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上 斯くて年月重なる侭に十四五に成らせ給ふ。吹く風立つ波につけても、心をかけて歌をよみ詩を詠じ、何となき御遊びにても類ひ有り難くおはしければ、父母特別に思ぼしかしづきて、何もさせなずは痛はしく思ぼし召し、御宮仕へにや出し立てんと思ぼす。御心ざま優にやさしくおはしませば、庭園の花ども咲き乱れ、四方の山辺の霞み渡りいと面白きを、或夕暮に御乳母の子の月さえと申す女房、只独り御供にて花園へ立ち出で給ひつゝ、花に戯れ、何心なく遊び給へり。 此の辺りには狐と申す物多く住みける処なり。折節此の花園に狐一つ侍りしが、姫君を見奉り、あな美しの御姿や、せめて時々もかゝる御有様を、他所ながらにても見奉らばやと思ひて、木陰に立ち隠れて、心落ち着かず思ひ奉りけるこそ浅ましけれ。姫君帰らせ給ひぬれば、狐もかくてあるべき事ならずと思ひて、我が塚へぞ帰りける。 この狐、つくづくと座禅して身の有様を観ずるに、我、前の世如何なる罪の報いにて、かゝる獣と生れけん、美しき人を見染め奉りて、及ばぬ戀路に身をやつし、徒らに消え失せなんこそ怨めしけれと打ち案じ、さめざめと打ち泣きて伏し思ひける程に、よき男に化けて此の姫君に逢ひ奉らばやと思ひけるが、又打ち返し思ふ様、我、男と成りて姫君に逢ひ奉らば、必ず姫が一生無駄に成り給ひぬべし、父母の御欺きと云ひ世に類なき御有様なるを、徒らに為し奉らんこと御痛はしく、とやかくやと思ひ乱れて、明し暮しけるほどに、餌食をも服せねば、身も疲れてぞ臥し暮しける。もしや見奉ると、かの花園によろぼひ出づれば人に見られ、或は礫を負ひ、或は神頭(鏃の一つ)を射掛けられ、いとゞ心を焦しけるこそ哀れなれ。
中々に露霜とも消えやらぬ命、物憂く思ひけるが、如何にして御側近く参りて、朝夕見奉り心を慰めばやと思ひめぐらして、或在家のもとに男ばかり数多くありて、女子を持たで、多き子供の中に一人は女であらしかばと、朝夕歎くのを当てにして年十四五の容姿鮮やかなる女に化けて、かの家に行き、「我は西の京の辺に在りし者なり、無縁の身となり頼む方なき儘に、足に任せてこれまで迷ひ出でぬれど、行くべき方も覚えねば頼み奉らん」と云ふ。主の女房打ち見て、「痛はしや、たゞ人ならぬ御姿にて、如何にしてこれまで迷ひ出でけん、同じくは我を親と思ひ給へ、男は数多く候へども女子を持たねば朝夕ほしきに」と云ふ。「左様の事こそ嬉しけれ、いずこを指して行くべき方も侍らず」と云へば、斜ならず喜びていとほしみ家に置き奉る。如何にしてさも有らん人に見せ奉らばやと営みける。 されど此の娘少しも打ち解くる気色も無く、折々は打ち泣きなどし給ふ故、「もし見初めし君など候はゞ、我に隠さず語り給へ」と慰めければ、ゆめ左様の事は侍らず、悲しみ多き我が身のあさましく覚えて、かく鬱結したる有様なれば、人に見ゆる事などは思ひも寄らず、唯美しからん姫君などの御側に侍りて、「御宮仕へ申し度く侍るなり」と云へば、「よき所へ有り付き奉らばや」とこそ常に申せども、「さも思し召さば、ともかくも御心には違ひ候まじ。高柳殿の姫君こそ優にやさしくおはしませば、妾が妹、この御所に御秘蔵にて候へば、聞きてこそ申さめ、何事も心易く思ぼされん事は語り給へ、きつと聞いて奉らん」と云へば嬉しと思ひたり。 かく語らふ所に、彼の妹来りければ、此の由を語れば、其の様をこそ申さめとて、立ち帰り御乳母に伺へば、「さらば今すぐ参らせよ」と宣ふ。悦びて引き装ひ参りぬ。見様容貌美しかりければ、姫君も悦ばせ給ひて、名をば玉水の前と付け給ふ。