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ポルトガル日記2004/6月その2


リスボンのとらねこは洗練されてましたにゃ

【6月のポルトガル日記その2】

<リスボン到着:大西洋からの風が止まった日>

 ポルトからリスボンまでは、およそ3時間である。北部から南下するにしたがい、緑が多く親しみやすい風景から、 ある場所を境に南の乾いた風景に変わる。鉄道は海沿いを走っていないため(おそらく風が強いからと思われる)、 車窓が単調かもしれないが、次第にリスボンへ近づくにつれて、ドウロ河に替わり、広々としたテージョ河が 現れるともうすぐである。カンパニャン駅を出て、リスボン・オリエンテ駅に降りる人々も多いが、こちらの 駅は空港最寄り駅となる。直接つながっているわけではないのだが、おそらくそのまま乗り継いで行く人々は、 こちらを利用するのだろう。リスボンの中心へ行く場合はサンタアポロニア駅が終点となる。バイシャ地区が 中心とすると、東側の旧市街アルファマ地区に近い位置に到着をする。バスの場合もこの近辺の「くちばしの家」 あたりにターミナルがあるようだ。

 リスボンに到着したのは4時近かったが、とにかく日差しが明るかった。サンタアポロニア駅は、長距離線の 終着駅となっているので、治安が悪いなどとガイドに書いてあったが、ナポリやローマに比べたら小さな駅であるし、 まっ昼間であったからそんな暗い印象は感じられなかった。しかし...

 暑い...ポルトはやや湿気があって柔らかい印象なのだが、こちらは乾いた南国だった。テージョ河が白く きらきらとまぶしく光っており、その照り返しと太陽光線に挟まれて、この日はまったく大西洋からの風を感じ られない猛烈に暑い日だった。カラカラだったけど、きっと40℃近かったかもしれない。スーツケースを転がして、 タクシーに乗り込む。が、2人分の特大ケースはトランクぎりぎりであったようで、運転手のおじさんが奮闘 していた。「あ〜すんませんねえええ〜」 ワタシタチのリスボンでの宿はバイシャのど真ん中にあるので、タクシーはロッシオ広場へ向かって走り出した。 をーっと、ちょっと行き過ぎたみたいだけど、まあいいか。おじさんにお礼を言って、料金を支払い、いざ ペンサオン・インスラーナへ向かう。リスボンの石畳は、ポルトのものよりも、人通りが多いせいか、 表面がつるつるしている。なんとか、スーツケースのキャスターも噛まずに前へ進めることが出来た。 バイシャの中央の道はいわゆるホコ天(車進入禁止)となっており、例によって両側のレストランが進出しており、 ちょっと暑すぎる中でも、オープンテラスは大にぎわいであった。「ポルトよりも都会だなあ〜」としみじみ思いながら、 ロッシオから2ブロック目あたりに目的地はあった。なんと一階はウェディングドレス屋さんであった。 そのビルの扉を押し開けると、頼りないタダの「動く箱」のようなリフトエレベーターに、2人とスーツケースで ぎりぎりいっぱい詰め込み、自ら扉をしめて、受付のある2階のボタンを押すとごごごと動いて到着する。 レセプションに着くなり「ああああ〜暑い!」と言わずにはいられなかった。その絶句を受けて、おじさんも「今日はほんと暑いねえ〜」 と言いながら、チェックイン完了。ワタシタチの部屋は最上階であったので、再び「箱」にぎゅうぎゅう乗ってごとごと上がっていった。

<ペンサオンとはなんだよん>

 さて、ポルトガルの宿にはいくつか種類があって、ホテルはまあ、いわゆるホテル。アメリカンタイプとヨーロピアンタイプ があるのはご存じのとおりである。その他に、貴族のお屋敷などを宿泊用にしている「ポウサダ」というのがある。英国の マナーハウスやスペインのパラドールなどと同じような感じか?その他には今回泊まったプチホテル系「ペンサオン」がある。 ペンサオンは英国のB&Bのようなところで、欧州らしいシンプル安ホテルから、ペンサオンの中でもグレードの高いところに なると、歴史的家具などをとりそろえた、ヨーロピアンタイプの3つ星にも匹敵するところもあるらしい。んが、今回の 「インスラーナ」は、調シンプル系で、よおく見ると歴史的家具かもしれないし、テレビもあって、バルコニーもある。 バスタブあるし、冷蔵庫はないけど冷房はある...。でも、トイレのタンクがやや故障していて、到着して早速 タンクの蓋をぱかっと開けて「ははあ〜ここぢゃな...」と、多少の調整が必要であった。まあ、それ以外は、たとえ 部屋中ベッドが占領していても、たとえスーツケースが開けるのぎりぎりでも、窓から見える景色が青い空とリスボンの 町並みに囲まれた屋根裏部屋のようで、なかなか情緒はあるな、といったところかな?

ペンサオンの部屋はこんなかんじね♪ほんと屋根裏部屋のような風情ね

 


 部屋と体が冷えるまでしばし荷物をほどきながら休息をする。今日の熱気がなかなか去らないでいる。ほんとにもー 暑い!もう時間は5時をまわっていたが、一向に日差しが柔らかくなりそうな気配がない。はああ〜。しかし、今日は、 姐さんたちと会食の予定。6時半に彼女たちの宿泊先プラザホテルで待ち合わせであった。 その前に、ポルトと同じようなツーリストカードがあるというので、それを買いにも行かなければと思い、まだまだ 真昼のようなリスボンの街へ出かけていくことにした。

 とりあえず、時間がすこしあるので、高いところへ登ってみようと思い、ロッシオ駅の裏手のほうを登っていくことに した。バイシャのモザイクもつるつるだったが、ここのモザイクも坂なのに、かなりつるつるであった。雨で濡れていたり すると大変な騒ぎなのではないかなあ?ここを出発する前に、美香ちゃんから「まききさん。すごく見晴らしのいい場所に レストランがあるんです。行ってみてください」といっていたところを目指して行った。そこは、フェルナンド・ペソアの 銅像がある広場を上に上がっていったところから、ロッシオへ抜ける階段の途中にあった。2軒ほどあったので、どっちかな? と思ったが、建物の間に急な階段があり、その正面には反対側の高台「ザンジョルジュ城」が見晴らせるスポットであった。 その階段にテーブルや椅子をセットしているのである。とりあえず、時間がないので、また明日以降来てみようということに して、この見晴らしポイントを後にした。

サンジョルジュ城の見える坂の途中のレストラン



 リスボンのツーリストカードは、交通機関だけのものと、各名所旧跡等々美術館・博物館が割引になるワイド番の リスボンカードというものがある。ロッシオ駅の先にあるインフォメーションで購入ができるのだが、意外と高い。 しかも「明日は地下鉄ストライキですが、どおしますか?」って、明日はリスボンでオランダ対ポルトガルの準決勝が 行われるんだけどなああ〜そんなストライキやってる場合なのだろうか?と、混乱したが、えーということはあさってからの 使用開始にすればいいか〜と思い購入。でも〜こんなにつかいこなせるかなあ?元は取れるのだろうか?ちと心配であった。 リスボンカードは、トラム・地下鉄・バス・近郊鉄道・ケーブルカー・空港バスに有効なので、街を精力的に 回る時間に余裕のあるひと向けかもしれないなあ〜。交通機関もほんとにやすいしねえ〜

