直線上に配置


文 正 草 子
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それ、昔より今に至るまで、めでたき事を聞き傳ふるに、賤しき者が殊のほかに出世して、始めより後までも、辛きことなく目出度きは、常陸の國に、鹽燒の文正と申すものにてぞ侍りける。

その故を尋ぬれば、國中十六郡のうちに、鹿島の大明神とて、靈社ましましける、かの宮の神主に、大宮司と申す人おはしけるが、長者にてぞましましける。四方に四萬の倉を建て、七珍萬寶の宝滿ち滿ちて、何一つ缺けたることもなく、よろづ心のまゝで、色々のものあり。家の數は一萬八千軒なり。郎黨に至るまで數を知らず。女房たち仲居の者、八百六十人なり。息子五人、ともに眉目かたち、藝能、萬人に優れたり。又大宮司殿の家僕に、文太といふ者あり。年来仕へる者なり。下郎なれども心は正直に、主の事を大事に思ひ、夜昼心に違はじと、宮仕へしけれども、その心を見んとや思はれけん、主の大宮司殿、「汝、年来仕へる者といへども、わが心に違ふなり。いかならん處へも行きて勝手に過ぐべし。又思ひも直したらんには、歸り參れ」と宣ひければ、文太思ひけるは、「たとひ奉公人が千人萬人ありといふとも、わが命あらん限りは、奉公申すべきと存じ候ひつるに、かゝる仰せくだる上は是非もなし。さりながら何処に居ても主の事もおろかに思ひ申すべからず。又やがてこそ参り申すべし」とて、いづちともなく行くほどに、つの岡が磯、鹽を燒く浦につきにけり。ある鹽屋に入りて申すやう、「これは旅の者にて候。御目をかけて給はれ」と申しければ、あるじ聞きて、身元わからぬ者なれども、見るよりそゞろにいとほしく思ひて、その家に置きける。日數経るほどに、あるじ申しけるは、「かくてつれづれにおはせんより、鹽焼く薪なりとも、取り給へ」と言ひければ、「いと易き事なり」とて薪をぞ採りける。もとより大力なれば、五六人して持ちけるよりも多くしてぞ來たりける。主人非常に悦びて、又なき者と思ひける。

かくて年月を經る程に文太申しけるは、われも鹽焼きて賣らばやと思ひ、主人に申すやう、「この年月、奉公仕つり候御恩に、鹽竃一つ給はり候へかし。あまりに頼りなく候へば、商いして見候はん」と申しければ、もとよりいとほしく思ひければ、鹽釜二つとらせけるに、鹽焼きて賣りければ、この文太の鹽と申すは、快よくて食ふ人病なく若くなり、又鹽の多さ限りもなく、普通の竃の三十倍にもなりければ、やがて徳人になり給ふ。年月経るほどに、いまは長者とぞなりにける。さる程につの岡が磯の鹽屋ども皆々從ひける。さる程に名を変へて、文正常岡とぞ申しける。堀のうち七十五町の広さで、四方に八十三の倉を建て、家の棟数九十軒造り並べたり。昔の須達長者(印度の富豪)もかくやと思ひける。されば常陸の國の者ども当世のことなれば、主を選り好みするな、恩賞の多少を選り好みせよ、なにか苦しかるべきとて、皆々文正にぞ使はれける。しかれば家の子郎黨に至るまで、三百餘人のほか、雜色、草刈、しもべに至るまで、その数知らず。寶はいかなる十善の君(天子)と申すとも、これには過ぎじとぞ覺えける。