なにかにつけても優にやさしき風情して、姫君の御遊び、御側に朝夕馴れ仕へまつり、御手水参らせ食膳参らせ、月さえと同じく御衣の下に臥し、立ち去る事なく候ひける。御庭に犬など参りければ、此の人顔の色違ひ、總身の毛が一つ立つになるやうにて、物も食ひ得ず、異様なる風情なれば、姫、御心苦しく思ぼされて、御所中に犬を置かせ給はず。余りに異様なる物怖ぢかな、姫君の御寵愛の程の御羨ましさよなど、傍らには嫉む人もあるべし。斯くて過ぎ行く程に、五月半ばの頃、殊更月も隈なき夜、姫君簾の際近く居ざらせ給ひて、打ち眺め給ひけるに、時鳥訪れて過ぎければ、 郭公雲居のよそに音をぞ鳴く と仰せければ、玉水取り敢へず、 ふかき思ひのたぐひなるらむ やがて、わが心の内と口の内で低く申しければ、何事にか有らん心の中こそゆかしけれ、戀とやらんか、又人に恨むる心などか、怪しくこそとて、 さみだれの程は雪ゐの郭公たが おもひねの色をしるらむ 心から雲ゐを出でて郭公 いつを限りと音をや鳴くらむ 月さえ、 覚束な山の端いづる月よりも 猶鳴きわたる鳥の一声 など言ひかはし、夜も更けぬれば、内へ入らせ給ひぬ。されども玉水は月残り多く侍るとて残り居て、来し方行く末打ち案じ、さても我はいつを限りに何となるべき身の果てぞと、思いがけもなく涙漏れ出でゝ、袖も絞るばかりに成りにければ、 思ひきや稲荷の山をよそに見て 雲ゐはるかの月を見るとは 心から雲ゐを出でて望月の袂に 影をさすよしもがな 心から恋の涙をせきとめて 身のうき沈みむことぞよしなき 玉水がいと久しく帰らねば、月さえ心もとなくて立ち帰るに、かく吟むを聞きて不審に覚ゆれば、 よそにても哀れをぞ聞く誰ゆゑに 恋の涙に身をしづむらむ と慰むれば、姫君聞き給ひ、 おほかたの哀れは誰もしらずやと 身には習はぬ恋路なりとも はや夜も更けぬらん、入らせ給へと宣へば、泣く泣く帰りて、月さえ諸共、姫君に添ひ臥し奉れども、戀思ふ心のもとを言ひ現はさねばにや、まどろまず。 かくて月も立ち行く程に八月ばかりに成りぬ。初鴈音の告げ渡る声も身に染む心地して、哀れを訪ふと覚えたり。養母の方よりは絶えず訪れ、誠の親よりも愛しく当りけり。常の衣裳の外にも鮮かに見苦しくなく仕立ておこせけり。文にも、「などや時々は出でゝも慰め給はぬ、我はかく夜の寝覚めにも、生まぬ親なれば、身をうとくのみ持て成し給ふ」と恨みければ、「我も覚束ながら過ぐる朝の心には思はざらなん、誠の親ならねばと、承るこそ辛きけれ」など云ひて返事をしければ、是れを見て、げにさぞ有らん理ぞかしとて打ち泣きぬ。 さる程に三年を経た神無月に、姫君の親しき人々数多く寄り集まり給ひて、紅葉合せあるべしと定めさせ給ふ。明日にもなりぬれば、色美しく葉あまた有らん紅葉を尋ね侍るに、此の玉水、夜更けて打ち紛れ出で、元の狐の姿になり、鳥羽殿の南面の塚に、兄弟などある処へ行きたりければ、兄弟、見付けて斜ならず悦び、「如何にや何処より来れるぞ、失せぬると覚えて後の営みをこそ此の三年はしつれ」、玉水は、「此の程御所の辺りに住み候なり、大事の事語り申すべし、さては明日一大事の用ありて、紅葉を探し尋ね来りたり、各々如何にもして探して賜べ」と云ひければ、「それを知らぬ所があろうか、易き事かな」と云ふ。「嬉しくもあるかな、さらば高柳の御所の南の対の縁に差し置き給へ」と云へば、「易き事なり、さりながら犬や有る」と問ふ。「犬は侍らず、心安くおはせ」など云ひ置きて帰りぬ。 