 それはさておき、待ち合わせのプラザホテルへ向かう。リベルターデ大通りをボンバル公広場へ向かい少し行ったところに あった。こじんまりとしているが、なかなか良さそうなホテルであった。姐さんたちは、ゆききさんの先輩なので、 ポルトガル駐在員の共通の知人の紹介による、「ここへ行けば間違えない!」というリストのなかから1軒ピックアップ。 ほんとうは、「ギンショの浜にある絶品シーフードレストランへ」という一文に惹かれたが、ホテルの人に聞いたところ、 遠すぎるということで却下。結局、近郊の魚市場を改装したレストランへ予約をいれてもらい、タクシーを手配し 、労せず(?)うまい料理にありつくという 段取りであった。やってきたタクシーに乗り込み、走る走る。あれ?もうリスボンはとおい彼方へ。なんだか山道を走って おりますが〜あのー...。と、20分ほどぶっとばして、近郊の山中に現れた1軒の建物に到着する。なんだか、 メルセデスやらなんやらのぴかぴか高級車が停まってますが〜と、思っているうちに重い木の扉を開けて中へ通される。

<今更なんだけどポルトガル料理とは?>

 一見山小屋風の造りだが、中はかなり広い。天井まである、ガラスの窓が開放的なイメージである。 中央に炭火焼きのコンロと、水槽。その前に、氷や水にさらされた 素材の魚が何種類もずらりと並んでいる。金目や鯛、スズキといった結構立派な魚が勢揃いでこちらを にらんでいる。店員がメモを持って、さあどおする何にする?とじりじり待っている。4人で「うーん。 今日の気分はねえ〜そうねえ〜」ということで、スズキとシタビラメ、アサリをチョイス。少なかったら ついかすればいいよね〜などと言い席にもどる。ここは、調理法などは店任せで、いったい何が出るのか わからないんだが....。ワインを頼んで、いらないお通したちを下げさせて、待つことしばし...。 店内のあちこちにぶら下がっている生ハムもなかなかうまい。ぱくぱく。パンも、いろいろ種類があって うまい。形もいろいろ、生ハムやイチジク入りのパンなどもワインと良く合ったりして...。と、 ぱくぱくしているうちに、うやうやしく、銀皿に盛られた魚が登場!「をををを〜!普通〜!!」そう。 あのマトジーニョスあたりでも食べられそうな、こんがり焼けた魚。それを給仕人が食べやすいように 骨をはずして、それぞれにわけてくれるのだ。あああ〜ニホンジンにはそんなことは必要ないのだ。 確かにナイフとフォークで小骨の多い魚は食べにくいものだがねえ..。

 アサリもやってきて、これはパセリの代わりにコリアンダーの葉(=パクチー:タイ・シャンツァイ:中) が使われており、なるほどこれはうまいなあ〜と思った。帰ったら早速まねしてみようかと思ったほど であった。普通にワイン蒸しにして最後にコリアンダーのみじん切りをぐわっと混ぜて出来上がり。 なるほど〜コリアンダーね...。

 魚は、最初にたのんだ小振りのスズキにしろ、追加のシタビラメにしろどちらも身が柔らかくおいしい 魚であった。店も最初は閑散として、客はワタシタチだけであったが、次々と高級車が駐車され、暑いのに、 スーツをお召しのお金持ち風。また、営業スーツのコーディネーターのオネエサンが次々と導く、 大型バスからはき出される大量の外国人観光客達であっという間に満席となった。水槽の伊勢エビにしろ、 氷漬けの魚たちを、魚市場さながら選ぶことに非日常の世界を堪能しているのだろうか?皆楽しそうに 食していた。ワタシタチもそのあと、海の幸のスープにご飯を入れてリゾット風にして閉めることにした。 果たして、ポルトガルの非日常の世界は...日本のレストラン並の値段にびっくり、であった。 結局ポルトガル料理というのは、その身分の高い低いにかかわらず、同じ料理を食べているということなのか? 高級店では、これは高級とするに値する高度な技術を駆使して、極上の空間に、すばらしいワインというのが、 値段に反映するものでは?と思っていたが、どうもそうではないようである。いや、こんな郊外の高級店に一回 行ったくらいではワカラナイ...かもしれない。

うーん何のサカナにする〜?ひらめがええなあ〜とまあ、こんな具合の郊外レストラン

 


 店の外に出ると、さすがに日はすっかり暮れて真っ暗になっていた。お店でタクシーを呼んでもらい、 ここはいったいどのへんなのかわからないまま(?)とりあえずロッシオまで戻ることにした。窓の外の 風景からすると、テージョ河の河口側へ行ったところだったので、きっとベレンなどのあたりなのかなあ? なんて思った。河のほとりに連なる赤煉瓦の倉庫群が、ちょっと以前訪れた函館港再開発地区に似ていて、そこからの 夜景と、遠景の頼りない光がきれいだった。

 ロッシオに戻って、さて一杯どこか飲みましょうか?ということになったが、何しろ、今日着いた ばかりだからなああ〜と思ったが、待ち合わせ前にふらふら登っていった広場まで行ってみた。 こぢんまりと腰をかけたフェルナンド・ペソアの銅像のある、カフェ・ブラジレイラは店外の テラス席も大盛況だった。空いてる席を見つけて座るが、なかなか給仕人がやってこない。ようやく つかまえて、タウニーのポルトを頼む。広場全体が欧州特有のオレンジ色のライトに照らし出されて、 そこを、古めかしいトラムが行き来する。アコーディオン弾きの曲はアルゼンチン風...なのか? そうか、リスボンはこういうかんじだな...と、ひとり納得する夜であった。

カフェブラジレイラは今夜も大繁盛*オープンカフェの前はまさに「リスボン劇場」

 


★6月30日(水)★


<さまよえるオランダ人の一日>

 昨日は一日暑かった。もちろん今日も暑かった。しかし、今日は昨日よりも風があるようであった。 ペンサオンの朝食はフロント横の「多目的バー」にて、「ど・コンチネンタル」の朝食であった。 地味な給仕のオネエサンが運んでくるのは、いちおう種類の違う手が粉だらけになる2個のパンと、 一大事件を巻き起こした(?)パルマラット社製バター。それにジャム。コーヒーとオプションで ジュースなどを、風通しの良いバーにて食す。ああ、あのポルトの明るい大きな磨りガラスの窓と シャンデリアの前時代的豪華朝食室とまた全然違う趣の「多目的バー」。山ネズミが都会ネズミを 訪ねてくる絵本を思い出してしまった「おい、こんなところなのか?都会は??」

 ところで、EUROはどうなっているのか?というと、今日は大変な試合がリスボンで行われる日で あった。地元ポルトガル対オランダの準決勝が行われるのだ。昨日のお姐さんたちは、この試合も 応援に行くそうであったが、ワタシタチはテレビ観戦だねえ〜ということにして、今日はリスボン市内観光 と行きますかね。ということで、やはり風があるとはいえ、日差しの強い街へ出て行った。 例によって目指すは「街でいちばん高いところ」。となると、おそらく、昨日対岸から見た、サンジョルジュ 城ではないかと思い、坂道をどんどん登っていく。このきつい坂道は...年寄りには...きついだろう... ぜーぜー、と思うと、悠然と歩む老人あり。「....。」この坂に..車は...来ないだろう..ぜーはー。と 思うと、後ろからびゅー。「....。」おまけに投げキッスまでされた。「....。」 そんなこんなで、登ること数十分。外側の城壁をくぐると、その内側に小さい街があり、更に進むとお城が 姿を現す。あれ??ここは中ははいれないのかな?と、ぐるぐるしていると、どうも裏側に出てしまったようだ。 どおりであまり眺めが良くないはずだ...と、もういちど引き返すと、なんとも見晴らしの良い絶景スポットが 現れた!

