ちょっと役立つ海軍さんのお話(4)


面 舵 と 取 舵

日本の船舶では、航海方向に対して右への回頭を「面舵(おもかじ)」、左への回頭を「取舵(とりかじ)」と言います。
まず、この面舵と取舵の語源についてお話しましょう。

その昔、西洋式の方位名になる前の日本では、東西南北のほか干支十二支によっても方向を示していました。これは時計でも同じで、
 子=北=12時
 丑=北北西=1時
 寅=西北西=2時
 卯=西=3時
 辰=西南西=4時
 巳=南南西=5時
 午=南=6時
 未=南南東=7時
 申=東南東=8時
 酉=東=9時
 戌=東北東=10時
 亥=北北東=11時
・・・というように刻まれていました。
もうお気づきですね?
そうです。取舵の「取」は「酉」のことなのです。

この方位表示によって作られた羅針盤を本針と呼び、子午線と船の中心線が一致するように取り付けておき正船首の方向を「子」、右斜め前方(=正船首より45度の方向)が「丑寅」、右正横を「卯」というように読んでいました。

ちなみに、この頃の船は舵の構造上逆舵と言って切った舵と逆の方向へ向くため、本針の基準によって酉の方向へ回頭しようと「酉舵!」と号令し舵を酉の向きへ取ると、船は逆の「卯」の方向へ向いてしまいます。
実際、これによる混乱はあったようで、後に混乱を避ける(=機械的に間違いなく操船させる)ために、十二支を逆に書いた「逆針」というものが登場します。
じつは上に書いた方位はこの「逆針」によって表記しています。
ですから、最初に「あれ?」と思った方は正解!です。

…話が横道にそれましたね(汗
では、いよいよ酉舵、卯の舵がどのように今の呼び方になったか、ですが・・・
これはこのシリーズで前述した「maro→maru」と同じようななまりの変化によります。
つまり、
卯の舵(uno-kaji)→omo-kaji(面舵)
ということなのですね。
卯の舵は別名を「卯面舵(うむかじ)」とも言われ、この変化の過程で「面舵」に変化したと考えられています。
同様に酉舵も当て字によって取舵へ変化したようです。





starboard と port

日本式の「面舵」「取舵」に引き続き、今度はその英語名について。
操舵号令としてのほか、右舷と左舷という意味でも用いられます(艦首に対して右が”starboard”、左が”port”)。
左舷は”port”より昔は”larboard”と呼ばれていました。

starboard”とは、直訳すると「星(star)の舷側(board)」となりますが、この”star”は星ではなく、実は「舵を取る」意の”steer”のなまり。13世紀〜14世紀ごろの西欧の手漕ぎ船は舵取り用にこぐためのオールより特に長い舵取り用のオール(steering oar)を出して舵を切っていたので”steerboard”すなわち”starbord”となったと言われています。
ではなぜ右に舵取り用のオールを出していたか?ですが、これはほとんどの人間が右利きだったから、というのが一般的です。
現在ではほとんどが固定式の舵(rudderといいます)になったのでsteering oarは用いられていませんが、アメリカの艦船では付属の小型船(whale boat[*])で見ることができます。

”port”のさらに前の名前、”larboard”のlarとは、loadのなまりですなわち「load board(積載舷)」の意。
loadという単語には「人や物を積載する」という意味があります。
船が、入港する際に前進する行き足で接岸(達着(たっちゃく)ともいいます)する際、いったん「櫂収め(かいおさめ)!」でオールを船内にしまいますが、steering oarは船の向きを微妙に変える必要があるので出したままにします。この際にsteering oarは右側から出ているため、達着する舷は自ずと原則的に左側になるわけで、これがloadboard、すなわち”larboard”と言われる由来です。