姫君、月さえは、「例ならず、どちらへ出で給ひしぞ」と云へば、打ち笑ひ、「怪しき者に戀ひ契りて出で逢ひつる」など戯れければ、「実にさも有りつらん、いと久しかりし」など云へば姫君、「さもあらば如何に憎からん、移れば変る習ひなれば、我は必ず思ひ捨てられん」と戯れ給へば、悉く嬉しいみじと思ひて、「あな片腹痛や、世にあるまじき人と云ふとも、御側を立ち離れて他人に添ふべき心地はし侍らんものを」と申せば、「知れ難き事」と打ち笑み給へるを見奉れば、身に染む心地していと味気なし。 さて彼の狐の兄弟は、山へ入りて紅葉尋ねけり。中にも直ぐ次の弟、五寸ばかりなる枝に、色は五色にて、葉毎に法華経の文字を摺りたり。鮮かに磨き付けたる如くなるを、明日の午の時に玉水出でゝ見れば、「枝差のかゝる物有りけるや、まだ見ず」とて、愛でゝ悦び給ふこと限りなし。「外よりも数多奉らせ給へども是れに並ぶや有るべき。さて面々に紅葉に歌をつけらるべし」と有りしかば、「同じくば歌を玉水詠みて付け給へ」と宣ふ。「唯、姫君がお詠み遊ばしたらんこそ」と云へど、強ひて宣へば、「さらば書き出でゝ見せ奉らばや、少しも宜しげならんを取り直し給はなん」とて、筆とり上げすさみ居たり。殿も渡り給ひて、紅葉を御覧じ愛でゝ帰り給へば、又母上ぞ渡り給へる。 さて玉水は歌を書き出でゝ姫君に奉る。何れも面白しとて、五つの枝に五首歌を付けらる。 青かりし枝に、 もみぢ葉の今はみどりに成りにけり 幾千代までも尽きぬ例に 黄なる葉に、 黄なるまで紅葉の色は移るなり 我れ人かくは心かはらじ 赤き葉に、 くれなゐに幾しほまでか染めつらむ 色の深きはたぐひあらじを 白き葉に、 野辺の色みな白妙に成りぬとも 此の紅葉ばの色はかはらじ 紫の葉に、 幾しほに染めかへしてか紫の 四方の梢を染めわたすらむ となん書き付けられける。残りは姫君書かせ給ふ。さて其の日になりて合はせ給へば、色々心を尽して読みいで、えならぬ枝色を調へ給へども、姫君のに並ぶもの無かりけり。五度合はせ給へども、度毎に姫君ぞ勝たせ給ひける。 此の事隠れなく、天子にも聞き召され、彼の紅葉御召しあり。惜しみ給ふべきかはとて、やがて参らせ給ひければ、帝、叡覧ましまして、やがて其の姫君参らせ給ふべき由、時の関白に仰せ下されければ、「定めて参らせ給はん事は悦びなるべけれど、姫を宮中に差し上げんにつきての支度に大なる費用がかゝる故、差し上げん事難くや」と申させ給へば、やがて心得させ給ひて三箇所を賜びにけり。かねて願ひし事なるに悦び給ふ事限りなし。やがてその御営みめでたかりけり。玉水の前の御気色類ひなし。津の国かく田といふ所をば玉水の化粧料の所に賜びにけり。「我が身は無縁の身なれば、只哀れをかけさせ給はむこそ嬉しう侍らめ、斯様の御事は思ひ掛け侍らず」と度々申し返し奉れども、さまざま恨み仰せられければ、さらば父母悦ぶ事斜ならず。 或時姫君の母、物の怪めきて悩み渡る、多くの祈りをしけれども、月日重なる儘に重くのみ見ゆれば、老父や子ども欺きけるに、「御所に居候ひ給ふ娘に、今一度逢ひ奉らまほしう、常に戀しきを見て止みなん」と云ひければ、此の由かくと伝へ申しけるに、いと哀れと思ひて、暫しの暇を申して参りければ、悦ぶこと限りなし。母は、「如何なる前の世の契りにか、唯朝夕御事のみ心苦しく、御宮仕へも何時までかと痛はしく思ひ奉る、御身故に心易く過し侍れば、有り難く嬉しくも覚え奉る、思ひ掛けず斯かる病を受けぬれば、千に一つも助かり難し、御身を後に残し奉らんこそ悲しけれ」とて、衰へたる手を差し出して掻き撫で泣きければ、此の人は物も聞えず、泣くより外の事ぞなし。玉水が側に付き添ひ給へば、残りの子共は少し暇ある心地して、こゝかしこに打ち休む程なり。 下 此の母、少し人心地ある時は心細げなる事ども云ひ、又起きると思ふ折々は物の怪めきて、現にもあらぬ風情なり。