
1999年7月フィレンツェ&リミニ日記
夏休みである!いきなりである!!今回はまたまたイタリアに出没! 直接フィレンツェに入り、まず1泊。そして翌日国鉄で、ボローニャへ。 せっかくなので「食い倒れ」の街ボローニャで昼食と見物。そしてその足で、 アドリア海のスーパーリゾート地リミニへ。リミニでは3泊滞在し、その間、 サンマリノ共和国、ラベンナと、近郊の町を訪問。同じルートでフィレンツェに 戻り数日滞在という予定である。
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(むかしむかし...) ピノキオは,持っていた金貨を虎視眈々をねらう,きつねとネコに 連れられ,旅にでる。あるいてあるいて1軒の食堂兼宿屋「赤エビ屋」 にたどりつく...
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フランスではミシュランのガイドが有名だが,イタリアにもそういう類の本 があることを,あるイタリア人の書いた本で知った。その本の名前が, かの,ピノキオにでてくる「赤エビ屋=ガンベロソッロ」という名前なのだ。 今回は,この本を頼りに,美味しい物にありつこうという計画である。
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(超過予約の果てに)
今回は往復エアフラで,シャンパン以外の飲み物は口にしないと決めて いたのに,行きはオーバーブックで「日本の翼」おJALで行くことに なった。ついでに,こんな経緯であったので,本来ならば7割のマイル も,全部つけてもらったことだし〜さあ〜どんな席かなあ〜?と,当日 行ってみると,超満員で席は別々に...ああ,さびしい12時間(T_T) と,思ったら,2階席の非常口席ならOKです。と,非常口の人のやる 事を書いた紙を渡されて搭乗した。そうしたら,2階席の非常口(いわ ゆるスッチー席)は広々と広大で友達と2人で「やったー」とおもった のもつかの間,3列のはずれにはすでに.....
デブ
が座していたのである(T_T)12時間デブである。まあわたしも人のこ とは言えないのだが,少なくとも,手すりの下から肉がはみ出して来た りはしない。ああ,肉ぶとん。友達はやせてるんだから真ん中席にして くれればいいのにさー。ちゃっかりアイルにすわってるしーひえー。 ということで,パリまでの12時間は,墜落しても胴体着陸しても, このデブがいれば助かるような心地で(?)過ごした。
しかし,こだわるようだが,このデブも気のいい「ちゃんとした」デブ であったので,香るデブとか息苦しいデブとかでなく,ちゃんとパリで にっこりあいさつのできる「明るいデブ」であったので助かったよ。 (デブ話完)
デブに開放され,パリで乗り継ぎ。しかしこれまた1時間も出発が遅れ て,ああ,フィレンツェで夜遊びしようとおもっていたのにだめだー, となってしまった。
フィレンツェの空港もまた空港で,すごい小さい地方空港。まるでバス ターミナルのようなんだなあ。で,市内交通が市バスかタクシーということで, 案内の人に指示差れた場所で「5分でバスくる」というからまっていた。 でもね〜,これがいっこうに来る気配がないのだー。人はどんどんたま っていくし,警官に尋ねても「あっちだ」「こっちだ」とてきとーに 答えるから,ますます旅行者は路頭にまよう。次の便も到着してしまい 人は増えるし...で結局タクシーでホテルへ。10分とかからないのに,一体 何分ロスしたことか〜とほほ。
結局1泊目は寝るだけになってしまったのだがフロントのおぢさんは はいるなり大歓迎してくれたよ。今日一晩だがまた3日後に とまるといったらもっと喜んでくれた。イタリアのじいさんは愛嬌が あるよなあ...
