イタリア日記2001/6月(その1)
ちょっとご無沙汰のイタリアの風景(イスキア)

【6月のイタリア日記】
★6月16日(土)★東京〜ローマ
<直行便でローマへ>
成田空港でふと鏡を見ると、目には見たこともない充血の後が?!いや出血してるようだ。ここに来るまで、 まったく何もなかったのにいったいこれはなんなんだ?と、途方に暮れてしまった。搭乗時間は 迫るし、今更どうしようもない。視力は落ちていないようなのでこのまま行ってしまうしかないなあ..。 留守番に電話を入れ、目のこともいちおう伝えたりして、ちょっと心細くなってしまった。外国で 医者に、それも眼科に、しかも行き先はイタリア。イタリア人の眼科ってどんなんだー! と、思うと憂鬱だったが、仕方がない。(ちょっと興味がないでもない...)
今回は夏休みとは別の記念休暇というもので、ちょうど同じ様な休暇のとれる、ゆきき さんが同行することになった。連続して2週間の休暇が取れると言うことで、数年前からすごく 楽しみにしていたのだが、4月に人事異動があって、未知の仕事の世界に来てしまい、この休暇も取れるか どうか危うかったのだ。しかし、まあ、新参者は新参者のうちに休暇などはクリアしたほうがよいようで、 うまいこと予定していた時期に取れることになった。非常にラッキーであったかな?但し、2週間まるまる ではなくて、すこし控えめに11日間の休暇の始まりである。
今回の目的地は1年開いてしまったイタリア。日本からは成田−ローマの往復のみで、そこからは 電車と船でつなぐ。東京からだとローマには夕方に着となるので、飛行機の遅れなどを考え併せて、 1泊する事に。翌日ナポリまで電車で行き船でイスキア島へ渡る。イスキアで4泊した後、カプリ島にも 2泊。その後ナポリ経由でローマに戻り2泊して東京へ戻るというプランである。
しかし、この初日の不思議な目のアクシデントが、このあと響かなければよいんだが...。と、思いつつ JALとアリタリア航空のコードシェア便に乗り込む。この便はイタリア旅行には画期的な、ローマ直行フライト。 とにかくこれまでであれば、15時間はかかっていたローマまでの道のり。しかもほとんどがミラノ経由をしなければ ならない「直行じゃない直行便」であったのだが、最近この「コードシェア」ということでホントウの直行便が実現したのだろうか。 12時間の所要であれば、ロンドンやパリとも変わらないし、ローマがずっと近く思えてくるのであった。 (但し土曜、月曜便のみである)
まあ、そうはいってもおJALの顔ぶれというのはいつもながら「コンサバティブ」なものである。6月というと、 新婚さんが多いのか、そういった男女。それから、熟年カップル(60才以上だなあ...どうみても)。それらが おもしろいことに、同じツアーであったりして...私が苦労して「座席指定」した2階(744のジャンボは 71番以降がエコノミーの2階席となる)の通路側並び(だって、2人でいくと通路側を指定してもどっちかが 真ん中になっちゃうので..私はどうしても通路のほうがいいのに...そうもいかない場合がある)は、そんなニホンジン ツアー客でぎっしりであった。2階席はけっこう人数が少ないので、静かで 更にサービスが早く受けられていいかな...なんて 思っていたが、なんとなく、ジジババびっしりの空間は、とてもこれからイタリアへ向かう気分ではなかった..。 が、最近の流行でエコノミーにも「個人テレビ」が付いているのでヒマツブシにはいいかもな〜なんてね。ついでに、 おJALの売りは、映画がすべて日本語字幕で見られるっ!ということ。確かに考えてみると、欧州系だと1本ぐらい は日本語字幕でも、あとは英語オンリーだったり、その国の言葉だったりするからね..。ますますニホンジン客に 好評となるのかっ?!(ゲームもあるよ) サービスの事に関していえば、どんどんミールの質を落としてきているような気もする。 そういえば、前は魚か肉かのチョイスだったのに、最近は和食か洋食かだし、その内容もショボくなりつつあるようだ。 あまりなんだかんだ言ってる場合ではないんだが、毎回香港便でもこの便でも同じような ビーフシチュー食べているような...。ホントウはワインを飲む為に、チーズをつけてほしいんだが... おJALでは難しいかしら...?あと、イタリアへ向かう便で リフレッシュメントに「やわらかパスタ(!)」はやめたほうがよいような... 気がする。唯一前向きなのは、エコノミークラス症候群防止(?)の為か、 食後に大きめのミネラルウォーターを配るのは良い傾向だけどね...。
などと、いろいろ航空会社比較などをしながら、この日もボルドー白2赤4ビール1(だったかな?)を飲み続け、 となりのジジババがちょくちょく出入りするたびに、座席を立つのも仕方なく...比較的心地よく(?)12時間経過し、 今回はホントウに定時発着でローマに到着する。ああ、こんなにつつがなくて良いのだろうか?
