こういう人に自分が患った水虫
             やおできを(注:作者はこのテの病気にかかったことはないです。本
             当です。念のため。)見せるのは,苦痛に他ならない。
 E・飛行科(ひこうか)
    この部署は、ヘリコプターを搭載している護衛艦にのみ存在している。飛行機の部隊
    から選抜して艦にやってくるため、通常の船乗りとは文化を異にしているカタガタ。
    したがって、この人たちのことはよく分からないのであるが、ヘリコプターの整備が主
    なシゴトであることだけは間違いない。



5.ガスタービン・エンジン


最近の護衛艦では、より高速化、高性能化を図るため、ガスタービンエンジンというものを採用 している。このガスタービン、ようするに、ジェット機のエンジンを艦にくっつけたもので、燃料は軽油を使う。
ジェットエンジンなら燃料はジェット燃料じゃないの?と聞かれそうだが、そんなもの使っていたら日本の防衛費はあっという間に底をつきます。
ただ、搭載航空機用に
JP-5というジェット燃料が積まれている艦もあります。
 このジェット燃料。昔、私の同期がこのJP-5をジッポのオイルの代わりにいれて
ためしに屋外で点火したところ、彼は一瞬のうちに炎に包まれ「大丈夫か、おい」と声をかける と眉毛が焼失していた、ということがあった。
(よいこのみなさんは、まねをしないでね。)
ガスタービンの艦の場合、航行していると煙突からジェットエンジン特有の「キーン」という高い 音が出るのが特徴で、何とも変な感じである。



6.内火艇(ないかてい)


通常、護衛艦には内火艇と呼ばれるエンジンつきのボートが2隻か3隻搭載されている全長は9mでFRP製。昔は木製のカッターで、手漕ぎだったらしいが今の時代は小型エンジンがついている。 船体の修理の際や沖に停泊した際の陸地への移動手段として、不可欠な装備である。
内火艇への乗降には艦から下ろす梯子(舷悌=げんてい)を使うのだが、艦も内火艇も 揺れているので、慣れないうちはタイミングが取れない。
いつだったか、沖で係留してある艦から上陸(海上自衛隊では、艦の外へ出ることを 外出ではなく上陸と言う。)し、一杯引っ掛けて帰った際に、千鳥足だった上司は内火艇の 揺れで酔って航行中に吐いた挙句、艦に着いてから舷梯に移るときに足を滑らせてその ままドボンした方がいた。2月の、北海道でのことだった。

(護衛艦に通常搭載されている内火艇。)



7.ラッタル


 護衛艦の階段(と言うより,手すりつきの梯子という方が分かりやすい)のことをこう呼ぶ。 このラッタル、非常に急である。しかも一段の幅は小さい。慣れた乗員なら何の問題もない のだが、一般のカタガタは非常に恐怖を感じるものである。
 艦内公開や体験航海をやると、みんなこぞって高いところへ行くのだが、まれに降りられな くなってしまう方が出る。木に登ったねこが降りられなくなる、あの状態。航海中だったら、 艦は動いているから揺れと風で恐怖倍増。結局、乗員がおぶって降りることとなる。 私の後輩でこれが縁で彼女になってもらった運のいい奴がいたが、私はオバハン、しかも ●子山部屋級のオバハンばっかりだった。思い出すだけで、げんなり。



8.突起物


 艦の甲板上には、突起物が多い。決して意味がないわけではない。ロープをとめたり、装置 を固定したりと、全部意味あっての物である。
しかし、使用していないときのこれらは、非常にジャマ。というよりも、危険。
以前体験航海の際に、「甲板上には突起物などがあり、大変危険ですからご注意ください」 とアナウンスが流れた矢先、乗員である私がそれに引っかかってコケるという赤っ恥を掻い た経験がある。周りの一般のカタガタは確実に笑っていた。恥ずかしかった。



9.ハッチの敷居


自衛艦の艦内はなにかあって浸水した際に、ある程度の区画ごとに隔壁と言う壁で仕切り、 被害を最小限に食い止める様に出来ている。実際はその隔壁をダクトが通っていたりして、 何のための隔壁なんだか意味不明な構造の艦もあるのだが。
隔壁同士は、「防水ハッチ」といわれる扉で仕切ってあり、通常はここから通ることが出来 る。戦闘配置につくときに締める算段な訳である。
このハッチ、甲板すれすれに敷居があると踏んでしまい、擦り減った所から浸水するといけ ないので,少し(15cmくらい)高く設置されている。敷居を踏まなければ、たいがいの人は 余裕を持って通過できるように設計されている。
が、たまには敷居を踏んじゃう方もいたりする。
かつて、陸上自衛隊の看護学生のご一行が海上自衛隊の研修と言うことでやって来たこ とがあった。私はその案内役(艦の連中からは「あんないいやく(寒む)」と言われた)をやっ たのだが、艦内を歩き、「ハッチをは必ずまたいでくださいね。頭打ちますから」と言おうとし、 「またいでくださいね。あたまう」まで言った所で、私の後ろの彼女は「ゴーン」とやっていた。 涙目になり、たんこぶをこさえた彼女に、かける言葉は見付からなかった。



10.鋼鉄の甲板


フネというものは、たいがいが鉄製(掃海艇のみ、木製。海上の機雷(=分かりやすく言え ば,海の地雷のようなものです。)を除去する掃海艇は船体の磁気に反応する機雷が感知し ない様に、船体が木で出来ている)。夏は焼けるように加熱し、雨や雪が降ると、つるりつる りとすべってしまう。ちなみに、甲板の通路には、塗料に砂を混ぜたものを塗ってすべり止め にしている。海上自衛隊の艦艇部隊では、舷門(げんもん)当直というものがあり、砲雷科と 船務科がおよそ3〜5日に1度、更にそれを4つに分け、日中は3〜4時間、夜間は2時間 交代であたっている。私が真冬の明け方の舷門当番のとき、雪が降ったことがあった。
「H海曹(=かいそう。曹のことを、部内ではこう呼ぶ)、雪ですよ。寒い訳っスよねえ。」
「おう。雪か。」やがて、積もり出してきた。
「おい、雪かきだ!道具持って来い!」
「ういー。」
そして、男2人で仲良く雪かきが始まる。
雪かきがほぼ前の方まで進んだそのときである。私は甲板の上でコケてしまった。 船の前甲板は、傾斜がついている。しかも、すべる。私は尻もちをついたまま、海の方角 へと滑っている。
「やばい!落ちる!!」
あわれ、O海士長19歳,冬の横須賀で海に落ちて殉職か!?
「カキーン!!」
そう思った途端、私の股間に激痛が走った。
海に向かって滑った私は、艦の手すりにぶつかり、海への転落を逃れたのである。

股間に当たった手すりのポールのおかげによって,だ。