ちなみにこのホテル,朝からイタリアンシャンパン(なんていうとフランス人おこる んだなあ...)の辛口スプマンテがおいてあった。感動である。朝から 飲みである。ああ,幸せ....。てなわけでたらふく朝御飯たべて, ボローニャに向かう。
(ガンベロロッソファイル1:ボローニャ「リストランテ アンナマリア」)
インターシティは混んでいた。ほんの1時間なんだが,ミュンヘン行き ということもあって,コンパートメントはいっぱい。通路の補助椅子 にようやく座る。夏は混み混みだあああとおもったが,実はこの日から どうも,夏休みが始まったみたいなのだ。テレビでは渋滞の話題をたく さんやっていたしね。日独伊坊さん尼さんガキ入り乱れて,列車は古都 ボローニャへ。
暑いのだ。あづいのだあああ〜!!ぼろーにゃああああ〜。乾燥してい て,日差しが容赦ない。ひたすらサングラス,帽子はじわじわ暑くなる ので,イタリア人はあまりかぶっていない。日本人は厚化粧で帽子を かぶっているのだ。なぜか。そしてストッキングをはいて(これはよく いうけど),バッグをたすき掛けにして歩いているんだなあ。
まあいいか。
ボローニャはそんな日差しを遮るのに都合良くつくってあるのか,柱廊が 町全体にひろがっている。まあ,屋根付商店街といった風情だが,街 全体が煉瓦色の統一されて,なるほど重厚といわれているそのものの 大学都市である。この柱廊と建物の色は,法律か条例かできまってい るものだそうだ。今も多くの学生が学ぶ大学は日曜日のため,閑散とし ていて,近くにあった「斜塔」に登ってみる,街全体わ見渡せるのだ が,せまい!暗い!恐い!きつい!(もちろん階段のみよ〜ん)を, 延々??段(わすれた!)200円ほど払った価値のある(?)運動 量で,もちろん眺めは街を一望できて幸せだがつかれる。それに下りも こわかった。足のおおきいひとは,階段ふみはずしそうだよだよ。ひひ。
そして,ようやく「アンナマリア」にたどり着く。メニューは手書きだが, 読める(全く読めないときもある。きれいすぎて...そう言うとこ ろに,おいしいものが書いてあったりするんだがー)あこがれのぼろ ねーぜとラザニア,生ハムメロン(こう書くと普通なんだが...) とよく冷えた白ワインを頼む。うううううううううまい!!!まず, ワインが旨い!微発泡の若いワイン。ほどよい濃度と酸味で,やはり 1リットルのんじゃったよお〜。料理もやっぱうまいわー。特にラザ ニアが,重くなく,層になったトマト,ミートソース,パスタ,ホワ イトソース,チーズのバランスが絶妙でふんわりととろけるのだあ〜。 ということで,柱廊の下にテーブル出して食べていたが,37度の 街もふんわりといい気分であった。ここは丸!!値段も丸!! (なんか単なる酔っぱらいだわね)
ふたたび灼熱の街にでて,次の目的地リミニへ向かう。ところが,だ。 なんと,ボローニャ駅には4番線が2つもある....いつものことで, 電車はおくれてるんだなー,と気長にまっていたら,ちがうのだー! なんで同じ駅に同じホーム名があるんだ〜!!(怒) まったくねえ...。しかもリミニまではローカル線。しまったと, 思ったし,なるほどインターシティが混んでいた訳がわかったよ。 ローカル線には,冷房がないのである。しかも,海に向かうにつれて だんだん湿気もまじってきたらしく,更に暑い。途中の駅で,アフリ カ人がいれかわりたちかわりのってくる。すごいにもつだ!きっと にせものがいっぱいはいっているんだろうなあ〜。と,暖房のきいた 列車でじっとがまんであった。ラザニア〜うまかったがー... ひさしぶりに,汗が乾いてしおしおになったりして...水分とらない と,ひからびてしまう...
リミニはアドリア海の一大リゾート地である。イタリアのマイアミ とかラスベガスなんていわれている... リミニにようやく到着。だんだんだんだん海がちかくなりわくわく したが,やはり途中の駅よりもリミニは大きい街であった。 (といっても,はではでではないのよ。海岸別荘地?)
線路をはさんで陸側は旧市街。海側が新市街となっている。ホテルは 街いちばんの豪華グランドホテルの「隣」であった。(...)プールも ついていて部屋の目の前にビーチが広がる!!部屋であった。きゃー! タクシーでホテルにいったが,運ちゃんが「日本人なのにでっかいにー」 と,いらぬことを言ってはしゃいでいた。たしかに....まあ。
フロントでもさすがに日本人めずらしいらしく Ms.***と大騒 ぎでむかえてくれたよ。3泊のあいだ確かに日本人は一度も見かけ なかったよ。
さすがに,この日はラザニア,ぼろねーずが未消化で,夜は散歩し て,スプマンテを買って,ウエルカム果実だけにしておいた。 このあたりのスプマンテは「モスカート」といって,ほんのり甘い 口当たりの良いワインなのだよ。おいしいよ〜。
グランドホテルの向かいのフェデリコ.フェリーニ広場は散歩客で真夜中まで賑わ っていた。
(ガンベロロッソファイル2:りみに 「リストランテ ヨーロッパ」)
暑いのだ!あついいいいいいいい〜!!またかあ〜! 朝窓をあけると灼熱の太陽とあおいうみいいいいいいい!あぢ〜。 このホテルも朝から豪華なのだ。スプマンテはないんだが,手作り ケーキが充実していてさあー。朝からケーキだチーズだと,白人の じろじろ視線をあびて,庭で食べる。日本人もケーキ食べるんだよ〜 っと。このあたりは家族連れがおおかったね。海もあまりきれいと いえないんだが,きれいな砂浜で,遠浅で波もすくなく子供連れに 向いているかもしれないね。プールも子供天国であった...