<フィウミチーノからの道〜通常編〜>
何かと話題の多いフィウミチーノ空港だが、7年振りに訪れるとなんだか非常に勝手が良いような 気がしてくる。それもこれも、イタリアは夏時間で18時に到着してもまだまだしっかり明るいのである。これで ひとまず安心。まあ、相変わらず荷物が出てくるのは遅いんだが、そう目くじらをたてるほどではない。なんか ちょっと拍子抜けなほどスムースに(あ、もちろん入国審査も、ブースから係員が出てて、そのお方にパスポート を見せるだけでOK。いいのかほんとに..これだけで...)市内へ向かうことができる。
今回は大事をとってローマに1泊なので、とりあえずテルミニ駅まで行けばよい。中央駅まではFS(国鉄)の 直通電車(DIR:レオナルドダビンチ号というらしい)でノンストップ40分。料金はL.17000である。全席1等なので、 いつものように2等を探す必要はないので、改札印字をしたら、そのまま乗り込めばよい。 ああ、まだまだ明るい、心地よい...。 そして、車窓を眺めているうちにローマの市内に近づく。そこから見える窓のそこここに、あの日本の至宝 中田英寿の所属する ASローマの旗がはためく。ああ、愛されている地元チーム。あと一試合で18年ぶりの優勝である。その試合は 明日行われる...ということは、よっぽどの物好きでない限り、早々にローマを脱出しておいたほうが良いような 予感がする...そう、先週。勝てば優勝のナポリでの地元ナポリとの試合。引き分けたローマのサポーターは ナポリで暴動を起こしたという...ああオソロシや。中田は見たいが高見の見物がよさそうである。なんて、考えて いるうちにテルミニ駅に到着。空港線の発着はいちばん遠い26番線に決定していたようで...懐かしいテルミニを スーツケースを引っ張りマルサラ通り方面へ向かう。
テルミニ駅といえば、ローマの終着駅であり、これまたかねてより評判の悪い「魔窟」のように 言われていた駅であるが...なんか様子が違う。あちこちに大きな広告が掲げられ 「変わるテルミニで...なんだかんだ」 と、非常に「イメージアップ」をはかっているのがよくわかる。事実駅舎にしても、その周りのショッピング スペースなども「あれ?こんなのあったかな??」と、思うような店があり、アリタリア航空の新しい カウンターなどがあり、もうミラノ中央駅など比べモノにならないほどのイメージアップである。あとで 解ったのだが、地下街も非常に美しくリニューアルされており、これは日本のどこかの地下街に 似て清潔で明るくて、安全で、すてきな空間(ちょっとほめすぎ?)になっていた。もうびっくり である。テルミニではアヤシイ客引きだとかに気をつけようなんていうガイドブックの記述(まあ、 そういう輩はどんなきれいなところにも出没するが...)はちょっと改正されるかもしれない。 いやーびっくりした。
今回泊まったホテルはテルミニ駅のそばにあるヴィラフランカ。しかし、距離的には 近いのだが、伝統的石畳はとにかくスーツケースを前に進めない。車道を転がしたり して、悪戦苦闘の末到着。時間は20時を回っていたがまだ外は明るい。ネコ娘 のようなフロント係がチェックイン担当。ロビーにある、ローマ皇帝風の胸像が、なんとなくブキミに ヒトの気配を感じさせる。ネコ娘が「部屋は5階です」というので、リフトを探すとなんとも 頼りないリフト。手前にドアを開けて更に中のとびらを押し開けてはいるが、2人と荷物でいっぱい。 ボタンを押しても反応しているのかどうかわからないまま、ごとごとと動き出す。コワイ...。 ローマはこういった古い伝統的(?)パラッツォを修復しながら使っているところが多い。 当然リフトも伝統的、となるのか...。でも、部屋はきれいにリノベーションしてあり、 水回りも良好であった。タダ、ダブルベットだったのが「うっ...ネコ娘め〜!」と思ったが、 まあいいか...ということで。この日はこのままテレビを見ながら就寝。明日のサッカー 決勝を前にして1年間の総集編のような番組をやっていた。日本語の字幕が あればなあ〜なんて思いつつ...。
★6月17日(日)★ローマ〜ナポリ〜イスキア
<ナポリを見て「死ねないっ!」>
つつがないローマの一夜を過ごし、ヴィラフランカの素っ気ない朝食を済ませチェックアウトする。もうネコ娘は いなかった。ブキミなローマ皇帝が見送る中、再び石畳にキャスターを取られつつテルミニへ 向かう。ナポリまでのチケットを買うべく列につく。そういえば、この窓口も前に比べて きれいになっているし、無秩序にならんで、その列の先が急に「CLOSE」となったり してまた並び直すとか、割り込まれることのないように、順番待ちロープが張られている。 すごい。イタリアよ!やれば できるではないか!更にここでもクレジットカードが使えるのだ!ローマ!来てよかったぞー.. と、感激する私。しかし、乗ろうと思っている11時37分発インターシティーの時間は迫る。窓口の 迫力ありすぎのシニョーラはパソコンを操作しながら、たばこに火をつける...ああ迫力。 カードとチケットをぽいと投げ返し迫力の笑顔...。ああイタリア...。と、ひたっている 場合ではない。時間がないので急いでホームへ行くが、週末だからなあ〜席は満席。 しかも、これはレッジョ・カラブリアまで行く長距離便なので、予約もいっぱいである。仕方が ないので、通路の簡易席を確保して座る。誰かが大音量で音楽をかけている。 子供と大声で話すアメリカ人。先に売店があるのか、たえずヒトが行き来する... 落ち着かない通路席だが、ナポリまではおよそ2時間。がまんがまんと思って いるうちにうとうとして、結局あっという間に到着する。途中どこにも停車しない ので2時間も近いような気がしたが...とうとうナポリである!