起きて又少し押し鎮めて云ふやう、「我は斯かる有様なれば、遂には消え失せなん、痛はしや御身も我が世に無くなりなば、又誰をか母とも頼み給はん、われ母の譲りにて鏡一つ持ちたり、日頃、命の限りは離すまいと思ひし物なれば、これを形見に御覧ぜよ」とて参らせけり。今は早く帰り給へと勧むれど、見捨て難くて一日二日と過ぐる程に、既に三日になりにけり。姫君の御方より文あり。母の悩み心、苦しかるらん、少しもよき様ならば、早く帰り給ふべし、こなたの、つれづれ思ひ遣り給へ、心が暗くなる心地なんすると書かせ給ひて、 年を経るはゝその風にさそはれば 残る梢はいかになりなん と遊ばしたるを、此の母、丁度人心地よくて文を見奉りて、「忝くも仰せられたるかな、御宮仕へならずは、いかで、このやうに認められぬらん、とにもかくにも有り難し、身より出でたる子供よりも、大切に思ひ奉るぞ」と悦びけり。月さえも細々と書きて、 初花のつぼめる色のくるしきに いかに木の葉の色をみきくに と、斯かる事を見聞くにつけても、思ひの色は晴れやらず。御返歌は、忝き御哀れみ申し尽し難う、筆にも及び難う侍るなり、心に掛らぬ折なく参らまほしう侍れども、見捨て難くてなん、少しもよろしげならば、参りてよろづ自らこそ申し侍らめとて、 ちりぬべき老木の花の風吹けば 残る梢もあらじとぞ思ふ 月さえにも同じく書きて、 陰たのむくち木の桜朽ち果てば つぼめる花の色も残らじ など書きて参らせけり。 斯かる処、母に物の怪起りければ、一所に集まりて歎くに、又少しよくなりたる様にて寝たれば皆打ち緩み、夜更け人静まりて玉水ばかり起きて居たるに、毛一筋もなく禿げたる古狐一つ立寄りて見ゆ。よくよく見れば玉水が父方の伯父なり。これを追ひ退けゝれば、病者は微睡みけり。互に、「こは不思議なる事かな、如何に」と云ふ。玉水、「我が狐よ。われ聊かの縁故によりて、この病者を親と頼む事あり、然るべくは立ち退きて此の苦しみを止め給へ」と云へば、「決して叶ふまじき、其の故は、かの病者の父、我が心頼みたる子を、さしたる咎も無きに殺したれば、などか思ひ知らせざらん、我も此の娘を悩まし命を取りて、思ひをさせんと思ふなり」と語る。玉水、「理なれど、しゆしやうむしやくしやう化城品と名付けたり、さりながら業に引かれて六道に迷ふ罪によりて、元の三途に帰る事、身より出せる焔なり、我等畜類なり、未だ業因盛んなり、然りと雖も善根をもせば、など今度人体を受けざるべき、又人体は佛の骸なり、心違はずば、などかこの度佛にならざるべき、幾程あらぬ世の中に、一事の怨念に引かれて、忽ちに此の病者を失ひ給はゞ、彼の罪と言ひ、又多くの人の歎きを受け給ひなん、何事も報いの物なれば、さあらば猟師の手にも掛り給ふか、然らずは三途に帰り給はん事のはかなさよ、唯然るべくは立ち退きて助け給へ」と言へば、古狐、目をむき出して申すやう、「人界に生るゝも佛の教へによりてなり、然れば佛も度々現じて、忽ちに人の命をも断ち給ふ、我が起す罪ならず彼等が招く罪なれば、決して我が身に過失なし、終日に座禅工夫をして我が心を見るに、心に種なし理を知りて心とす、理を計つて、そこと案ずるに、起らざる念を理とす、念を払ひて功徳とす、此の仇を知らずして、思はん事は力なし、醍醐の帝と申すは、末代まで慕はれさせ給ひし帝なれども、過去の宿業によりて、無間地獄の底に沈み給ふ。帝の皇子日蔵上人とて世を背き給ひし人、御夢想の告げに随ひて、無間地獄の底より、炭頭の如くなるを金鋏にて挟み出し給ふとこそ申せ。斯かるめでたき御門だに前世の業をば免かれ給はず。又播磨の書寫に住みける大蛇、雀の子を尋ぬるとて、法華経の声を聞きし故、聖武天皇の后とならせ給ひしなり。