
海上自衛官時代の回想記
1.教育隊のお話

(横須賀教育隊全景・だいぶ古い写真です)
1.教育隊って、何ぞや?
「教育隊」とは、海上自衛官となって採用された海士・海曹のいわば新人教育を
一手に引きうける部隊のことです。ちなみに同様の部隊のことを陸上自衛隊では「教育団」、
航空自衛隊では「航空教育隊」といっています。(部隊の大小により若干の誤差はあります。)
つまり、一般のシャバッ気を捨てて一人前の自衛官を育成するところ、といえば分かりやすい
でしょうか。
海上自衛隊には,現在横須賀・呉・佐世保・舞鶴の4ヵ所に教育隊があります。
2.風光明媚=???
横須賀。「よこすか」とよむ。
一時期、歌の中にも頻繁に登場したこの地名。
この地名を聞いた一般のカタガタは、どんなイメージがあるだろうか。「軍港の町」「港町」
等々,どちらかといえばカッコイイイメージがあるに違いないだろう。
事実、繁華街は活気があって、いい街である。横須賀のメインは京浜急行の横須賀中央
駅の付近一帯である。件の「軍港」在日米海軍横須賀基地は横須賀中央駅から徒歩10
分。休日ともなれば、日米の人々で活気に満ち溢れている。
教育隊があるところも、実際横須賀市である。これから入隊しようとする新兵だって、横須
賀と聞いたら期待しそうなものである。
が、横須賀市は広い。とてつもなく。
教育隊は横須賀中央の反対側、「横須賀市御幸浜」という場所にあるのだ。
どのぐらい遠いか。横須賀中央からバスで1時間かかるといえば、理解できるであろう。
誰でも、「とんでもないところへ来てしまった」と思うものである。
実際、帰る時間は緻密に計算して外出しないと、とんでもない目にあうことになる。
しかし、環境はいいかもしれない。何しろ、自衛隊の基地だから。しかも、山間の場所にあ
るから、空気は都会よりはいい。でも、何にもない。ほんとに。
基地の前には、パチンコ屋が一軒。居酒屋も、一軒。しかも、教育中は出入り禁止。
夕方になるといるのは多分基地で勤務する自衛官と、教官ばかりに違いない。
確かに教育を受ける場所としては、いいかもしれない。
3.自衛隊教育隊の生活環境
今は処遇改善とやらで、だいぶ良くなったらしい居住環境。
しかし私がいたころの教育隊は素晴らしかった。
一部屋に最高12人の入る居室。(海上自衛隊では「居住区」という。)広さは学校の教室ぐ
らいだろうか。ついたてなどない。全員が同じ部屋。当然、2段ベッド。しかも、いかにも
軍隊調の漂う鉄骨造り。海上自衛隊ではだいたいうぐいす色で塗ってあるが、陸上自衛隊
ではどうも緑色らしい。
海上自衛官でよかったと思った。
ちなみに今では全員シングルベッドになったと聞いている。念のため。
ロッカーは会社の更衣室みたいなロッカーが1つづつ。ほとんどは制服に占拠されるため、
私物を置けるところは少ない。でも、器用な奴がいて、そんなロッカーの中にいわゆる「おげ
れつ本」を大量に保管している奴がいたな。あいつ、他に私物はなかったんだろうか・・・。
洗濯は、隊舎の中にある洗面所でやる(自衛隊では、便所と洗面所は分かれている。念の
ため)。
洗濯機は5台あった。でも、私がいた分隊(注1)は90人いたから、夕方になればそれはもう
バトルである。洗濯機争奪戦には、リアルタイムな判断と、果敢な決断能力、そして機敏な
行動力が必要となる。今思えば、あれも一種の戦闘訓練だったのではなかろうか。
・・・
かくして、その戦闘に敗北したものには豪華洗濯板が待っている。平成の時代に洗濯板で
洗濯をするのは自衛隊ぐらいではなかろうか。
(注1)分隊について
海上自衛隊の教育隊では、最小の組織単位を「班」といいます。
だいたい10人前後。これをまとめた部隊を「分隊」といい、通常
5〜7個の班があります。
(注2)最近の教育隊の環境について
この記述については、作者が入隊した平成4年当時の実態に基づき、あくまでも作者の実体験として作成しています。
ですが、最近の横須賀教育隊では居住環境の改善が進み、現在では男子は6人部屋、WAVEは4人部屋というのがほとんどのようです。
(H13.5海爆読者の方からのメールを元に追記)
浴場と食堂は外にある。歩いて5分くらい。私が入隊したのは4月だから良かったが、時期を
ずらすと湯冷めしそうな距離である。たいてい、両者は至近距離にある部隊が多いので、
