直線上に配置


ふ く ろ ふ
直線上に配置

 

あまり遠くない昔の事なるに、加賀の国亀割坂の麓に、ふくろふと云ふ鳥あり、年を申せば八十三。ある日の雨中のつれづれに、ふくろふが心に思ふやう、我、此の年になるまで栄華を極めず、所詮栄華をせんと、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛を近づけて、「いかに皆々聞き給へ、あねはの松山鳥の院にて、毎月定めの管絃のありし時、鷽姫の琴弾き給ふ御姿、心落ち着かぬ戀となりて、心も心ならず、包むに包まれず、いや増しの思ひ草となるまゝに、かの御方への戀文ことづけて給はれ」と申しければ、烏の九郎左衛門、鷺の新兵衛、言葉を揃へて言ふやうは、「仰せにて候へども、かの鷽姫の御事は、七つ八つの年よりも今日に至るまで、恐れるものを知らぬ鷲様の御口説き候へども、終に御返事もなき由承り候、我等如きの者が御文づかひを申すとも、いかで御返事あるべきぞ、只同じくは山雀のこさく殿を御頼み候へ、それをいかにと申すに、幼なき時よりも同じ所にて御育ち候へば、殊に賢き方なれば、定めて一往の御返事あるべき」と申しければ、ふくろふ、げにもと思ひ、山雀の宿へ行き、「いかに山雀殿聞き給へ、失礼なる申し方にて候へども、あねはの松山鳥の院にて、毎月定めの管絃のありし時、鷽姫の琴弾き給ふ御姿を一目見しより、つまらぬ戀となり、身のやる方もなく候。及ばずながら世の嘲りを顧みず、かの御方へ戀文を送り参らせたく候。無理な申し事ながら、文伝へて賜び給へ」と、打ち歎き申しければ、山雀申しけるやうは、「鷽姫の御事は恐れるものを知らぬ鷲の御方より御心をかけさせ候へども、終に御靡きもなき由、承り候へども、余りに余りに御心のうち痛はしく候まゝ、御使ひ申すべし」と申しければ、ふくろふ喜び、文さまざまと書きにけり。

 


さてさて何にとりてか、高天の原に余所ながら見染めしよりこの方、何とやらん心の内の乱れ髪、思ひの種となりにけり。入江に近き蜑小舟、焦(漕)がれて物や思ふらん、何しに君を熊野の、音無川の淵瀬にも沈みはつべきとは思へども、君に名残や鴛鴦の、思へば、命存へて、神や佛の恵みにも、頼む仮寝の声を聞き参らせん。その為にかき集めたる藻塩草、夢の中にも見る旅寝の小車の、廻り逢はんと思ふ君、思ひし言の葉草こそ、譬へん方もなかりけり。されば浮世のその中に限りあらざる事はなし。物によくよく譬ふれば、み山の木の葉、空の星、岸うつ波と真砂をば数へば限りありぬべし。その外、唐土、天竺、我が朝、鬼界、高麗、契丹国、三千大千世界の畜類も、虫獣に至るまで数へば限りありぬべし。法華経は一部八巻二十八品、文字の数は六万九千三百八十四字に積れり。大般若経は六百巻、文字の数は五十九億四十八万字に積れり。東方朔が九千歳、龍智和尚が一千歳、浦島太郎が七百歳も、限りある由承り候へ共、君を思ひし事は限りなし。物によくよく譬ふれば、春の花、秋の月ぞと、織姫か、皆鶴か、小野の小町か、毘沙門の妹に吉祥天女か、松浦姫、紫式部か、小式部か、和泉式部か、小督の局、大織冠の乙姫、玄宗皇帝の三千人のその中に、第一の妃楊貴妃、源氏六十帖の女房達、この外遊女数々多しと申せども、君に及ぶ人はなし。されば古き歌にも詠まれたり。「情には賤しき袖はなきものをからさで宿れ宵の月影」と詠みおかれけんも、斯様の思ひよりも始まれり。上は玉楼金殿、下は賤か伏屋まで、野に臥し山を家とする虎狼野干の類まで、情はありとこそ聞け。一切の生類のその中に、この道知らぬものはなし。かやうに申す言の葉を、只大方に思ぼすなよ、御返事なきものならば、浮世は不定の習ひ、互に消えはて参らせて、今生にての怨念、又来世にての怨み、生々世々に至るまで、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人、この六道を歩かん時、微塵程も離れずして、くるりくるりと追ひ廻り、憂きも辛きも後の世にて申すべし。もし此の事、恐れるものを知らぬ鷲様へ漏れ聞え、死罪に及ばん其の時は、死出の山、三途の川をこす時に、手に手を取り組んで刹那が間に打ち渡り、閻魔の庁に参りつゝ、阿仿羅刹に苛責せられん事共、怨みと更に思ふまじ。さてさて此の事申し伝へんその為に、生滅滅已の鐘を聞き、八声の鶏を打ち過ぎて、是生滅法の鐘、朗々と打ち響き、はや東雲に立ち明しつゝ、終にいつとも見えもせず、君故誠の咎もなき神や佛を怨みつゝ、君故身をもやつれそひ、人目を包む事なれば、哀れと問はん方もなし。斯かる思ひをしなのなる浅間の獄に立つ煙、胸よりや立ちぬらん。花に春季三箇月の約あり、いかで情をかけざらん。されば浮世の習ひには、風に靡く篠竹も、胡蝶に親しむ習ひあり、水にうもるゝ浮草も蛍に一夜の宿を貸す、虚空を照らす月だにも、桂男に宿を貸す、一通り一村雨の雨宿りも他生の縁と承る、一河の流れを汲む事も、他生の縁と聞きぬれば、及ばぬ戀をする人は、神も哀れと思ぼすらん。数ならぬ我が袖の、乾く間もなき浮草の、苔の袂も朽ちぬべし、まつことわりも枯々になりゆく袖も白雲の、立ち迷ひゆく有様にて、筆を止め申すなり。

