ポルトガル日記2004/6月その1


ポルトガルにもとらねこはおりますにゃ

【6月のポルトガル日記】

<もっと前から始まっていたかもしれない>

 2月の香港旅行と前後して、ゆききさんから「サッカーのチケットがあるの。ポルトガルなんだけどね」と、 池袋で食事をしていた時にお誘いがあった。ワタシは「とうとうきた!」という気がして、2つ返事で了承した。 この時、ポルトガルのどの街かすらもわからなかったのだが、とにかくチャンスだ!と思ったのであった。バンコクの 時も、いろいろタイの情報はもっていたけれども、なかなか行くチャンスがなかった。ポルトガルも、そこへ行くだけよりも 何か別に目的(大義名分?)があれば行ってみたいなあ、と常々思っていたのである。 初めて行く所はどこもそんな感じかもしれないが。まあ、言い訳というか、どこかに出かける口実はないものか?といったところか?

 その日帰ってから、早速6月27日に行われるサッカーの試合とは、いったいなにか?ということから始める。 今思うとずいぶん失礼な話だが、知らないことは世の中にたくさんあるものである。ホント限りなくね。その大会は、 4年に1度ワールドカップと同じサイクルで行われる、欧州選手権であることが判明。 更にその日の試合はポルトガル第2の都市ポルトで 行われるとのこと。なるほど〜ということは、北部の都市とついでに首都リスボンも行ってみるかなあ〜という具合に、 その「あるサッカーのチケット」を中心に、今年2回目の日本脱出のプランが具体化してくるのであった。

 ポルトガルへの道は、日本からの直行便が無い為に、欧州内を経由していくか、はたまた、かつての 植民地であった、愛しのマカオからリスボンへ向かうか、など様々な選択肢があるにはある。が、まずポルト となるとわりと限られてくる。やはり、初めての土地なのでアクセスの良い方法はないか?とか、 利便性(ネットで取れちゃうし空席もすぐわかる)というかマイルのこともあるので、いつもの おJAL&エアフラの王道コンビで行くことにした。なんでも、このEURO2004という大会は、同じ年に 行われるアテネオリンピックよりもともすれば欧州では人気が高いので、飛行機もホテルも押さえるなら早いに越したことはない! とのことである。そう言われるとあせるなあ。

 まだまだ東京は酷寒の2月ではあるが「欧州の大イベント」に行けなくなっちゃったら困る〜と思い早速手配に 走った。日程も、勝手に「えーと、試合の前々日入りで、翌日は会場チェックで、 試合の当日は多分遅くなるので、翌日も1日泊まって余裕を持って次へ移動し〜週末に帰ればいいか!」と、 勝手に8泊と見積もる。飛行機もその日程だと接続も機材もよさそうだなあ〜これを逃したくないなあ〜と、 ゆききさんに確認「飛行機取っちゃうよ!会社休んでね!」。と、まだそんな先のことわかんないけど、もう いい!予約予約!と、強行。しかし、ホテルがかなり難航した。しばらくするうちに、公式サイトなどを発見。 「本大会での宿泊は公式業者へご依頼ください。とりあえずメール下さい」なるほど〜しからば...と、 送ってみるがなしのつぶて。そうか〜と、ポルトとリスボンの地図を眺めまわし、いったいどの辺が便利なんだろう? と、ベストの位置どりを模索し、何軒かピックアップして、ネットで検索をして、コンタクトを取る。あとで聞いたのだが、 ポルトはホテルの絶対数が少なく、その分価格が高騰したそうである。確かに、ガイドブックに書いてある値段と、 今回の期間中の特別価格は、およそ3倍近く跳ね上がっている。「そんなに取るのか...」と、トホホ状態であったが、 目抜き通りの中心にあるホテルにようやくコンタクトが取れる。が、条件を聞いてびっくり。 3ヶ月前からキャンセル発生でカード先払いなどという、超手堅いというか手強い相手であった。ポルトは結局、その ホテル以外は音沙汰無く(なんでだろうなあ?返事ぐらいくれてもいいいのにね)、 前払決済の為にFAXをやりとりしたりして、繁華街ホテルで手打ちとした。

 ところが、リスボンのホテルは驚くほどあっさりと「空いてますよ」の回答であった。こちらも繁華街ど真ん中の ペンサオン(歴史的プチホテルというのだろうか?)でも、お値段据置のようでカード番号でギャランティーしただけで、 あっさり予約成立してしまった。この差はいったいなんだろうか??念のためメールだけのやりとりでは心もとないので、 何か確認書でもいただけますか?と言ったら「大丈夫ですってば」のような返事があった。まあ、とりあえずいいか、 ということで、3月中にアレンジは完了...ああ〜まだまだ先だなあ...。そう思っているところへ、例の公式宿泊 斡旋業者からメールの返事「わたくしどもになんなりとおもうしつけください!歓迎いたします!まずはメールで〜」 って、大丈夫か?この大会??

 手配はしたが、出発は果てしなく先か?と、思いきや、悲しい東京の勤め人。 本業の季節労働やらなんやらかんやらで怒濤の日々。そんな状況でも初めて行く 土地なので、あれこれ準備もしないと〜もちろんポルトガル語のテキストも引っ張り出して来たり、をーイタリア語に 似ているなあ〜ちょっとなまっているだけかなあ〜通じそうだなあ〜と楽観し、はたまた、都内の葡萄牙料理をあちこち食べに 行ったり、ガイドブックや地図を眺めているうちに、チケットのホンモノも手元に届き!(思い出すなあ〜ワールドカップの チケット事件!) 春は過ぎ梅雨が来て、とうとう6月12日欧州選手権が始まったのであった。 さて、ワタシタチの準々決勝はどの国の対戦になるのか?ワクワクしながら、 下馬評では、D組の1位ならばドイツかオランダでC組の2位ならば〜国際大会の苦手な我が(?)イタリアが来る!と、 勝手に妄想をふくらませていた。ところが、蓋をあけてみると、優勝候補と言われていた、フランス、スペインが次々と 不調に終わる。更に、伏兵だけど、開催国の華を持たせたいポルトガルまで若きギリシャ軍に敗退という、混沌とした 大会となっていた。もうとにかく試合結果が気になって気になって、 出発の日まである意味シアワセな寝不足の日々が続くのであった。

(出発までの結果:2004年6月12日 - グループ A ポルトガル 1-2 ギリシャ ドラゴン - ポルト■ スペイン 1-0 ロシア アルガルベ - ファロ/ローレ■ 2004年6月13日 - グループ B スイス 0-0 クロアチア Dr.マガリャエス・ペッソア - レイリア■ フランス 2-1 イングランド ルス - リスボン■ 2004年6月14日 - グループ C デンマーク 0-0 イタリア D.アフォンソ・エンリケ - ギマラエス■ スウェーデン 5-0 ブルガリア ジョゼ・アルバラーデ - リスボン■ 2004年6月15日 - グループ D ドイツ 1-1 オランダ ドラゴン - ポルト■ チェコ 2-1 ラトビア アベイロ・ムニシパル - アベイロ■ 2004年6月16日 - グループ A ギリシャ 1-1 スペイン ベッサ - ポルト■ ロシア 0-2 ポルトガル ルス - リスボン■ 2004年6月17日 - グループ B イングランド 3-0 スイス コインブラ・シティー - コインブラ■ クロアチア 2-2 フランス Dr.マガリャエス・ペッソア - レイリア■ 2004年6月18日 - グループ C ブルガリア 0-2 デンマーク ブラガ・ムニシパル - ブラガ■ イタリア 1-1 スウェーデン ドラゴン - ポルト■ 2004年6月19日 - グループ D ラトビア 0-0 ドイツ ベッサ - ポルト オランダ 2-3 チェコ アベイロ・ムニシパル - アベイロ■ 2004年6月20日 - グループ A スペイン 0-1 ポルトガル ジョゼ・アルバラーデ - リスボン■ ロシア 2-1 ギリシャ アルガルベ - ファロ/ローレ■ 2004年6月21日 - グループ B クロアチア 2-4 イングランド ルス - リスボン スイス 1-3 フランス コインブラ・シティー - コインブラ■ 2004年6月22日 - グループ C イタリア 2-1 ブルガリア D.アフォンソ・エンリケ - ギマラエス■ デンマーク 2-2 スウェーデン ベッサ - ポルト■ 2004年6月23日 - グループ D オランダ 3-0 ラトビア ブラガ・ムニシパル - ブラガ■ ドイツ 1-2 チェコ ジョゼ・アルバラーデ - リスボン■ 準々決勝 2004年6月24日 - マッチ 25 ポルトガル 2-2 イングランド ルス - リスボン■)

★6月25日(金)★

<どっこい残ったポルトガル>

 23日の試合でドイツがチェコに敗れD組の1位決定。そしてC組はスウェーデン・デンマーク・イタリアが 全く同ポイントで並ぶも、大会ルールでイタリアは3位へ。つまり、ワタシタチが27日に見に行く準々決勝は、 24日の朝チェコ対デンマークに決定した。はああああ〜。北欧勢がこんなに頑張るとは思ってもみなかった なああ〜と、事情を知っている後輩は「まききさん。なんでこうなるんでしょうねえ...イタリア...」と、なぐさめてくれたり して...。チェコはネドベド、デンマークはトマソンぐらいしか知らないよな〜選手...と、やや意気消沈。 しかし、しかーし明日から出発である。とにかくここ数ヶ月いろいろあって、ホントに疲れていたので、やったぜ バカンスだぜい!イェイ!