ローマよりも南は初めてである。とにかく「ナポリを見て死ね」といわれれば、なんとなく、 「行かなければならぬのか...」と、気になる存在ではあった。とうとう来てしまったのである。 いろいろここも「とにかくスリやひったくりが多いので貴重品には気をつけるように」との心得が 広く流布している。なんという街だ...なんて行きもしないのにオソロシく思えてしまうのは 人情である。こんな話もある。たぶんバスツアーでナポリ日帰りなんてのに乗って来たはいいが、 周りを怪しげな人に囲まれてしまって、1歩も外に出られなかったという。ほんとだろうか? 少なくとも、この人と同じ様なナポリ1日ツアーに参加したことのあるゆききさんは、雨のため、 その目玉であった、カプリ島「青の洞窟」見学もなく、代わりにポンペイツアーになってしまい、 ナポリを見たという実感もなく「これじゃ死ねないわ..」と、思ったらしい。卵城だのサンタルチア だの見せられても「死ぬほど」ではないし..。ああ、これじゃナポリも困ったもんだわ..。
と、言うことで、ある意味悪名高き「ナーポリ(「ナ」にアクセントを!)」には13時30分に到着する。 ほぼ定刻である。 ところが、拍子抜けするくらにに「フツー」の駅であった。いや油断は禁物。きっとものすごい悪人 タクシードライバーが登場して、ぼりぼりの金額を請求するのかもっ! そして、ぼーっとしているとバックをひったくられるかもっ!なんて、タクシー乗り場で 待ちかまえ(いや、そんな気合いは入ってなかったけど...)ていると、大変に広々としたモダンな ファシスト政権時代の産物という 駅前広場は、午後の明るい太陽に照らされていて、ごっちゃりとしたその先の街並みとコントラスト をなしている。そうしていると、正しいタクシー乗り場なのに、割り込んできた客を乗せたタクシーにクラクション の合唱。ああ...いいじゃない..活気があって!程なく「シニョーラ!」と呼ばれた方に荷物がらがら 持って載せて「べべれっろ港へ!」と言うと、勢い良く飛び出した。しかし、飛び出した街は駅前の開放感 とは違いごちゃごちゃと混沌としていた。日曜日ののみの市らしき屋台もあって、日がな一日そこで過ごす 人々が座っていたり...ああ、ナポリってこういうところなのか〜と、海沿いの車線に出るが、いったい どこが正しい車線か解らない。しかも、路面電車も走ってる、ああ、こんなところ良く運転できるな〜と、 その混沌とした車道に感銘。いや、あきれているうちにチケット売場前に横付けしてくれる。相場として、 荷物1個2500×2+メーター分ってところに端数切り上げ。まあ、無事に「悪魔のタクシー」ではなかった ということだったが、このナポリを見ただけではとても「死ねない〜っ!」
さて、イスキアまでの行き方だが、メルジェリーナ港からと、このベベレッロ港から両方 から出ているので、どちらもOK。但しメルジェリーナは高速船のみで、カーフェリーなどは ベベレッロからとなる。高速船(ジェットフォイル)とフェリーだと所要時間に差があり、フェリー のほうがやや料金は安いが時間がかかる。荷物のある場合は1個につき2000リラ取られる。といった具合である。 この日はもう14時になっていて、15時からのサッカーをホテルで見たいので、ゆききさんが 、窓口のおねーさんに「でぇーフェリーでいいのっ?」と確認だか怒鳴られている(?)んだかしている 横から「いやっ!高速船にしてっ!」と、叫んだ私であった。叫ぶおねーさん (マイク使えばいいのにねえ...)からチケットを受取り、言われた場所で船を待つ。 この日乗船したのは10人程度。さて、どんな船旅かと思うと...すこし、マカオフェリーなんかより 小さめだなあ〜と、思っていたこの船。 なんと、車で言えばサスペンションの堅いことよっ!つまり波の高低、推進力、 すべての圧力を体感できるすごいやつ!つまり、気を抜くと酔っちゃう。隣の席にいるおねーさんは、 いまにも泣きそうで、何故か船のスタッフが何人かキャビン内で、客の様子をうかがっている。 (パニック防止だろうか?!)このまま40分はきついなあ〜〜〜と言っているうちに意識が 遠のく。いや、私は眠くなったので...。去りゆくナポリを見るどころではないっ!のであった。
<イスキアですよね...ここ>
ということで、高速船の旅を十分堪能した私たちは、ふらふらイスキア島に降り立ったのである。さっきの 泣きそうなおねーさんは、迎えの家族を見ると、けろりと治ってしまったようで..なんだ。心配して 損したよ...。さて、ホテルにでもいこうかね。と、この島名物の昔なつかし3輪トラックを改造した 「ミクロタクシー(窓が壊れていてぼろぼろ)」に乗る。私の計算ではほんの5分のつもりで乗り込んだ。 ホテルの名を告げると運転手が「ん?」と言うカオをしたのを見逃さなかったが、まあいいか、と出発。 しかし、予定の5分すぎても着かない。あれ10分15分...と経過して「あれれれれ...??」 と20分過ぎようとしたときに、ようやく到着で「ほっ...」。どうも私たちは日に何本かしかない、 別の港行きに乗ってしまったらしい。ああ、ナポリの悪魔はあのチケットねーさんだったのかっ!! ということで、これから4泊するレッジーナパレステルメに到着。
イスキアは、ナポリ湾に浮かぶ島々の中で最大のものである。その昔8世紀に、 ギリシャ人がここを拠点に対岸のクーマなど植民を行ったことにはじまり、 温泉好きのローマ人も避暑に避寒に大切にした場所とのこと。島には現在も 活動中の活火山で最高峰(788M)エのポメオ山を中心に、イスキアポンテ(旧市街)、イスキアポルト(新市街)、 カーサミッチョラテルメ、ラッコ・アメーノ、フォリオ、サンタンジェロの地区に分かれる。 ところで、イタリアにはいったいどれくらいの温泉があるのか?と、いうことは、イタリア政府 観光局の発行している「イタリア温泉地図」というのを見るとわかる。地図にその場所が点々と記されているが、 さすが火山国。ほぼイタリア全土に様々な泉質の温泉がある。ひょっとして日本と良い勝負かもしれない。 なかには、いわゆる鉱泉のようなものが あったり、砂風呂・洞窟サウナなんかのあるところもある。その温泉の効能も場所によってまちまちで、 それが一覧表になっているが、英語だったのでローマのホテルで広げて辞書を片手に解読してみると、 イスキアの温泉は、こうである。飲用泉ではないが、吸引、温浴、美容、泥浴、などを行い、消化器・ 呼吸器・新陳代謝促進などに効果があるそうだ。うーん、効きそうだなあ〜。