今悪念を払ひ菩提心を起し、十悪五逆の罪人まで導き給ふ弥陀の名号を頼み奉らば、後生は疑ひ有らじ、然るに汝も獣なり、我も畜類なれば、過去に為したる一業が、現世で結果を威起される身として、何れを教化すべし」と云ふ。其の時若狐の玉水、「理はいとよく知り給ひて、佛の力に代り制裁を加へる謀は一旦の事なり、法然上人の仰せられし事を、耳に留めて覚え聞かないと云ふは、善悪を嫌はざる処なり、罪に理非は入るべからず、浄飯王の王子悉達太子と申せしも、王宮を出で給ひし故にこそ、今の釈迦佛とも成り給へ、又善悪を分け給ふはかうこそ有るべけれ、子の仇を取り給へば悪なり、助け給へば善なり、こゝに於いて善悪の決定は、是れを殺さんと思ひ給はん念ならずや、こゝに於いては払はぬ念なり、彼これを思ひ捨て給へば悟りなり、即身成佛こそ有らまほしけれ、十悪五逆を尽して阿弥陀佛の教化を頼み給はん事は然るべからず、此の上にそれを思ひ取り給はずば力なし」と申せば、其の時古狐は瞑目して打ち頷き、「斯かる不思議に逢ふ事、前世の幸ひなり、誠に殺したればとて、戀しき我が子帰るべきにあらず、今は一筋に亡き後を弔ひ給へ、我は入道して山深く閉ぢ籠り念佛申すべし」とて、病者のもとを立ち退きけり。母は娘が人と話するとぞ思ひける。さて病者は心軽くなりて物など言ひ、物見入れなどしける由聞き、同じ畜類と言ひながら、有か見たりとて語りければ、げにさる事ありとて、彼の射殺しつる狐の後弔ひ、様々の供養したり。さて玉水は心易く見置きて御所へぞ帰りける。 既に霜月になりぬれば、姫が妃として参らるゝ御儀式は目も驚くばかりなり。女房達童三十人、中にも此の玉水をば中将の君になし給ひて、一の女房(一位の女房)に定めらる。されども是れを嬉しくも覚えず、常になく打ち萎れたるをいかにと怪しみ給へば、何となく風邪の心地など言ひ紛らはし、姫が、「どの様に思ぼすらん、このやうに隔てなく思ふのを、どうして心にこめて云ひ出で給はざるらん、語りて慰み給へかし」と宣へば、玉水、打ち泣きて、「遂には知ろしめさるべき事なれども、今は語り奉らじ。亡からん後にも哀れとは思ぼし召し出でさせよ」など申せば、姫、心苦しう思ぼす。 御儀式も近づく儘に、玉水つくづくと思ふ様、われ畜類と云ひながら、近づき参りて契り奉らん事は痛はしさに、只このまゝ見奉り添ひ奉るに、心を慰めつる事の果なさよ、姫君の御耳へは聞かせ参らせばやと思へども、今まで知らせ奉らで思ひの外に恐ろしとや思ぼされん、間もなく、御内参りあらば其の時こそ紛れて失せ消へめ、わが化けたりし姿を今まで見つけられざりつるこそ不思議なれと思ひ廻らして、風邪の心地とて我が住む局に閉ぢ籠り、初めより思ひ染め奉りし我が有様、今までの事を書き集め、小き箱に入れて姫君に持て参り、「何とやらん此の頃は世の中、味気なく、頼りにならぬはかない物と思ひ知られて物憂く侍れば、もし夜の間にも消え失せ侍る事もやと覚えて此の箱を奉る。我いか様にも成りなん後、此の箱を御覧ぜよ」と申してさめざめと泣きければ、姫君は不審に思い、「いかに思ひ給へばかくは宣ふぞ、此の儘わが行先をば見届け給はまじきや」と打ち怨み給へば、「御儀式にも御供申し奉るべけれど、もし如何なる事か有らんと心細くて是れを奉り置くなり、儀式の折は人目繁くて、此の箱をもえ参らせぬ事かあらんなどと思ひ奉りて」など云ひ紛らかしつゝ、「決して決して、此の箱を類なく思ぼし召し、又親しく思ぼし召さるゝ月さえなどにも見せさせ給ふな、仔細ある箱にて候へば、軽々しく人に見せさせ給ふまじ。