 出発の朝も現地からの試合結果は衝撃的であった。グループリーグ(予選)敗退濃厚であったポルトガルが、 イングランドにPKで勝利!しかも最後に決勝のゴールを決めたのはキーパーであったとは、こりゃまた派手な勝ち方を...。開催国 が最後まで残らなきゃ、場所だけ貸してるみたいでシラケてしまうものだから、幸先いいぢゃないか!と、朝10時 発のパリ行きに乗るべく成田へ向かう。

 昨晩と言っても、準備(ワタシはどんな長旅でも前日準備派) して寝たのが3時過ぎ。起きたのが5時前。ほとんど仮眠程度でぼろぼろだったが、 旅行の朝は何故かすがすがしく目が覚めるものだ。おまけに、今はこんな時間でも明るいので気分も良い。 ガーシュインのサマータイムという曲の最初のフレーズ(勝手に和訳)「夏はいいよね、日々の暮らしが楽だからさぁ..」というのが 浮かぶ。そうだよね〜そうだよねえ〜♪と歌いながら、日暮里でゆききさんと合流。今朝のポルトガルの結果を 聞いて「残ったねえ〜」「残りましたなああ〜」と盛り上がる。

 成田でのおJALチェックインは国際線でも自動チェックイン機が登場。第2ターミナルでは、ちょうどチェックインフロアの 真ん中に設置されていた。いつも、団体客のチェックインと一緒になってしまうため、カウンターにたどり着くまで、 結構時間がかかったものだが、この機械を使うと、パスポートの照合も搭乗券発券もできてしまい、もちろん荷物も すぐそばのカウンターで預けることが出来る。ただ、今回のように他社便への乗り継ぎの場合は使えなかった。 係員が一旦トライしてみて、出来なかったのだが、すぐにカウンターで通常の手続をしてくれたので、ホント 迅速対応で快適であった。手荷物で単純往復の場合は迷わずこの機械に向かうこととしよう。と、思った。

 パリ便のこのフライトはB777を使用していて、座席がゆったりしているのでいいなあ〜と、思っていたら、 台風直撃の日以来、欧州便でこんなガラガラフライトは初めてだ〜というくらいガラガラ。 ワタシもゆききさんも3席にひとりずつ(最近は 2人で行っても並び席はせまいので、通路をはさんで2席を指定している)という状況。やったー! と、持ってきた雑誌やガイドブックや水をセットして、ゆったり例によってワインを飲みのみくつろいで いると、「お客様。本日個人テレビの状態が不調で、どうしても席を替わりたいという方がおりまして、 こちらへ移ってきてもよろしいでしょうか?」とのこと。ええええ〜だめです〜と、言いたかったけれど、 エコで3席占領しているワタシタチは立場が弱い。ゆききさんのほうにもそういう人が来てしまったし、 ゆききさんのテレビも不調のようだった。ワタシはほとんどゲームをちょろっとやるぐらいで、映画は 最近ほとんど見ないのだが、空いてる隣の席のテレビでかろうじて、韓国ドラマを見て感動していた ようであった(?)。やって来た白人はワタシがのばそうと思っていたところに、靴を脱いで、足を伸ばして、のーのーと しているので、「そっそんなにテレビが重要かあああああ〜12時間座禅組んで瞑想してろおおおお〜」と、殺伐 としているうちに、あっという間にパリへ到着してしまった。でもやっぱ777はちょっと騒音が大きいと 言われているのは確かだけど、楽ちんだわい。と、改めて思った。

 今回、パリ経由と言うことだったけれども、久しぶりのドゴール空港の「おさらい」をまったくしてこなかった。 更にここへ来る数週間に、このいかにもフランス的近代建築の一部が崩壊して、死傷者が出たばかりで あった。コワイ...。日本からの便は、この建て増しをされた部分の近く、2Fに到着する。崩壊したのはこの向かい側 だったかな?ポルトへ向かう便は2Dなので、確か徒歩で移動出来たなあ〜連絡バスもあったよなあ〜 ここは壊れないだろうなあ〜 なんて思いながらうろうろ。しかし、日本的に考えると、明らかに「階下へ」のサインに見える「↓」が「この道 を行け」に見えるまで、なかなか2Dへたどり着けなかった。ゆききさんと「なんでだあああ〜」と、彷徨いつつ ドゴール空港のことをちっとも考えなかったことで、この巨大なくじらの機嫌をそこねてしまったのかもしれないなあ。

 ようやく目標のゲートに到着。ついさっきまでジャパンだったのが、がらりと欧州の空気となる。覚えたての ポルトガル語が耳にはいってくる。この旅行が決まって、少しずつ会話を勉強していたとき、日本代表のジーコ監督 のインタビューをテレビで見て、ほんの一言だけど聞き取れて「をーけっこうイケルぢゃん」なんて、自画自賛した ものであった。人間やればできるのである。必要は発明の母である(?)なんのこっちゃ。ラテン系の自己陶酔した ようなイデタチのおじさんがいたり、デーン人やチェック人らしきサポ軍団もちらほら。はたまた、地球の歩き方を持ったニホンジン。 ぜんぶまとめてエアフラのエアバスにすいこまれる。

 ワタシタチの席に行くと、すでに可愛い女の子とその子のうさちゃんのぬいぐるみが座していた。すんませんとそばに いたお父さんに言うとすぐにうさちゃんをどけてくれた。しかし、そろそろ離陸というのに、お父さんは座ろうとしないで、CAさんに 何かお願いしているようだ。通路をはさんでとなりに、その子のお姉さんが座っていたが、涙ぐんで様子がおかしい。 何事かなあ?と思って様子を伺っていると、お父さんと2姉妹ばらばら(といってもすぐ前の通路側だが)になってしまった ようだ。あいにく満席でどうしようもない、といっているところに、アヤシイニホンジンが来ちゃったものだから言いにくかったの かもしれない。(別にアヤシくはないんだが...) ワタシタチもようやく状況を理解し、3人を並びで座らせてあげた。お父さんはすごく感謝していて、 お姉ちゃんにも笑顔が戻った。もう〜そこのドイツ人カップル。知らんぷりするなよおお〜なんて思ったが、まあめでたし めでたしということで離陸。

 んが、ちょっとびっくりしたのは、夕方のフライトだったから、なんかミール出るのかなあ?と、思っていたら、なんと、 ドリンクサービスと「あり?カスクード(フランスパンにバタ塗って生ハムはさんだ固いサンドイッチ)だけですか?」を 渡されただけで完了。あっけにとられてしまったが、まあ、これで十分といったらそうだけど、ちょっとびっくりであった。 そのうち日本−パリのエコでシャンパンも出なくなるかもなあ〜なんて、この先危惧したりして...。

<ポルトはまるでバンコクだった>

 結局2時間半のフライトも爆睡していたので、ピレネー山脈を越えたことも、スペイン上空を 通ったこともなんにも知らずに着いてしまった。はっ!と目覚めるとポルトだった。ポルトの空港は、 リスボンに次ぐ北ポルトガル第2の都市のものとは思えないほどコンパクトで、ヴェネチアや フィレンツェのような地方都市空港のようだった。いちおう、今回の国際大会と、先日の悲惨な スペインにおける列車爆破テロを受けて、最高レベルの警戒で入国審査を行うと聞いていたが、 こりゃいつもとかわんないべ、といった感じで入国。到着の人もまばらで、かろうじてその国際大会 があるということは、入国後すぐにEURO2004のオフィシャルグッズ売り場があったことだろうか? 荷物も比較的早く登場する。さすがにポートワインの名産地。ターンテーブルのそばにポートの 試飲カウンターがあったりして、なんかわくわくしてくるのであった。また到着ロビーでは、エイズ撲滅 キャンペーンの人からコンドームをもらったり(?)、カフェでは大型モニターで、昨日の歴史的 (なんでもこれがついてしまうかもしれないが)ポルトガルのPK勝利の再放送を流していた。なんとなく 国際大会の雰囲気がしてきたぞお〜ということと同時に、全体に流れている空気は、 勘違いかもしれないけどバンコクで感じたような「居心地のよさそうなところだなあ」というものであった。

 さて、空港から市内までは10qほどの距離で、タクシーでももちろんOKだが(この国はメルセデス タクシーであった)主要ホテルまでエアポートバスが走っている。バス乗り場で、我等の宿があるかチェックすると あったあった。これで行こうとバスに乗り込む。チケットは車内で運転手から購入できる。ツーリスト向けの フリー交通カード「PORTO CARD」も使える。他にお客さんはほとんど居ないがホテルへ向かって出発する。

 空港の外に出ると、欧州のイベリア半島の西の果ての国であるから、もっと乾いた感じかとおもいきや、 澄んだ青空に、すじ雲がサワヤカに走り、緑も多く、まるで日本のような柔らかい印象の風景に驚いた。 もう7時近くになっていたが、外もまだまだ昼のように明るく、すごく得したような気分になる。ただ、空港から市街 までは、アウトストラーダ(高速道)で、海も川も見えないため、写真で知っているポルトの街が出現するのはとりあえず 市街についてからのオタノシミといったところか?所要時間は15分ほどであったが、バスの運転手はホテルの近くの 停留所に停まり「あの旗の見えるホテルがグランデだ」と、指し示してくれた。こうして、3ヶ月以上前にようやく確保 したホテルに無事チェックインすることとなった。

 サンタ・カテリーナ通りは、ポルトでももっとも賑やかな通りのようである。その通りに面したところに今回 滞在するグランデという3ツ星ホテルがある。通りは車の通行禁止となっているので、そういう目抜き通りであっても、 わりと静かな感じであった。つつがなく到着したので、荷物をほどいてほっと一息したところで、時計を見ると 夜の8時頃だった。これから、ポルトの街を散策&夜食というのもよかったが、極東から西の果てに来たワタシタチは、 フランス対ギリシャの試合を見ながら....寝てしまった。(2004年6月25日 - マッチ 26 フランス 0-1 ギリシャ ジョゼ・アルバラーデ - リスボン)


