長壁神社
光仁天皇(白壁王)の王子刑部親王とその王女富姫の御二柱をお祭りしています。光仁天皇は道鏡事件で有名な称徳天皇の後62歳で皇位につきました。それまであまり朝政に積極的にかかわるとつまらぬ最後を遂げる人が多いのを見て酒に親しむ生活をしてました。その皇太子が山部親王つまり桓武天皇であります。1050年前播磨の国司角野氏によって姫山の氏神としてまつられました。秀吉が姫山に天守閣を池田輝政が姫路城を築いてからは武士以外の人が参拝できなくなりました。榊原政岑はその行いから越後に移封されることになりました。そのとき一般の人も参拝できるようにと遷座祭を開催したのですが式服を作る間がなく浴衣を着たことからゆかたまつりとよばれるようになりました。夜店の数は西日本一といわれています。姫路の人もゆかたまつりが長壁神社祭礼であることを知る人はすくないようです。
姫路城の天守閣には長壁神社があるんです、長壁姫の話があります。城主しか見ることのできずまた一年に一度しか姿を現さないそうです。城と運命をともにしてこの姫が消えると城は滅びるといわれていたため城主は大切に祭ったという事です。姫路城は焼失を免れた天守のひとつとなっています。長壁姫はまだいらっしゃるのですね。ここまでが姫路のおはなしです。
大手町の長壁神社は松平朝矩が姫路より奉遷して前橋城の未申の方、霞掘の畔に祭祀したものです。伝説があります。前橋城は利根川の流れを西の守りとして築かれたがその流れは激しく毎年城の崖を崩しました。そこで城主は城を捨て川越に移ろうとした。そんなある夜城主の夢枕にひとりの美女が現れ「私は先代が姫路からこの城に移した長壁稲荷である今度城を移るようだか今度もおともしたい。」と頼んだ。しかし城主は城の守護神であるものが城が危険になったのに守りも出来ず城替えに連れて行ってもらいたいとはけしからんと思い願いを断った。それからと言うもの長壁稲荷は人々の夢枕に立ち川越に行きたいといった。
現在ご神体は前橋東照宮にあり、神儀殿はロイヤルホテル内にある。ほかに境内には二十三夜様お稲荷様がある。

境内にあるお稲荷様