さりながら文正に男子にても女子にても、子は無かりける。ある時、大宮司殿この由聞こし召し、さても不思議に思ぼし召し、彼を召して尋ねんと思ひ給ひ、文太をぞ召されける。久しく参り候はねば、嬉しく思ひて、急ぎ参りける。大庭に畏まりて、居申しける。大宮司殿御覽じて、その身こそ賤しきとも、めでたき者なれば、いかで庭には置くべきとて、「これへこれへ」とこそ召されける。さる程に文太は廣縁までぞ參りける。大宮司殿宣ひけるは、「文太はまことや、限りなき長者となり、十善の君にてましますとも、われにはいかで勝り給ふべきと、かたじけなくも申すとかや。さやうに勿体なきこと、どうして申すぞ」と宣へば、文太畏つて申すやう、「わが身の賤しき有樣にて、わづかこれ程の寶を持ちて殿の御事も考へず、前後のわきまへなく申して候なり」と申しければ、「いか程の寶なれば、かやうに思ふぞ」と宣へば、「金銀綾錦、七珍萬寶數しらず。四方に造り並べたる倉を申すに數知らず」とぞ申しける。大宮司殿聞こし召し、「誠にめでたき者の果報かな。さて末を繼ぐべき子はあるか」と宣へば、「未だ候はず」と申しける。「それこそ拙きことなれ。人の身には子程の寶よもあらじ。只その寶を神佛に参らせん。一人にても子を申すべし」と宣へば、文太、げにもと思ひ、家に歸りて是非なく女房を叱り、既に追ひ出す。女房、「これはいかなる事ぞ」と騷ぎければ、文正申しけるは、「大宮司殿、一人の子を持たぬ事を、本意なく思ぼし召すなり。急ぎ子を産みて賜び候へ」と申しければ、「廿卅の時だに産まぬ子が、四十になりて何として叶ふべき。その儀ならば力なし」と云ひければ、文正、げにもと思ひ、大宮司殿も「神佛にも申せ」とこそ仰せられつれと思ひて、「さらば神佛へ参りて申し受くべし」と申しける。女房、げにもと思ひ、七日精進して、鹿島の大明神へぞ参りける。いろいろの寶を参らせ、三十三度の禮拜をして、「願はくは一人の子を賜び給へ」とぞ祈り申しける。満願の七日と申す夜半に、かたじけなくも御寶殿の御戸を開き給ひ、誠に気高き御聲にて、「汝申すところさり難きにより、この七日のうち到らぬ處なく探し求むれども、汝が子になるべき者なし。さりながらこれを賜ぶ」とて、蓮華を二房給はりて、掻き消すやうに失せにけり。

さる程に、文正、喜び、「関東八箇國に勝れたる男子を生ましめ給へ」とぞ申しける。九月の苦しみ十月の末には、産の紐を解きたる。三十二相(美人の條件)持ちたる美しき姫にてありける。文正腹を立て、「約束申せし甲斐もなく、女を生みたる事よ」とて叱りける。その中に、年かさの女房達申すやう、「人の子に、姫君こそ、末繁昌してめでたき御事にて候へ」と申しければ、「さらば内へ入れ申せ」とて、寵愛申しける。乳母や付添いまでも、眉目よきをすぐり付けにけり。又、次の年も尚光るほどの姫御前をまうけける。文正、「何ぞ」と申せば、「いつもの者」と申しける。文正腹を立て、「さきこそ約束違へめ、さのみはいかで人の命を背き給ふぞ。その子具して急ぎ出で給へ」と、叱りける事限りなし。その時御前にありし人々申しけるは、「男子にてましまさば、大宮司殿にこそ使はれさせ給はんに、御容貌勝れたる姫たちにて候へば、國々の大名、いづれか婿にならせ給はざるべき。又は大宮司殿の公達と申すとも、御婿にならせ給ふべし。これほど結構な事なし」と申しければ、その時、文正、げにもと思ひ、「さらば早く早く入れ申せ」とありければ、見るに姉御前よりも美しく有りければ、又乳母や付添いまでも、眉目容姿よきを揃へて付けにけり。姫達の御名をば夢想のお告げにまかせ、蓮華を賜はると見たれば、姉は蓮華御前(れんげごぜん)、妹を蓮御前(はちすごぜん)と付け、いつきかしづき給ふほどに、年月重なり、光る程の君に見え給ふ。読み書きよろづ怜悧にて歌草子並ぶ方なし。

これを聞き八箇國の大名たち、我も我もと心を尽くし、文玉章(求婚の手紙)限りなし。姫たち思ひ給ふやう、「かゝる東國に生れけるぞや。都の邊にも生れなば、世にある甲斐には、女御后の位をも心掛けるが、さて世の常の嫁入りは思ひもよらず」と思はれける。文正は國中の大名より、いづれも仰せを蒙り、面目と思ひて、姫に此の由申せば、耳にも更に聞き入れず、明かし暮し給ふ。父母もわが子ながらその心に背くまじと、言うまゝにもてなし給ふ。此の姫達は來世の事まで深く思ひ入りて、常に神佛への參詣し給ひけるを、大名たち道にて奪うべき由聞えければ、文正此の由を聞き、西の方に御堂を建て、阿彌陀の三尊を据ゑ奉り、心のまゝに姫たちを詣らせけり。かやうに用心深くいたせば、道にて奪ひとる事も叶はず。大宮司殿、此の由を聞こし召し、文正を召して、「汝まことや光るほどの姫を持ちたると聞く。大名達の嫁に出すべからず。わが子に出すべし」と宣へば、文正嬉しく思ひ、やがてわが家に帰へり、「あなめでたや、大宮司殿の公達を、婿にとるなり。皆々御供せよ」と言ひ騒ぎける。やがて姫達の方へ行きて、「めでたや、大宮司殿、嫁にすべき由仰せ候」と申しける。姫達は淺ましげなる氣色にて涙の色見えければ、文正は呆れはてゝぞ居たりける。姫たち仰せけるは、「いかなる女御后にも、又は位高き公達などこそ、もしも心を寄せ候はんずれ。さなくば尼になりて後世菩提を願ふべし」と申しける。文正面目なく、大宮司殿に此の有樣を申せば、大宮司殿は腹を立て、「汝が子供の分際で、私を嫌はんこと不思議なれ。急ぎ参らせずば汝を罪科に及ばすべし」と宣へば、文正又娘の方へ行き、此の由申ければ、姫たち仰せけるは、「かやうな縁の道は高きも賤しきにもよらぬ事にて候へ。只尼になりて、うき世を厭ふか、さなくば淵河へも身を入れん」と歎きける。文正さめざめと泣きて、又大宮司殿へ参り、此の由を申しければ、「それ程の儀ならば、仕方なし」とぞ仰せける。