 「ここは下界と違う風が吹いているうううううう〜」と、リスボンの街を一望できる城から、今来た道を 眺め、ロッシオ広場を眺めると、なぜかその部分がオレンジ色で埋まっていた。「ををを〜オランダサポーター!」 かのオレンジ公国の末裔たちは、好んでオレンジ色を着用する。女性でも平均身長1.80mという長身の国。 城の上からでも十分その姿がわかる。しかも、本日の試合に向けてイベントを行っているようである。 おそらく、いつもならば静かに風の吹くこの街全体が、ロッシオ広場から放たれる音楽と歓声につつまれている。 今、リスボンはオランダの占領下にあるようだった。

 喧噪の下界を眺めながら、時間はお昼になっていた。確か城の近くにレストランがあるようだったが..と、探す まもなく、その眺めの良い公園の中にあった。風はすこし強いが、ものすごく気持ちが良いので、そのレストランの 外野テーブルに陣取ることにした。外野席だとカフェメニューになるが、食事を提供するのは1時半(遅いな) とのことなので、それまでヴィーニャヴェルデでも飲んでゆっくりしていようか?となりのフランス人のおじさん達も ご機嫌であった。給仕のオネエサンも忙しそうだったので、マイ・ワインオープナーあるんだけど、開けちゃうよおお〜 と言うと、あらまあいいわねえっ!ということで、また投げキス(?)ポルトガルの人はどんどん飛ばして来る ようである。さて、食事はというと、メニューは簡単なものばかりであったが、その中からシーフードのリングイネ、 小タマネギのキッシュを食す。これがなかなかそつのない美味さなのである。しかも一皿で大満足なのは、ポルトと 同じである。一皿主義万歳(?)あれこれ食べたい時は、大人数で外食したほうが良いのかもしれないなあ。ここは。

お城の上は絶好のヴューポイント:ついでに絶好の飲み食いどころでもありました♪

 
 

 リスボンという劇場の、さながら、天井桟敷から高見の見物といった風情のこのオープンカフェ。ワインも気分良く 2本目を開けたあたりから、次第に周りの客にもオレンジ色が混じってくる。そう、時間をもてあましたオランダサポが どんどん城に登ってきたのである。かといって、彼らはフーリガンでもなんでもない(今大会はイングランド戦で、 フーリガン?という問題児が逮捕されただけで平和な大会である)。ただの「さまよえるオランダ人」で、お腹も空けば ワインも飲みたいのである(そりゃそうだ)。さんざんくつろいでいたワタシタチも、時計を見るとそろそろ3時近いので (4時間ぐらい経過している!)オレンジ軍団に明け渡して城を後にすることにした。

<ポルトガル・ラブの実態>

 昨日よりも風があって良いかも、とはいえ、下界に近づくと日差しがまぶしいだけでなく「ドスン」とぶつかってくるよう な光線である。ああああ〜だめだあああ〜。ということで、この城を東側に降りていけば歴史的地区に出るはずであったの だけれども、ワタシタチはまっすぐバイシャに向かっていた。結局今回の滞在で、再び訪れることが無かったこの地区。 ちょっと残念な気がした。リスボアの文芸担当のペレイラ氏が喘ぎながら登った坂道もきっとこの辺だろうか?アントニオ・ タブッキの小説は舞台がポルトガルのものが多い。ワタシはその作品の面影を探しながらも、余裕無く、これまた暑さに喘ぎながら ペンサオンにようやくたどり着く。

 冷房フルスロットルにしてテレビをつけると、何か事件でもあったのか、ヘリコプターからの映像で、1台のバスをとらえて いる。なんだこりゃ?と思っていると、それはEUROサッカーの番組で、そのバスはポルトガル代表が乗ったものであった。 キックオフは夜8時だというのに、代表の一日すべてを写しだそうということなのか?その情熱には恐れ入りました。まだまだ 郊外の高速を走行中なのにねええ...。方やロッシオを埋め尽くすオレンジ軍団は、今街のあちこちに散らばって キックオフを待っている。むむむ...この熱さはいったいなんなのだろうか?この状態が8時まで続くのである。そして 90分後どちらかが泣くのである。諸行無常の響きあり....。

 この屋根裏部屋のようなペンサオンは、すごく陽当たりが良いので、毎日が洗濯日和である。ポルトでの洗濯物も すっきりさっぱり洗って、窓の近くにかけておくだけで、外出から戻るとからりと仕上がっている。リスボンに着いてから は毎日洗濯洗濯!ひととおり終えてから昼寝と、ああ〜極楽だねえ〜キックオフはまだまだ先..

 と、思っていたら、昼間のワインも効いていたので、目覚めるともう時間が迫っていた。テレビの音量も心なしか 大きくなっている..と思いきや、ホテルの外からまるでスタジアムにいるような歓声。窓から下を眺めると、いるいる。 ポルトガル人やらオランダ人の老若男女。道ばたにテレビを引きずり出し、テーブルを並べわーわー騒いでいるではないか。 もちろん焼き魚のかほりとともに、とうとう歴史的瞬間がスタート!屋根裏部屋にいても、外からの「わー!」と、 テレビのステレオサラウンド効果で、こんな小さなテレビなのに盛り上がる盛り上がる!果たして、先日の激闘を制した オランダ軍は、その運も体力も使い果たし、ポルトガルの新戦力ロナウドの圧倒的若さの前にひれ伏すのであった。 信じがたいようなゴールを放つものあり、またスーパースターは華麗なるフットワークでピッチを駆け抜ける。怒濤の ような90分の果ての勝利に、リスボンの街はこれまで以上にわき上がるのであった。
そんなオランダ人の嘆きとポルトガル人の歓喜に包まれた街に呼ばれ、ワタシタチもあまりに華麗なポルトガル の勝利に酔いしれたくなり街に降りていった。

 バイシャの裏通りは、こんなに食べ物屋があったのか?と思うぐらい、数メートルごとに「路上テーブル」が 設置されていた。興奮さめやらぬ人々は、どうやらほとんどがポルトガル人のようであった。ニホンジンの男子 グループもいたが、おとなしく、楽しそうにハーフボトルのワインやらデザートを食していた。ワタシタチの 屋根裏部屋のちょうど真下あたりの席に座り、アレンテージョ風スープ、アサリのスペイン風?、アロスデマリスコス (海の幸のリゾット)と、ほとんど毎回同じようなメニューを頼む。店員のおじさんも「ぽるとが〜る♪ぽるとがー〜る♪」 と、口ずさみながらほんとうにうれしそうである。ワインをのみのみ料理を待っていると、近所の常連オヤジ軍団が、 ニホンジンのワタシタチを見つけて、喜々として花売りからバラの花を買い「これはあなたたちにですよおお〜♪」と、 プレゼントしてくれた。うれしいことはうれしいのだが...常連オヤジではねええ...。ということで、料理が 運ばれてくる。ここのアレンテージョ風スープがスペシャルだった。どんなものかというと、魚の透明なスープに、パンを浮かべ、 やわらかくなったところで、オリーブオイルとニンニクとコリアンダーで味付け、さいごに卵で閉じたようなものであった。 ポルトガル勝利の熱気も、ふと気がつくと、風が強くてタンクトップではちょっと寒い。そんな日にはぴったりの スープであった。魚介リゾットも味付けが良くおいしかったが、都会にありがちな「カニカマ」入りであったのは、 ここはリスボンだなあ〜と思ったりして。アサリのワイン蒸しコリアンダー風味もおいしく、延々と続くポルトガル軍の インタビューを見ながら食す。と、路上食堂の先を眺めると、をー!どこかで見た2人連れ。そう、今日のオランダ戦を 観戦した帰りの姐さんたちが歩いているではないかああ〜!急いで呼びに入って、またまた会いましたねええ〜と、テーブルで 今日の試合の様子などを聞いてみる。バラをくれた常連オヤジたちは「最後にこちらでデザートでもいかが?」と、 お誘い頂いたが、丁重にお断りしてその店を後にした。オヤジ軍団がっかり。

