海のロマン雑記帖




(海上自衛隊初の大型輸送艦・輸送艦おおすみ)



序.「海のロマン雑記帖」について


なんと、このページ始まって以来の真面目な企画の登場である。
ここでは海上自衛隊に限らず、世界の海軍を基準にグローバルに目を向け、
いまでは海上自衛隊の常識化した習慣について、その起源がどこからきたのか
探った私の地味な(実にヒマ人な)調査の集大成である。
なるべくどなたでも分かりやすく、きちんと解説するためにやむを得ずテキストが
長くなってしまったので、全部読む覚悟がある方は「オフライン購読」をお勧めしたい。




1.水兵さんの服装@ −大きな襟−


現在、水兵さんの制服としてもっとも知られるセーラー服。大きな襟が特徴だが、
この襟にもちゃんと由来がある。日本ではこの襟のことを「ジョンベラ」と言うが、
これは[junper]が訛ったものと言われている。

襟については諸説ある。
a.単なる飾り b.耳たぶの補足 c.雨・雪・しぶきなどから首の部分を護る
d.帆船時代、指揮官の号令がよく聞こえるようにするため
等。もっともらしいのはd.であるが、実は最有力なのはこんなはなし。

18世紀から19世紀のはじめ頃、イギリスには男性の間ではおさげ髪にする
風習があった。当然の如く船乗りも同様であったが、長く風呂に入ることが
出来ない。
これではおさげが上着の背部を汚してしまうため、汚れ防止のために首から後ろ
にたらした布切れが水兵服のあの大きな襟の先祖である、という。

余談だが、イギリスの婦人、ことに若い女性の間では水兵さんの襟に触っておく
とその日いいことがあると言う俗信がある。
これが日本だったらいいのに、と思う海上自衛官は多いことだろう。



2.水兵さんの制服A −ラッパズボン−


かつて、皆さんのお父さんくらいの年代の若い頃に流行ったらしいラッパズボン
(ベル・ボトム)。
昔の海上自衛隊ではセーラーはラッパズボンだったらしく、わざわざ特注してま
でも大きなラッパのズボンを作り、履いていたらしい。しかし、時代が変わった
昨今では安全上の見地からラッパを廃止、今は普通のストレートとなっている。

セーラー服のズボンがラッパだったのは有名な説として、甲板を洗う際に裾を何度
も折り返し易いようにと言うのがある。
その証拠に、裸足になって甲板掃除をしない下士官や士官のズボンは昔も今も
ストレートである。

余談だが、「裾を折りあげる」ことにもちょっとした文化がある。
イギリスの海軍では「7つの海」になぞらえて7回折りあげるらしい。



3.水兵さんの制服B −制帽(水兵帽)−


水兵帽は「つば」がないのがその特徴。
これは帆船時代にマストを登ったり作業をする際につばが引っかかって落したり
しない様に、1850年の水兵服制の施行当時からなかったらしい。

通常、海軍の水兵帽には「ペンネント」というリボンのようなものがついている。
これを日本の帝国海軍時代は「軍帽前章」と呼んでいた。
ペンネントには所属する隊、もしくは艦名や所属が金色の文字で書かれている。
さてこのペンネント、今ではほとんど飾りだが、元々は実用だった。
これをハチマキのように帽子の周りにとり、後頭部で結び、あごの下で再度
結んでいた(今はあご紐の代わりにゴム紐がついている)。
帝国海軍時代はこの長さが2mほどあったらしいが、第1次世界大戦時に物資
不足のために短くなったらしい。
ちなみにドイツ海軍やロシア海軍のペンネントは今でも長い。
また、フランス海軍では帽子の上に装飾の赤い毛毬がついていて、結構プリティー。

ペンネントがなぜそんなにも長かったか?と言うことについては、
イギリスの海軍に起源がある。
先にも述べたが、イギリスではおさげ髪の習慣があったが、船内にはシャワーなど
ない時代。服は汚すわ、しらみは湧くわで不衛生極まりない。
そこで艦長はおさげを切るように命じたが、一向に聞き入れてくれない。
そこで困った艦長は考えた末、「おさげの代わりに帽子の後ろにリボンを2本つけて
やるからおさげを切ってくれ」と提案。それ以来ペンネントがついている、らしい。



4.海軍の帽子の上の部分はなぜ白い?