さてその後、衞府の藏人みちしげと申す人、常陸の國司を賜りて下り給ひけり。此の人は大層色好みにて、いかなる山家育ちや賤の女なりとも、眉目容姿世に優れたる人をと心掛けておはしける。國中の大名たち我も我もと見せけれども、心に合はずして、明かし暮し給ひけり。ある人申すやう、「鹿島の大宮司の雜色に文正と申すもの、光るほどの娘を持ちて候。國中大名我も我もと申されけれども、用ひ候はず。これは天人の天降り給ふかと覚え候ほどの娘二人持ちて候。主の大宮司仰せられて召され候へかし」と申しければ、喜び給ひ、大宮司を召し、「まことや身内の雜色に、文正とやらんもの、並びなき娘を持ちたる由承りて候。御計ひにて給はり候へ。その御禮には國司を讓り申すべし」と宣へば、「かしこまつて候へども、すべて人の申す事をも聞かず、親の命に從はず候なり。さりながら申してみ候はん」とて、御前を立ち給ふ。文正も御供申しけるを召して、大宮司、「かゝるめでたき事なれば、汝が娘を國司の御臺に參らせよと仰せあり。さあらば國司を我に給はらんとなり。汝をば代官になすべきなり。面目此の上はあるべからず」と宣へば、文正嬉しげにて、「かしこまつて承り候。さりながら親の申すことを用ひぬものにて候へば、いかゞ申し候はん」とて歸りける。

門かどの程より、「あな、めでたや。女子は、持つべき物なり。國司の御舅になるぞや。皆々用意して御供申せ」と申しつゝ、娘に向ひて申すやう、「さてさて、めでたき事なり」いちいちに申せば、之をも受けで、さめざめと泣きて居たりける。母も文正も、「これをさへ嫌ひ給ふことの淺ましさよ。此の事叶はぬものならば、常岡何となるべき」と云ひて、いろいろ申せども返事もせず。あまりに口説きければ、姫たちは、「大宮司殿の公達を嫌ひて候へば、大宮司殿も心のうちは、さこそ思ぼし召さん。たゞ身を投げん」とぞ申しける。此の上はとて、大宮司殿へ参り此の由申しければ、大宮司殿は、國司へ始めより終りまで語り給へば、此の由聞こし召し、「此の程は逢ひ見ん事を思ひて、物憂き鄙の住居も慰みぬ。今はその甲斐なし」とて、都へ上り給ひける。

日數重なりて、都へ着かせ給ふ。まづ関白殿下の御所へ參りける。その折、國々の物語ども侍りしに、衞府の藏人、わが心にかゝるまゝに申しけるは、「いづれの國と申すとも、常陸の國ほど、不思議なる者のある國は候まじ」と申しければ、関白様の御子に二位の中將殿、此の由聞こし召し、「何事やらん」と御尋ねありければ、「鹿島の大宮司と申すものが雜色に、文正と申すもの、いかなる前世のいはれにや、七珍萬寶、寶に飽き満ち、樂しみ榮ゆるのみならず候。かの大明神より御利生に賜はりたる姫を二人持ちて候が、優にやさしく光る程の眉目容姿、心ざま藝能に至るまで、人間のわざとも覺えず候と聞き、みちしげ、も、とかく申して候ひしかども、更に靡く気色もなく候。主の大宮司をはじめて、國々の大名ども、我も我と申しけれども聞き入れず、二人の親が申すことも聽かず候」と、語り申しければ、中將殿はつくづくと聞こし召し、やがて見ぬ戀とならせ給ひて、いつとなく惱み給ふ。その頃しかるべき公卿や殿上人の姫君達を、我も我もと申されけれども、更に聞き入れ給はず、うち臥し給ひける。殿下も北の政所、御祈り様々なり。

