直線上に配置


天 稚 彦 物 語
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昔、長者の家の前に、女、物洗ひてありけり。大きなる蛇出で来ていふ様、「我がいはんこと聞きてんや、聞かぬものならば、押し巻きてん」といへば、女、「何事にか侍べらん、身に耐へる程の事は、いかでか聞き侍らでは」といへば、蛇、口より文を吐き出して、「この家の長者にこの文をとらせよ」といふ。持ちて帰りぬ。やがて開けて見るに、「三人の女、賜べ。取らせずば、父をも母をも、とり殺してん、その用意する屋敷には、そこの池の前に釣殿をして、十七間の家を作りたるに、わが身はそれに一杯になるぞ」といひたり。これを父母見て、泣く事かぎりなし。

長女を呼びていへば、「あな、思ひかけず死ぬる色なりとも、さる事はしさふらはじ」といふ。次女にいへば、それもおなじ事にいふ。三女は一番の愛児にてありければ、泣く泣く呼びていへば、「父母とられるよりは、われこそ如何にもならめ」と云ふ。哀れさかぎりなくて、泣く泣く出だしたつ。蛇はいひたりし池の前に、家を作りて、いて居ぬ。三女を唯一人置きて、人々帰へりぬ。亥の時ばかりなるらんと思ふ程に、風さと吹きて、雨はしはしと降り、神鳴、稲妻、ひらひらとして、池の奥くの方より浪いと高く立つ様に見ゆれば、姫君、生きたる死にたるかと思ひて、恐ろしさせん方なく、あるかなきかにて居たるに、十七間にはゞかる程の蛇来て、云ふ様、「我を恐ろしと思ふ事なかれ、もし刀や持ちたる、我が頭斬れ」といへば、恐ろしさ悲しけれども、爪切り鋏にてやすく斬れぬ。

そこへ、直衣着たる男の、まことに美しきが走り出でゝ、皮をばかい纏ひて、小唐櫃に入りて二人臥しぬ。恐ろしさも忘れて、語らひ臥しぬ。かく相い思ひて住む程に、萬の物多くてありける所なりければ、取り出して無き物なく、楽しきことかぎりなし。従者眷属多くある程に、この男いふ様、「我は実には、海龍王にてありしが、又、空にも通ふ事のあり、この程に行くべき事あれば、明後日ばかり、空へ登りなんずるぞ。七日過ぎて帰へらんずるぞ。それでも不本意ながら、帰へらぬ事あらば、十四日を待て、それになほ、遅くば、二十一日を待て、それ迄に来ずは長く来まじきと思ふ」と云へば、「さらば如何せんずる」と云へば、男云ふ様、「西の京に女あり、一夜瓢(いちやひさご)といふ物持ちたり、それに物をとらせて空に登れ、それも大事にて、登りえん事かたからん、もし登りたらば道に逢はんものに、天稚彦(あめわかみこ)のおはする所は何処ぞと、問うて来よ」と云ふ。「この物入れたる唐櫃をば、決して、如何なりとも開くな、これだに開けたらば、更にえ帰へり来ましきぞ」とて、空へ登りぬ。

さて、姉女ども、此の家を訪れ、目出度き事を見んとて来て逢ひたり。「かく楽しうておはしましけるに、我等果報の悪くして、恐ろしとも思ひけるぞ」など云ひつゝ、萬の物ども開けつゝ見るに、これは開けそと云ひし唐櫃を、「開けよ、見ん見ん」と云ひあひたるに、「その鍵知らず」と云へば、「かまへて鍵とり出でよ、など隠すぞ」と姉共くすぐりけるに、鍵を袴の腰に結ひつけたりけるが、几帳にあたりて音のしければ、「なにか有りけるは」と云ひて、その唐櫃を、たやすく開けてけり。物は無くて、煙、空へ昇りぬ。かくて妹ども帰へりぬ。二十一日待てども見えざりければ、云ひしまゝに、酉の京に行きて、女に逢ひて、物などとらせて、一夜瓢に乗りて、空に登らんと思ふに、自分の行き方がわからないと聞きなし給ひて、親達の嘆き給はん事を思ふに、いと悲しく、今は故郷見るまじきぞかしと、顧みのみせられて、