★6月26日(土)★


<ポルト散策:生活紫外線三昧>

 さて、昨日の試合は、なんとなくフランスが勝ったような記憶があるのだが、朝のニュースで確認すると、実はその逆 のようであった。そういえば、部屋にウェルカムドリンクらしきタウニーポルトのハーフボトルが置いてあった。 ああ、さすがにポルトだなあ...。でも、これはホントにウェルカムドリンクなのかなあ?と、とりあえずそこに 飾っておくことにした。朝食はホテルのダイニングでのバイキング。なかなか立派な、高級レストラン風のダイニングで、 ゆったりした空気が流れていた。その前時代風な装飾と威厳のある給仕人を眺めながら、 ああ、ポルトガルってこういう感じなのかなあ? なんて思ったりして。そういえば27日の試合に向けて、大いに込み合っているかと思いきや、 みんなどこで何をしているのだろうか?。

 今日は街全体が世界遺産といわれているポルトを散策。お天気はあさのうち少し曇っていたけれど、だんだん からりと晴れてきた。30度ぐらいはありそうだけど、欧州特有の湿気のなさで日差しは強いが日陰や風は冷たく涼しい ので快適である。とりあえず、ツーリスト向けの交通機関のフリーパスを買いにインフォメーションへ向かった。 ホテルから、昨日バスできた道を行くと街の中心、トリニダーテ広場へ出るのかと思い歩き出す。ホテルの北側には、 お惣菜やチーズ・ハム・乾物・お酒などを売る店が立ち並ぶ。ウィンドウにはヴィンテージのポルトなども格安の値段 で出ている。いきなり、あまり当たり年ではないので数がすくないと言われているワタシの生まれ年を発見! ワタシもということはゆききさんもなので「ほれほれ●●年があるぢょ!これは希少だぢょ〜」とすすめるが、 初日ということと、●十年ものとなると日本円で1万円以上することで「えー」と見送ってしまった。そのすぐそばに、 常設の市場「ボンリャオン市場」の入り口が現れたので見学してみることにした。

 ボンリャオン市場は2階建ての建物の中に、入り口近くには花屋が並び、チーズやハム類、パン屋、右側には 魚介類の売り場が立ち並ぶ。それらを焼いて食べさせる定食屋(?)のような食堂が何件か。ちょっとしょんぼりしたオヤジたち (市場で働いている人々か?)が朝食を食べているようであった。1階の中心で、スケッチブックをひとりで広げている 少女がいた。2階へ上がるとつきあたりには酒屋。ポルトガルの国民食タラの乾物なども 売っている。それ以外は野菜の屋台で埋め尽くされている。日本で見る野菜のようなものもあれば、それを2〜3倍に 巨大化したもの、ハーブ類を山積みして売っていた。トマトも長い形や大小さまざまなものがあり、どれもキロあたり 格安値で売っていた。珍しいのは、あらかじめ刻んで売っているハーブが必ずある。これは有名な「緑のスープ」に でも入れるのだろうか?あまり香りが強くないので、何のハーブかわからなかったが...。あちこち見ながら、これは 何につかうんだろう?どんな味かなあ?なんて食いしん坊の料理好きが考えているときりがないので1周して外へ出た。

 トリニダーテ広場の北側、市庁舎脇にあるインフォメーションでは、市内の市電・バス・地下鉄の交通機関が乗り放題と 記載されている施設への無料または割引が受けられるブックレットとパスがセットとなっている「ポルトパス」 というのが購入できる。空港からのバスも同様に使えるので、滞在期間を勘案して、空港で購入するのも良いかもしれない。 ポルトパスはICカードになっているので、東京でいえばSUIKA、香港ならオクトパスのようなところか?それを購入して ポルト散策を再スタート。

 ポルトの街ぜんたい、足元は白黒のモザイクで埋め尽くされている。それぞれ、さまざまなモチーフが描かれていて、 海洋王国らしく、海に関するものが多いような気がする。あとは紋章のようなもの、店の宣伝(?)などもあるようだが。 8×10センチほどのブロックを丁寧に組み合わせてあるようで、ところどころ抜けて穴が開いているところもあるので 足元注意だ。更に、パリもそうだが、犬の落し物は基本的に自然が処理する(?)式なので、それにも要注意だ。 そうそう、このモザイクの道はマカオもまったく同じである。「あ、これはマカオみたいだ〜」って、こっちが本家ですってば。

 坂道を下っていくと、ポルトの中央駅サンベント駅にたどりつく。ミラノやローマのファシズムの象徴のような 巨大な建物とは違い、非常にこじんまりとした中央駅である。しかしながら、一歩中に足を踏み入れると、壁の四方に一面の アズレージョタイル(スペインからその手法が伝わった手描き青絵によるタイルの芸術品) による装飾がなされている。表面保護のために、常に薄い紙のようなシートでおおわれているのだが、 これだけの規模の装飾タイルはなかなか見ることができないであろう。モチーフは壮大なポルト にまつわる歴史絵巻ということで あるが、その内容よりもこれだけの作品を擁した中央駅と言う存在が素晴らしいと思う。

美術館ではありません:サンベント駅


 概ね、まだ見ぬドウロ河へ向かって街は下っているのだが、サンベント駅のお隣にポルトの見晴台・大聖堂がある。そこだけ 高台となっており、ものすごい斜面を必死にのぼっていく。途中には住宅が立ち並び、先程のボンリャオン市場の10分の1 もあるかないかの市場があったりする。空港から来る道すがらも目にしたが、それぞれの窓のポルトガルの国旗がはためいている。 この欧州選手権の期間窓には国旗を、自動車のダッシュボードにはマフラーを!という一声があったとかなかったとか? その先を登ると大聖堂のバルコニーへ出る。ここからは、いわゆる旧市街の街並みと、 ドウロ河の姿がとうとう出現する。向こう岸には、見慣れた名前の看板がたくさん見える。そう、ポルト(ポート)ワインの 酒蔵(ボデガ)が対岸の斜面に点在しているのである。見てみると、見慣れた名前もあれば、こんなのもあるんだ〜というような 看板も見えている。ここからは、あまり期待したような絶景は望めなかったので、よおし、ということで、旧市街の街並み(旧市街 は全体が世界遺産とのこと)の 急斜面をどんどん降りていく。ここは3Dヴェネチアの裏通りのようだ。ヴェネチアのようなしゃれた店が突然現れたり することはないが、確実にネコちゃんたちには会える。ものすごく会える!(つまりネコ多発地帯) 庶民的な道だけれど、おなじようにわくわくする狭い小道である。そこで生活 している人々に見送られながら、建物の間からドウロ河が見えてくる。なんて絶妙なコントラストなんだろう。足を止めて シャッターを押してみるが、光が強すぎて手前の街並みが真っ暗になってしまう。だんだん、坂道に疲れたところで、 河岸にたどりつく。なんという日差しとなんという風景!ドンルイス1世橋のたもとに到着。ちょうどこのあたりは、ドウロ 河クルーズの起点となっている。河岸の観光の中心地のようなところである。

大聖堂から旧市街:ドウロ河の対岸は酒蔵あります

 


 ポルトの街では4本大きな橋があるようだ。そのなかのひとつがこの橋であるが、一見車専用なのかな?と思ってしまうが、 実は歩いて渡ることもできる。河には、現在活躍しているモーターボートのほかに、おそらく観光用?なのかなと思われる、 ポルトのボデガ名を冠しポルトの樽を積載した船が接岸している。ボデガから、輸送する際に使われた舟で、現役のものも あるようだが、一部、半分風化しているようなものもある。下流へ向かって眺めると、一部砂洲が遠くに見えその先はもう 大西洋である。広くゆったりと蛇行したドウロ河の歴史の一部にこの船があるのかもしれない。橋の中央あたりは、風が通り 抜けてとても涼しい。高いところにあるのだが、そんなにコワイという感じではないので、高所恐怖症のひとも容易に対岸に 歩いてわたることが出来る。

これは工事中ではありません完成品ですよ!

<ポルト散策:ボデガ陥落>

 対岸には、先程も書いたようにポルトワインのボデガが無数にある。橋を渡ったところで「おねーさんたち、えーご わかりますかー?ガイドツアーしますよおおお〜」なんて言うアヤシイ兄さんがたもいたしなあ。 ボデガ見学をしたいのならば、インフォメーションで手に入る地図に見学コース・ガイドツアー・酒蔵拝見・ 試飲・ショップ・カフェの有無が、記載されたものがあって、それを見ながら 目的に応じて訪ねれば良いようになっている。まあ〜 ワタシタチは単なる酒飲み(!)なので、専門知識は必要ないのだが、まあ〜ちょっとここでしか味わえないポルトなんてー のを知りたいものですなあ〜などと、いちばんアクセスが良い大手のサンデマンをスルーして、かつてマカオで「ネコちゃん ラベル」を購入したことで、名前を覚えていたコプケ(KOPKE)と言うメーカーを目指して、山を登って行くのであった。

 が、しかし、そのへそまがりが災いして、対岸の急坂を行けども行けどもその気配がなく、とうとう、かなり山頂 (?)近くのオズボルネのボデガにたどり着いてしまった。あああ〜絶対登りすぎてしまった〜と、更にコプケ方向へ 行って途方に暮れていると、一台のファミリーカーが停車し、その主人とおぼしき人物がこちらへむかってやってくる。 「あれれ?」と思っているとご主人は「迷いましたか?英語は大丈夫ですか?」「シーいえ、 はい」と、おとうさんは家族を車中に残したまま、私たちに「コプケはこっちじゃないが、このみちはあぶないので、 こっちをとおってもどりなさい。大丈夫ですね」と、もう、迷ったことも、どこへ行くべきかも合点承知の助なんだが、 おとうさんにそうやって親切に言われて「ありがとうございました、これで無事にもどれます、感謝感激です」と、 その、行為に感動して、ボデガ巡りは断念してもときた道を素直にもどることにした。ありがとうおぶりがーだあああああ〜 と、叫びたくなるポルトの午後...。