この2つはセット扱いである。
ここから出た自衛隊用語に「フロメシ」という言葉がある。「メシフロ」ではない。自衛官は、
風呂が先なのだ。もっとも、訓練で汗まみれ泥まみれの状態で、ご飯が食べられるわけは
ないのだが。
自衛隊の浴室はちょっとした銭湯並みの広さがある。で、なぜだか深い。座ることはまず
不可能。多分、座れないように作ることで多くの人間が入れるようにしてあるのだろうと私
は解釈している。湯船にタオルを持ちこむことは禁じられている。あと、前を隠すことも禁じ
られている。これについて私は教官に聞いたことがあったが、要するに「日本男児たるもの、
自分の持ち物には自信を持て!!」ということらしい。
かくして、自衛隊の浴場はタオルを頭
に置いて丸裸で闊歩する男の溜まり場と化す。
公衆の面前ではとてもではないが見せられない。
自衛隊の食事は、ハッキリ言おう。まずい。教育隊は、特にまずい。一般論として、自衛官
1人あたりの食費は全自衛隊ほぼ共通なため、都会の部隊ほど材料費が高くつく。結果、
同じ値段で同じモノを作ろうとすれば、当然質が落ちてくるのである。
ある意味、やむを得
ないといえばそれまでの世界。そう考えれば、教育隊で一番ご飯が美味しいのは舞鶴教
育隊ということになるが、舞鶴出身の同期はやっぱり「まずかった」と言っていた。
なんだ、味まで全国共通なのか。
戦闘訓練で汗だらけになった後に、唐揚げなど出されたら、それはもう地獄絵図。食べる気
にもならない。さらに、自衛隊の食事にまつわる用語に「古古米(ここまい)」という言葉があ
る。語源は読んで字のごとくであるが、その実態は檜町(ひのきちょう。いわゆる六本木の
防衛庁を指す隊内用語。)の調達関係者しか知らない。
でも、そんな海上自衛隊の食事でもキラリと輝く名物料理がある。カレーである。
これは、正直いって、絶品。なんでも調理士(師ではない。)によっておのおのオリジナルの
レシピがあるらしく、しかも大人数で作るほどウマい料理だから、味は保証モノである。ちなみ
にどう言うわけか、金曜日のお昼ご飯と全国の自衛隊の暗黙の了解と決まっているから
不思議である。
残念ながら一般の方々はめったにチャンスにありつけないが、唯一高校生
ならチャンスがある。
何の事はない。「就職しようか迷ってるので、一回見学したい」というだけでいいのだ。
きたれ若人よ。自衛隊へ。
自衛隊の施設には、BXといわれる売店がある。(陸上自衛隊のみPXという。)いろいろある
が、とにかく安い。ダイエーで日用品を買う自衛官は少ない。しかし品数が少ないのが難点。
他にも洋服屋や眼鏡屋などがあり、大変便利。よく出来ているのだ。自衛隊は。
4.教育隊の朝
非常に有名な話だが、自衛隊の日課はラッパで始まる。けたたましく。
実際はラッパが鳴ったら即起きて寝具をたたみ、着替えて隊舎の外へ整列しなければならな
いので、ラッパが鳴る5分前に「総員起こし、5分前」という号令がかかる。で、5分前に起きて
布団の端を掴んでラッパが鳴るのを待つのである。ちなみに、ラッパが鳴る前にベッドから出
ていると見まわりの班長にどやされる。そんなだから、タイミング悪くうっかりトイレに行ってい
ようものなら、大変厄介である。
自衛隊の教育隊を紹介するパンフレットには日課の欄に「元気よくベッドから飛び起きる」とあ
るのだが、こんな現実だから、たとえ疲れていても元気を振り絞って飛び起きなければ大目玉
である。
しかし、パンフレットに書いてあることは、ある意味事実であるとしか言いようがない。
海上自衛隊ではどんなときでも必ず行動の前には「5分前」の号令がかかる。すべては艦艇
(かんてい)の生活に合わせてあるかららしいが、実際はそのさらに5分前、つまり10分前か
らの行動になってしまう。
ゆえに海上自衛官は、デートの待ち合わせに遅れることはめったにない。
教育隊では先のラッパが鳴ってから整列するまでの一連の行動を、3分で済ませるように徹底
的に教育される。もちろん、速さにとらわれて雑なやり方でもだめ。あまりに雑だと、外にいる間
に教官に布団や洋服を没収され、後で腕立て伏せをやる羽目となる。
これを何ヶ月もやっていれば、いいかげん朝に強くなるというものである。
5.楽しい!?教練
「教練(きょうれん)」とは、いわゆる訓練のことである。教育隊ではさまざまなカリキュラムが組ま