この日はバスに乗ってサンマリノ共和国(ちゃんと独立した国なのだな) へ行った。リミニの駅前から1時間位で着く。駅前で待っていると どこからともなく現れた、車掌さんバッグをもったおばちゃんからチケットを買う。 そしてリミニの市外を抜け、平地をはなれ、ぐんぐんのぼっていくとある山岳都市である。
ほんとにちいさい,そして平野の岩山の上に砦のようにできた国で とにかく,坂道ばかり。そして資源は「観光」とばかりに坂道の 両側はえんえんと土産物屋がつづく。でも,衛兵の交代式とか, 議会なんかもあるらしく,不思議なんだなあ。しかし商魂逞しい 土産物通りを抜けると,3つの城の塔をめぐることとなり,そこ からの眺望はすばらしいもので...ちょっとしたハイキング気分 であったなあ。もっと天気がよいと,海やベネチアまで見えると いうからね。事前情報でこの街のどこかに「トリュフ専門店」が あるらしいんだが,なんとなくここでの食事はやめようっと思い, またリミニに舞い戻った。(どの店はいってもぼられそうなのだ)
そして「ヨーロッパ」という店である。サンマリノ行きのバスの窓から偶然発見 したので,らっき〜と,6時半ごろ店に行くと,店は開いているの に「7時からだよ」と,おやじ。仕方がないので駅とかうろうろし (なんだか情けないが...唯一すずしいのが駅のカフェなんだも ん)もう一度「三顧の礼」ではないが,出直す。
ここのメニューも手書きである,もちろん私たちは一番乗り。何か 外があんまり暑かったせいと山登りの疲れで「コースにしよう」と いうことになった。
前菜「海の幸のサラダとブルスケッタ」。うう〜 こう書くとすごい普通だがあ〜つぎはボンゴレビアンコ!!わあああ これもすごい普通だあ〜で最後が舌平目のムニエルか子イカのフリット わあああ〜シンプル過ぎるが〜!!これがすべてうまかったのぢゃあ 〜。ううう味がつたわらん。特にボンゴレビアンコ!あさりは日本 のよりもひとまわり小振りで,貝殻に厚みがあり,実の味もすごく 濃い。ワイン蒸しだけでもいいのに,これに上等なオリーブオイルと 手打ちのリングイーネの生パスかの加減が絶妙にからんで,もうこれで 帰ります!帰ってもいい!と,言いたくなった味。ああ〜ぼんごれ〜。結局ワインも 2本空いてしまったよ〜ん。
(ガンベロロッソファイル3 :リミニ編2 「紅葉屋」)
もみぢ屋というイタリア語の店名。
突然だが、この日はひとり海でおよぐ(!)
ホテルから水着きて,すぐ脱げる上下きて,徒歩1分。海岸で脱ぎ捨て アドリア海で泳ぐ!!外は暑いが水はわりとつめたい。海岸もパラソル がびっしりだが,人影はまばらなの。泳いでいる人も少なくて... と,いうと寂しげだが,のんびりとしたかんじかなあ〜。 海でおよぐの久しぶりだからうれしかった。台風でも泳ぐ香港人に は物足りない(?)静かな海だが,この海の先はユーゴで,その先は ギリシャで...なんて考えながらしばらく浮いて(?)いた。 海からあがって,砂だらけのサンダルのまま,フロントを突破! 大成功であった。ひひひ
その後に,この日はまたまた灼熱の暖房ローカル線で1時間ほど行 った所にある,ラベンナへ行った。ここは中世のモザイクが有名で, 街の中にあるいくつかの寺院の内部は豪華なモザイクで埋め尽くさ れている。そのなかの2カ所を見にいってきた。ついでに,この地で 亡くなったイタリア文学の父ダンテの墓参り(自分の家のお参りも 行かぬ人が...)も出来たし〜。最近の新聞で行方不明になって いた「遺灰(!)」がフィレンツェの図書館(なぜ?)で発見され たと出ていた。よかったよかった。ん?(ダンテはフィレンツェ 出身でラベンナで亡くなり故郷には戻れなかったので,せめて灰だけ でもよかったのかもしれない...)