という温泉のあるホテルに滞在することになった。チェックインして部屋に向かい、窓を開けると 正面にエポメオ山が見える部屋。あまり島にいる雰囲気ではないが、バルコニーもあって気持ちがよい。 部屋もシンプルだが広々している。そうそう、サッカー見なきゃ..と、 あわててテレビをつけると、単独のサッカー中継というのは 基本的になく(ケーブルとかサテライトではやってるのかもしれないけど)イタリアお得意の バラエティー番組の中で、途中経過を流したりして盛り上がるというのが休日のサッカーの 楽しみ方なのだろうか??この時点ですでにローマはトッティー王子とモンテッラ、 更にバティストゥータまでゴールを決め、もう優勝間違いなし!の雰囲気。おばかなバラエティー を見ていてもなあ〜ということで、街に出ることにした。
フロントで近くの地図をもらい新市街の港の方へ(「イスキアポルト」の「ポルト」 は「港」の意味。火山湖であったところを開発したそうである)。 日曜日なので、ほとんどの店は閉まって いるが、バールなどは人が集まってサッカーで盛り上がっている。この港までの道は、 メインストリートになっていて、ブティックやレストランが立ち並ぶ。昼休みが終わったら、 また来てみようかな、ということで開いていた酒屋でスプマンテを2本買ってホテルに 戻ることにした。そうしたら、ちょうどローマが優勝して選手がパンツ一丁で騒いでいる(!) 貴重な(?)映像が流れているバールがあったので、ゆききさんとその店に座り込んで他の 客と一緒に見ていた。他のおじさんが「ナカタかい?」なんて話しかけてきたりして、 なんかいい雰囲気である。帰りにそのバールでビールでも買わないと悪いと思って、律儀に カッサ(レジのこと)の方に行くとそこにいた人たちは、タダ集まっていたみたいで、さっさと 帰って行ってしまった。なーんだ。
おじさんおすすめのアルベルトはこんな所に建ってますよ |
夜になって、といってもなかなか日が暮れない。9時になってようやく日没になる。 ああ、一日が長いなあ〜。ということで、そろそろ食事に行こうと思い、イタリアグルメガイド 「ガンベロロッソ」データベースで検索してきたリストを持ってフロントへ。イスキアなんて 小さな島なので、きっと地図がなくてもすぐにみつかると思っていたが、先に言ったように、いくつかの地区 からなるのがこの島。住所だけではちょっとわからなかった。 フロントのおじさんに「このなかに、ここの近くの店はありますか」 と見てもらったところ、どうも反対側のフォリオに多く集まっているようで...ああ、 今日はだめか...ということで、おじさんがいかにも「じゃあとっておきの店をおしえましょうか」 と、揉み手しながら教えてくれた「アルベルト」というシーフードの店へ行く。ここはまさに海岸の 上に建てられた店で、すぐ下は波である。良い雰囲気でワインもすすみ、食事も進み〜だが、 「とっておき」とまでは行かなかったかな? |
★6月18日(月)★イスキア
<アラゴスタ家の城>
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昨晩アルベルトでイスキアワインをぐびぐび飲んでしまったが、わりと 目覚めが良く、朝食室へ向かう。ここは、昼夜レストランとして営業しているが、 朝は宿泊客のみである。そこで、客層ウォッチング。そういえば、昨日から 街を歩いていても、東洋人に会わない。ましてや世界中に出没するニホンジン観光客に 一人も会わないのである。(まー観光客は行くところが決まってるというのが あるけれどね)すごい所かもしれない。で、このホテルも、 白人ばかり。しかもジジババばかり...ダントツ最年少の私たちである。 更に、ドイツ人観光客が多いのか、給仕人が「コーヒーでいいか? ツヴァイか(ドイツ語で2だな)」などと言われ仰天。どう見ても私たち ドイツ人には見えませんよ〜。ご勘弁を〜。(??)とにかく、行きの飛行機から ジジババ付いているが、イスキア島もずばり「ジジババ島」なのだろうか。 不安だ...。しかし、この朝食室は、採光もよく内装も明るいので、そんな ジジババ度を緩和させるのに...まあ、いいじゃない。他人のことは。 といいきかせつつ朝食をすませる私たちであった。 空気もいいし、静かなところなのでバルコニーに出てスケッチをしたり、ゆききさんは 本を読んだり、私は持ってきた「週プロ」を隅々まで読んだりして、午前中はほとんど ごろごろして(ああ極楽〜でも、ここまで来てこういう生活もなんだかなあ...) 昼近くに「よし、城へ行こう」ということになった。行こう!と言ってもすぐ近く なんだが...。 イスキアの東側、昨日歩いた港の逆側を行くと旧市街になる。 途中に海水浴場が何カ所かあり、暑い日差しの中老若男女よく泳いでいる。 ほんとうに海が好きなんだなあ...。 新市街と比べて旧市街は建物が古く間口の小さい店がメインストリートを挟んで 両側につらなっている。日差しが強いので、少し入り口をせまくしているようにも 見える。街並みを抜けると橋によってこのアラゴスタ家の城へ続いている。 (旧市街イスキアポンテの「ポンテ」は「橋」の意味で、この橋のことを指している) フランスのモンサンミッシェルのような、ひとつの島であり、城砦のような 16世紀の城。ここは城として 使われていた後に、最近まで監獄として使われていたそうである。立地条件と言い、 それにはもってこいである。今は、城の内部をアーティストの作品を展示するスペース に活用したりして、歴史的建造物と良く調和している。入場料はL.15000と少々高めだが、 エントランスから、エレベーターで一気に200M上昇し、そこからは徒歩で城内をめぐることに なる。 |