れている。限られた期間に、相当量の覚えなければならない事項があるからである。
以降、主な訓練とそのエピソードを紹介したい。
A.基本教練
自衛官としての基礎、立つ・敬礼・休め・行進などの練習。初めのうちはうまく行かないが、
卒業間近になるとやっとサマになってくる。でも、部隊へ行くと、悪くなるもの。
B.執銃(しつじゅう)教練
自衛官の特権と呼ぶにふさわしい訓練。最終的には射撃まで行う。
私の同期に冗談で弾の入ってない銃を人に向けた奴がいて、それを見た教官が血相変え
てやってきていきなり昔の警察官が持っていたのと同じ警棒(樫の棍棒)でヘルメット越しに
バコーンと殴られていた。そいつのヘルメット、明らかに凹んでいた。鉄製なのに。
(教訓) 鉄砲は戦争時以外、人に向けてはいけません。
C.カッター撓艘(とうそう)
この教練とD・Eの教練を海上自衛隊3大お家芸という。
カッターとは、全長9mのボート。通常、10〜12人でオールを使って手で漕ぐ(写真)。
このカッター、非常に曲者で座るところがただの1枚板なので、慣れないうちは尻の皮がむけ
てしまう。いわゆるロッコツマニアの宿輪くんがやったが股ずれの状態。どこかの分隊がカッタ
ーをやった日の浴場からは、必ずといっていいほど断末魔のような悲鳴が聞こえる。
(これがカッター。)
D.結索(けっさく)教練
海上自衛官の3大お家芸の一つ。実際、これが出来ないと非常に不便を強いられる。
いろいろな結索法があるが、基本は同じ。その組み合わせが多い。
E.手旗教練
これも3大お家芸。教育隊では日本語と数字の教練がある。最後にテストとして教官の送る
信号を解読する試験があるのだが、たいていやるのは本職の信号員だったヒトだったりする
ため早すぎて読めない。結果、総じて成績は悪い。
(手旗教練の光景。)
F.体育
自衛官の最必修科目。種目を挙げればキリがないが、海上自衛隊でよくやるのはバレー
ボール・ハンドボール等の球技が多い。そして水泳。海上自衛官でも、カナヅチはいる。
海上自衛隊の水泳教練ではランク分けがあって、10m以上泳げない奴は全員「赤帽」と
呼ばれるグループになる。赤帽とは、その名のとおり赤いキャップをかぶるため、恥ずかし
いと思った奴ほど躍起になって訓練に励む。
(水泳教練。婦人自衛官の写真にしたのは「お約束」です)
G.持久走
体育種目のはずなのだが、持久走に関してのみ体育から外れた種目。毎週記録をとるため、
常に鍛錬を怠ることが出来ない。しかもその距離、5000m。今思うと信じがたい距離である。
H.射撃教練
自衛官のお楽しみ行事。教育隊では大詰めの段階での訓練。
数百メートル先にある的に撃つのだが、実際は2畳分の大きさの的がキャラメルの箱程度の
大きさにしか見えない。いくら自衛官といってもそこは新兵さんのやること。うまく的には当た
ってくれるものではない。恥ずかしいのは10発も撃ったのに「弾痕不明ー!(だんこんふめい
=全部はずれ)」と言われてしまうことと、隣の的を撃ってしまうこと。
ちなみに、自衛隊は薬莢(やっきょう)を再利用するため回収する。見つからなかったときは
全員でひき逃げ捜査班のように這って探すハメになることはあまりにも有名。
I.体力作り
これも自衛官にとって大事な任務。特に教育中は厳しい訓練を耐え抜くためには欠かせない。
大体は通常の筋トレが多いが、海上自衛隊には「自衛隊マンボ」という意味不明な名前の筋
トレがある。2回ジャンプして空気自転車のような姿勢をとることの繰り返しなのだが、100回
やると足がパンパンになってしまう。
J.座学(ざがく)
率直に言えば、机の上でお勉強。どこでもそうだが、教官によって教え方が違うため、教わる
ほうの態度も全然違う。大体は艦艇での勤務経験がある教官の座学が楽しい。色んなところ
へ行っている経験があるから、その体験談を聞かせてくれるからだ。
一番きついのは、朝イチと、午後一番の座学。特に午前中に体力の要る教練をやった後など
は睡魔との戦いである。
K.戦闘訓練
これは、陸上自衛隊の訓練そのものである。好き嫌いは真っ二つに分かれる。内容は語るま
でもない。銃を持って走り、匍匐前進をし、突撃を加える。まさに地面との一体化。服は真っ
黒。そして、夕方はまた洗濯機争奪戦である。
6.室内なのに,台風が起こる!