 路上食堂はあちこちで繰り広げられており、落胆したオランダ人達に、控えめだけど、鳴り物を手に、国旗や応援タオルを 振り回して街を練り歩くワカモノ集団あり、その人の流れはロッシオ広場にどんどん集まっていた。広場には、浮かれた ポルトガル人たちで一杯であった。中心にある噴水やモニュメントには、先ほどのように国旗を手にしたワカモノが多数 よじ登り気勢を上げている。何人もの集団で行進するもの、「ぽるとがーる!ぽるとがーる!」と人々は目が合えばうれしそうに かけ声をあげている。テレビカメラもあちこちで取材をしていて、そのまわりはひときわ賑やかであった。広場はオレンジ色の 光だけで、かなり薄暗いのだが、人々の熱気にあふれていた。記念に写真をとっていると、どこからともなく「いっしょに とってくれー!」と、ビール片手のワカモノ達が被写体に割り込んでくる。姐さんは「あら、もっとかわいい男の子と 撮りたかったわあ...」とのこと。はいはい。ワタシタチを見つけたこれまた別の地元オヤジが「にーはお〜!」と手を振る ので「違う!わたしはニホンジンアルよ!」と教えてあげると「をー!それは素晴らしい〜」と、またまたキスの嵐。 ふだんはシャイでおとなしい、自分からあまり声をかけるようなことのないポルトガル人が、思い切りはじけていた。 はじけても、どこか暖かく、一緒にいてこちらも幸せになるような、リスボンの夜だった。こういう一面が見られたことは、 得難いことだったかもなああ〜明日、ミラノへ向かう姐さんたちと、我らが宿の多目的バーにてサクランボのリキュール 「ジンジャ」で乾杯。日本でまた会いましょうということで、ポルトガル中の幸せにつつまれた夜は更けていくのであった。

熱狂のロッシオ広場:ワタシタチも参加できてうれしいわああああ〜♪

 
 



■ 準決勝 2004年6月30日 - マッチ 29 ポルトガル 2-1 オランダ  ジョゼ・アルバラーデ - リスボン

★7月1日(木)★


<今朝は雨ではなかった>

 昨晩の幸せな熱狂のあと、真夜中に雨の音が聞こえたような気がした。ああ、リスボンの夏も 雨がふるのだろうか?と思いながら、明日は遠足なのにねええ〜と心配しつつ眠りについた。ところが、朝の ニュースを見ていて「をを!これだったか!」と、納得。昨晩の後かたづけに、ロッシオ広場一帯を 強力路上洗浄車(というのだろうか?装甲車のような車でぐおーっと路面を洗って行く)が活躍しているでは ないか!どおりで、ポルトに比べて石畳がつるつるときれいなわけだわ、と納得する。犬の散歩も手ぶらでGO! なのかもしれない(他力本願:これはパリも同じだったかもしれない)。 やはり迷いのない晴天の朝、例の多目的バーにて朝食を採る。ここは、 ガイドブックにもばっちり出ているので、毎日何人かニホンジンの姿を見かける。取らぬ狸の皮算用というか、 決勝まで行くと信じていたイングランド人やイタリア人家族も泊まっている。実に妙な光景でもある。

 さて、今日はとうとうリスボンカードを使わないとね!ということでカードの空欄部分に、開始年月日と時間、 氏名を記入する。ポルトとは違って自動改札に対応しているわけではないので、対象の交通機関は提示で、 地下鉄のみ、セットにはいっている1日乗車券を使用するというもの。たいへん細かいが、ポルトと違うところは、 開始日から48時間経過するまでなので、2日目の24時でおしまいとならないところがポイント。 ということで、3日に空港へ向かう午前中の時間まで有効となるようである。

 あーでも、ところで昨日は、ストライキなんて行われていたのか?市内にいる限り、ほとんど歩いて回れるため、 地下鉄などは使わないし、ストやってたなんて、ぜんぜん関係ないのであった。ちなみに欧州のストライキというのは、 日本の「スト決行!闘争中!」という「完全ストップ」というのではなく、減便や一部運行の措置はとられている ようである。何故かこの夏のバカンス期間前後に多いような気がするのだが、それは気のせいだろうか?? 今日はさすがに大丈夫だろうなあ〜と思い、今日もまた太陽の降り注ぐ中出かけることにした。

<ほんとうに地球が丸いと仮定して>

 リスボンも、欧州の他の都市と同じく、行き先によって駅があちこちに分かれている。今日向かったのは、 リスボンからテージョ河を下り、大西洋の河口まで行く近郊路線である。ホテルからコメルシオ広場へ向かい、 テージョ河を下る方へ少し行くとあるカイス・ド・ソドレ駅へ。ポルトガルの国鉄CPの駅である。ここから出る電車は、 近郊路線で、駅も小さいのだが、電車も日本の近郊私鉄線のようであった。窓口で切符を買って、向かうは、終点の カシュカイス。この沿線には、カジノがあることで有名なエストリルや、目的地のカシュカイスのような高級リゾート地 が点在してる。が、乗ってくる人々は夏休みの海水浴客といったかんじで、海水浴グッズを持って、たぶん下に水着を 来ていて、脱げばそのまま海へはいれそうな家族連れがたくさん乗っていた。ああ〜ワタシも海水浴行きたいんですがー、 と猛烈にうらやましいワタシであったが...。ま、それはさておき、 途中でギターにバンドネオンの芸人一家が乗ってきたり、とても庶民的な「海水浴列車」は、きらきらと輝くテージョ河の 絶景を見ながら次第に大西洋が現れるまで、およそ40分ほどであった。カシュカイスへ到着。あれ?改めて リスボンカードの説明書を見ていたら、このCPもタダで乗れることが判明...なーんだ。

 カシュカイス(最初ワタシは「かしゅかしゅ」と呼んでいた)が、実は目的地ではなく、更にその先のロカ岬が 目的地である。駅から、海とは反対側にバスターミナルがあるので、そこからシントラ行きのバスに乗車する。ここのチケットは、 リスボンカードではカバーできず運転手からチケットを購入する。バスは、エアコンのないバスであったが、窓が開いて いるだけで、ものすごくさわやかで涼しい。でも、日差しがはいってくるとじりじりと焼けてしまう。カシュカイスの 町並みを抜けると、郊外の別荘地のようで、大きな家がぽつぽつと並んでいた。次第にその数もまばらになり、風景も海が見えてくると 一変する。山道を行ったかと思うと、反対は切り立った崖が広がる。その先は青い青い大西洋が広がっている。 大型バスも吹き飛ばされそうにぐらぐら揺れる突風が常に吹いている。そんなかんじだから、今まで木があったところは、 森林限界のように、背の低い植物でごつごつとした斜面が覆われている。そうして、雲も吹き飛ばされるのか、空も海の ように深い青色をしている。ロカ岬の手前には、ギンショの浜へ降りていく道があり、白い大きな波が打ち寄せるビーチが 見えていたが、近くへ行くと大変な波ではないのだろうか?この大西洋は、波が荒く、サーフスポットになっていると、 確か檀一雄氏が書いていた気がする。なるほど、いい波だけどちょっとコワイなあ...。