やうやう月日もたちければ、秋の半ばなれば、隈なき月に憧れ、中將殿立ち出で給ひければ、慰み申さんとて、管絃をぞはじめ給ひ、さまざまの御遊び共あり。中將殿かくなん、

 月見ればやらん方なく悲しきを

こととふ人のなど無かるらん

 (月を見て悲しむ私を慰めに来てくれる人もないのか)

かやうに詠ませ給ひて、袖を顔にあて涙ぐませ給ひて、又打ち臥し給ふを、兵衞佐見咎め申して、「此の程君の例ならぬ御心地、いかなる御事にやと思ひ候へば、人知れず物思はせ給ひけるを、今まで悟り申さぬ事よ」とて、兵衞佐、式部大夫、藤右馬助の三人、御前に参りて申しけるは、「これ程に思ぼし召し候御事を、仰せも出だせ給はず、いかなる唐土までも尋ね申すべし。何か差支へ候べき」などと申しければ、包めど色に出でけることの恥かしさよ、と思ぼし召し、「われながら上の空なるやうに、憚り多く侍れども、今は何をか包むべき。過ぎにし春のころ、衞府の藏人が物語り候ひし大宮司が内の雜色に、文正娘に、容姿勝れたるを持ちたる由を聞きしより、一筋に思ひ侍るなり。人を下して召したりけれども、世のそしりも憚りあれば、只思ひに身を砕き候」とて、御涙にむせび給ひければ、三人申されけるは、「昔より戀の道、かくこそ候へ。たゞ常陸の國へ御伴申して下り候はん」と申しければ、中將殿の御悦びは限りなし。かくは申しながら、「いかゞして下り申すべき。中將殿は都にてだにも紛れなく、美しくましますに、東國の奧にては、いよいよ貴人であることは、隠す方も有るべからず」と、案じめぐらすに、「たゞ商人の真似をして、いろいろの賣物を持ちたらば然るべし」とて、さまざまの物を持ちて、各々千駄櫃を背負ひ、既に下らんとぞし給ひける。中將殿、さすが遥々の道に赴き給はんに、「今一度父母たちにも見え奉らん」と思ぼし召し、御前に參り給へば、「此の程は何とやらん惱みがちにておはしませしが、出で給ふ嬉しさよ」と、悦び合ひ給へば、中將殿は、「遠國へ下らん事も存じなく、後にて歎き給はんことよ」と歎き御涙ぐみ給へば、御兩親、袖を顔に当て給ふ。中將殿思ひ切つて出で給ひけり。御心のうち悲しみにくれて、御裝束を脱ぎ置かせ給ひて、御直衣の袖に書くなん、

東路のかたみとてこそぬぎ置くに
       かはるまでとは思ふなよ君

    (東国へ旅立つ形見にこれを残して置きますが、

   出家するつもりではございませんから)

かやうに遊ばして、召しなれたる事もなき草鞋、直垂を召して、御身をやつし給ふ。御供の人々、同じくやつれ下り給ふ。中將殿は十八、式部の大夫二十五、いづれも若殿上にて、美しかりける御姿にて、御身をやつし下り給へども、貴人にあること紛ふべきもなし。

十月十日あまりの頃、都を立ち出でさせ給ひて、常陸の國へぞ下り給ふ。道すがら歌を詠み、心を澄まし、もの哀れに思ぼし召し、よろづ草木までも、御目をとゞめて、人々と伴ひ下り給ふ程に、ある山を御覽じて、

 身をしれば戀ぞ苦しきものぞとて

さこそは鹿のひとり鳴くらむ

(ひとり鹿が啼いているのも、恋の定めを知ってのことか)

有明の隈なき空を御覧じて、羨ましとおぼしめし、

 うらやまし影も変らず澄む月の

われには曇れ秋の空かな

(月は影もさやかに澄み渡っているが、

私にとっては涙にくもる秋の空である)

式部の大夫は、

 めぐり逢はん程こそ曇らん月影は

つひに雲居の光ましなむ

(恋する人にめぐり合うまでは曇っても、

遂には月影が雲井の光を増すことでございましょう)