 さて、気を取り直してスタート地点まで戻り、結局いちばん手前にあった サンデマンの見学をすることにした(初めからそうすればヨカッタ?)。 内部はサンデマンの歴史のコーナーを見た後、更に奥へ進もうと思ったが、3ユーロの入場料が かかるので、まあ〜さっきも言ったように、ワタシタチはタダの酒飲みなので、外のカフェで飲んでた ほうがいいかもしれないなあ〜ということになり、ドウロ河とポルトの旧市街を眺めながらちょっと一杯、 のつもりが、ヴィーニャヴェルデを1本とポルトを1杯ずつで、ポルト来訪に祝杯を挙げるのであった。 ああ、気持ちがいいなあ〜。本場のヴィーニャヴェルデは、ホントに水のようにすいすいと飲めてしまう。 ああ、こんなことで良いのだろうかあああ〜。

サンデマンの目の前のカフェにてちょっと一杯

<ポルト散策:謎かけの旨いもの探し>

 さて、とりあえず食前酒は済ませたので、そろそろ昼食に向かいたいものだと思い席を立つ。ポルトの 事前情報で聞いていた、サカナのうまい地域を散策するのである。しかし、かなり大雑把な情報で、 港のそばにある、マトジーニョスという地域で、シーフード料理の店がたくさん並んでいる。店の前で ドラム缶を半分にしたような炭火コンロでサカナを焼いている...という情報だ。うーん。地図を見て みると、宮殿の前から出ているトラムで終点へ行けばたどり着くような感じがした。しかし、店の 名前もワカラナイのだが、大丈夫だろうか?

 トラムは重要文化財級の古いもので、これまた重文クラスのおじさんが運転手である。席もラタン製で さらさらしてキモチが良い。そんなレトロトラムだが、ポルトパスにしっかり対応しているところはお見事。 しかし、30分に1本しか走行していないのは不便。でも、この利用者数だったら仕方ないかなあ? ということで、ごとごととトラムは走り出す。堤防の河岸を走り、だんだん川幅が広くなり海が近くなって 来たようだ。もう1本の大きな橋を過ぎたあたりで、何故か「土曜日の花嫁」の写真撮影のために臨時停車(?)。 このレトロトラムを背景に思い出の写真を撮りたかったのか、プロらしい銀鉛カメラとビデオカメラと花嫁の女友達 に囲まれ、ワタシタチもしばし背景と化す。どれくらい停車していただろうか?花嫁がみんなに挨拶をして、 レトロトラムもまた走り出す。

ちゃんと撮ってねみなさま〜おほほ

これをこうしてぴぴっとね:これがトラムですよ

 

そろそろ、河口の砂州が見えて来て、個人のボートがたくさん停泊している あたりで、「終点だよ〜」と降ろされてしまった。えええ〜漁港まで行くのではなかったのかしらああ〜 と、おじさんに聞くと「マトジーニョスは1番のバスで行きなさい」ということで、炎天下のどこだか わからない海岸に降ろされてしまった。ホントに来るのかなあ?と思っていると、何故かゆききさんが 「バスは30分に来る..」と言い放つ(何故だ?!)と、ほどなくほんとにやって来たからすごい。 すっかりポルトのペースにはまっているのだろうか? 時刻表が無いのになんで?と思いつつ、これもポルトカードOKのバスである。 そこから15分ぐらい走っただろうか?大西洋の 海水浴場はきれいな砂浜で、イタリアのようにパラソル屋が占拠しておらず、日本のビーチのように、 皆が思い思いに浜でゴロゴロしたり、自前のパラソルを立てたりして過ごしている。「をを〜これなら ニホンジンやガイジンも入っていき安いなああ〜」なんて、下見をかねることもできたが、大西洋は 風も強そうで、なにか海のほうが手強そうな印象である。うーんと思っているうちに、もしかして、これは まさしくマトジーニョスに違いない!という魚市場とおぼしき建物のところで下車をした。

 さてやってきた。さてどこへ行こう。魚市場はすでに閉まっている。土曜日なので河岸は休みかもしれない。 バス停近くのレストランも閉まっていたので「あーこれはピンチかもしれん」と、時計を見るとすでに 3時を回っていた。地元民らしき人のあとを着いていったが、あまり店の気配がしないので、港のほうへ 降りて散策をした。店は昼休みだねえ〜日差しは強いけど、風は心地良い〜でも〜 なんて心細くなってきたところで「むむむ?このかほりは...」 懐かしき焼き魚のかほり。こっちだ、いやニオイが消えた、こっちかも、こっちだ!と、やはり アヤシイオナカを空かせたニホンジンがかぎつけた店がそのものずばりポルトガル名物「レイのイワシ炭焼き」という、 こんな中途半端な時間なのに繁盛している店であった。やったーみつけたぞ!!

 こんな時間なのに、地元の人々なのか?山盛りのイワシの炭焼き(サルディーニャ・アサーダ)を食している。 となりのおばさんは、一人で食べに来ている。みんな食べている。なんて不思議な光景なんだろう。 とにかく、ニホンジンなのに、焼き魚欠乏症のワタシタチは(いや、少なくともワタシは)早速 イワシの炭火焼きとヴィーニャヴェルデ、あと国民食干しダラの炭焼き(バカーリャオ・アサーダ)半人前を 頼む。まずシンプルなサラダが銀皿にどーんと登場。タマネギが生なのに甘くておいしい。ぱくぱく 食べているうちに、またまた銀皿にどーんと10匹のイワシたちがこんがりと登場。わーっ!来た!! 新鮮なイワシを炭火で焼いただけだが、塩の加減が良くて、ほんらいオリーブオイルなどをかけて 食すようだが「とりあえずそんなのはいらない!」。骨からの身離れも良く、はらわたまでほろりと綺麗に食べられる。 そうしてほくほくでウマイ。ああ〜これぢゃこれぢゃ。と、ゆききさんとふたりがつがつ食べる。 付け合わせのゆでじゃが(メイクイーンのような長いもの)これもおいしいけど、オナカ一杯になってしまう〜 と、ほどなく再びこれまたまた銀皿にどかーんと載ったバカーリャオ登場「これが半人前かいっ!」と、 引いてしまうぐらいであったが、これもとても干しダラとは思えない歯ごたえと味わいで美味の応酬。 ポルトガルは、日本食にごく近い魚の炭火焼きと、このバカーリャオが名物である。バカーリャオに至っては、 365日毎日違う料理を作り上げることができるほど、そのレシピは数限りなくあると言われている。欧州では ポピュラーな食材だが、ここまで愛している国民は、ポルトガル以外無いということである。

いわし!食った!タラ!この店だっ!

 
 


 ああ〜ところでマトジーニョス..来てよかった。遠かったけど...。とても、さらにどかどかやってくるポテトや パンはフィニッシュできなかったものの、食後に何故かおじさんおすすめのデザートとカフェで大満足の 遅い昼食となった。しかも、お勘定が20ユーロぐらいだったような...とにかく、店の前でおじさんと 写真を撮ったり、撮ってもらったりして店を後にした。良く見るとこの近所にもお店ありそうだなあ〜。 と、きょろきょろ。さて帰りはどおしようかな?と、バスルートをみていると、これまた親切な おじさんが、ここで待ってれば大丈夫と教えてくれた。言葉がわからないのに、バス停にいたじいさんの話相手 などをしながら、リベルターデ広場行きのバスで、今日来た道を戻り、1時間ほどかけてホテルへ戻った。

<ポルト散策:夏祭りの後...>

 この日はスウェーデン×オランダ戦をどこかで見ようと、今回、このチケットを譲ってくれた功労者のお姐さん達と 待ち合わせを予定していたのだが、イワシががっちり胃を固めているので、またまた部屋でごろごろ見ることにした。 この試合はPKまでもつれ込み大熱戦&長丁場となった。そのあとに、ちょっと散歩でもしようかと外に出る。 すると、となりのブロックあたりで、なんだかものすごいひとだかりがしている。オランダサポーターが勝利の 雄叫びを挙げているのかと思いきや、なんと、この日はポルトのお祭りのようであった。広場のあたりから、ぐるりと サンタ・カタリーナ通りを民族衣装を着たワカモノやおじさんおばさん。それぞれチームになっているようで、 様々な形のいわゆる山車のようなものを持っている人々、ハリボテの教会をもって練り歩いて居るもの、はたまた、 やぐらのような中で、なんとイワシを焼いている(!)もの、など、それぞれどんな意味があるのか定かではないが、 夏祭り?盆踊り?のようなものであろうか?それこそ、ポルト中の人たちが集まってそれを見守っているようで、 やや押さえ気味のつつましい熱狂のようなものが感じられて、とても興味深い夜であった。

 しかし、祭りが一段落したところで、時間はおよそ11時頃であったが、家路を急ぐダンサーたちと、がっくり 肩を落としてヤケ・ビールをあおるスウェーデン・サポらしきグループ。今年のポルトはちょっといつもよりも にぎやかな夏なんだろうなあ...などと思う。しかし...店がどこも開いていない!というのはどういうことだああ〜。中途半端に空腹のワタシタチは、散々街を彷徨った挙げ句何もゲットすることができず、健全な長い夜を迎えた のであった。ああああ...。

フーリガンではありません。お祭りです


(2004年6月26日 - マッチ 27  スウェーデン 0-0 オランダ  アルガルベ - ファロ/ローレ)