 ロカの地名を書いた看板が見え始め、このあたりがそうかな?と、思われたが、実はそこが一番近い集落のようであった。 宿泊するならこのあたりなのだろうか?ペンサオンのような屋敷がいくつか並んでいるだけだったけど...。そこから 更に行くと、まったく家は見えなくなり、作業小屋のようなものはあったが、人が生活している場所ではなくなる。そうして、 ますます風が吹きすさぶ明るい岬が「ロカ岬」であった。

見よあれが西の果てあるよ:ロカ岬



 バスを降りるなり、吹っ飛ばされてしまうくらいの風。バス停のすぐ前にはインフォメーションがあるが、トイレ休憩をして、 岬の突端へ向かった。さらに吹きさらしの環境は、常にビル風にあおられているようで、風に正対すると息ができない。 苦しい〜前に進まないいいい〜と、散々苦労をして突端までたどりつく。「びょおおおおおおお〜!」と、ここに、陸地は終わり、 海が始まると書かれたモニュメントの前は大西洋のど真ん前!「西の果てだあああああああ〜!」と、叫ぶこともできず、 記念撮影をしようとしても、カメラがふっとんでしまいそうで、とにかく、ストラップをしっかりと首に掛け「撮るぢょおおおお〜」 と、決死の撮影。ホント、「着脱式頭髪」の方は押さえても一瞬で大西洋のもくずと消えてしまう危険性があるので、ご注意を!と、 冗談ではない状況。しかし、遙か下に見える海と、そんな風に舞うカモメたち。こんな海へ乗り出していったポルトガル人の 祖先達はなんと勇気のある人々なんだろう。と、感嘆してしまう風景であった。

 しかし、この強風だと、いくら天気がよくても体感温度は今の気温から マイナス10℃では利かないだろう、だんだん体が冷えて来てしまったので インフォメーションに引き返した。背中を向けた瞬間に、突風に押されて、たぶん普段の2倍は早く歩いていると思う。 インフォメーションでは「最西端到達証明書」を日付と名前入りで発行してもらえる。ちょっと立派なのだと10ユーロであった。 せっかくなので、立派なほうを発行してもらう。ああ、東の果てから西の果てまで、とりあえずやってきたよ!ということ であろうか。ちょっとすごいかもしれない。いや、地球が丸いと仮定すると、この西の果てというのは無効なのかな?

こんな激しい波風にはああああ〜びゅーとっ飛んでしまうううう〜
しかし、こんな花が咲いているし、こんなホットドッグもあるんですよろしく

 
 



 となりの建物は、おみやげやカフェ・レストランがある。まあ〜こんな、周りに何もない観光地において、多大な期待は 禁物であるし、お金を無駄にしたくないのであったら、そこを立ち去るべきであったが、あまりにもその景色が雄大で、 風が遮られる分、もうしばらく居たくなってしまった。まあ、案の定、そのれすとらんのスープは、レトルトを温めたものだったし、 ホットドックは、朝食でおなじみの手が真っ白になる「粉々」パンを半分に切って、 焼いたソーセージをぽこぽこ並べたものであったが... まあ、良いのである。こんなとこめったに来ないしねえ..。観光コースには入っているようで、この日は中華の団体客がわらわら 買い物などをしていた。ニホンジンの男子もこそこそ(別にこそこそしてないんだけど、どうも、そういう風に見えるのよね。 日本男子って)ツーリングでやってきたかっこいいカップルもいたが..ここを出た途端、バイクごと飛ばされないか心配であった。

<カシュカシュは今日も穏やかだった>

 シントラからやってきたバスに乗り込み、ロカ岬を後にする。ここはまったく別世界であった。このカシュカイスから 1時間も離れていないのに、このワイルドさはなんだろう...と、すっかり冷え切った体を、じりじり窓際に寄せて、 穏やかな海と優しい風の吹くカシュカイスに戻ってきた。本当はビーチリゾート散策をするつもりであったが、体力を消耗 してしまったようなので、駅前のショッピングセンターをのぞいたりしてしばらく過ごす。でも、ビーチを見ないのも もったいないと思い、駅のすぐそばのビーチでしばし呆然としていた。ああ〜穏やかな海に、楽しそうな人々。 ここはいいところだねえ〜と。今回不運であった、イタリア代表のトッティ王子も姫とともに、EURO2004のつかの間の休日に、この地を 訪れたそうだ。なんというか、血気盛んなローマの王子も自分の今回の行動を静かに顧みることがきっとこの地ならば できたに違いない、なんて思うカシュカイスのひとときであった。

トッちゃんもきっとこの海でいやなことも忘れただろうなあ〜よかよか



 ショッピングセンターで、檀一雄氏絶賛していた「アグアデンテ」という酒を見つける。檀氏の文章から推察するに、これは きっとポルトガルのグラッパではないのかな?と思い、探していたところで、ちょうどここのPINGO DOCE(またか...)で 発見。氏によれば、安いブランデーのような強い酒があり、これさえあれば何もいらないような、いたくお気に入りの ようであった。ポルトもそうだったけど、街中の広告でブラジルのサトウキビのお酒「ピンガ」を良く見たので、ひょっとして これはピンガの仲間かなあ?と思いきや、やはりこれはブドウのカストリ焼酎であった。1リットルで11ユーロだったかな? 檀氏が喜ぶのも良くわかる気がするのであった。

 もときたCPに乗り込み、リスボンへ帰る。みんな良く日焼けして健康そうな人たちばかりである。いいなあ〜海の近くって..。 と思いつつ、うとうとしていううちに到着してしまう。やはり、リスボンの中心へ戻ってくると空気が重いような気がするな。 さて、このあとは、ポルトガルの決勝戦の対戦相手が決まる準々決勝である。ポルトで行われる試合は、どこか、「街頭テレビ」 レストランで見ようということとなり、ならば、リスボン初日に入った「眺めの良いレストラン」へ行ってみることにした。 テレビはあるかなあ?と見に行ってみると、あるある。石段の坂道に斜めになりつつもテーブルがセットしてある。よしよし、 と思い席に着くが、いまひとつ観客がまばらである。そりゃあ、ポルトガルは出ていないし、準決勝はチェコ対ギリシャだ。 しかもポルトでの試合だから、盛り上がらないのは無理もないかもしれない。しかも、ここは夕方以降日陰になり、風の通り道となり、 猛烈に寒くなってきた。日中の猛暑からすると異常な寒さである。でも、リスボンってこうなんだろうか? ワインを飲んだり、タコのリゾットを食べたりしていたが、とうとう寒さに耐えかねて、ハーフタイムで 「寒いのでかえりまっす」。というと、お店の看板娘が困ってしまって「そんなら中にはいって見てください」と引き留められる。 なんだ、中にもテレビあったのね。はじめからいっとくれ。

 地元ポルトガル人の集う店にて、決勝戦を戦う相手が決まるのを一緒に見る。どちらが勝っても最後に笑うのはポルトガル なのだから..という余裕で皆観戦しているようであった。そんな地元観衆の目を意識してか、ここまで無敗で駆け上ったチェコも、 ドイツ人監督の堅牢堅実な(一部関係者に言わせりゃ「色気のない」)防御を繰り広げる両者にお互いつけいる隙の無い試合となってしまった。当然硬直した試合は得点もなく、 チェコはエースネドベドの途中負傷退場という不運に見舞われて、決定力を欠く。そうして試合は延長へ。ここまで来て、デザートも 終わってしまったので、いったんこの店を出ることにした。この高台の途中にあるレストランから、まっすぐ坂を転げ落ちていけば、 我らがバイシャのペンサオンにたどり着く。外は相変わらず風が強く寒いので「寒い寒い」と走っていたら、地元のおじさんが 何事かと目を丸くしていた。そうして、延長戦が始まった頃に部屋に滑り込みセーフ♪と思った瞬間、コーナーキックからの セットプレーで、なんと超伏兵ギリシャの劇的勝利に終わる。

「うそでしょー!もう終わり〜?!」

ポルトガルのグラッパ「アグアデンテ」
これでも飲んで今日の試合は忘れとくれって?