かくて、物毎に祝ひ申し行くほどに、三河の國八橋を過ぎ給ふに、「唐衣着つゝ馴れにし」と業平の歌を今のやうに思ぼし召しつゞけて、あれこれ物をこそ思ひ給ひけれ。ある山中にて、年の齢七八十ばかりなる翁の、見奉りて、「おのおのいかなる人にてましますぞ」と申しければ、「これは都より物売りに下る商人にて候が、常陸の國へ下り候。」と宣へば、「いやいや商人らとは見申さず候。此の頃、関白様の御子に二位の中將殿と見申して候。戀路に迷ひ出でさせ給ひて候か。此の暮におぼしめす人に必ず逢はせ給ふべし。此の翁よく見申して候ぞ」と申しけるに、空おそろしく思ぼし召しながら、思ふ人にひき合はせべきと云ふが嬉しきにとて、御小袖一かさね取り出だして、彼の翁に賜びける。「私は聞ゆる行末見通しのきく老人にて候」とて、掻き消すやうに失せにけり。さてその後は頼もしく思ぼし召して、御足の痛さも覺えず急ぎ下り給ふ。

都では二位の中將殿失せ給へるとて、院中の騒ぎなかなか申すもおろかなり。北の政所の御事は申すに及ばず、京中の騒ぎ限りなし。二位中將がいつになく、ふさぎおはしませば、いかなる御怨みもやとて、住み給ひし方を御覽じ給へば、脱ぎ置き給ひし直垂の袖に、歌一首。それを御覽じて、少し安堵思ぼし召しける。

さるほどに常陸の國へ着き給ふ。まづ鹿島の大明神へ参り給ひて、御通夜申させ給ひ、「願はくば文正が娘に引き逢はせ給へ」と、夜よもすがら祈念申させ給ひて、明くれば下向し給ひけり。ある家に立ち寄りて尋ね給へば、あるじ、道しるべして教へ申しけるに、文正が館七十町の築地を築き、斯かる田舍にもめでたき所ありけり、と思ぼし召し、足を休めておはしけるに、下女の出でゝ申しけるは、「いかなる人ぞ」と問ひければ、「都の方より物賣に下りて候なり」と宣へば、「さやうの事をこそお喜び給ひ候へ。申し上げ候はん」と言ひければ、嬉しくてやがて續きて入り給ふが、さて物賣の口上は、「賣物は、殿方には冠、裝束、紫の指貫、笏、扇。女房方の裝束には、春秋の吉野や初瀬の花、いろいろな色を尽し織り込んで、色は紅梅、梅、櫻、柳の絲の、春風に乱れて靡くよう、物ぞ思ひける、契りの程は知らねども、音にのみ菊(聞く)の水、心づくしの筑紫船、漕がれ(焦がれ)て咲き出でにし山吹の、色をしるべに浮かれ出て、逢ふに命も長らへて、結びかけたる契りをも、召したくや候や。夏は涼しき泉殿、鴨や鴛鴦を織りかけて、菖蒲がさねの唐衣に、戀の百首を縫ひつくし、卯の花がさねの十五夜すぎ、恋しき人を陸奥の、信夫の里は尋ぬれど、あはれにも誰が蜘蛛のように物や思ふらんをも、召したくや候や。秋は紅葉の色深き、思ふ心の藍染(逢初め)川、名のみにして、袖は朽葉色にあこがれて、戀路に迷ふ道草の、露うち払ふ白菊の、移ろふ色も、召したくや候や。冬は雪間に根を張ればませば、やがてはかの人に逢えるか、富士の煙の空に消ゆる身の行方こそあはれなれ。風の便りの聞き伝でもよし、心のうちの苦しさも、せめてはかくと知らせばやと、色織りたるもの、召したくや候や。袴には白き赤きもあり、かけ帶に几帳、帳なども、召したくや候や。さて道具のいろいろは、手箱、硯に、懸子なり。又美濃壺にあひ添えて、豐の明りの節會用には、櫛、疊紙、紅、紫色深き薄樣、墨、筆、沈、麝香、薫物なども候なり。枕のすぐれておぼゆるは、殊にやさしき花枕、小菅の枕、戀路に迷ふ浮き(憂き)枕、沈の枕を並べつゝ、戀人にはじめて新枕、鏡としては、銀の裏なる、鳥の向ひ合ひたる唐の鏡や、ひわ、小鳥、鶯、ひよ鳥などまでも、數を盡して鑄つけたる鏡や、召され候」と、言葉に花を咲かせつゝ、かやうにやさしき賣物も戀の心を頼みにしてか、聞き分ける人もあるや、とて賣り給ふ。