モザイクは5世紀ころのいわゆる「ビザンチン様式」の宗教画。 シンプルな構図ではあるが,中世のキリスト教のひたむきな信仰心 が感じられるというのだろうか...建物の外観からは想像できない とうな豪華なモチーフは見事であったよ。(教会を見ようとして, まちがえて隣の博物館に入ってしまった,ということもあったが) そうそう、深夜 TVでやっているセリエAダイジェストのオープニングバック につかわれていたのが、ここのモザイクであったのだなあ〜。
ラベンナは中堅の都市というか,ボローニャなどといっしょで,古い町並 そのままの中で現代の生活をしているという場所。道路の舗装より 古いそのままの石畳が印象的。ここは狭いので,自動車よりも自転 車が似合う,静かな感じの街だった。
日がな一日,ベンチに集うじいさんの格好の餌食になって,ひとり のじいさんが私たちに「こんにちわ」なんていうと,あちこちから 興味津々の「知ってる日本語」が飛び交う。私たちも答える。 まあ,そんなのどかな街なのであった。(友達は「じいさんに笑顔 ふりまいてもねえ〜」といっていた)
リミニに再び暖房列車で引き返す。また,素性の知れないアジア人, アフリカ人が乗り降りする。聞き取ろうとしても全くどこの国か わからないような人々。いったいどうしてこんなところに住み着い ているんだろうねえ,と思ってしまう。彼らは逞しい。
そして「紅葉屋」スペルはACERO ROSSO。ここはリミニの旧市街の 東のはずれにあって,なんと紀元前3世紀からかかる大理石の橋 を渡ったところにある,モダンな店。中庭があり,そこでみんな, 食事をする。まず席に着くと食前酒としてキールをつがれ,メニュ ーを考える。メニューも普通のコースが2つ,ベジタリアンコース あと,魚づくしのコースがあった。そして大胆にも魚づくしのコー スに決定したのだが,ちと無謀であった〜。量が多いよお〜。
で,ますはスモークサーモン。ふむふむ普通ね。次に手長エビの カルパッチョ。ああこれはおいしかった。手長エビを生でむいて, 20匹分くらいが一皿。熱いお皿にバジルソースとオリーブオイル。 この微妙な「半生」が甘く絶品であった。そして,シャコとトリュフ のソースをかけた,柔らかいポレンタ(とうもろこしの粉をこねたも の)ゆでてむいたシャコとトリュフソースが絶妙。口の中に海と山の 幸が渾然一体となって〜淡白なポレンタと良く合う〜。
と,この辺ですでに胃袋はレッドゾーン状態。そして次なるは!! リゾット!!ああ〜危険信号!!リゾットのコメはアルデンテで, サンジョベーゼ葡萄のソース。ああ,こんなリゾット食べたかった んだあ〜。というようなもの。しかしもうだめ....リミニ産の ちょっとこくのある白ワインで流し込み(ああなんだかねー)友達 に「これで最後だよね...」と,なんとかクリア!しかし,もう 1品あったのだー最後は「さば」ズッキーニなどの野菜を細切りに して揚げたつけあわせにもられた「脂の載った,上等なオリーブ オイルでソテーした」さば!ああ,これ1品であったらぺろりと たべるのに(ほんとに味付けはすばらしいの。シンプルだけどね) とうとうギブアップ。ああ残してしまった〜残念〜。
無念であったが「デザート」はしっかり食べたけどね(^_-)-☆
この店はなかなか,是非何回か通いたい!とおもった店であった。 ワインも充実していたしね〜ああこういう店が日本にあればね〜。
(そしてフィレンツェ)
今回はほんとにフィレンツェはおまけになってしまったなあ〜。
夏だからかもしれないけど,日本人がほんとにうようよしていて せまいからめだつんだ。で,店の人もあまり日本人にいい顔しな い,あからさまに「あんた英語しゃべれるの?」なんて,挨拶 がわりに言われて終う始末で,あまりいい印象なかったな〜。 前はこんな感じではなかったんだけどね。ちよっと残念なかんじ。 今回は「お食べ」ばっかりであんまりゲットもなくて...。
でも,「これお土産〜」と,買うついでに革ジャケット自分 用に2枚買っちゃったしー(お土産は1枚ね),友達がマックス マーラすきなんで,付いていって「わたしはあんまりタイプでは ないんだがー」といいつつ,靴とバック買っちゃったけど...。 まあ買い物はまたくればいいや〜なんてね。
いちおう,友達はここは初めてなので,美術館めぐりなんかもして ルネッサンスの名作の数々も堪能できたよ。おかげで。
私は行く前に「メディチ家の人々」なる本を読んでいたので,それに ゆかりのあるものに出会うと「をを!これか〜」とひとり,感動(?) してしまっていたんだが...いろいろ前来たときとはちがった風に 見えてくるのはなかなか有意義。でも,もっと知りたい!となると あと半年は必要ね。いやもっとだ。
食事も2食は中華料理に結局なってしまって,最後の日にいったん イタリアンにはいったんだが,あまりにもひどい店(いわゆるぼりぼり名前公開しちゃおうか〜?) なんで,1皿で思い切って出てしまったの。都会はこういう所 多いけどね...そのあと中華食べてワイン飲んで(結局2リットル のんだわーきもちわるー)最後の晩餐はおわったのでした。イタリアのほうれん草は強烈に 草くさいというか、硬くて自己主張がつよく、頼もしい分、中華素材では浮いていたのが すごくおかしかった。イタリアの野菜はすごい!(?)