■ 2004年7月01日 - マッチ 30 ギリシャ 1-0 チェコ ドラゴン - ポルト

★7月2日(金)★


<エーゲ海からの一撃に目覚める朝>

 昨日の晩は、例の清掃車の音以外何も聞こえてこない、静かな夜だった。バーにジンジャを飲みに降りていくと、 決勝に備えてやってきたギリシャ人がチェックインをしていた。何故ギリシャ人だと解ったのか?彼らは、 国旗をマントのようにしていたからである。何のことはない。今の時期、こういう人が普通なのだ。フロントの夜勤担当 が、猛烈に酔っぱらっていたが、あの人でよかったのだろうか?

 粉々パンで朝食を終え、リスボンも実質今日1日となる。リスボン観光計画はゆききさんのナビで、定番スポットを 訪れることにした。旅行会社のイメージ写真に必ずと言って良いほど載っている「発見のモニュメント」と、 世界遺産である「ベレンの塔」。この二つを写真におさめずして、「まききさん今回どこいったんでしたっけ?」 と、言われかねない...まあ、言われてもどうってことないんだけどね。いちおう、これらはポルトガルの顔らしきものであると 考える。場所も同じような、テージョ河の河口方面にあり、足回りも良い。いざ出発。

 昨日のエーゲ海の一撃を目撃した酷寒の夜から一転、昨日までと同じ暑い太陽が照りつけていた。ホテルを出て 北側のトラム乗り場へ向かう。が、途中「激安ショップ」を発見してしまう。衣料品・靴・バッグなどが5ユーロ・10ユーロ 均一!の店。「をを〜安い〜!」と、ついつい山のように手に取ってしまったが、これから出かけるのにワタシタチは何を やってるんだ?ということで、最小限に抑えて店を出た。すると、数メートル先にも同じような店!この辺って、バッタもん カジュアルショップ集中地域なのかなあ?そんな店が数軒あった。が、まあ〜いかにも安物が安いのであって、ま〜リスボンから 持って帰ってもなあ〜というようなところかな?在住の方には重宝ですな。

 トラムは、例のリスボンカードで乗り放題。トラムと言っても、あのレトロなトラムではなくて、最新鋭ドイツ製の2連結 トラムである。もちろん冷房完備で、やってくる姿はおおきな蛇のようである。チケットは乗車してから券売機で買うことが できるようだ。たぶん、トラムの係員ではないと思われる、普通のワカモノが、ちょっと困ってるお年寄りなどに、切符の 買い方などを教えてあげている。ああ、なんて良いひとたちなんだ〜。ここから向かうは、昨日のようにテージョ河の河口を 目指して走って行く。特にアナウンスはないが、電光掲示で駅名が表示される(地下鉄と同じだね)のでわかりやすい。 トラムは鉄道よりもすこし内陸を行くようで、リスボンの街中をどんどんと進んでいく。下車するのは「べれん」。国鉄でも いけるのだが、トラムは地元の人が入れ替わり立ち替わり乗ってくるのでちょっと雰囲気が違うかな?

 この辺は新市街になるのだろうが、下町といった風情の景色である。そろそろお昼時ということで、にぎわってきた食堂。 もちろん焼き魚のかほりが漂う。ウィンドウに見える鮮魚たち。ゲーム機の音。カフェでくつろぐ人々。窓に「カラオケあります: ラテン」とあった。カラオケは日本語。でも歌うのはラテンミュージック。音楽といえば、フリオ・イグレシアスが健在で、 街中に宣伝のポスターがたくさん貼ってあったなあ...。すでに息子エンリケの時代かと思いきや、 やはりフリオはイベリア半島の大御所なんだなあ〜と思った。
 

<王子の前に海しかない・王子のあとに海路ができる>

 トラムを降りてから、歴史的博物館・公園などをとおりすぎると、国鉄がどーんと真ん中に走っている街道に出る。ああ〜 わたれない〜ということで、遠回りをしてぜーぜーしながら(日射病になりそうだ〜)広い道を渡り、遠くに見えている、 巨大なモニュメントへたどり着こうとするが、みえてはいるんだが遠い!結局30分ぐらい歩いたであろうか? まわりにはヨットハーバーやマリーナがある、いわば河岸地域。人は歩く場所ではない...ところに、発見のモニュメント がある。白い、おそらく船の舳先を表したカーブの上に、航海王子として名高いエンリケ王子。その後ろには、数々の 偉業をなしえた冒険者たち、学者たちが続く。両側にそれぞれ十数人の像が、それぞれを象徴するアイテムとともに現されて いた。巨大な白亜のモニュメントは、10階建てのビルに相当するだろうか?通天閣(!)ぐらいだろうか?中にはいると、早速 丁寧な係員が、エレベーターで上まで上がる場合、ガイドツアーを利用する場合と説明してくれる。リスボンカード では、割引が受けられるので、てっぺんまで上ることにした。エレベーターの先の細い階段を上ると、青い青い空がひろがり、 テージョ河からリスボン新市街、遠くにキリストが大きく手を広げる像が見える。ブラジルにあるのと同じものだ。 それから4月25日橋。リスボンの独立記念日。ミラノならば開放記念日か?歴史は同じ日に動くことが多いのだろうか? 河口の方角にはベレンの塔が見える。その先はもう大西洋となっている。ちょっとコワイが下をのぞきこむと、エンリケ王子 の後頭部が見える。おお〜やっぱりコワイ。屋上は20人も登れば満員になってしまうような狭い空間である。眺めを楽しんで、 下に降りると、2階フロアに導かれ、当時の航海の様子を再現したフィルムや、船体模型などを展示・上映している記念館 スペースを見ることになった。 当時確かに日本にやってきたという記録もあった。昨日のロカ岬でも思ったが、こんな船であの海に乗り出していったとは、 ホントウにその勇気に感心する。王子や勇者のあとに歴史も海路もひらけたのであった。ポルトガル人の温厚でシャイで 親切で優しくて楽しくて..という印象からはとても想像し難いのだが...驚くべきギャップの国である。