★6月27日(日)★


<日曜日は市場へ出かけ〜って休みぢゃん!>

 ゆききさんの柿の種で飢えをしのいだワタシタチ。いや、1食がどかーんと大量なので、こんなもんで きっとバランスはとれるのだろうなあ..と、豪華な朝食室で朝からタソガレていると、さすがに今日は ポルトで決戦の日とあって、どこから湧いてきたか昨日とは比べモノにならないほどの人人人。といっても、 朝10時半までの朝食で10時過ぎに盛り上がっているということは、皆転々としているのか、とにかく 今日の夜に照準を合わせているのかもなあ...などと、食料の尽きたバイキングテーブルを眺め、 再び自問する。そうだ、今日は日曜日だ。歌にあるようにまた市場へ出かけよう....。

 と、すでに何の迷いの無い太陽光線がふりそそいでいる。「ああああ〜」と、昨日のオノボリ散策で、 散々日焼けしたワタシはすでに全身ひりひり・真っ赤であった。でも、夏なんだから日焼けしないとね。 ほんとに日焼けは良いよね...と、ふらふらボンリャオン市場へ向かうが、日曜日はお休みのようであった。 あああ..糸と麻を買ってきた〜♪という歌は他の国であったか...。さてどおすべえと思い、手元の 路線図を眺めると、ををなんと昨日のマトジーニョスまで地下鉄で行けるではないか!またサカナを求めて 行ってみるか!と、地下鉄構内へ降りていった。

 この地下鉄は、今回の欧州選手権のために急ピッチで整備されたものだそうだ。ちなみに、地元FCポルト は、今年の欧州クラブチーム選手権(チャンピオンズリーグ:もういろいろありすぎて覚えられん!) で優勝したチームで、今日行われるドラゴン蹴球場は 新たにこのチームの本拠地ともなる、これまた新設スタジアムである。とにかく、この急ピッチな インフラ整備の成功は、来るオリンピック開催国にも見習ってほしいところだが、ポルトガル国内でも、 ポルト市の整備は賞賛に値するものであったらしい。まあ〜でも、のんびりギリシャも「でも、競技が できればいいぢゃないですか〜♪」と、言っているそうで、まあ確かにそうだなあ〜なんて妙に納得 してしまったのだが..。地下鉄の構内は、超シンプルで飾り気のない、ところどころ たぶん照明をつなげるンだろうなあ〜と思われるコードがびろん、と出ていたり、乾いたばかりの コンクリートのニオイがする、ほんとにできたてのほやほや新線のようであった。車体も新交通システムの ような軽量車体に、内装もプラスチックを多用した清潔で綺麗なもので快適である。ポルトカードをピッと 読み取り機械にかざして改札し、マトジーニョス方面へ乗車する。急ピッチで建設を完了させたとのことで、 どんなもんかなあ〜と思ったが、なるほど!これなら早く出来る!!つまり、すぐに地上を走ってしまえば 良いのである!なるほど〜。ポルトも路面電車が走っていた実績(?)があるので、そこをそのまま使って いるような様子であった。どうも地下を走っていたのはボンリャオンのあたりと終点のドラゴンスタジアム間 のようである。東京のように大深度地下を開発しなければ土地がない、はたまた、バンコクのように、 ちょっと掘ったら地中ケーブルがごちゃごちゃで、どこへも掘り進めない、はたまた、ローマのように、 掘るとすぐに遺跡にぶつかる等々の悩みがなかったのも幸いしたのかなあ〜なんて思ったりして。

すぐに地上に出たがりますが地下鉄です


<タコを食う人に悪い奴はいない〜タコ放浪記1〜>

 さて、この「半・地下鉄」で行くと、マトジーニョスまでは30分ほどで、バスよりも速く快適であった。 しかし、果たして昨日行った店が聞いてきた所であったのか?キーワードは、外で炭火焼きをしている・ そういうレストランが何軒も連なっている・港のそばである。最初の2つがちょっと違う様な気がして、更に 昨日よりも港よりを散策してみることにした。すると、ドラム缶の炭火を発見!しかし、店が連なっていない。 違うなあ〜と更に先へ。港の倉庫街と1本隔てたような道へ出ると、あった!ここかもしれない!という 通りに出た。道の両側にレストランが建ち並び(日曜日なので休みのところも多かったが)、 おやじが炭火で市場でみた巨大ピーマンを焼いている。そのすぐむこうでもピーマンやイカを焼いている。 ここだここだ〜と嬉しくなって、とりあえず1軒1軒その界隈を調査。さて、今日はどこにはいるかなあ?と。 そういえば、ここではタコも食べられるということだったなあ〜タコを食べる人に悪い人はいない、という のがワタシの定説(?)であるが、外に出ているメニューになかなかその「POLVO=タコ」が見つからない。 あれ〜といっているうちに、すっかり空腹になったので、どんどん店にイワシを運び込んでいた店にポンと はいることにした。

 が、何を血迷ったか、タコの無い店に入ってしまった。がっくり...しかし気をとりなおして、 「イカならある」という自信に満ちた給仕人の言葉に「ではイカとイワシをくれ」となった。さすがに、 昨日の庶民のイワシ焼き屋大衆食堂とは違い(ちょっとこちらのほうがレストランぽいかな?)、 謎のお通し(ポルトガルは必ずと言って良いほど、なんやかや頼まないのに出てくるのだ。いらなければ 断るべし。食いたければ食え、とか)魚介フリットや、さっきの「焼きピーマン」の サラダ(これがウマイ!)をつまみながら、店の名前のはいったヴィーニョヴェルデ (ハウスヴィーニョヴェルデというのだろうか?ほとんどの店がこれだった)、入り口でイワシを 巨大オーブンで焼いている様を見学。なんと一回に50匹は焼いているようだ。しかもオヤジは素手で ひっくり返して焼き具合をみている。をを〜焼き方すごい〜と感心。そして、銀皿に山盛りになった イワシを各テーブルに(ほとんどのグループが食べているようだ)配していく。ここはお上品にひとり 3匹だったな。でもそれで十分!そのあとに、イカ焼き登場。イカかあ〜と、あの淡泊な生スルメ焼きの 味を想像していたが、小振りのものでこれがすごく柔らかくて、キモでもぬってあるのか、ものすごく 味がする。をををを〜これは「むいと〜べん!(=very good!)」と思わず唸る旨さ。ここもなかなか 良いではないかあああ〜気に入ったぢょおお〜マトジーニョス〜♪ということで、また、たらふく食って、 「おあいそしてくりー」というと、とつぜん迫力のオカミさんが登場!おもむろに、給仕人の復唱する メニューをテーブルの紙クロスに書き始め、まずはエスクード(まだ流通してんだね)で計算。そして ワタシタチに「エウロで払うの?」と聞いてから、それをすぱっと半分にして、「ほんじゃこの値段ね!」 って、エスクードって0.5ユーロだとは知らなかった!というか、オカミが勝手に決めたんぢゃない? というかんじだったが、まあそんなもんだろう(?)と思いお支払い。ううむ、明朗会計というか何と いうか...。(ちなみに8/23現在100.00 PTE Portugal Escudos = 0.498798 EUR Euro :だいたい当たっている?!) 店は大繁盛で2時を過ぎてもどんどん人が入ってくる。日曜日のお昼は家族みんなで 外食といったところか?外に出て、大オーブンのオヤジさんや、外にいたイカ焼きにーちゃんと記念撮影 などをしつつ、大いに見送られて店を後にした。はあ〜また食った食った。

(上)見よ!おやじの華麗なイワシ焼き:そして、また飲んで食った: (下)イカは外で焼きます:ここが目抜き通りです

 
 


 日曜日の港町は、そんなこんなで結構人が出ているものの、実はどの店もやっていない。食堂や カフェはやっているけれど、そのほかの商店は例外なくお休みであった。そんな中を家族連れは、 ウィンドウショッピングを楽しんでいるのであった。ひとが集まっているので、のぞいてみても どの店も「明日以降」のために皆楽しそうに下見しているのであった。日差しのまぶしい日曜の午後の昼下がり。 マトジーニョスの目抜き通りはこんなかんじであった。

<国際蹴球観戦指南:準備編>

 とにかく日本のイベント観戦・観賞というのは行き帰りが一苦労である。ほんと、さっきまでの至福の時間は なんだったのだ!と、ストレスを感じながら、将棋倒しの恐怖と戦いつつ、満員電車並みの混雑の中、駅に着けば更に むぎゅむぎゅに詰め込まれて帰宅の途に着く。サッカー観戦に至っては、超豪華スタジアムも、駅から出て自分の席に 着くまで1時間はかかる(埼玉スタジアム)ところもあれば、ワールドカップの大分会場は、途中遭難者が出そうな くらいの道のりをひたすらに歩く歩く。途中で何しに来たんだっけ?なんて思ってしまうくらい悲惨である。野球も そうである。武道館のコンサートも、東京ドームのイベントもっ!!!

こんなの人間の生活ではない!

