大岩堤の由来を調べるとき、まずこの鈴木幹男氏が行ったスピーチ
が参考になると思います。下の<読んで考えるポイント>などを
参考にして、少しお勉強してみましょう。
平成7年5月7日、大岩峯谷戸貯水池(大岩堤)水神祠の再建の
儀式で、貯水池管理者の鈴木幹男氏が行ったスピーチ
<読んで考えるポイント>
*平成7年というと今から何年前ですか?そのころあなたは何歳?
*この大岩堤(貯水池)は今から何年前に着工されましたか?
*「水神」(すいじん)は、どのような神様だと思いますか?
*水神祠とは、どんなものでしょう?
*水神祠は、昔は、堤のどこにありましたか?
*人々は、長い間、何を望んでいましたか?
*ある県議(県会議員)からあるものを寄付してもらいました。
それは何でしたか?
*このスピーチは、誰に向かって行われた、ということになって
いますか?
<スピーチ原稿>
大岩峯谷戸貯水池水神祠の再建について申し上げます。
この貯水池は、明和7年(1764年)後桜町天皇の御代に着工、
安永元年10月後桃園天皇時代に完成されたとの事で私どもの
先祖先人の方々が心血を注いで築造されたもので、約220年
余年前の大事業で、この折水神祠が西側斜面の山の中腹に
祭られ、堤の由来などの詳細も詳しく記されていたというも
いつごろか、祠ごと紛失、残念の極みであります。
その後、幾度かの改造、改修、改築が行われたのであります。
そしてこの度、私どもの永年の望みであり、懸案でもありました
貯水池の護岸と管理道の舗装工事など、立派に完成されました。
これもひとえに貯水池関係管理委員の誠心熱意はもちろん、
大岩3区区長時田光男様と旧富士根地区の市会議員上杉
義正様の並ならぬ苦労ご指導の上に市当局の積極的な
賛同と同意を得た賜物と感謝し、敬服する次第です。
また上杉様は、私どもの全く気づかなかった水神祠再建に
念意され絶大なるご協力とご指導をいただき、先祖の霊位
もこの上なく喜びておられるものと思い、関係者、委員一同
心から感謝申し上げ、重ねてお礼申し上げます。
なお又、鈴木渥様には特段のお計らいの上、県議
日原博様よりの寄進のことお運び賜り、この貯水池堤上に
ソメイヨシノ桜を記念樹として植樹することができました。
ここに本日平成7年5月7日、先祖の遺徳を偲びて
水神祠の再建が出来得ましたこと、関係管理者委員一同
心からお喜び申し上げます。
今後とも、幾久しくご守護、ご多幸給わりますよう
ご祈願申し上げます。
先祖先人御霊位様
大岩峯谷戸貯水池管理者委員一同
平成7年5月7日
参考
1 明和7年−1764年。江戸中期の終わりごろ。
2 安永元年−1772年。江戸後期の始まり。