中の箱をば御年を重ね、世を思ぼし召し放ちたらん時、開けさせ給へ」と申せば打ち泣き給ひて、姫、「何時までも一緒にとこそ思ふに、かく末の世の事まで宣へば、心元なく、いと憂き心こそすれ」と宣ひながら、此の箱を受け取り給ひて、互に涙に咽び給ふ。月さえも参り人々忙はしげなれば、紛らかしつゝ立ち去りぬ。姫君さらぬ様にて、此の箱を引き隠し給ひけり。 さて、玉水、御儀式の紛れに車に乗る由にて、何処ともなく消へ失せにけり。高柳の宰相は門へ御供したと思ぼす、玉水、宮中は心地悪しと常に云ひしかば、里に止まりぬらんと人々も思ふ。姫君も歎かしく、如何もなりつるぞと、心もとなう思ぼし召し、二三日過ぎて何方へも無しと聞えければ、親の方、こゝかしこ尋ねさせ給へども行方も知らず。五日十日の程は、さりとも聞き出でん、余所よりや帰り来んと待ち給へども見えねば、何処に失せぬるぞ、人が隠したるかと思ぼし給ひければ、御悦びに御心の内の御歎きぞ増させける。諸卿の女房達恨み言を云い嘆き合ひけり。何事につけても此の人、居ましかばと思ぼしける。宰相殿は中納言にぞ成り給ひける。玉水の事常に名高く、いみじき事も有れば、如何に成りぬる事ぞと欺き給ふ。 姫君は此の箱の中、見たく思さるれども、御門のおはします事絶えず、暇なくて明し暮し給ふに、或時官の庁へ御幸あり、よき暇と思ぼし召し、忍びて開けて御覧ずれば、始めより終りの事を書き付けたり。こは如何になる事ぞと、御胸は打ち騒ぎ、恐ろしくも哀れにも思ぼしけり。われ故、斯様に化けたりしを、遂に色にも出さで過ぎし事の、畜類ながら無慙さよ、覚えの志を見せつゝせし事の哀れさよ、有り難き心かなと、思ぼし召し続けて打ち涙ぐみつゝ御覧ずれば、此の巻物の奥に長歌をぞ書き付けける。 束の間も 去り難かりし 我がすみか 君を逢ひ見て その後は 静心なく あこがれて うはの空にも 迷ひつゝ はかなき物は 数ならぬ 憂き身なりける 物ゆゑに すゞろに身をば つくし舟 漕ぎ渡れども 晴れやらで 浪に漂ふ 篠蟹の 糸筋よりも 微かにて 過ぎし月日を 数ふれば 唯夢とのみ 成りにけり 我が身一つは 如何にせん 君さへ長き 恨みをば 負ひなん事の 由なさよ 朝夕 君を見る事も 身の類ぞと 慰めて 夢現とも 別き難く 明し暮しつ 面影を 何時の世までも 変らじと 思ひ明石の 浦に出て 潮干の貝も 拾ふかな 蜑の焚く藻の 夕けぶり 棚引く方も なつかしや 島伝ひして みるめ刈る 蜑の子どもに 有らねども 乾く間もなき 袖の上に 訪ひ来る風も ほしかねて 靡く気色を 余所に見て 思ひ知られぬ 身の程も 遂に甲斐なき 心地して たゞ一筆を すさみ置く 玉章ばかり 身に添へて 長き思ひの しるしぞと 常に弔ふ 心あらば 後の世までの 掛橋と なりても君を 守りてむ 斯かる憂き身を 人知れず とぶらはしとは をののやま またたついなや 花に出でて また例なき たぐひをも 思ひ出でよの 心にて 只書きすさむ 水茎の 岩根をいづる 山川の 谷水よりも 処狭き 袂の露を 君は知らじな 色に出て言はぬ思ひの哀れをも 此の言の葉に思ひ知らなむ ・・・・・・・・・・・・・・ 濁りなき世に君を守らむ かやうに歌を書き、奥に二首の歌を書きつけて、「此の箱は人に開かれず、年経れど添ふ人に愛を増す箱なれば奉るなり、君に添ひ参らせん程は、此の箱を開けさせ給ふなと申し置きつる如く、よを思ぼし召し離れん最後などには、開けても御覧ぜさせ給へ」など、細々と書きて参らせたるに、哀れ浅からず思ぼし召しける。 畜類ながら斯かるやさしき心の、哀れ深きを打ち伝への為に書き置くなり。 |
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