と、空に向かって叫びたくなるような状況である。それでも行くのである。ニホンジンって我慢強くてすごいなあといつも 思う...。まあ、ぼやきはそれくらいにして...。スタジアムにもってくために、近所のスーパーで、名物? エッグタルトと水分補給用のちびペットボトルを購入。チケットは、もぎられるまえに記念撮影をしてスタンバイOK! また地下鉄でドラゴンスタジアムへ向かう。試合開始は7時45分だが、少し早めに行っておこうと思い、3時ごろには 出発する。駅にして4つ目なので10分ぐらいで到着。をーすばらしい!もうすでに、赤いシャツのデンマーク人と、 赤いシャツのチェコ人が...って、どっちも同じなんだなあ〜わかんないなあ〜と思いつつ、駅を上がっていくと、 ををを〜駅前にそびえるドラゴンスタジアム!ちかいいいいい〜!が、入場規制のために通常のゲートは数箇所に しぼられており、いったん駅を出てぐるりと回ることになった。まだ、時間が早いので入場は開始していなかった。 しかし、夕方といってもまだまだ真昼のような超・太陽光線が降り注ぐ。ワタシタチは高速道路の橋げたの日陰に避難して 開門を待った。その間、ひとりで今大会を回っている日本男子がいたが、彼によるとこのあとの準決勝のチケットなども てにはいるようなことを言っていた。なるほどねえ〜。でもまあ、お目当てのイタリア(2位ぐらいにはなると 思ったのになあ〜ブツブツ)もいないしなあ〜てなかんじで、「サッカー命」氏とは別れた。

もぎられるまえに記念撮影


 さて入場開始したようなのでひょろひょろはいっていくと、もう一箇所スタジアムに入る前にチェックがあった。 手荷物検査である。ここで、まさか禁止とは思っていなかったペットボトルとエッグタルトを没収!ごみばこ行き となってしまった。あああああ〜。そんなああ〜。エッグタルトに至っては「ここで食べていけ」「中で買え」との ことだった。そーれーはー...「あり?」。ペットボトルも蓋をはずさせたり、コップに移したりそれもなく、この暑い 中単にゴミ箱行きとはねええ〜。(ペットボトル内の液体へのチェックはここのところ厳しくなっているようで、 皆様もお気をつけくだされ)

(上)さて本日のメインイベント〜!:よいスタジアムです(下)デンサポの皆さん:ドラゴン球場といいます

 
 


<国際蹴球観戦指南:実践編>

 ということで、「ああエッグタルト」と嘆きつつ会場いり。ファンイベントや子供向けのゲーム、グッズショップが あったが、ワールドカップの時もそうだったが、そうあまり購買欲をそそるものがなく、席へ向かう。まだまだ時間が 早いので席が埋まっているのはまばらであったが、いちおう屋根もあるので快適であった。しかも、さわやかな風が 吹いており、決戦前の両国の旗がはためいている。席の近くは、どういうしくみなのか、ニホンジンの姿が多く みられる。結構こんなところまでやってくる人もたくさんいるもんなんだなあ〜なんて感心。多分あちらもそう 思っていると思うがね。さて、「中で買え」と言うからには、うまいもんでもあるんかいな?と、売店見学。すると、 カールスバーグの蛇口があるから「を!ビールあるぢゃん!」と、思いきや「ノンアルコール」であった。 ばびーん!なんてこった。スタジアムのタノシミといえばビールじゃないかああああ!といったんは引き下がった ものの、しばらくポルトの遠景をみているうちに「しょうがない、1杯飲んでみようか?」と、ワタシらしくないもの をオーダーする....。ひとくちのんで「まずーーーーーーーい!」ビールは喉越しというけれど、結局のところ、 アルコールなんだなあ〜と、泣きながら「もう2度とのまなああああああい!」と1パイントクリアしたのであった。おえ。 そういえば、スタジアムへの道端で「ビールあるよビール」なんて言ってる輩がいて、何をせこい商売しとんじゃこの にーちゃんは...と思ったが、ここでやっと意味がわかった!でも、そんなぬるいビールいらんっての!!(激怒)

 ほどよく興奮して、席に戻ってみると、だんだん席も埋まってきた。赤いチェコと赤いデン。ううむ。両サイドの陣営は 2メートルおきぐらいの警備員に見守られている。暴れるのか?彼らは??と緊張が走る。まわりの人々は、唯一 売ってるなんだか不味そうなホットドッグにかぶりついて、例のカールスバーグを飲んでいる。おえ。そうして、時間は 刻々とキックオフに近づくと、各国応援団のボルテージも上がり、公式練習でピッチに選手が登場すると、期待で一気に 会場が盛り上がる。この時点ではどちらも勝つつもりでいるので平等に盛り上がる。そうして、開会のセレモニーが 終わるとキックオフだ!

 今大会伏兵でありながら、全試合勝利し快進撃をするチェコに、混沌とした中で準々決勝まで進んだデンマーク。 そのスタイルはどこまでも地味で堅実なものであったが、一日の長というか勝利の味を知るチェコに3点を許し、 赤デンのサポーターは静まり返る。そうして、いやな後半の静けさに耐えられなくなった会場にウェーブが起こる。 赤デンは力尽き赤チェコの勝利で終わった頃、このスタジアムはようやく暗闇に包まれたのであった。そうして、 日が落ちると、涼しい寒いくらいの風が吹いていた。ほんの数時間前、意気揚々としていたサポーターたちは、 言葉も少なく哀れなくらいに落胆していた。しかし、こんなにも応援してもらえる代表はシアワセだなあ〜と、 月並みだが思うのだった。デンマークの国でもきっとテレビの前で同じような光景が繰り広げられていると思うが、 きっと、準々決勝まで来れた喜びをかみしめて、スイッチを切ったと思うしなあ〜。なんて。そんなこんなの大パーティー を終えて駅に向かう人の波。ポルト市警騎馬警官が4名、白馬とともに人の波と反対を向いて警備を行い、 駅入り口では、有効なチケットを持っているかどうかチェックが行われていた。欧州は改札がゆるいけれど、 検札は来るので旅行者はきちんとチケットを買うべきだと思うが、あきらかにそうでないひともいる。ここで、 かなりの人が「切符かいなさーい」とはねられているようだった。ホームへの誘導も適切で、連結を2倍にした地下鉄 は、日本のような殺人的「むぎゅ度」ではなく快適な「むぎゅ度」でスタジアムを後にすることができた。5万近い 人が動くのに、この差はなんだろうか??

2004年6月27日 - マッチ 28  チェコ 3-0 デンマーク  ドラゴン - ポルト

<国際蹴球観戦指南:その夜>

 ポルトの夜は早い。そう、この10時過ぎになると、デン人やチェック人が騒いでいたカフェもすっかり 店じまいし(商売っ気ないんだねえ〜)、カテリーナ通りは閑散としている。エッグタルトも食べられず、 ひもじいワタシタチは、やはりこの地でも行ってしまった「中華料理」。店の主人だけが英語をあやつり、 ほかのどこの国のひとかわからないような給仕人のいる不思議な中華屋。味は押して知るべしであったが、 カザルガルシアが出てきたので、今日の試合を振り返り2本開けてみる。マカオの人なのかなあ?とか、 いろいろ考えながら、パサパサすぎるチャーハンを食していると、スタジアム帰りのサポ軍団が続々はいってきた。 主人もてんてこまいになってしまい、まいたん(=お勘定)も置き去りにしたまま店をあとにした。

 ポルトにはカジノもあるんだなあ〜なんて、ホテルに向かって歩いていると、なんと、今回のチケットを 譲ってくれた功労者のお姐さんたちにばったり遭遇。わああああ〜こんなところでええええ〜と言っていたが、 立ち話もなんなので、ワタシタチのホテルのバーに行きエシュプマンテ(シャンパンと同じように作られた発泡性 ワイン。これは甘口だった)で、乾杯をした。閉店間際の客に、真面目そうなバールマンは困惑していたが、 適当な時間に切り上げようとすると、さっさと鍵を閉めていたのがおかしかった。お姐さんたちは、このあとシントラ経由で リスボンへ向かい、準決勝を観戦するという。ポルトガル入りしたのは私たちとそう変わらないが、 ここに来るまで数試合見て、ポルトとリスボンの間を往復してその移動距離は 相当なものである。が、まったく疲れた様子もなくこれはたいしたものだなあ〜と感服した。リスボンでの再会 を約束してこの日は別れた。

 昼間買っておいた、激安赤ワイン(0.9ユーロだっけな)などを飲み飲み、今日の結果を見ながら、 この旅の大きな目的をひとつクリアしたことに乾杯。でもちょっとしょぼい100円ワインだけど...。まあいいか。

★6月28日(月)★


<飲み過ぎたかもしれない朝>

 100円ワインのあと、ウェルカムドリンクらしきタウニーポルトのハーフボトルも、酔いに乗じて 空けてしまったなあ〜。あああ〜。というわけで、その後ゆっくり寝たけれども、どよんとした朝を迎える。 こちらに旅立つ前には、この日どこか遠出をしようと画策していたのだが、すっかりポルトにはまり、 「もー遠足はいいかあ〜」なんて、こちらに着いた早々に計画変更をしていたのであった。まあ、ある意味 優雅で余裕のある旅だけれど、日本に帰ってから「いったいポルトで何してたんですか?!」と、聞かれた 時にちと困ってしまうなあ〜。でも、まあいいかあ〜。なんてことを考えながら、ああ今日も良いお天気 のようだなあ...。朝食室は、昨日の試合関係者がまだ逗留しているようで、大賑わいであった。そうか、 デンマーク人はバイキングの国だったような...だから張り切って食べているのかなあ?なんて〜。

 今日はポルトでお買い物もしないとねえ〜なんて思いつつ出かける支度をする。が、なんとなく不調である。 が、時間がもったいないので明るい表通りに出て行く。市場でポルトのミニチュアを買いたいというので、 ボンリャオン市場を再び訪れるが、品物を選んでいるのを待つうちに「ああ〜体調が悪い〜これはやばい〜」 という、サインを感じて(ちょうど朝の満員電車の中、貧血で倒れる時のような感じ)「ごめん〜ちょっとホテルで 休んでいるわ〜」と、急遽ピットイン。昨日のお姐さん方のようにはいかないようで、日頃の疲れが出たのか? いや、単なる飲み過ぎか??とにかく部屋を暗くしてじっと復活を待った。