 


かやうに書き認めて、山雀のこさく殿に渡しけり。

その後ふくろふ、佛神三宝に祈誓申しける中にも、御山の薬師へ願書を認めてこめける。「南無薬師瑠璃光如来、かの鷽姫へわが戀文の誠が届き、よろしき御返事を賜はり、それがしに笑みを含ませ給ふものならば、薬師の御宝殿を金銀を鏤め、黄金の瓔珞、瑪瑙のゆき桁、玻璃の柱、錦の戸帳、水晶の切石、金銀の砂を敷き、池には玉の橋をかけ、極楽浄土を真似しよう」と、頭を地につけ祈誓申さる間、山雀こそ鷽姫の宿へゆき、色々の物語を始めつゝ、その後申し出だしけり。「誠にこれまで参る事、別の仔細で更になし。たとへば亀割坂の麓にふくろふ、あなたさまを戀にして、明け暮れ袖を濡らさせ給ふ。つゝむに包まれずして、それがしを御頼み候程に、参りて候」とて、かの御文を取り出だし、参らせければ、鷽姫これを受け取らず、山雀の方へ投げ返す。山雀とりあへず一首の歌を詠まれたり。

ふくろふの我を頼みし玉章を

空しくいかで返しはつべき

と詠みければ、鷽姫返歌に及ばす、鷽姫が山雀に云ふやうは、「誠によくよく聞き給へ、数年来、恐れるものを知らぬ鷲の御方より、様々の御事の限りありけれども、御返事も申さず候へども、そなたの御使ひにましませば、事かりそめの水莖も、どうしてつまらなく洩らそう」とて、丁寧に御返事をぞ遊ばしける。

 


露骨、率直なる御言の葉、誠に水莖のあと打ち置き難く、眺め参らせ候。さては取るに足らぬ身に心を懸けさせ給ふかや。返事に及ばず候へども、文の中、佛神に祈願せしとは恐ろしく思ひ参らせ候ひて、事、仮初の申し事にて候へども、我が身は賤しき者にて候へば、そなたは葛城山の神の所縁にてましませば、誠しからずと思ひ参らせ候。みづほのあはの仮初に、末も通らぬ物故に、浮き名立ちては何かせん、なかなか人には始めより、問はれぬ怨みのあらばこそ。さりながら、そもじとこの世の因縁薄くして、契りし事もよもあらじ、来ん世すぎて又来ん世、天に花咲き地に実なり、西方の弥陀の浄土にて契りなん。

 


と書きとゞめ、山雀に渡しけり。山雀斜ならずに思ひつゝ、急ぎ帰りてふくろふ殿にぞ奉りける。ふくろふ戴き開いて見るに、ひねりくねりたる言の葉なり。山雀もさも情けない風情にて帰りける。

さる程にふくろふ余りに事の物憂さに、木の葉掻き寄せ枕とし、少しまどろむところに夢をぞ見たりける。「われは山の薬師如来なり、さても鷽姫の方よりよき返事にて候を、汝は、それを知らずして悟らぬことの不憫さよ。来ん世すぎて又来ん世とは、明日の夜の事なり、天に花咲きとは、月星出でさせ給ふ事なり、地に実なるとは、ほのかにあかくなる事なり、西方の弥陀の浄土とは、これより西の阿弥陀堂の事なり、それにて、あすの夜の月いで候はぬに逢はん」と、起こさせ給ふと夢に見て、かつぱと起きて云ふやう、「さこそ霊験なり」と思ひ、俄に支度して阿弥陀堂へぞ行きにける。

さる間、ふくろふ、かの所に夜もすがら待ちにける。夜中の時分に少しまどろむところに、鷽姫十二単を引き飾り、うばの女房引き連れて、阿弥陀堂へぞ行きにける。ふくろふが、まどろむ姿を見てけ起し、そこにて一首の歌を詠まれたり。鷽姫の御歌、