お城から旧市街を望む。(イスキア) |
お城に続く橋(イスキア) |
ここまで歩いてきた旧市街の街並みと、緑色のきれいな海が絶景である。どんどん 上に上がれば上がるほど、その光景は素晴らしいものになってくる。この南の海は、時間 とともに色が変わっていくのがよくわかる。一番きれいなのは昼過ぎだろうか?きらきらと 輝いて濃い青が濃い緑に変わったりその逆だったり...城のてっぺん近くには、ほんとうに 眺めの良いテラスがあり、そこがカフェレストランとなっている。よくも まあこんなところに!と思うような場所でくつろいでいるとき「ああ、イタリア人 になりたいなあ...」なんて思ってしまう。(都合良すぎか...)そこで、 しばらくワインを飲んで軽食で昼食を取る。ああ〜こんな昼下がりは極楽極楽。 L.15000も安いモノだわ〜なんて思ってしまう。城の中には何故か猫も住み着いて おり、なんだかのどかな「元牢獄」であった。途中いろいろ写真を撮ってみたが、 海はなかなか難しいものである。なにか対象物がないと、どこも同じように撮れて つまんないモノになりがちであるが...ここでの出来はどうであろうか? このあとは、ぶらぶらと旧市街を散策しながらホテルに戻り、昨日のスプマンテを 飲んで昼寝。ああこれまた極楽極楽。と、気が付くと夜の8時過ぎだったので、 食事しないとなあ...と、再び新市街のほうに散歩に出る。 |

城の中にある教会 あかるい散歩道(イスキア)
アラゴスタ家の城全景 城ネコ(?)(イスキア)
<リゾート地の過ごし方〜夜編〜>
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と、言っても、ここにいる老若男女は夜になるとどんな行動をとるのか? と言う観察。夕食はイタリアは8時過ぎというのが相場のようである。何故かというと、 レストランがだいたいこの時間からスタートなのだ。で、外に繰り出していく。もちろん 昼はひっそりしていた商店も、みな店を開いている。このあたりの客筋を勘案してか、 ブティックは体を締め付けないゆったりとした、私が名付けて「オバフク(=おばさん服)」の宝庫である。 もうこれを着たら人生終わりだな...みたいな...(?)でもそれが色とりどりで、 さすがだな...と思うのであった。で、そんなオバフクを物色したり、いろんな店を 冷やかしながら、皆タダひたすら「散歩」するのである。赤ちゃんなんかもバギーに のせられて、子供も大人もおじさんもおばさんも...そりゃ、目抜き通りは大混雑! 昼からは想像できないような人出!なのである。そうだ、縁日を冷やかして歩く、あれに 似ているのかもしれない。それが、ここイタリアのリゾート地ではだいたい11時過ぎまで 続くのである。(猫の集会のようなものでもあるか...何をするでもない...歩く。 みたいな...) 昼寝をしすぎたので、昨日意気込んでいたレストランに行けるはずもなく、この日は 目抜き通りにある陶製の人魚の看板が目立つレストランで食事をすることにした。 大いなる妥協の日々。 しかし、リゾットなんかを食してみたが、まあぼちぼちって感じで、名もないワインも まずまずで「人魚屋」も悪くはないかな?と、言い聞かせ(?)ながらホテルにもどった。 昼間の日差しからすると、夜は寒いと感じるくらいである。でも、日焼け三昧の肌には 非常に心地がよい...。 |
★6月19日(火)★イスキア
<島巡りバスツアー>
島はネコの宝庫(イスキア/サンタンジェロ) |
朝食室は、だいたい毎日座るところは決まっているようであった。 見渡すと、同じ時間帯で同じ顔ぶれ(?)のジジババ。皆定位置である。 こういう、何事もない毎日こそが「リゾート」なのであろうか...。それとも 「老人ホーム的(!)」なのだろうか...ああ。まあ、そんなことを思いつつも、 忘れてた「目の具合」。ゆききさんにチェックしてもらうと、どうやら少しずつ 改善しているようであった。私にとっては「療養」なのか...。そういえば、 以前読んだ、トオマス・マンの「魔の山」という小説を思い出した。あれは確か、 ダボスの療養施設での話であったなあ。病人の暮らしなのに妙に豪華で、優雅で 素敵な「不治の病」の療養であったが、きっと、こんな感じなのかなあ...と、 明るい日差しのなかでぼんやりと思ったりした。 そうまったりとしていては「最年少」の私たちにはもったいないので、 今日は少し足を延ばして遠足をすることにした。 イスキアの交通手段としては、到着時に乗ったタクシー(ミクロタクシー:3輪)とバスと船 である。エポメオ山頂へのリフトなどもあるようだが、公共交通機関としたらこの3つだろうか。 バスはイタリア各地と同じく、オレンジ色の車体で、1回1時間いくらという方式である。 イスキアポルトの港の近くにある広場がバスの発着所になっている。チケット売場も その一角にあり、ここでL.1800のチケットを2枚ずつ買って、島をぐるりと1周するバス (CDとCSが1周バス:どちらかが右or左周り。そのほか○○行きという直行便もある) に乗り込む。とりあえず時計と反対周りのバスなので...えー...どこで降りようかな? |
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巡回バスはけっこう混んでいた。席の配置上後ろ向きに座らなければならなく なった私は、イタリアバスの豪快な運転に耐えなければならず、ちょっとつらいモノがあった。 しかし、比較的平坦な海岸線を通ることが多かったのでなんとか無事ではあったが...。 イスキアは岩場の海岸線が多いのだが、ところどころきれいな砂浜などもあり、海水浴の 人々でどこもにぎわっていた。非常に感心するのは、そうやってたくさんの人が訪れる のに、どこもゴミ一つなく、海水も非常にきれいなところである。特に、イスキアポルトを 離れるにつれて、海は更にきれいになり、風景ものんびりとしてくるのであった。 |
