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楳図かずお作品の紹介!!
楳図かずおさんの貸本時代の初期作品を紹介する予定です。復刻されていない全B6作品(「鬼面屋敷」、「姿なき招待」、「呪われた蝋人形」、「花びらの幻想」、他)や、A5ハードカバーの初期貸本短編誌の「鍵」、「花」、「虹」、「窓」、「妖剣」、「乙女の祈り」等も紹介する予定です!
こちらでは、主に楳図かずおさんの貸本作品の紹介を考えてます。楳図作品の総合案内は、半魚さんのページへどうぞ!
楳図かずお貸本極初期作品についての解説!
これだけ高名な漫画家で、これほど初期作品が読めない漫画家も珍しいのではないか? 楳図かずおの初期貸本作品は、レアなものが多く、特に連載もの、例えば、「少女ブック」に連載された『母よぶこえ」や、わかば書房版「花」に連載された「私ともう一人の私」、「虹」に連載された「まぼろし少女」等、復刻されてもいなく、また、どこかでまとまって読むことができる場所もない。古書店やヤフーオークションでこれらを集めるとなると、5年や10年かけてもなかなかそろえるのは難しい。今では、それらの古書値が高騰しているのと、競争が激しい為、買うこと事態が現実問題ではなくなってきている。この他にも、「鍵」、「窓」に連載された岬一郎シリーズの短編や、「花」や「虹」に連載された一連の恐怖作品、それと大物の初期B6作品群と、たくさん簡単に読むことができない作品があり、初期楳図作品研究の大きな障害となっている。
私が、楳図作品の収集をはじめたのが今から20年以上前になるが、その頃と、今とではだいぶ状況は違ってきている。当時でも信じられなかったが楳図さんの貸本漫画は昔はまったくといっていいほど人気がなかったのである。名作「わたしは真吾」が連載中のときでも、楳図貸本の人気がでるということはまったくなかったのである。
人気がなかった理由としては、当時は、あまり貸本短編誌、その中でも特に少女漫画に人気がなかったのと、楳図初期の貸本の作品的評価がかなり低かったことが大きな原因であったとおもう。
実際の貸本時代に楳図作品の人気が低かったわけではなく、むしろ、人気漫画家の一人であった。楳図作品が掲載されている短編誌とかは貸本屋さんではポピュラーなものであったろう。しかし、その後、古書店では、水木しげるや白土三平のように人気がある漫画家ではなかったので、昔は、入荷しても売れないので随分捨てられていたようである。
初期作品をいくつか解説すると。
(1) 「姿なき招待」正続 三島書房 B6単行本
この作品は、ある意味、初期の楳図漫画のテーマを最初に明確に表明された作品とみてよい。復刻された作品の中では、「幽霊を呼ぶ少女」なんかが同じテーマを扱っている。しかし、ほとんどの初期作品が復刻されていなので、この辺の事情がみえなくなっている。おそらく、岬一郎シリーズの中では一番の傑作だろう。
(2) 「第四の棺桶」 ーー 「鍵」@収録 三島書房 A5ハードカバー短編誌
作品中のトリックとか幼稚な点がみられるが、岬一郎シリーズの短編の中では一番の傑作。最初の貸本短編のせいか、非常に絵が細かい。
(3) 「呪われた蝋人形」 三島書房 B6単行本
作品としては質が高いほうではないが、画のすばらしさと、表紙画がすばらしい! 貸本B6の中でも楳図B6は表紙画の魅力は最高の部類とおもうが、あまりこの点は評価されていないとおもう。
(4) 「私ともう一人の私」 ―ー 「花」I〜N収録 わかば書房 A5ソフトカバー短編誌
「姿なき招待」でのテーマを真正面から取り上げている。この作品を通過して「俺の右手」や「歯」等につながっていく。しかし、作中で致命的な間違いをしているところがあり、オリジナルの状態では復刻は不可能か?
(5) 「ベニばら」 ―ー 「乙女の祈り」収録 金竜出版社 A5ハードカバー短編誌
この作品は、非常に不可解である。普通に読むだけだと、なんてことはない作品にみえる。何故こんな作品を書いたんだろうかと? 私は、この作品も同テーマにそって描かれた作品と考えている。よくみると、主人公が不思議な行動をしているコマがある。それに気づかなければ、だだの駄作とおもってしまう作品。
(6) 「まぼろし少女」 ―ー 「虹」@〜I収録 金竜出版社 A5ハード&ソフトカバー短編誌
連載が10回と長いので、期待して読んでみたが、意外と作品の質としてはちょっと低い。昭和40年前後に発表される一連の少女ものの先駆的な作品の一つ。
(7) 「おみっちゃんが今夜もやってくる」 ―ー 「虹」M〜P収録 金竜出版社 A5ソフトカバー短編誌
この作品と同題名の作品は、現在でも書き直し版で読むことはできる。現在読むことができるおみっちゃんの絵は、もちろん貸本版よりも恐ろしく描かれていて怖そうにみえるが、物語という意味では、貸本版のほうが恐ろしく、救いようがない結末になっている。