文正が内の者ども多けれども、山家育ちなれば聞き分けられず。女房たちのその中に都人にてありけるが、情も深く、讀み書き和歌の道にくらからず、眉目かたち美しき人とて、姫君のお側に付けたりしが、此の商人をうち見つゝ、「姿有様に至るまで、只人ならぬ風情なり。賣物の言葉つゞき、いとやさしき人なり。不思議なり。もし若い殿上人たちが、姫を聞き及びあこがれて、是れまで下り給ふか」と、あやしげにこそ思ひけれ。この女房が「未だ斯樣のおもしろき賣物こそ候はね。聞き給へ」と言ひければ、文正も座敷の妻戸を開けて聞きつれば、さもおもしろくぞ覺えける。「あの殿ばらは、何處の人にてましませば、かく面白くは賣り給ふぞ。今一度賣り給へ」と申せば、中将殿のお供は目を見合はせて、これこそ聞ゆる文正よ、とて、又さきの如く賣り給ふ。あまりにおもしろきに、二三度までぞ賣らせける。いかにしてか此の人々をこゝに留めん、と思ひ、「あの殿ばら達、宿はいづくにて候」と問ひければ、「宿は候はず。是れへすぐに參りて候」と申し給へば、嬉しと思ひ、やがて中の座敷に入れ奉り、御足の湯など出しければ、藤右馬助が御足を洗ひければ、兵衞佐が、練貫の御手拭にてふき申しけり。中將殿は御身も衰へ痩せ給へども、尚、人にはすぐれ見え給ひけり。文正が内の者ども申しけるは、「千駄櫃もちたる男が、大事な半挿盥に足を入れて、一人は洗ひ、今一人美しき絹にてふくのは勿体ないことよ」とて笑ひける。文正、「京商人に恥づかしきぞ。飯など尋常にして参らせよ。」と云ひければ、高坏に八種の盛り付け、皆々同じ樣にして据ゑける。お供の方々、取り下しければ、「都人はおかしきものや。あのやせ男に物を食はせて、ひれ臥す樣にして、食ひ慣らはぬやらん、供へたものを皆とり下して食ひけるおかしさよ」と笑ひける。文正、座敷に出でゝ、此の人々に酒を勧めんとて、色々の肴をこしらへ出し、上座に直り、盃を取りて申すやう、「あるじは關白とも申す事の候へば、まづ飮み候べし」とて、三度飲みて後に、中將殿に盃を参らせければ、中將殿仕方なくて受けにけり。御供の人々、目もくらむ心地して、戀ほど悲しきものはなし。院よりほかは、誰か君より先に盃をとらせ給ふべきとて、おのおの涙を流す。中將殿もあさましく思ぼし召しけれども、仕方なく受けにける。さて文正、酒の酔ひのまゝ申しけるは、「常岡、賤しきものにて候へども、鹿島の大明神より賜はりて、眉目よき娘を二人持ちて候が、姫を主人などのやうにもてなし候。八箇國の大名たち、我も我もと申され候へども、更に靡かず。常岡の主で大宮司殿、嫁にと仰せ候へども、從ひ申さず候。又國司に下り給ひし京の貴人も、とかく仰せ候へども、姫は只一筋に佛道を願ひ申すなり。仕える女房たちに眉目よきがあまた居り候。美女ほしくば、十人も二十人も参らせ申すべし。しばらくこれに御逗留候うて、御遊び候へ」と申しけり。中將殿をはじめて、笑止の事とぞ聞き給ふ。

其の後美くしき物ども、箱の中に入れて、姫君の方へとて遣はされける。姫たち御覽じて、多くの物を見つれども、これ程珍しき物をいまだ見ずとて見給へば、中將殿、硯の下に紅葉がさねの薄樣に、

君ゆゑに戀路に迷う道芝の

色の深さをいかで知らせむ

姫君これを見給ひて、顔打ち赤めて、恥かしながら見給へば、筆の流れ、墨つき、いまだ見馴れぬなり。此の年月多くの文を見つれども、これ程美しきは見ざりける。物を賣りつる言葉つき、さればこそと思ひて、姉姫は返し給ふを、付添いの女房たち、「これ程雅なるものを、御返し候へば、情趣をも知らぬ樣に覺え候。只御受け候へ」と申しければ、げにもと思ぼしけん、とゞめ給ふなり。又妹、此のいろいろを御覽じて羨みければ、文正申しけるは、「常岡、娘を二人もちて候。先に給はり候ものを、妹羨み申し候。これにも給はり候へ」と申しければ、かねてより用意しておき給へば、劣らぬ美しき物どもを贈り給ひける。文正申しけるは、「殿ばら達、つれづれにましまさば、此の西の御堂へ參りて、慰み給へ」と申しけり。