裏道ではネコが遊ぶ(イスキア/サンタンジェロ) |
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サンタンジェロ全景
断崖に立つレストラン(ちょっとコワイ) |
美味しいレストランのあるフォリオで降りようかと思ったが、もうすこし先まで行って 見ることにした。すると、フォリオを過ぎたあたりから断崖の山道になってきて、島の 西側の海岸線に出たことになる、ほどなくその眼下にサンタンジェロの街が現れる。バスの 乗客もほとんどそこで降りていくので、私たちもここで降りることにした。バス停の付近から 見るサンタンジェロは、ずいぶん離れた所にあるように見え、果たしてあそこまで行けるの だろうか?と、思わせる。山の斜面に重なり合うように、パステルカラーの建物が建ち並ぶ 小さな街。そこを砂州の堤防で対岸の島と結ばれているサンタンジェロ。断崖の車道から その全景を写真に収めて、そこをどんどん下っていく。途中に崖のしたにあるレストラン への入り口(そこを降りていかないとたどり着かない)などがあり、波の荒い入り江で 泳いでいる人もいる(ちょっとアブナイ)。バス停からはとても遠くに見えた街も、実は そんなに遠くなく、そのまま街の中に吸い込まれていくことになった。ほんとうに、よく できている(?)なあ...と思う。果たしてその対岸の島へは行けるのか?海水浴場 になっている堤防を渡って、白い雲のような岩をよじ登っていくとその上にたどり着く。 そこから先は、どうもさる有名人の私有地らしく立入禁止である。でも、ここがイスキア の西南の果て。こちら側からは隣の島も見えずとにかく拡がる青い海。海を渡る風も 気持ちよく、日差しが強いが非常に気持ちのよいところであった。街並みを背景に記念撮影 などをする。街並みはポルトフィーノを思わせる。オープンテラスの店で皆くつろいでいる。 裏道を行くと猫が遊ぶ坂道になっており、3ブロックほどお店が続き、その先は民家となっている。 こんなところで、海を見ながら暮らすなんてうらやましいなあ...なんて思っていたら、なんと 後ろから来たおじさんがそこの住人であった...。(別荘なのかどうかは解らない) |
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街をしばらく散策しているうちにお昼時になる。ここで美味しいレストランはあるのか? なんとなく目利きに自信がなくなって来ている私たちであったが、大音量でテノールのアリア をどこかでかけているのを聞きながら、お食事どころを探す。オープンテラスではなくて、 来た道の途中にある「ホタテ屋」と言う店。まあ...お客が入っていないが、いいか... と、決定。海の見える窓際に通してくれた給仕人はハリウッドスター2枚目系で、非常に 丁寧である。メニューより今回の常食、ムール貝のクラシックスタイルのソテー(ニンニク と白ワイン蒸し)、カニのパスタ、サラダの付け合わせを頼む。そしてボトルで頼んだ イスキアワインが美味しかった。色は黄色にやや緑がかった若いワイン。いわゆる「緑のワイン」 と言われる名もなき、後味もなき、現地でしか飲めない水のようなワインであった。 ムール貝も程良い味付けで、給仕人も含めて「ホタテ屋」は当たり!ということで意見一致。 もう1本行こうかと思ったけれど、ハーフの赤などを飲んで(これは軽い赤。白のほうが いいかな?)サンタンジェロを後にした。ここで降りてよかったかもね...。なんて。 |
「ホタテ屋」にて。このワインは美味かったなあ... |
<それでも検札は来る>
サンタンジェロからは、更に先に行こうかと思ったが、昼過ぎでいちばん 本数が少ない時間にあたるようで、ちょうどやってきた、同じ方向に戻るバスに 乗ってホテルへ帰る事にした。乗客を見ていると、ちゃんとチケットを持っている 人。定期の人。どう見てもタダ乗りの人に分かれる。私の座った目の前に「改札機」 があったのでよくわかった。そんなわけで、バスの乗り口には「無賃乗車罰金○○リラ!」 というシールが貼ってあった。そうか〜。なんて思っていると、バス会社職員とおぼしき おじさんが乗ってくる。乗客とはみんな顔見知りのようである。おじさんはこの島では 珍しい東洋人を発見し「これは要チェックか?!」と思ったのか、早速「チケットは?」 と、聞いてきた。残念ながら私たちはちゃんと持っていたので、おじさんはちょっとがっかり したようだ。そのほかの無賃乗車の人は全くチェックせずにおじさんは次の停留所で 降りていったが、ちょっといやな感じではあった。まあ、こんな毎日なんだろうな.. あのおじさんは...なんてね。このように、検札はあるにはあるので、旅行者は 何があろうと、1枚は切符を買うようにしよう....と思う。
港の広場に到着して、ホテルに戻る途中、また同じ酒屋でスプマンテを 追加購入。この酒屋は奥にイスキアワインのセラーなどがある、ちゃんとした 店で、そのへんの雑貨屋よりは値段は高いかもしれない。けれども私的には 500円ぐらいで買える状態の良いスプマンテは極楽アイテムである。前回 と同じものを購入すると、すっかり「面が割れて」いて「こないだのもう1本 はいいのか?」と、買ったモノまで覚えていたりして....ちとはずかしい。 更に、サッカー中継で盛り上がったバールのオヤジもくつろいでいるところで、 私たちを発見。遠くから「ぼんじょるのー!」と、手を振っていた。なんだか、 この島は良いところかもしれないっ!などと、調子に乗ってスプマンテを飲み、 また昼寝をする。日頃の疲れもいい加減とれそうなものだが...。ああ極楽?
