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2001.7.24

『沖縄旅行記4日目 ・首里城』

今日は、帰る日。しかし、乗るのは、16:35の便だ。時間はたっぷりある!
と、言う訳で、午後2時まで、フリーとなった。この旅行、沖縄らしい所行ってへん。
沖縄といえば、首里城!結構ホテルから近い。タクシーで、行く事にする。
まずは、お決まり守礼門。逆光やん〜・・。でも、ココははずされヘン!
しかも、韓国人の団体客きた。逆光でもいい!とにかく写す。
後から来た、韓国人たちも次々撮ってる。
次、歓会門。次、瑞泉門。次、漏刻(=水時計)門。次、広福門。門ばっかし!
迫り来る韓国人団体に何度か追いつかれ、嫌味言われる。
「早くしてね。」なんで、日本語で言うねん。韓国語やったらわかれへんのに!
自分らかて、あちこちで、パチパチ撮るやん。
ウチは早く撮る為、バックにいっぱい人入っててもシャッター切ってるのに・・。
腹立つので、韓国人達に、先に行ってもらう。
気を取り直して首里城の中へ。ここまでの道のり、暑さで既にヘロヘロのボンボンは
お城なんか見たくない!とわめいていたが、中は、冷房も効いて快適である。
紅型の展示や、王様の傘など、綺麗な展示物を見ながら歩く。
王朝図や、年表を見る間、子供達は、ベンチで一休みって、それ、後ろ向きに座ってるっちゅうねん!
窓の外が眺められる様に、外向きに置いてあるねん。
背もたれが、左右両端だけの雅なベンチ(長椅子というべきか・・)である。
年表によると平安時代(800年頃)沖縄、石器時代である・・・。島やもんな・・・。
浦島太郎の時代(室町時代)、沖縄は琉球王国である。日本とは、異質の文化。
あの、建物。「りゅうきゅう」という言葉の響き。絶対、竜宮城は、琉球城だよな〜。
って感じる。日本文化よりは、中国的かな・・。椅子文化だし。
正殿の中は、どことなく、ひんやりと、いい風が抜ける。
暑い国の王様の住まいなので、色んな工夫がされてるらしい。まだ、漆の匂いがする。
新しいので、色鮮やかで、当時の繁栄を偲ばせる。
2階の隅に「おせんみこちゃ」と言う場所がある。飾りつけがなくてピンとこなかったが、
神棚というか!?お仏壇というか!?神様とご先祖様を祭ったものらしい。
沖縄の言葉って、不思議な響き。聞いただけではわからなくて、漢字見ると納得できる。
やっぱり、日本と中国の間の国だったんだな。って、思う。
国王専用の階段があったり、王の権力を感じるしつらえでした。
映像も見たりして、ゆっくり回ったので、首里杜館で、昼食を済ます。
ホテルに帰るにも、他を回るにも中途半端な時間である。
博物館に行きたかったが、時間がせわしいので、あきらめて、周辺をブラブラする事にした。
道行く人と反対に来た道を少し戻り、西のアザナ(物見台ってとこかな!?)に上って見る。
暑いだけで、景色は思ったよりよくはなかった・・・。
『池を見に行こう』と言う事になって丘を下る。パパは、蝉採りに夢中で遅い。
暑くて先先歩いた私達は「?」「パパ来ないぞ!」子供に見に行かせようとしたら、
タクシーが、パッパーッ!「なんやねん!?」振り向くと、パパ乗っとるがな!
って、オイ!なんでタクシーにのってんねん?すぐそこやのに!(−−メ)
「タダで、乗してくれるって」「・・・。(−−メ)
そう、タダより難儀なものは無い。まぁ、しゃーない。パパもう、乗ってんやから・・・。
帰り、ホテルまでのればいいわ。と、私は思った。
弁財天堂で、写真撮って池をぐるりと回るつもりだったのに。
「そんな、所行っても何も無いよ。」人の勝手やん。時間つぶしの散歩やねん。(ーー;)
ここまで、乗せてもらってるだけに「じゃ、ホテルまで」車窓から、池見える。
私達が付いて行こうとした子供達アヒル見てる。ボンボン非常にくやしがる!
(運転手)「どこか、見に行きますか?」 (迷子)「時間が無いので・・。」
(運転手)「何時の飛行機?」 (迷子)「夕方やけど、集合時間があるので・・。」
(運転手)「「また、ショッピングセンター連れて行かれるよ。
時間もったいないから。おじさんが連絡して、空港まで送ってあげるから、どこか観光に」
(迷子)「子供も疲れてますので・・。(怒)」ホテル到着。
(迷子)「ここで」というのに少し行き過ぎてメーター上がったがな!(−−メ)
エライひつこいおっちゃんやな!もう!
確かに、その後、バスで、ショッピングセンター連れて行かれたけど・・・。

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