では、なぜ”larboard”から”port”に変わったか、ですが・・・
これは右舷の”starboard”と左舷の”larboard”の発音があまりにも似ていたことから。英語では”starboard”のはじめ’st’は無声音、”larboard”の’l’はもともと弱い音。なので、実際の人の声による操舵号令ではどちらも「アーボード!」としか聞こえないために操船間違いが度々起こり、事故も後を絶たなかったので、1844年、イギリスの海事省が「今後、larboardの呼称をportに代える」という意味の省令を発布。それを追いかけるように1846年にはアメリカでも同様の発布が行われ、以後急速に左舷は”port”と定着していくことになります。
”port”と言う呼び名はそのことばの意味である「門」や「出入口」に由来します。これは先に述べたとおり人や荷物は左舷から出入りすることが標準だったことから起きたもので、このような意味からもともと使われていた表現だったので、定着も早かったとか。



{*}whale boat…小型の作業艇で、捕鯨船が鯨に肉薄してモリを打ち込むために使う小型船が由来。ひれや尾が衝突して壊されないようにすぐ前後どちらにも動けるよう、船首も船尾も先が細い構造。今でもこの構造の船をホエールボートと呼ぶ。





宜 候 (ようそろ)

航海用語としてはおなじみの「宜候」。

和船時代から既にあると言われている言葉で、その発端は舵を向けて回頭している中途、
「これにてもはや操舵は宜しゅう候、早速舵を戻して船を直進させ候らえ」
ということから起こり、後には
「目標と船首と拙者(表仕=おもてし。今で言う航海長)の3点がよう揃った!舵を中央に戻してよし!」
となり、現在に至るという説が有力。
他には「舵を目標や中心によう揃えよ」という説もありますが、現在の正しい宜候の用い方を考えるに、先の説のほうがもっとも現在のスタイルに近いわけです。





前進とは言うが、後退とは言わない。

通常、自動車の場合は前に進むことを「前進」、バックさせることを「後退」と言いますが、船舶の場合は「前進」とは言っても「後退」とは言いません。
これは武士の戦舟(いくさぶね)の頃から「後退」とは後ろへ退くことが負けることと重なるためで、このために「後進」と言っていたのが現在も受け継がれているためだそうで、わりと古風かたぎな武士道の名残かもしれません。

ちなみに、潜水艦でも「沈む」ということばが沈没という連想をさせるため、「潜る」という表現を使います。やっぱりこれも武士道!?





時 鐘 (じしょう)

日本の護衛艦には、艦橋から出た左舷側に時鐘という鐘が下げられているのはご存知でしょうか?
いまでこそ飾りになってしまっていますが、元々は実用品だったのです。

時鐘は、その船が就役している限り昼夜を問わず30分毎に当直員が鳴らしていたことからその船のシンボルであり、また船の魂、船霊(ふなだま)がこもり給うところとされています。イギリスの船ではこういった言われから船名ゆかりの個人や年からの献上品によって設置されることが多く、日本の自衛艦もこれにならって使用されないながらも今日の新造艦艇には厳粛に取り付けられ、また退役時には外されて防衛庁長官へ返納するしきたりになっています。また、帝国海軍時代は本来の目的で使用されていました。

時鐘番兵というのがいて、30分計の砂時計で時間を正確に測り、転倒する度に鐘を鳴らして時を告げていました。
鐘を鳴らす回数は当直時間ごとに最初の30分が1回、次の30分(1時間)で2回、というように鳴らし、それを何直何点鐘と呼んでいました(乗員も何時とか何時半とか言わず、同じように言うのが通例だった)。

ちなみに打ちかたにも流儀があり、
1点鐘はカン、2点鐘はカンカン、3点鐘はカンカン、カン というように、1点鐘以外は2連区切りというのがならわしで、
さらに大晦日の年越しには行く年に8つ、来る年に8つの計16回を打ち鳴らすのだが、これに当たると良縁に恵まれるという言い伝えがあったらしく、こぞってみんなが打ちたがるので乗組員中の最年少者が打ち鳴らす習慣があったそうな。