この白い布は「帽日覆い」という。黒い帽子をかぶるため、夏は直射日光を避けるため
に白い布を帽子の上部にかぶせる。
中学時代、学生服が学ランだった方は帽子に覆いをかぶせていた記憶のある読者
も多いのでは?
さて、この帽日覆い、船乗りは冬でもかけている(かけない国もあります)。また、頂部を
はじめから白く作っている帽子もある(海上自衛隊やアメリカ海軍等はこれが基本形)。
おかしな習慣というものはあるもので、この起源は1600年代の東インド会社の帆船
時代にさかのぼる。

国際的に航海をする商船の船乗りは、海上にいる期間が長い。
秋にインドを出港すると、イギリスに着くのは冬。当時、船員はひと航海いくらの契約で
乗組んでいたため、本国に帰って帰港するとすぐに航海期間中の給金を一度にもらって
下船する。
船員服に身を包み、衣のう(ダッフル・バックの形をした服を入れるバッグ)をしょって
上陸する船員を目ざとく見つけるのは港の商売女の皆様。
「あら、あの船員さんインド帰り!だって帽子にまだ日覆いがかかっているもの。きっと、
いっぱいお金をもらったばかりだワ♪」・・・というわけでモテモテ。
さて、この光景を見たのが他の船乗りの皆さん。
「そうか、帽日覆いをかけっぱなしで歩くとモテるのか!よっしゃ!!」
・・・というわけで港は帽日覆いをかけた船員さんだらけ。
やがて、このヘンな(?)習慣が船乗りの国際的習慣になったという。

ちなみに、海上自衛官の帽日覆いは取り外しが可能。これだけ洗濯すればOKという
わけ。よく出来ています。



5.生徒・一般曹候補学生・航空学生に使われている7つボタンのジャケット


世間一般に言うところの「短ラン」タイプの短い上着。
予科練の制服として知られているスタイル。
かつては上流階級の貴族や大富豪の子弟の「男の修行」として海軍に入隊させる
のが主流だったらしい。
彼らのことを海軍士官候補生[midshipman]というのであるが、彼らを教育しはじめの
頃にはまだイギリス海軍では制服の制度が確立しておらず、かつ、自前が原則で
あったため、艦内でも家庭で着ていた服を持ちこんでいた。
色物の短い上着に7つボタン、金筋や金モールをやたらと施した派手極まりない服装。
これらの貴族時代の服装の面影こそ、一流ホテルのボーイさん達に見る事ができる。

これらから余計な装飾をすべて取り除いたものが7つボタンの服の起源であり、
それを今に伝えているのがこの制服である。

ちなみに、ボタンが7つあるのは「7つの海」を表しているというのが通説。

さて、「7つの海」。通例とされているのは南北大西洋・南北太平洋・インド洋・南北氷洋
で7つとするのだが、国や地域によっては南北氷洋の代わりに地中海と黒海、もしくは
黄海を加えるところもある。



6.海軍士官の袖や肩についている金筋


これは階級を示しているものである。
しかし、一般のカタガタはこの階級線の読み方はピンと来ないと思う。
また広義的な階級の知識に関してはおおよそ把握していても、国によって違いが
あったり、自衛隊の様に遠巻きな呼び方ではやはり「?」の連続。
しかし、これらを語学的に勉強さえすれば意外と容易に理解できるのだ。

そもそも、階級制度を海軍で形作ったのは17世紀のイギリス海軍が最初。
当時はAdmiral(提督)とCaptain(艦長)、Lieutenant(艦長補佐)の3階級しか
なかった。
イギリス海軍では職名をそのまま階級名にしていたため、これが世界的に
混乱を招く元となった。

やがて18世紀から19世紀になると軍艦の数・兵員ともに増強、まず
AdmiralをFull-Admiral(総提督=大将相当)、Vice-Admiral(次席提督=中将相当)、
Rear-Admiral(後任提督=少将相当)の3つに分けた。また、Captain(艦長=大佐
相当)の上にCommodore(提督勤務の艦長=准将)を新設した。

次に大型艦の艦長も小型艦の艦長も同じCaptainであっては不合理なので、Captain
をCaptain(大型艦艦長=大佐相当)とCommander(小型艦艦長=中佐相当)と
分けた。さらに、Lieutenant(艦長補佐)の数も激増したため、Lieutenant(艦長補佐
=少佐・大尉相当)の下にSub-Lieutenant(艦長補佐心得=中・少尉相当)という
新しい階級を設けた。

19世紀末期から軍艦の他に新たに水雷艇や駆逐艦が登場、これが第1次世界大戦
の頃を迎えるとさらに潜水艦・駆潜艇・魚雷艇という種類が登場する。
これに伴って下級士官の数が急増、そのためLieutenant(艦長補佐)の上に
Lieutenant-Commander(小型艦長格指揮官=少佐相当)を新設。
また、Sub-Lieutenant(艦長補佐心得)を2つに分け、Sub-Lieutenant 1st class(
先任艦長補佐心得=中尉相当)とSub-Lieutenant 2nd class(後任艦長補佐心得=
少尉相当)とし、それらの制服の金線の数は適時増減し、今日に至っている。