やがて御堂へ參り御覽ずるに、まことに尊くありがたき心地して、かなたこなた見給へば、琵琶、琴たて並べ置きたるを御覽じて、珍しく思ぼし召し、琵琶をひき寄せ弾かせ給ふ。兵衞佐琴を弾き、藤右馬助笙を吹き、式部大夫笛を吹き、おもしろく感涙を流しける。文正が内の者、これを聞きて、「つまらぬ人を御堂へ入れ給ひて、垣壁を破ぶるらん、ひしめき候」と申しければ、文正申すは、「見て來れ」と申しける。十人ばかり行きて、遲く歸らぬほどに、又二十人ほど行けども歸らず。あれ行きこれ行き、行くほどに皆々行きて歸らず。文正不思議に思ひて、急ぎ行きて見るに、二、三百人白洲に並び居たり。近くよりて聞きければ、管絃の音、耳にあきれたる風情なり。おもしろさ、尊さ、心も及ばず。「これほど面白くありがたき事を今まで聞かざりし事の情けなさよ。ありがたく罪も消え候。御引出物申さん」とて、さまざまの物を進らせければ、一行の人々、「早々と婿に引出物取り給ふ」とて笑ひ給ふ。姫君はありし硯の下の文、人知れず心にかかりけれども、云ひ傳ふべきつてもなし。其の上、先年下り給ひし國司よりも、身分の下の人にて有らんと思ひ亂れ給ひけり。文正使いを立てゝ申しけるは、「わが姫たちに、今度は聞かすべく候あひだ、今一度面白くひき給へ」と申しける。中將殿みなみな嬉しく思ぼし召し、身なりをひきつくろひて御御堂へ移らせ給ふ。姫君たちも身なりをつくろひ、女房たち、下女に至るまで、心も及ばず装わせ、御堂へ入り給ふ。片田舍とも覺えず、心にくき風情にて、沈、麝香のにほひ滿ち滿ちて、趣きある様なれば、いつよりも御心を澄まして、琵琶を弾かせ給ふ。姫君は聞き知り給ひて、「撥音の気高さ、魅力ある手さばきも、例えん方なし。御身をやつし給へども、優雅に気高く美しく、いかなる風の便りもがなと思し召しける。折りふし嵐烈しく吹きて、御簾をさつと吹きあげたる隙より、姫君と中將殿の御目を見合せ給ひける。かの姫君の御有様、漢の李夫人、楊貴妃もこれには過ぎじとぞ見え給ふ。いよいよ心がけ、琴、琵琶を弾き合はせ、吹き鳴らし給へば、聽聞の人々、あまりのおもしろさに隨喜の涙を流しける。姫たち心のうち、例えん方なし。文正又、盃をとゝのへて、中將殿に差しにけり。仕方なく受けて、又常岡に返し給へば、「いつぞやも申して候。御嫌ひ候か。姫の所に眉目よき女房たち多く候。いづれにても召され候へ。これより北に候」とて指をさして教へける。一行の者、目を見合せて御心の中おしはかり、「嬉しく候」とて笑ひ給ふ。

さて、中將殿、その夜をこのまま過し給ふべしとも覺えねば、人静まりて忍び入り給へば、姫君も今し方の姿忘れやらず思ひ給ひ、格子もおろさず、月隈なきを眺めつゝ居給ふ折りふし、中將殿、八重の垣を忍び入り給へば、例ならず男の影見えければ、胸うち騒ぎ、傍らに入り給へば、中將殿も共に入らせ給ひ、御側に添ひ臥させ給へば、あの都の商人やらん、恐ろしくもあさましく、さしも人々を嫌いしに、商人に契りを結びて、父母の聞き給はんこと、悲しく恥かしくて、契りは思ひもよるまじき由宣へば、中將殿もつともと思ぼし召し、衞府の藏人が語りしより、はじめ、今までかきくどき語り給ふに、姫君もうち解け給ひ、いつしか淺からず契り給ふ。さるほどに秋の長き夜なれども、逢う人の心まかせに、しのゝめ早く白みければ、

  戀ひ戀ひてあひ見し夜半の短きは

  睦言つきぬ新枕かな

と、か樣に宣へば、姫君、恥ずかし顔そむけつゝ、

数ならぬ身には短き夜半ならし
      さてしも知らぬしのゝめの空

(賤しい私の身には、短い夜と思いませんが、

それでも、いつのまにかしののめの空になりました)

それより天にあらば比翼の鳥、地にあらば連理の枝とぞ契りを誓い給ひけり。

忍ぶとすれど露はれて人々囁き合へり。母上も聞き給ひて、「あさましや。大名たちを嫌ひて商人に契りし事の悲しさよ。その商人を追ひ出さん」とぞ申しける程に、文正が所では、都より下りたる商人を愛し置きて、管絃させるよし、これを大宮司殿聞こし召し、御使ありしかば、文正承り、「かしこまつて候」とて、商人に申しけるは、「大宮司殿御聽聞あらんと宣ふあひだ、いつよりもひき繕ろひて、管絃し給へ」と申しければ、「今日こそは素性があらはれん」と思ぼし召し、都にての御裝束、いづれも持たせ給へば、御冠、束帶の姿にて、鉄漿つけ眉つくり給へば、心も言葉も及ばず、美しく見え給ふなり。文正が内の者これを見て、「商人はいづこならん。たゞ神佛の現はれ給ふか」と驚きける。大宮司殿、公達五人つれ給ひて、輿にて入らせ給ひ、御堂の正面を見給へば、中將殿と見給ひ、肝を消し輿よりころび落ち、「さても関白様の御子に、二位の中將殿失せさせ給ふとて、國々を尋ね参らせ給ふと承り候。これにましますを夢にも知り奉らぬこと。淺ましさよ」と呆れて、畏まりてぞ居給ふ。