 幸い、涼しい部屋で昼過ぎまで休んでいたら体調も回復してきて、同時に食欲も復活してきた。はははは...。 と、思っていたら、ゆききさんも日差しに弱って「ワタシも調子悪いかもしれない...」と部屋に戻って来た。 暑さ負けなのか?はたまた飲み過ぎなのか??たぶん両方だど思われるのだが...。と、いうことで、結局 再びお昼過ぎにまた活動を再開して、サンタ・カテリーナ通りを散策。ところで、ポルトでのお買い物というのはいったい何が あるのか?というと、うーむ。ちょっと前時代風の洋品店のようなディスプレイと、派手派手のローカルブランド のワカモノ服。ポルトガルらしい、微妙な配色の衣類たちに混じって、なぜか原色が目につく。夏だからだろうか? 「ポルトガルの微妙色」というのもこれまたおもしろく、ポルトガルの国旗に始まり、代表のウェア・練習着を よおく観察すると見えてくる。基本的に、原色は存在しない。国旗も「赤・緑・黄色」であるが、どれもなんとなく 濃いようなくすんでいるような色でなければいけない。また、配色もベージュに赤ではなくて、限りなくエンジに近い赤 を合わせたり...というのがここ数日で感じた「ポルトガル色」。子供服のディスプレイもこんなだから、 もう、ちいさいときから刷り込まれる色彩感覚?といったところだろうか。

 ポルトでのお買い物は、第2都市とはいえ散在できるブランド品の店など、どこにも見あたらない。すくなくとも、 ワタシのみた範囲では、たとえ目抜き通りであってもちーっともそんな店はないのである。きっとホテルの アーケードなどにはあるのかもしれないが...。もしそういったものをご所望であったら..空港しかないんぢゃない? なんてホントに思うポルトの街。

<そして再びタコ放浪記2>

 そう、そんなこんなで、ポルトで過ごせるのは今日1日になってしまった。思い残すことといえば..「タコ」だな。 やっぱり、ちゃんとタコが食べたい。タコが食いたい〜!と、すっかり、2人とも体力・知力(はちとアヤシイ)・ 食欲が回復して、どちらかともなく「行きますか...」と、地下鉄に乗り込む。もう、勝手知ったるマトジーニョスへ。 しかし、欧州の「週間お店サイクル」で要注意なのは、月曜日の食べ物やである。そう、特に日曜日のディナーをやって いる店などは、月曜日定休ということが多い。ランチをやる店だと、週末はディナーだけとか、月曜日もそんなかんじ である。普通の商店も月曜日は午後から開けて夕方には終わり!なんていうのもあるから、短い滞在の時は 十分注意しよう。そんなこんなで、一抹の不安はあったものの、昨日リサーチしていた「タコ」のある店へ「たーこ たっこたこ〜♪」なんて歌いながら向かう。

 が、マズイことに、昨日入ったお店の正面がそのターゲットの店であった。きっとあのオヤジさんにしろ、 イカ焼きにーちゃんにしろ、ワタシタチをみたらすぐに気づくに違いない。そうしたらきっとまたあの店で、同じものを 食うはめになるかもしれない。ワタシタチは異常に慎重にサエギルもののない太陽光線をあびつつ、例の店を遠巻きに、 車の陰に隠れながら(そこまでするか?!)、タイルの美しい「タコ屋」に到着。が!思ったとおり、休業であった!! バビーン。中腰のアヤシイ姿勢のまま絶句するワタシタチ...あああ〜やはりあなどれない月曜日。はあ〜たこたこ。 全身タコのようにぐにゃりとしながらも、まだイカ焼きにーちゃんの射程距離(?)にあるので、別の店を探すべく、 次の路地を曲がってみた。すると、はいってすぐのところに、やや高級そうなレストランを発見。メニューを拝見すると、 POLVO...タコ...あった!あるぢゃん!!ということで、背広オヤジたちが集う店にがちゃりと扉を押して 入っていった。

 もう、時間は3時近い。なのに、この背広オヤジたちはワイン飲んだり、デザート食べたりしてくつろいで いた。いいのか?長すぎないのか?昼休み!その分残業するんだぞ!なんて、野暮なことは、まったく通用しない ような感じであったので、早速オーダー...と思ったら、タコのところにだけ「×」がついている。えええええ〜 タコないんすか!?と、絶句するワタシタチに、おかみさんは大慌て。タコがないなら帰らせていただきます。と 店を出ようとした矢先、調理場を確認したおかみさん他数名が「ありますありますってば〜」と、 急に何故か「タコアベイラブル」となり、席に連れもどされる ことになった。そうか〜あるのならばいただこうではないか。と、例によってヴィーニャヴェルデと、小イワシの 唐揚げなどをつまみつつ、タコの登場を待つ。果たして、登場したのは〜「ああああ〜しまった!」。キャセイロール で、ポテトとトマト・香草などで煮込んだ「コシード」が出てきてしまった。ああああ〜焼きタコでよかったのよおおお〜 と、どさくさにまぎれてしまい、ちゃんとオーダーしなかったことを悔やむが...むむむおいしそう。まあいいか。 と、おすすめタコ料理を食す。タコは真ダコで、巨大な足(手?)が2本はいっている。普通タコは熱を加えると 堅くなるものだが、この短時間であっても「やわらかああああああ...」と、ふわふわに煮込まれていた。絶妙! 少々塩加減がきつかったが、「タコタコ〜♪」と、ワタシは完食。とにかくポルトは1品の量が多い。もうひとつ頼んだ、 アロスデマリスコス(海の幸のリゾットか?)がどーんと登場してしまうが(日本なら4人前ぐらいありそうだなあ〜)、 お店の人々の「おいしいか?ニホンジン??」の期待の視線をひしひしと感じて、必死に半分ぐらいはクリア「ぜーぜーっ」 という感じであったが、タコを食べた達成感と実は炭焼きがよかったという敗北感(?)が入り乱れる、マトジーニョス 3番勝負は終わった。もし、またポルトに来る機会があったとしたら、たぶんまた迷わずここを目指すと思う。

(上)みなさんタコはお好きですか〜(下)魚貝リゾットでごわす:こんなのも出ますがいらなければ下げてもらいましょう

 
 


<港町で干しダラを買う>

 ここは港町目抜き通り。ポルト目抜き通りもそう内容に変わりがないだろうし、きっとこっちのほうが 物価が安かろうと思い、今回の買い物リストナンバーワンの「干しダラ」を買っていくことにした。ポルトガルの テレビでもCMを放送しているスーパー「PINGO DOCE」は、ポルトでみる限り、なんとなく唯一独占のような店舗 である。こういう形式のスーパーがあまり見あたらないのもポルトガルなのだろうか?ということで、一歩 店にはいると、をー探すまでもない、安売りお買い得タラ〜の山積み〜。1キロ5ユーロほどであった。が、 更に奥へ潜入すると、更に肉厚の立派なタラが山積みとなっている。ををを〜と、思って、日本へ持って帰ることを 想定した大きさのもの(?)を、十分に吟味する。そういえば、27日に立ち寄ったスーパーでは、おじさんが 一人で、とにかく念入りに念入りにこの日購入すべきタラを吟味しているのを見て感動した。そのおじさんに、 選ぶポイントでも教示いただこうと思ったが、あいにくそんな時間はなかった。して、こんなもんかな〜という、タラ のしっぽを持って店員の出てくるのを待つが、いっこうに姿が現れない。となりにいた、これまたおじさんも、 困っているようである。お互い「困りましたなあ〜」とうなずき合っていたのだが、実はこのおじさん。ワタシのために 困っていたのであった。しまいには、レジのほうから店員を呼んできてくれたりして「これでOK」といった具合に、 立ち去って行ったのであった。(ああ〜せめてお名前をおおお〜) ポルトに来て以来、あの車を停めて降りてきたおじさんを始め、地下鉄で陽の当たる席 にいたら、暑いからこっちへいらっしゃいといってくれるじいさんあり。そしてこのタラおじさんしかり...ああ、 なんてみんな優しいんだろう。殺伐とした極東の果てから来たワタシタチに取って、それはそれは心の洗われる 出来事の数々。心にしみいる人情かな...と、かつて日本にも確かにあったであろうものを、 ここで再確認するのであった。ああ〜なんだかフクザツでもある...。

 ところでタラであるが、まずその店員さんに計ってもらう。そうして「●×※でいいか?(●×※は不明)」と聞かれるので、 しーしーと答えると、おもむろに糸ノコのところへ持って行き「切るか?(たぶん)」と聞かれるので、またまたしーしー。 そうして、値段シールを貼ってもらい、それをレジへ持って行けばゲットできる。しかし〜タラなんて買って どおすんの?という方に、是非、ポルトガルへ行ったらとにかく黙って買え!と言いたい。なぜなら、日本の 頼りなき「すかすか」干しダラとは違うのである。そう、こいつらは北海をがんがん泳いでいたタラである(たぶん)。 平均してこんな姿になっても1mはあるんではないかと思われる全長。魚拓にしても立派であろう。それを ミネラルたっぷりの大西洋の塩に(たぶん)つけ込んで干してまたつけ込んだ(たぶん)ものである。欧州の フツーの家庭の定番である(たぶん)。なかでも、このポルトガルではことさらこの巨大タラを愛しているそうだ。 毎日毎日違う料理にしてもレポートリーがあるそうだ。でも〜買っていってもどおしたらいいんだ〜という人には、 コルドンブルーの料理書にも、このタラ(バカーリャオ:フランス語はなんだっけ??)の もどし方なんぞも載ってるぞ!簡単には、塩抜きがポイントで、大きめの鍋に水を張り、あらかじめ塩を洗い落とした 切り身を沈める。1日に1回水を換えて、2日目ぐらいでちょうどよい塩加減になるだろうか?身のあたりを ちぎって塩加減を確認されたし。ただソテーしただけでも、身にいっぱい詰まったタラの旨みと、とても乾物とは 思えない歯ごたえを堪能できる。そのものの味を堪能するのはこのシンプルソテーが良いかもしれない。 付け合わせには、もどした時の水で野菜を茹でて 添えれば「?#%☆!」の旨さと、ポルトガルっぽさが味わえる...。(たぶんね)タダ、 バカーリャオはニオイもかなり強烈なので、スーツケースに入れるなら、それなりの準備が必要だ。 ワタシは、硬化ビニール袋を日本から準備して、それに入れておいた。このおかげで、タラ臭い着替えで、 残りの日程を過ごさずに済んだのであった。