まあフィレンツェはちょっと残念であったなあ〜。えのてかぴんきおーりとかさばちーに なんかに行けば間違い無かったかなあ〜でもそれじゃつまんないしね〜
でもホテルの豪華酒付朝食があったので,まあよしとするかー。
帰りの飛行機は遅れはなかったんだけど,ちょっと揺れてね〜。 イタリア人がパニックになってしまって,あっちで悲鳴,こっちで げろげろ(!)と,とうとうドリンクサービスはパスされてしまった! ヨーロッパ便って,時間帯によって極端にサービスが違うよね〜。 ほとんどコールドミールの朝食だけど、ドリンクはほしかった (T_T) このあいだの全日空ハイジャック機にこの人々がのっていたら,いったい どういうことになったか?考えるだけでおそろしいよお〜。いや、かえって犯人びびるかも しれないね...
そんなローカルな便で友達はかつての同僚で今は香港在住の知り合いにばった り! フィレンツェで見本市があって,パリ1泊して香港へ帰るところ だった。東京にいてもこんなに知り合いに会ったりすることはないのに、すごく不思議。 いやいや,この業界はせまいあるよね〜。うー業界というか...世間というか、世界か...
ドゴールも更に拡張していて,それぞれの施設がとてもきれい。 フランスらしいというか,内部は鯨のおなかの中にいるみたいで, わたしたちは,ピノキオのような気分。ピノキオに日本語で話かける 免税店の店員「日本人には割引です」と,ビラ配っていた。
そのわりに,私の欲しいものがなく,時間もなくで...。レジのところで 並んでいた、多分フィリピン人かなあ?という女性にその店員は「あなたの国籍は?」 と、尋問して「日本人」じゃなかったので「あっそ」というかんじでレジをうっていた。彼女は 何で国籍きかれんのか、けげんそうであった。私の順番では店員は変な日本語で 愛想よく応対していた。「おきをつけて」なんていってたが、「あっそ」って、今度は私が 思う番。商魂たくましいのね。まったく...ちょっとはずかしいわよ、このひとたち...搭乗と同時に「ああ日本だ〜」という機内。エールフランス名物アダルトなすっちー おじさんすちゅわーどとともに、シャンパンぐびぐび(念願かなって?)10日朝成田着。
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東京はまだ梅雨あけしていなかったから,次の週はちとつらかった なあ〜。で,急に日本の夏!がやってきたから,少し体調悪くなる よね〜。ああ,イタリアの強烈な夏はやはりよかった!
次回は,南を目指そうとおもっているの。かかと,つまさき, くるぶしあたり。きっともっとちがうイタリアがみれそうでね〜。 研究中なのだ。でもいついけるかわかんないけどね。 (誰が一緒に来てくれるかしら?)
その後、どうしてもガンベロロッソの本がほしくて(イタリアでみつからなかったの) 出版社に直接といあわせたら、なんと8月いっぱいは物流がストップするので、9月に なっちゃうがよいか?との返事。まあいそぐでもなし、その件については了解したんだ けど、イタリアの休みの長さにびっくりさせられたというか...さすがだわ〜
結局なんだかんだしているうちに9月になってしまい、仕事していようが休んでいようが 時間は等しく流れるということね〜と、妙に感慨深く、本はデパートにでも注文すれば いいや、なんて、すっかり日本モードにもどってしまった。