さる程に兵衞佐、立ち出でて、「なんと、さだみつ(大宮司の名)、これへ参れ」と宣へば、文正急ぎ家に帰へり、「淺ましや。人前に出すまじきは京の商人なり。かたじけなくも、わが大宮司殿に無礼な」と、ふるひ泣きけり。大宮司殿は文正を召し、「汝知らずや。かたじけなくも、関白様の御子に、二位の中將殿と申して、並ぶかたなき御人なり。さても冥加につきなん」と申し給へば、文正承り、肝魂も失する心地して、この程商人と思ひつるに、関白様の御子にて渡らせ給ふを、夢にも知らず。と赤面して、又、内へ戻りけり。「壻殿は関白様ぞ。関白様は婿殿よ」と、物に狂ふばかりに悦びける。大宮司殿は、手づから御輿をかき、わが宿へうつし申し、八箇國の大名に触れければ、我も我もと參り集まりける。「姫は、これ程めでたき幸ひをひき給はんとて、諸人を嫌ひ給ひけるか」と申しける。中將殿は、姫君を具して、都へ上らん、と思ぼし召し、御出で立ち給ふ。東國の大名一萬餘騎御供に參りけり。御世話役には、大宮司殿の北の方をはじめとして、我も我もとぞ参りける。文正が四方の倉の宝物は、この時に使はずしてと、御車をば金銀にて飾り、女房たちを美しく飾り、都へ上り給へば、見る人、聞く人、羨まざるはなかりける。

三月十日あまりに、都へ着かせ給ふ。関白の北の政所も、たゞ夢の心地せさせ給ひて、嬉しさ限りなし。姫が、たとひ如何なる者の子なりとも、おろそかには思ふべからずとて、もてなし給ふ。姫君は藤がさねの七重衣に、薄紫の唐衣、櫻の紅袴、にほやかに着なし給へば、姿、風情、誠に美しさ譬へん方なし。いかなる故に文正とやらんが子には生れ給ふらん。ひとへに天人の来臨かと、御寵愛限りなし。今度の御慶びにとて、常陸の國を大宮司に賜びけり。

さて中將殿、帝へ參り給へば、此の程は戀しき折節に、御よろこび譬へん方なし。やがて大將にぞなし給ふ。さて此の程の事ども御尋ねありけるに、いちいち語り給ふ。帝仰せありけるは、「妹、定めてよかるらん」と宣へば、「姉よりもまさりて候」と申し給へば、やがて宣旨を下されけり。文正此の由聞き、「宣旨かたじけなくは候へども、姉はやむなし。妹は此の國に置き候うて、朝夕見參らせでは叶ふまじき由申しければ、その由奏しけるに、それならばとて父母ともに都へ召しけり。帝御覽ずれば、姉君よりも美しく思ぼし召し、御寵愛限りなし。よき子を持ちぬれば、文正、七十にて宰相にぞなされて、昇殿させ給へば、五十ばかりにぞ見えにける。姫君は女御になり給ふ。さるほどに妹の姫君、例ならず惱み給へば、帝をはじめ騒ぎ給へば、懐妊とわかりて御喜び限りなし。十月と申すに、御産平安し給ひて、皇子をぞ産み給ふ。御乳母には關白殿の姫君、中宮に参り給ひぬ。又祖父御の宰相の文正は、やがて大納言になされけり。賤しき鹽賣の文正なれども、かやうにめでたき果報ども、中々申すに及ばれず。文正の妻も二位殿とぞ申しける。いかなる過去の行ひにやらん、みなみな繁昌して榮華にほこり、年さへ若く見え給ひ、下人、若黨多く召し使ひ、女房たち上下に至るまで人に用ひられ、榮耀に誇り給ふ。

さるほどに大納言は高きところに塔を建て、大河に舟を浮かめ、小河に橋をかけ、善根數をつくし給ふ。いづれもいづれも御命百歳にあまるまで保ち給ふぞめでたき。まづまづ、めでたき正月の始めには、此の草子を御覽じあるべく候ふ。