あふ事もいさしら雲の中空に

漂ひぬべき身を如何にせむ

空に登りて行く程に、白き狩衣着て、みめよき男の逢ひたるに、「天稚彦のおはします所は何処ぞ」と問へば、「我は知らず、これよりのちに逢ひたらん人に問へ」と云ひて行くに「われは誰ぞ」と云へば、「ゆふづゝ(宵の明星)」と云ふ。又、帚持ちたる人、出で来たれば、先の様に問ふに、「我は知らず、此の後逢はん人に問へ、我は帚星となん申す」と云ひて過ぎぬ。又あまた人逢ひたり。又前の様に問へば、これも前の様に云ひて、「我はすばる星」とて過ぎぬ。かくのみであらば、尋ねあひ聞えん事もいかゞと思ふに、うはの空なる心地いみじく心細し。

そうしてもあるべきならねば、猶行く程に、美しき玉の輿に乗りたる人に逢ひたり。又これも同じ事に問へば、「これより奥に行かん程に、瑠璃の地に玉の屋あり、それに行きて、天稚彦に物申さん」と教へ給へば、そのまゝに行きて尋ぬ。天稚彦に尋ね逢い奉りぬ。うはの空に迷ひ出でつる心の中など語り給ふに、いと哀れにて、日頃のいぶせきわりなかりけるに、契りきこえしまゝに、尋ね給はんと待ち聞えて、なぐさみ侍りけるに、おなじ心に思ぼしけるこそ哀れなれど、さまざまに契り語らひ給ふも、げに浅からざりける御契りなんめり。

さても心苦しき事のあるべきことは、如何し侍るべき。天稚彦の父にて侍らんは、鬼にて侍る。かくて女がおはすると聞きては、いかゞ思うのか辛いと宣ふに、いと浅ましけれど、よしや様々、心傾ける身の、契りなれば、それもさるべきにこそ、こゝを憂しとても、又立ち帰るべきならねば、あるに任せてと、思ぼしけり。かくて日敷経るほどに、此の親来たり。女をば脇息に化かして打ちかゝりぬ。まことに眼もあてられぬ気色なり。娑婆の人の香りこそすれ、暫くさやとてたちぬ。その後も鬼、度々来りけれども、扇、枕などにしなしつゝ、隠れてありふるに、さや心得たりけん、足音もせず、晦日にふと来たり。昼寝をしたりければ、身隠さで、見つかりぬ。

是は誰ぞと云ふに、いまは隠すべき事ならねば、有りのまゝに云ふ。「さては我が嫁にこそ、使ふものも侍らぬに、賜はりて使はん」と云ふに、さればこそいと悲し。惜しむべきならねば遣りぬ。連れて行きて云ふ様、「野に飼ふ牛数千あり、それを朝夕に飼へ、昼は野へ出し、夜は牛屋へ入れよ」と云ふ。天稚彦に、「之をばいかゞすべき」と相談すれば、自分の袖を解きて取らせて、「天稚彦の袖々」と云ひて振れと教へければ、そのまゝに振りければ、早朝は野へ出で、夕方は牛屋へ入る。千頭の牛が靡きたり。かくこそ神通なれと鬼云ひけり。「我が倉に在る米千穀、只今のように、別の倉に運び渡せ、一粒も落すな」と云ふ程に、又袖を振りて、袖々と云へば、蟻、幾らも幾らも出で来て一時に運びぬ。鬼これを見て、数を数えて、一粒足らずとて腹立ちの気色にて、「確かに求め出せ」と云ふ。顔を見るに、今はかくと見えて、恐ろしさ云ふばかりなし。「尋ねてこそ見侍らめ」とて求むる程に、腰の折れたる蟻が運べないのを見つけて、嬉しくて持ちて行きぬ。又、「百足の倉に入れ」と云ひて、端板に鉄をしてあり。百足と云へど、普通にもあらず、一尺余りばかりなるが、四、五千ばかり集ひて、口をあきて喰はんとするに、目も眩む心地しながら、又此の袖を振りて、「天稚彦の袖々」と云へば、隅へ集ひて、側へも寄らず、七日過ぎて開けて見れば、事なくてあり。又蛇の城に閉じ込めぬ。それも先の様にしたれば、蛇は一つも寄り来ず。又七日過ぎて見れば、たゞ同じやうにて生き延びたり。

鬼は、扱い兼ねけん、しかるべきにこそあるらめ、元の様に天稚彦と住み逢はんことは、月に一度ぞ、と許しけるを、女、聞き違ひて、「年に一度と仰せらるゝか」と云へば、「さらば年に一度ぞ」とて、菰をもちて、投げ打ちに打ちたりけるが、これが天の川となりて、七夕彦星とて年に一度、七月七日に逢ふなり。