ここまでの話、理解していただけただろうか?
かえってよく分からなくなったあなたのために、一応以下に図を用意した。
最初から図だけ出せばよかっただろうって?
世の中には聞いちゃいけないこともありますよ。




7.海上自衛隊の階級制度


海軍士官の一般的な階級制度が分かったところで、今度はややこしい
海上自衛隊の階級についての知識を身につけよう。

最初に言っておくが、自衛隊の階級制度は他国に比べ、事の他ややこしい。
遠まわしな言いまわしも相乗し、一層の拍車をかけている。

現在、海上自衛隊には18の階級がある。
これを階級・一般的な呼び方・英語表記で列記すると以下のようになる。
海上幕僚長および
統合幕僚会議議長
たる海将
大将 Admiral or Chairman
of the Joint Staff Council
海将 中将 Vice Admilal
海将補 少将 Rear Admiral
1等海佐 大佐 Captain
2等海佐 中佐 Commander
3等海佐 少佐 Lieutenant Commander
1等海尉 大尉 Lieutenant Senior Grade
2等海尉 中尉 Lieutenant Junior Grade
3等海尉 少尉 Ensign
准海尉 准尉 Warrant Officer
海曹長 曹長 Chief Petty Officer
1等海曹 軍曹 Petty Officer 1st Class
2等海曹 軍曹 Petty Officer 2nd Class
3等海曹 伍長 Petty Officer 3rd Class
海士長 上等水兵 Leading Seaman
1等海士 1等水兵 Seaman
2等海士 2等水兵 Seaman Apprentice
3等海士 新兵 Seaman Recruit
注意:
1.この表の「一般的な呼び方」とは帝国海軍において使われた
  階級、「英語表記」については列国海軍の階級制度を、公開情報に
  基づいて当てはめたものである。
  一般的には自衛隊の階級については確実な当てはめが非常
  に困難とされている。
2.「3等海士」については現在のところ海上自衛隊生徒にのみ
  当てられている階級。通常の任期制自衛官として入隊をした者は
  2等海士として入隊する。



8.幕僚や副官の胸にぶら下がっている飾緒(しょくしょ)


飾緒とは、通常右の肩先から付ける数本の組紐。一本は更に細い紐の
組紐からなっている。
本来の目的は参謀(金色)や副官(銀色)であることを示す装飾であったが、
帝国海軍においては将官が正装する際の装飾としても用いられ、海上自衛隊
でも同様の解釈で扱われている。
また、音楽隊(白と黄色の組紐)でも使われている。

飾緒は一般社会においてもマーチング・バンド、バトン・トワラー等で見られる。

飾緒の起源はフランスの北部地方の陸軍の内部から興ったといわれている。
しかしその発祥については諸説ある。
以下に、その説をあげる。
a.絞首刑用のくくり紐。後に「武功章」説
  度重なる戦いでの連敗に業を煮やしたときの国王が、「今後退却する者あら
  ば、この縄でくびり殺してくれるわ!!」と、そのくびり縄を肩に下げていざ、
  戦場へ。ところがこの縄が効いたのか戦いは大勝。
  以後、その縄を金色にした「武功章」として、殊勲の兵に付けさせたという説。
b.「馬をつなぐための縄が転じたもの」説
  戦線視察中の将軍の馬をつなぐための綱で、参謀がこの縄を肩に下げて
  同行。これが飾緒へ転じたもので、飾緒の先端の金属性の金具はそのときの
  杭であったという説。
c.銃のピンを肩に止めるヒモ説
  その昔の火縄銃の時代に火孔を掃除するためのピンを肩に止めるための
  縄が転じたもの、とする説。
d.幕僚が使うペンなどをつるすヒモ説
  戦線で幕僚が馬上で作戦計画を立てる際に、地図で使う鉛筆や両脚器を
  ヒモにつるしていた、元は実用品である、とする説。



9.海上自衛隊で2等海佐以上の制帽のつばについている刺繍


俗に「カレーライス」と呼ばれている。まったくの飾り。
しかし、2等海佐(=中佐・Commander)以上であることにはそれなりの
理由がある。

元来Commanderとは「小型艦艦長」の意。
確かに飾りではあるが、それよりも「小型艦艦長以上の者」たる証であるという
意味合いのほうが強い。
ちなみに海将補以上になると、刺繍もまた豪華。刺繍されているのは柏の葉と実。