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これでまた8時過ぎになってしまうのももったいないので、今日は寝ぼけている ゆききさんを起こし「夕日を見るんだー!」と言いながら、海岸に向かう。まあ、夕日と 言っても8時近いんだけど....。あわてて外に飛び出すと、観光用馬車も海岸に向かう。 急いでる私たちを見て、御者のおじさんは笑う。笑ったついでにゆききさんは、馬車の 写真をパチリ。おじさんも快く応じていた。そうこうしているうちに、太陽は対岸の岬に 沈もうとしている。ああ〜間に合って良かった!ようやく夕日が見られた!ということで、 このあとは、人出も増えてきたメインストリートでお買い物。ナチュラルグッズのお店で、 レモンやフルーツの石鹸と、イスキア名物ルッコラの酒「ルッコリーノ」を購入。 (苦い味の食後酒。冷やして飲むと良い。色はしょうゆ色)レモンの お酒リモンチェッロも部屋で飲む為に購入。ゆききさん。サンダルをゲット。私はイスキア温泉 の泥で作った石鹸と泥パックをゲット! などと、ようやくぽつぽつと買い物開始。さすがにオバフクは いらないが〜よく見るとアンティーク小物・ヒカリモノの店もあり。「をー!」などと盛り上がり ながら覗いてみるが、いまひとつ決め手に欠けて....「うううう...イマイチ...」。 義理土産用にリモンチェッロの小瓶などを購入したりして、メインストリートをうろうろする 変なニホンジン2人。そうこうしているうちに、またまた時間は遠出をするにはちょっと...の 時間となる。今日は旧市街に行ってみるか...と、うまいモノを求めてあるきだすが、そういう 雰囲気は全くないので「ああああ...ホテルで食べるのだけは避けたい〜〜」と言いつつも、 ホテルに足が向く...。かろうじて、ホテルのはす向かいに「大衆食堂」のようなピッツェリア があった...。昨日に続き「大いなる妥協2」。で、この店にはいる。ムール貝 「ズッパデコッツェ(トマトソース)」、シーフードのパスタ(ここにもムール貝が?!)、 ルッコラサラダ(また...)....「ホタテ屋はおいしかったねえ...」などと言いながら 夜は更けていく...。怪しげなチャリティー物売りや、ヴァイオリン弾きが入れ替わり立ち替わり はいってくる。だけど、店の人は気にしない様子である。なんとなく、やっぱり「大衆食堂」 のような店であった...。 |
ああイスキアの海に日が沈む...(イスキア) |
★6月20日(水)★イスキア
<混沌のテルメ体験!!>
「大衆食堂」から戻って、リモンチェッロを冷やしたものなどを飲んで、 すっかりぐっすり眠った私たちは、翌朝また「老人ホーム〜朝食室〜」に向かい同じ席に 座る。週末に向けて、少し新顔が見え始めるが、基本的に同じジジババである...。 ところで今日は、とうとうテルメ体験をする日である。テルメ付きのホテルにいるのに、 やらない手はない!けど...どんなもんかな〜ということで、ようやく今日地下室の テルメに行くことにしたのである。果たしてどんなところか?朝食を終えて、その足で テルメの受付に行く。
基本的に日本以外では「自分は何をしたいか」明確にしておかないと、 だいたい「おまえは何をしに来た!」ということになってしまう...。 この日も、何をするか決めあぐねたものだから、受付嬢の前で「どうしよう」 となってしまった。が、どうもこのホテルのテルメでは「フェイシャル」を やっていないそうなので、温浴・泥浴・マッサージなんかが中心になるらしい。 結局このカッコイイがオソロシイ(?)おねーさんがじりじり待つところで、 適当に「泥ボディーパック&温泉シャワー」と、「シアツマッサージ」かな... なんていう、訳の解らない組み合わせを決定。おねーさんは早速、あなた10時 20分からね。あなたその後、と紙にさささと記す。シアツは午後からということで 12時半から..ということで、商談成立。
ところで、エステ系は未体験ゾーンの私は「ねえねえ、何着て いけばいいわけ?」と、エステ先輩のゆききさんに聞くが、まー見当つかない からそのまま行くことに...しかもいっしょに。時間に地下へ降りていくと、 まずはバスローブに着替えることに。おねーさんに「下着はどーすんの?」と 聞くと「ぱんつだ」とのお答え...うーん。と、思っているとどうもここの 責任者らしき「温泉先生(テルメはまず医師の診断が原則とのこと。きっとこの 先生もそうなんだろうな...と解釈)」がにこやかに、何故か握手を求めて くるので、こちらも笑顔で握手。(なんだったんだろうか...?)まあ、 そんなわけで再び受付でスタンバッていると、最初の私が呼ばれる。そう...呼ばれた。 しかし、しかーしだ。小部屋に通されるとベッドがあり、まあそこに寝るのか〜 とおもったが、担当はなんと若いにーちゃんなんだってぇ〜?!ええええ〜? なんであんたなのよ〜!と、思ったが、ここはこういうものなのか...銭湯の 番台だっておじさんのこともあるし..(後で聞いたが、それはあまりないとのこと...ぎゃー!) にーちゃんの指示するままに、ぱんつも無い私(!)は、やや熱い温泉泥を塗ったシートの上に寝かされ、 魚の蒸し焼きの要領で包まれる...ああ...なんだこれ?!そうしたところで、にーちゃんは、 一仕事終えたということらしく、「おやすみ〜」と部屋の電気を消して出ていってしまう。 まあ、にーちゃんはさておき、泥の温度が心地よく、サウナ効果であせがどんどんでる。 なるほどね〜...ZZZZZ...ほどなく、にーちゃん登場し顔の汗を拭いてくれて、再び去る。 ZZZZZ....で、正味30分ぐらいだろうか、魚の蒸し焼き完成〜で、これま不可解な(!) にーちゃんがシャワーで流して(★@※!?)くれて終了!あ〜なんだこりゃ....。 あとでゆききさんも「なんであんたなのよーしんじられなーい!!」と激怒。 リゾートジジババの趣味であったら...ぎゃあああああああ〜!失神....。欧州は 奥が深いのだろうか...単にここだけ変なのだろうか...トホホ。