 そんなこんなで、2キロのバカーリャオをゲット。中国人の商店で(いろんなものを安価で売っているので 地元の人たちにも中国雑貨店は人気であった)ポルトガルと、FCポルトのオフィシャルマフラーをゲット。 そこの店員になぜか「中国人ですか?」と聞かれるワタシ。ううむ。今回の旅で、断然「ニイハオ」といわれる 確率が高かった。たぶん、こんなサッカーでもないかぎり、中国人以外のアジア人が徘徊するなんてことは ないんではないかなあ〜?などと思うのだが...。そんなこんなで「ニイハオ」かな?と。 香港・マカオへは通っているが、そんなに中華化している(?)とは ちっとも思えないので...と思っていた矢先、本中華の人に「中華ですか?」といわれると、あまり自信が無く なってしまったが...。

<バリアフリーとはこんなかんじかな>

 地下鉄に乗って、いったんホテルへ帰るまえに明後日にリスボンへ移動する際のチケットを購入しようと、 カンパニャン駅へ向かった。ワタシタチの駅ボンリャオンからは3つ目で、急行やポルトガルご自慢の 高速特急アルファはこの駅から発着する。イタリアの高速鉄道エウロスターがフィレンツェの街最寄り駅 マッジョーレ駅ではなくてすこし離れた駅に停車するのと同じように、ポルトもサンベント駅ではなく、 こちらのカンパニャン駅となっている。リスボンへの移動は散々バスにしようか悩んだのだが、この カンパニャンまでの移動がわりとスムーズに行きそうなので、鉄道を使うことにした。バスでも特急でも あまり値段も時間も変わらないので、泊まるところ次第といったところだろうか?地下鉄もエレベーター があるし、重いスーツケースでも大丈夫そうである。しかも、バリアフリーなのか、例のシンプル建築物で あるために、地下鉄から国鉄への乗り換えもほとんど段差のない快適な設計であった。郊外駅を建築する のならば、こういうふうにするべきだろうなあ〜と思わせるものであった。

 列車は日本から調べていった時間帯のアルファをリクエストしたところ、ちょうどお昼頃の 良い時間に空席があったので、それを購入することにした。値段はポルト−リスボンが特急指定席(アルファ は全席指定)料金込みで20ユーロであった。(バスだと16ぐらいだったかな?)よしよし、これでリスボン までの足は確保できたということで、ポルトの街へ戻る。

 サンタ・カテリーナ通りにショッピングセンターのようなものがあり、地階には例のPINGO DOCEスーパー。 最上階にはカフェテリア形式のフードコートになっていた。アメリカ系のピザ屋やマックもはいっていたが、 スープのファーストフードが何軒かあって、名物:青いスープなど数種類、直径15センチぐらいの 結構大きなボウルにサーブしてくれる。これ1杯飲めばおなかいっぱいになりそうだなあ〜などと、食べている 人の様子を見学しつつ、ショップを徘徊し、最後にビールを買って部屋に戻った。しかし〜ビール小瓶 [SUPER BOCK]2本と、水1リットル買って、お会計は1.5ユーロでおつりが来てびっくりしてしまった。 いったいビールの値段はいくらなんだ?(って、書いてあるんだけどさ)こんな値段を見ると、ほとんど 酒税といえる、日本のビールって高すぎるよなあ〜としみじみ部屋で飲み飲み一休み。そうえいば前の日に 買って冷やしてあった[SUPER BOCK]が、忽然と消えていた。冷蔵庫係が「ラッキー♪」と飲んでしまったのかと 思われるが、この値段を考えるとフロントの押しかけて文句を言うほどのものでもないなあ〜などと思って しまったりして...。  結局この日は、あちこち歩いて疲れてはいたが、タコが居座っているために、豪華ポルトでの最後の晩餐 とはならずに、またまた中華屋へ行ってしまったワタシタチ。うーむ。それぞれ違う2軒だったのだが、 なぜかメニューに「フカヒレ」と「ツバメの巣」のスープがある。値段も他のものと同じ。アヤシイ... 「まーさーかーねええ〜大量のツバメやらフカヒレが入っているはずは...」と思ってはいても、 「そのまさかかもしれん」と言いながら頼んでは、とろみの中にその姿を探し「そりゃないよな」なんて 言いながら食す。ワインを飲んで麺などを食べ、その値段の安さに驚愕し、ポルトの最後の晩餐は終了する。

★6月29日(火)★


<静けさの戻った街に>

 ポルトを出発する朝は、ここに来た日と同じような静かな食堂であった。デーン人は去り、チェコ人はこのまま ギリシャ軍と戦うためにこの地へ残るのか?そうか。こんどはここにギリシャ旋風がやってくるのか... EURO2004もそろそろ大詰めである。この前時代的に豪華なダイニングともお別れと いうことになり、ワタシタチはオランダ人の待つリスボンへ向かうこととなる。フロントでチェックアウトを 済ませて(そういえばすでに3ヶ月以上前にここの支払いは済んでいたのであった。)ボンリャオンの地下鉄駅へ 向かう。ホテルの前は少々坂で、モザイクがキャスターをつかんでくるが、かなりきっちりとしたモザイクなので、 他の旅行者泣かせの石畳ほどではないかなあ?と、思い「もう少しで駅だ〜そうすればエスカレーターもあるし〜あれ?」 と、そこに見えたのはメンテナンス作業で停止したエスカレーターであった!「?☆!*@%」と、絶句するワタシタチ に、技師のおじさんは申し訳なさそうだったが、まだ終わりそうにないようで、しぶしぶ、バカーリャオ2キロ入りの スーツケースを抱えて階下へ降りる。ぜーぜー。今日はもうポルトカードは使えないので、自販機の前で しばし呆然としていると、すかさず「ご案内係」の感じの良いにーちゃんが登場。英語ですか〜?ここを押して〜 片道でいいですか〜?はい、お金いれてくださーい、はいこれでOK♪すばらしい。なんとすばらしい。国際都市 ポルト万歳!是非ドイツのあとのワールドカップはここでやってくれ〜と思うのであった。

 ホームに降りるエスカレーターもメンテナンス中で「ああああ〜またかいなああああ〜」と大騒ぎして降りるも、 カンパニャンへは一瞬で到着。昨日チェックしたとおり、スーツケースでも楽々移動可能。ああ〜すばらしきかな。 少し到着が早かったので、バールでビールなどを購入。車内に持ち込みたかったので、缶か瓶が良かったのだが、 ポルトで唯一感じの悪かったここの店員オヤジが「ここを見ろ」と無言で指し示す張り紙に、「警備体制強化のため ビン缶類は販売しておりません」と数カ国語で書いてあった。なるほろ〜と思ったものの、あとでわかったのだが、 車内販売ではビン缶類売っていたのであった。こりゃオソマツですなあ〜。

 ポルトガルの誇る高速特急アルファは、日本の簡易新幹線またはスカイライナーなどの私鉄特急といった趣で、 座席も2列2列のかなりこぢんまりとした車両であった。駅もこぢんまりしているし、なんというか、イベリア半島 の端っこにある国らしい特急(?)なのかなあ...なんて思ってしまった。例によって、指定の座席を探し出す のは難しいのだが(単純に並んでいないからねえ)自分の席に落ち着くと、流れゆく窓の外の景色を眺める。 ポルトの旧市街が見える。ドウロ河さようなら、イカ・タコ・イワシさようなら〜また来る日まで〜と、初日 さまよったボデガ地域を通り抜け一路リスボンへ向かう。

 快適な走行と単調な景色にうとうとしていると、途中駅から乗り込んできたビジネスマンに安眠を妨害される。 「あの、ここワタシの席ですが」と。何ーっ!即ダブルブッキングか?ポルトガルならありそうだなあ〜と、 速攻で納得してしまい、ええ〜そんな〜困りましたねえ〜という間もなく、この人はワタシをどかそうとする。 ダブルブッキングであったら、どっちも被害者なんだからワタシをどかして自分が座るのがアタリマエ、と 思った彼の態度がいまいち納得いかなかった。 をーをーおめーがそういうならかわってやろうぢゃねーのてやんでー。といって少し前の空いている席にがしがし移ると、彼は 「さんきゅー」なんて言いながら早速座ってる。なんかすごーく腹が立って、検札にやってきた車掌さんに 「ワタシはほんとはあの席なんだけど、あの人がダブルブッキングというのでここに来てます。空いているなら 席の変更をお願いしたいのだけどっ!」と、かなりハイテンションで言ったようだったので、車掌さんも 「まあまあ、いいからここに座ってなさい」とやはりすごくイイ人であった。ああ〜ポルトガル人..。

 そのあともしばらくめらめらしていたワタシだが、やはり単調な景色を眺めているうちにうとうと..。 と、またさっきの奴がやってきた「をーなんでいっ今度はっ!」と聞くと「実は〜ワタシが間違えました。 すみませんあちらへ戻ってください」...「へ?」。と、言われたので「ホントにすみません」と、 更に言うので「いや、おきになさらず...」と、何がなんだかわからないけど戻ってみると、 ゆききさんが「列車間違えたんだってさ」とのこと....。はああああ〜情けないねえええ〜。 その後も、駅に停まるたびに「あのっ、ここはっ...」みたいな感じで落ち着かない様子の彼であったが、 しばらくはらはらしてみていたが、やはりすぐに爆睡の海へ泳ぎ出すワタシであった。

ポルト〜リスボンは約3時間〜ちと狭い車内ね:リスボン到着お疲れ様♪じゃぼじゃぼ

 



リスボン編へつづく♪

 

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