いざ大西洋へ漕ぎ出さんという王子以下勇者の皆さん
みなさんどこかで見たことありますねえ〜さあ〜つぎ行きますよ〜



 なんてことを考えながら、発見のモニュメントを後にする。観光バスが何台かこちらへやってくる。ニホンジンたちかな? と、思っていると、時間はランチタイム。あたりを見回すと、正面にはガイドにも載っているレストラン。とてもひまそう であった。そうして、テージョ河に張り出すように建てられた円形のレストラン。メニューを見るととても安い! フェミレスのようなかんじであった。なかなか繁盛しているので、よしここにしよう!ということではいったのが、 日本で言えばキリンシティのようなビアレストラン。明るく開放的な建物で、ガラス越しの外も気持ちよさそうだが、 猛烈に直射日光が当たっているので、危険を感じて中で食することにした。フェミレスだからなあ〜あまりがっちりした 料理はないかな〜とおもったところに、見つけた!タラのコロッケ!!バカーリャオをほぐしてポテトとともに 俵型に整形したコロッケ!値段は1個100円しない!もひとつは、よく行くブラジルレストランにある肉のコロッケ のような細長い形に整形したもの。それらとワインを頼むが、周りがあまりにおいしそうにビールを飲んでいるので、 おもわずワタシタチも「ビール!」。あげたてコロッケに冷えたワインもビールも上々!外は明るい太陽、白亜の モニュメント。きらきらとかがやくテージョ河。サイコウである。あとはサラダと魚介のスープに塩味のごはんが 着いてくるので、それにかけて、食するとちょうど良いリゾットのようになる。あわてたゆききさんが、トマト味の スープをシャツにはねてしまい騒いでいると、なんとお店の人が「しみぬきスプレー」&ブラシをささっともってきて くれるではないか〜あああ〜感激。ほんとうにどこへ行っても気分が良く(って、昼から飲んでいるからかもしれない んだけどね)すごせるところなんだなあ〜と、しみじみ。お勘定もこれまた「うそでしょー!」と言いたくなるほどで、 いっそリスボンに住んでしまおうかと、本気で思う旅の後半であった。

タラのコロッケなどをつまみながらビアレストランで昼食
これがまたなかなかの立地でございます 青いそらああああ〜

 
 



<これまた世界遺産だよ全員集合>

 さて、やはり今日もほろ酔いの私たちは、炎天下の中1キロほど離れたベレンの塔へ向かう。こちらは、世界遺産 だそうである。塔はいわゆる、海からの外敵を防ぐ要塞である。先程にモニュメントとは打って変わって、ポルトガル 独特の意匠をこらした細部が優雅な建物であった。たとえ、いかつい大砲が四方を向いていても、それを取り囲む、 窓枠の優雅な美しさは、見るものをほっとさせる。こちらはエレベーターなどはなく、徒歩で階上へ上っていくが、 かつての見張り台からの、新市街の眺めもなかなかのものであった。海上に浮かぶように建てられたこの塔のまわりは、 白やピンクの見事な夾竹桃が花を咲かせ、小さな実をつけ始めたオリーブの木が木陰をつくる、芝生のきれいな 公園となっている。ちょうどリスボンフェスティバルが、リスボンのあちこちで開催されており、塔の前には、 野外コンサートでもあるのか、ステージがスタンバイしていた。これから、サッカーが終わっても、7月8月と、 楽しい夏のイベントが続くのだなあ〜きっと。夏はいいねえ〜ホントに...。

 ベレンの塔を後に、広場の一角にある土産物屋を通ると、ニホンジンのワタシタチを見つけたおねーさんが、 完璧な発音で「これオフィシャルです。いかがですか?安いです!」なんて言ってた。をーうまいうまい! と、ほめると、笑いながらここはやはり「ニホンジンが大量に押し寄せるのよ」、と教えてくれた。観光バスが到着 すると、きっとてんてこまいになるんだろうなあ〜と思いつつ、今はのんびりしているこの一角で、ビールを飲んで 一休み。ほんとうに今回は日中お天気に恵まれたものだ..としみじみ。

 公園を抜けて、街道と国鉄の線路を歩道橋で飛び越えて、トラムが通る道へ向かう。ベレンの塔最寄り駅は 「ベレン文化センター前」のようであった。停留所近くのキオスクでサッカー関係のグッズを探すと、代表選手の ポスターブックがあった。ゆききさんは、決勝進出の殊勲者、若きロナウドのブックを探していたが、ワタシは やはりスーパースターのフィーゴでしょう〜ということで、ひとつ購入。キオスクおじさんも「そうそう、 フィーゴは良い選手だ。フィーゴの意味知ってるかい?これは果物の名前だよ〜」なんて、教えてくれた。FIGOは そういえば「いちじく」というイタリア語の単語に似ているので納得。おじさん曰く、ロナウドはまだまだ若い、 とのこと。この国で絶大な信頼を得るには、年月を重ねなければならないというのが、どうも持論のようであった。 たしかに、そんな海千山千のジョカトーレが織りなすサッカーが、欧州の「色気のある」サッカーなのかもしれないなあ...なんて 思ったりした。

世界遺産のベレンの塔:そこからの景色も、周りの花も青い空に映えますにゃ

 
 



<魅惑のジンジャお百度参り:ああカタプラーナ...>

 トラムでもと来た場所へ戻ったワタシタチは、お買い物でもしようかね?と、ぷらぷら。ロッシオ広場の東側は、 レストランも雑貨屋も惣菜屋などもあって下町風情がある。金物屋でカタプラーナ鍋(中華鍋を上下2つ重ねたようなもの) を発見。これほしいなあ〜と、銅製で打ち出しのしてあるものを手にとってみる。いちばん小さいものでも結構ずしりと 重い。ふたがパチリと閉まるようになっているので、このままハンドバッグのようにして持って帰ればいいかなあ〜なんて、 眺め回したり、持って見たり、重さを確認したり、何度もぱかぱか開けたり閉めたり、 散々悩んだのだが、今回は見送ることにした。ああ〜でも、あれで 海鮮鍋ポルトガル風なーんて作ったらいいだろうなああ〜。ひとつちいさいもので2000円もしなかったのだがな〜。 でもまあ、次回に取っておくことにしようっと。

 話には聞いていたのだが、なかなか出会えないでいた場所も、この日みつけることが出来た。さくらんぼのリキュール ジンジャだけを売っている店「ジンジーニャ」である。このカタプラーナをみつけたところから、すこし行ったところに あった。人だかりがしていて、扉のない入り口は、グロッタ(洞窟)の入り口のようである。そのまわり、たくさんの 人はいずれも小さなカップで何かを飲んでいる。それが、そのジンジャなのであった。「あったー」と、人をかき 分けて入っていくと、そこにはすぐにカウンターがあり、いきなり「1杯でしゅか?」と、聞かれて注いでくれるのである。 1杯0.9ユーロぐらいだったかな。サクランボの実もはいっていて、それを食べたあとの種がそこら中に落ちている。 子供を連れたカップルや、アフリカ系の人、おじさんおばさんにいさんねえさん...とにかく地元の人々が、 ちょっと一服...といった顔をしながら、その甘いリキュールを飲んでいるのであった。なんだか不思議な光景である。 日本には..あるかなあ?....思いつかないな..。話によると、ここを通るたびについ、飲んでしまうそうで、 不思議な魅力のリキュールである。(ここではボトル入りも販売している)

前を通ると飲まずにはいられない「ジンジャ」
ジンジャ参拝の人々でいつも大繁盛?



