直線上に配置


化 物 草 紙
直線上に配置

 

兵衛府(武官の役所)なりける人、七月ばかりに簾捲き上げて、端に眺め臥したるに、更けゆくまゝに風涼しく、萩の葉の打ちそよぐも秋知り顔なる程、もの哀れなる心地して、月無き頃なれど、星の光爽やかなるに、十二三ばかりにやと見ゆる、背丈のいみじく細き男なめり。又例えようもなく横ざまへ広く肥えて、非常に低い二人出で来て、相撲をぞ取る。いと不思議に覚えて、つくづくと見れば、互に意趣深げにて寄り合ひ寄りのき、度々取れど勝負なし。何者ならんと心も得ねば、あれは誰ぞと言ふ声を聞きて、荻芒の茂れる中へ急ぎ隠れぬ。いとゞ不思議なれば、侍召して見すれど、すべて人も無しといふ。いと心得難し、この人やもめ住みなれば、いつも只眺め勝ちにて、一人のみ明し給へば、又の夜も昨夜の様に、見出しておはしますに、夜深くなる程に同じやうに二人出で来て、又相撲を取る。事のやう化物にてこそ覚えて、側にありける真弓をやをら取りて、ひしひしと二人かけ合ふ所を射たれば、手答へして倒ると見えけり。人を呼びて火を燈して見するに、すべて無し。門は差したれば、いづくへか行かむ、こゝかしこ見すれども無し。いと不思議に覚えて、夜明けて自ら倒れし所をよくよく見給へば、いと大きなる蟻と蜱(だに)と、二人とり合ひて死にけり。これが仕事にこそといとゞ不思議なりけり。

 


九條あたりに荒れたる家に物寂しく住む女ありけり。人のもとより勝栗をおこせたりけるを喰ひ居たるに、向ひたる炭櫃のある所より白々としたる手を出して、乞ふやうにしければ、いと不思議なれども、手のいたいたしくかはゆい程に、さまで恐ろしき心地もせで、一つ取らせたりければ、引入れて又差し出し差し出し乞ひければ、度毎に一つづゝ取らせて、四五度して後見えざりけり。不思議に思えて、翌朝、其の下を見せければ、杓子といふ物の白く小さきぞ落ち挟りてありける。とらせし栗もそのまま傍にありける。いと不思議なりけり。

 


これもあるところに女住みけるに、人静まりて唯一人念仏申して居たりけるに、袋棚のありける遣戸の開きたるより、耳高き法師の頭少し出して、覗きて引入れ引入れ度々しければ、いと恐ろしくて、盗人などのかゞまり居て、寝るのを待つかなど、詮方なくて、よろよろした男が一人ありけるを、起して見せけれど、人も無し。又程なき所なれば、人などの出づべきやうもなければ、心得ずおぼえて明けにけり。又の夜たゞ同じ様に見えたる法師覗きけれぱ、かへすがへす不思議に思ひて、つとめてよくよく見れば、いつの世のにか、ふり腐りたる銚子の、柄の折れたるぞありける。これが化けけるぞとて、捨てて後は覗くものなかりけり。

 


或人の昼寝をしたりける傍に、提げ(酒、水などを入れ提げていく器)に水を入れて置きたりけるに、蠅の落ち入りて死なんとしけるを、また或人が此の蠅を取上げたりければ、此の蠅飛びて昼寝の人の鼻にふと入りにけり。此の人驚きて汗水になりて、唯今、限り無く広き海に陥りて死なんとしつるを、救け上げられたと語る。いと不思議なりけり。

 


これも昔ある山里に住む独り女ありけり。家の破れたるを取直す物も無し。やうやう秋風も身にしみ、心細く覚えけるまゝに、門田の面に立出でて、打眺めつゝ、驚かし(かかし)でも来て、わらはが夫になれかしとぞ言いける。かくて過ぎ行く程に、或る夕暮に門の方より揉み烏帽子(兜の下に被る柔らかい烏帽子)著て弓矢持ちたるもの、宿借らんと言へば、宿して、とかく言い寄りて、其の夜は語らひ明しぬ。かくて毎夜通ひけるが、ある暁、起き、別るゝとて、飄々として立ち出づれば、そら行く鳥も目馴れぬ、我が身のさまも、あらはれぬべしと言ひけり。いづくを泊りとしもおぼえぬ気色も心得られず、又此の独り言も怪しく覚えて、長き糸をつけて、帰る折に繋ぎて見れば、そろそろと歩み歩みて、止まりたる所を見れば、田中にある驚かしといふ物にてぞありける。返す返す怖しく浅ましく覚えけり。化け現れたのが露見したと思ひけん、其の後は見えざりけるとなん。