「は!?」と思った方もいるだろうが、教育隊では起こるこの現象。実は教育隊名物だったりする。
自衛隊においては規律の維持・士気の高揚は重要な問題。この2つが目に見えるもののひとつが
「整理整頓」である。誰が見ても美しく。これが教育中は重点のうちにおかれる。
隊内の標語(?)に、こういうのがある。 「整頓は直角平行一直線」
。実に分かりやすい。だが、これが結構難しい。
シーツは角が立つようにしっかり張る。毛布は斉一になるようにたたんで置く。掃除はベッドの下ま
でキッチリやる。居住区には余計なものは置かない、ロッカーは施錠する・・・等々。
大抵は班長の叱咤を受けて直せば良いのだが,余りにヒドイ状況だったり何度言っても一向に直ら
ない場合にはついに班長も激怒する。そして、班長はベッドからロッカーの中身から、全部ひっくり
返して窓の外や居住区の前の廊下,あちらこちらにぶちまけてしまうのである。これを自衛隊用語
で「台風」というのである。おそらく3自衛隊共通の習慣ではないだろうか。
7.待ちに待った休日だ!
教育中の自衛官とて、いっぱしの「(特別職)国家公務員」、休日は完全週休2日制である。ある
程度の当直を残し、後は外出する。とはいっても、教育中は制服で外出。門限は8時。前にも
言ったが、繁華街の横須賀中央までは片道1時間。朝8時30分に隊を出ても、行けるところは
限られている。
結局、週末の横須賀市街と横浜周辺には制服姿の自衛官がたむろする。ちなみに
海上自衛隊横須賀教育隊の隣には陸上自衛隊第一教育団と陸上自衛隊少年工科学校いう教育
部隊があるので、私はめったなことがない限り横須賀は出ていた。仕方なく山下公園当たりでボー
とするのだが、ある時横浜港の船員さんと間違われて「写真に入ってください」と言われてしまった
ことがあった。その時は笑って入り、つれ子の頭に帽子もかぶせてやったのだが、あの頃は「船員
さんと海上自衛官の区別がつかないのか・・・。」とブルーな気持ちになってしまったものである。
8.大人のじ・え・い・た・い (とってもおげれつ)
自衛官だって血もあり涙も流す人間である。当然、欲求不満にもなる。
彼女のいる学生は非常にまれである。いても大抵は入隊前に別れてきてしまうか、入隊後の遠距離
恋愛が続かなくなる者が大半。それ以上に、元々いない奴のほうがはるかに多いのだ。
かくして、欲求不満は「ひとりえっち」での処理が一般的となる。何せ、男の集団であるから、いわゆ
る「おかず」には事欠かない。寝床はオープンなので出来ないから、トイレの個室での作業と相成る。
ところが、われわれの班長にそういうことが大嫌いな班長がいて、その人が当直しているときにやると
個室の上からバケツで水をかけられ、挙句の果てにはそのバケツまでも投げ入れられてしまうのだ。
後でその被害をこうむった学生はぬれねずみで全員の前に現れることとなり、全員の失笑を買う。
9.教育中の自衛官と女性との因果関係
前項を見る限りでは自衛官は女性をあまり見ない環境なのか?と問われれば、実はそうでもない。
横須賀教育隊には、なんと「教育第2部」という海上婦人自衛官(通称WAVE=ウェーブ)の教育隊
があるのだ。教育の内容そのものは男子とまったく変わらない。しかし明らかに違うのは、規律が
厳しいと言う点である。それは全寮制女子高のような世界。まあ、無理もない。同じ敷地に同じ世代
の男(しかも飢えている)が同居していて、教官からすればそんなかわいい赤頭巾ちゃんを何百人と
預かるのであるから。
具体的には
a.単独外出の禁止 b.男子隊員との交際禁止 c.課業時間後の不要移動禁止
などがあるらしい。
一方の男子隊員側はというと、語るまでもない。あの手この手で誘い出そうと奮闘する。
しかし、2部の教官だって黙ってはいない。売店や食堂などに立ち番がいて、チェックしているのであ
る。万が一現場を押さえられると、もう大変。婦人隊員のほうは後でこってりと絞られるのである。
損をするのは常に女性のほう。それではあまりにかわいそうである。
教官にしてみれば、我が子のような暖かく、時に厳しくという気持ちでやっていることであるから、わか
らないものではない。でも、年頃の女の子ですからね・・・。どうなんでしょうか。
ちなみにうちの班長は「WAVEがかわいいとかいい女だと思ったら外出しろ」と言ってました。
言っときますが、私が言ったんではないですからね。全国の婦人自衛官の皆さん。