思ふとは誰がいつはりのうそぞかし

思はねばこそまどろみぞする

と詠みければ、ふくろふ返歌に、

よひは待ち夜中は怨みあかつきは

夢にや見んとまどろみぞする

と詠みければ、鷽姫此の歌を聞こし召して、打ち解け顔にて御物語いたし参らせんと、比翼連理の契りをぞ籠めければ、ふくろふ余りの嬉しさに、中にもかやうに鷽姫の寝物語のやうは、蜑のしわざや藻塩草、香炉の蓋の煙にあらねども、はや浦風に打ち靡き、さゞめ言さまざまなり。その後、ふくろふも、「さてさて、此の程の君に心をつくし舟、焦がるゝことの悲しかりしに、終に近江(逢う見)の鏡山、迎へる心の嬉しさよ、又そもじは音に聞きし滝の水、かやうに落ち合ひ参らせんとは、夢にも更に知らざりし、悠々と御物語申したく候へども、人目を忍び参り候、はやはや帰り参らせん」と、十二単衣の褄を引きかへ、はや帰らんとせし時、ふくろふ余りの悲しさに、泣く泣く歌をよみ侍りける。

片糸のくるほどならばとまれかし

深きなさけはよるにこそあれ

と詠みければ、又鷽姫の御返歌に、

かりそめにふしみの野べの草枕

露ほどとても人に知らすな

と詠みすてゝ、急ぎ宿へぞ帰りける。諸々の鳥ども此の由を聞き及び、鷽姫の方へ下手な歌なりとも一首贈り参らせんと、思ひ思ひに歌を詠み侍りける。

君ゆゑに身を墨染にそめなして

深山烏となるぞ悲しき

    我か恋をたがしら鷺の願ひには

君と岩屋にふたり住まばや

    四十から今この年になりぬまで

あはぬ恋にぞ身をやつしぬる

    うそ姫を思ふ心は深草の野辺に

いつまでねをや鳴きなむ

    数ならぬ雀の多き声よりも

わが一声に靡けうそ姫

    見しよりもその面影にあこがれて

躍りまゐれど逢はぬ君かな

    此の君のなさけを深くかうぶりて

末たのもしく臥すよしもがな

    うそ姫の情をほろとかけられて

世になき鳥と人にいはれむ

    思ひきやつれなき君を恋にして

夜半にかたみをとつてこうとは

その後、壁に耳、岩の物言ふ歌の習ひ、此の事、恐れるものを知らぬ鷲様へ洩れ聞え、ふくろふの方へ、はし鷹のころくを討手に向けられけり。然るにふくろふは、早く木の陰に落ちにけり。はし鷹のころく、思慮なくして鷽姫を害し給ふ。

此の由、ふくろふ承り、起き臥し嘆き沈みける、目もあてられぬ風情なり。せめて腹を切らんとて、刀に手をかけ給ふ所を、ふくろふの縁類みみづくのきすけ意見申しけるは、「腹を切り候はんより、鷽姫の亡き跡を御弔ひ候へ」と申しければ、ふくろふ、げにもとて思ひとゞまり、その後弥陀を頼みて、巫女が梓の弓を以て口寄せにける。先づ、神佛を呼びて其の来降をぞ始めける。

上は梵天帝釈、四大天王、閻魔法王、五道の冥官、王城の鎮守八幡大菩薩、春日、住吉、北野天満大自在天神、伊勢天照大神、山には山の神、木には木魂の神、地には道祖神、河には水神、熊野は三つの御山、本宮薬師、新宮は阿弥陀、那智は飛龍権現、滝本は千手観音、熱田の観音、富士の浅間大菩薩、信濃には諏訪上下の大明神、善光寺の阿弥陀如来、南無三宝の諸神佛を請じおどろかし候ぞや。鷽姫の霊魂が曰く。

さてさて、今生の花の縁、かやうに散り果て参らせ候べきとは、夢にも更に知らざリしに、思ひもよらぬ梓の声の巫女の最初の水手向けかたじけなや、誠に偕老同穴の語らひも、縁尽きぬれば甲斐もなく、比翼連理の言の葉も、枯れ枯れになるさゞめ言、誠に三天の中の高烏帽子に、申したき事の海山、語りても語りても尽きせじ、かつかつ其の時名残り惜しきこと、後世の障りになり候ぞや、さてもさても不思議なる事にて、かやうに候や、さりながら思ひ切り、これも思ひ候へども、支那の九泉にかゝり参らせ候間、夜六度、昼六度、十二時の苦しみ、御推量し給へ、語るは果てもなし、閻魔の前を忍びて、こゝまで参りて候ぞや、いざや我が魂、弥陀の浄土へ急ぐべし。

その後、ふくろふ、猶々歎き増さりけり。もはや浮世に由縁もなく、元結切りて西へ投げ、高野の峰に上がりつゝ、奥の院にて髪を剃り、それより三熊野に参りて三つの御山を伏し拝み、その後諸国を巡りつゝ、かやうに成り果てぬるも、誰ゆゑぞ、露と消えにし鷽姫の、菩提を弔はんためなれば、恨みとは更に思はぬなり。