気を取り直して、第2ラウンド。「シアツ」指圧のことだろうと 思うが...なんとなく、香港の強烈マッサージに慣れている私にとって、 やめときゃよかったになるのは濃厚...。と、やる前からトホホ状態。 しかし、先発で私が行くと...案の定また「ネコ娘」風の小柄な女性 登場。こちらはまあいいのだが...全然キカナイっ!のである...ああ...。 しかし40分間、間接技・インド式などを駆使(?)して「ネコ娘2」は笑顔で 去っていく。この次のゆききさんの時は、かなり疲れていたとみえて「全く ダメ」の烙印をおされてしまった。合掌。
ちなみにここにホテルのおすすめコースは、5日8日12日 パッケージ、というのがありかなりお得。温泉先生の診断にはじまり、 毎日この泥蒸しボディパック・温浴・吸引とマッサージが付いて5日:25000円、 8日:35000円、12日:45000円。これはなかなかおすすめでしょう。 あとはトータルビューティーコース「ヴィーナス」なんていうのも あり..ちなみに今回の「単品コース」は指圧が約4000円(高い!) 泥蒸し(?)約2000円(ううう彼さえいなければ...)。是非イスキアで テルメをおためしあれ!
<イスキア最後の夜は音楽とともに...>
テルメに多大な期待をしていただけに、なんとなく不完全燃焼で終わったのは、ちと 残念であった。しかし、まあ、こんなものかなあ〜と解っただけでもよしとしようか... なんて、これまた妥協の日々が続く。「妥協妥協〜」と言いながら、晴天の旧市街方面へ、 遅い昼食を求めて散歩。城の近くにある、海の見えるレストランで、すでにまかないタイム になっているにもお構いなしに、ワインとムール貝(しかし飽きないものよね...)など を食す。まー、味はそこそこ「妥協妥協〜」。
明日にはイスキアを離れるので、船の時間もチェックする。ガイドブックには、イスキア 〜カプリ行きが、夏季のみ1日1便とあったが、そんなことはなく、その便の他に2便ほど 出ているようであった。(もちろん直通)朝7時頃の便がそれで、次が10時40分、あとは たしか夕方ごろに1便あったようである。10時の便がよい時間なので、それに乗ることにする。 おもしろいと思ったのは、この「カプリ行き」の船のチラシである。ふつう、イタリア語の 表記があったら、並べて書くとしたら「英語」が多いとおもうのだが、さすが、ドイツ人御用達(?) の島らしく、イタリア語とドイツ語しか書いてないのである。これにはびっくりであった。
部屋に戻り、昼寝をして、この日は買い物をしたかったので、すこし早めに外に出る。イスキア など、このあたりは、焼き物が盛んのようで、マヨルカ焼きとまではいかないが、白地にレモンや 草花のモチーフを描いたものが多く見られる。日本でもよく見かけるものだが、手に取ってみて、 一つ一つ眺めてみると、良いと思われるものは、しっかり焼けているのか(?)ずっしりとしている。 絵も丁寧に書かれているものとそうでないものの差は歴然としていた。そういった焼き物の工房兼 商店のようなところがあったので、しばし眺めてあれこれ物色しいくつか購入することにした。 スーツケースにいれたままであったが、果たして無事に日本の地を踏むことができるのか?! (結果報告:無事日本上陸)
朝4時までやってます「オレンジ屋」 |
例の目抜き通りをうろつくのも、これが最後かと思うとちょっとサビシイものがあった。 しかし、まあ、事食べ物に関しては何の収穫もなかったもんだから...(単に昼寝しすぎで 遠出できなかっただけなんだがなあ..)最後の夜も行き当たりばったりでいいか〜ということに なって看板の目立つトラットリアに入る。入り口から中が解らないようなつくりになっているので、 どんな店か...とおもってはいると、なんと、店に通じる階段が「ステージ」になっていて 、いままさにカンツォーネのライブの真っ最中!「あちゃー、なんでこんな店にはいってしまうか?!」 と、思ったがあとのまつり。この店の名は「オレンジ庭園」たしかに、中庭にはオレンジを模した ライティングあり、ものすごい超満員である。しかもライブで盛り上がっている!B級ギャグ映画の 俳優のような給仕人が歌い踊りおどけながら(!)給仕する。そりゃだれでも楽しくなるわ〜といった 雰囲気の店。ただし、料理は最低最悪であった。しかし、このジジババ(やはりここもジジババ優勢。 あとは地元OLのようなおねーさんチーム。アメリカ人男の子軍団なんてのがあり...ひょっとして ツアーコースなの?)ちなみにこの店は朝の4時まで営業しているという...。まあいいか〜という ことで、私も「う゛ぉーらぁーれぇ〜OHOHOHOH〜かんたーれぇ〜」と一緒になって歌う...さすがに 朝4時まではおらず、おばかなイスキア最後の夜は更けていくのであった...とほほ。 |
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