 その界隈は惣菜屋&バーや、酒屋&居酒屋(モツ煮込みなどを窓際でぐつぐつやっている)、八百屋&立ち飲み屋.. と、結局、何はともあれちょっと一杯。買い物ついでにちょっと一杯。帰る前にもう一杯..みたいな、なんだか 行き交う人が楽しげな界隈なのであった。その一軒をのぞいてみると、店の奥にバルカヴェーリャの85年と91年が そろって置いてあるではないか。をををを〜と値段を見てみると、これまたをををを〜と高い!何度もをををを〜と、 言っているので、店のおじさんがやってきて、どれどれ、と見に来たが、おもむろに近くに置いてあった1000円ほどの ワインを手に取り「これで十分十分」なーんて、売ってる本人がそんなこと言っているんだからねえ...。笑っちゃう。 やはり、名醸ワインというのは、ワタシタチにとってなんなんだろうか?なんて、いろいろ考えてしまったなあ〜。 そのあとも、別の店でポートワインを試飲したり、あちこち店を冷やかしながら部屋に戻る。

<社用族に捧げる最後の晩餐:がんぶりぬす>

 とうとう、今回の滞在も「最後の晩餐」となってしまった。さて、しめくくりはどうしたもんかなあ〜ということで、 例の元駐在員おすすめレストラン「ガンブリヌス」へ行くことにした。ここは、リスボンでも有数の高級店で、 もと駐在員氏も接待などで使ったのであろう...という店。が、さっきの「酔っぱらい横町」(と、勝手に命名) のすぐそばである。あれ?こんな店あったっけな〜。地図を頼りに歩いていくと、時間はすでに夕食タイム。街中の 酔っぱらい達がバーにレストランに集結している。歩道にはみ出しているレストランの給仕人から「おねーさんたち 食べてかな〜い?」という呼び込みが何度も何度もかかる。「明日来るね〜」とかなんとか言って、何軒目かをクリアした あたりに「を、あった」。ガンブリヌス。酔っぱらい横町にあったとは..。

 だいたい、高級店へ行くというのに、この格好はないだろう〜みたいなイデタチだったので、果たして中へ入れてくれるか ちと心配だったが、出てきた案内係に、予約はないし、こんな格好ですが(とは言わなかったけどね)入れますか?と、 言うと、一瞬ためらう風を見せて「問題ありません。お席にご案内します」と。入り口は重いカーテンで仕切られていたが、中に 通されると、船のキャビンのような印象の明るい空間が広がっていた。テーブルセッティングもカトラリーも「なるほど〜」 とうなるような高級店仕様。まだ客もまばらであったので、一番奥に少し高くなった席があり、その奥のほうの席となった。 ちょっと狭苦しいなあ〜と思っていたら、今度は給仕人登場。同時にパンもセットされるが、これまでにないような種類の 多さであった。飲み物は〜うーん...高い!東京のような値段ではないか..。いちおう、シャンパンから、自国ワインまで、 各種とりそろったワインリスト。さて...食前酒を勧められるので、エシュプマンテを一杯。それから、白に...むぐぐ... 高いなあ〜青ネコマークのヴェルデが安いのでこれでいいか..。食事は、前菜には時期じゃないけどホワイトアスパラ。 サラダに、アヒルのピラフなんておいしそうだねえ〜ということでオーダー。さて、こんなかんじのシンプルメニューにも 係わらず、ワイン登場には給仕人が3人ぐらい。またそれぞれの料理が運ばれてくるにも、大変な騒ぎであった。銀器も、 今回の旅で見たことのないようなものであり、そうか〜こういう食器で食べると違ってくるもんだなあ〜なんて。味は、それぞれ 懐かしくも優しきポルトガル料理の伝統を踏襲したもの。アヒルのピラフもどれもこれも想像のつく料理ばかりである。 そうこうしているうちに、席は満席となってきていた。 華やかな、いかにも晩餐を楽しむ華麗なる一団。過ぎゆく時間をいつくしむような、老夫婦の晩餐。 大人数のスーツ軍団の晩餐。この、船室のような、見ようによっては鯨の腹のなかのような空間は、それぞれが思い描いている 晩餐の風景を、うやうやしい、大人数の給仕人によって演出される普通の食事であった。なんだかんだ言って、デザートまで たどり着いたワタシタチだが、それに対する対価を眺めながら、必要ないな..と思いつつも、リスボンの特別席を垣間見た ということでは満足の「最後の晩餐」であった。店を出たところで、なんだか猛烈に焼き魚が食べたくなったりもした。 ポルトが懐かしくなった

ガンブリヌス店内:時の過ぎ行くままに....



<東の果てで思うファド:西の果ての屋台ファド>

 渋谷のBunkamuraで、今は亡きアマリア・ロドリゲスの公演へ行ったことがある。ポルトガルギターの音色とは どのようなものかを知るためでもあった。ファドは良くポルトガルの演歌のようであると紹介されるが、その内容は ともかくとして、音楽的にはマイナーよりもメジャーコードを多用した、明るく軽やかな印象がワタシにはある。 おみやげでもらったファドおばさんのCDもそうであった。フラメンコのカンタンタともまったく違う世界であろう。

 そういえば、ファドを聴いていなかった。ポルトガルの旅のしめくくりとして是非聴いて帰らなければ。最後の チャンスであるので、ワタシタチは今回の滞在で何度も何度も通った、フェルナンド・ペソアの銅像の前をまた通り過ぎ、 カモンエス広場の裏通りにファドレストランを探した。話には、そのへんを歩けばどこにでもあるよ..と、言われて来た のだが、なんだか、ワカモノ向けのカフェバー(ん?)のような店ばかりが目につく。坂を登ったり下ったりしながら しばらく探していたが「ナイ」。どうもファドには嫌われてしまったのか?仕方がないなあ〜と、思いつつもあきらめ きれないので、今度はテージョ河の方へ降りていくほうを探した。写真でよく見る、まっすぐの坂道を上り下りしている、 ケーブルカーが、暗闇に照らし出されていた。なんだか、香港島の坂道のようでもあるなあ..と、石段を目標もなく 降りていくと、人だかりがしてきて、何かお祭りでもやっているようである。その方向には、焼き魚のにおいもする。 それにつられて、角を曲がると、なんと、その石段のところに盆踊りのやぐらのようなものが組まれ、その上で、 歌を歌っているのであった。「出た!ファドだっ!」

 そのやぐらの前の路地にテントを張り、テーブルをずらりと並べ、 やぐらの下では例の炭火コンロで、イワシなんかをがんがん焼いている!「ををを〜屋台ファドはっけーん!」ということで、 電飾できらきらしているテーブルについた。何が出てくるのか?周りを見ていると、会社帰りの友人同士、ワカモノ同士、 いわゆる「一般人(?)」達が、ファドをサカナにがんがんワインを飲んで食っている。歓声が上がったと思ったら、 なんと、山盛りのイワシ焼きの登場である。拍手歓声とともに、赤ワインが追加オーダーされて、どんどんイワシが減って いく。パンにのせてそのまま食べるひともあれば、丁寧に骨をはずして食べている人もあり...でも、みんな大好き というのがひしひしと伝わってくる喰いっぷりである。いいなあ〜と思いながら、ガンブリヌスの高級日常食を食べなければ、 ここでだめ押しのイワシだったかなあ〜とちょっと残念におもいつつも、ビールを飲みながら、ファドを楽しむ。 これだね、イイね〜。ラッキーだねえ〜

ファド屋台の現場とファドをつまみに飲み食う人々:楽しそうであるなあ

 
 



 ここは実はリスボンフェスティバル期間限定の「ファド屋台」のようであった。ここで聞こえて来る ファドは、演歌の恨み節・涙涙の大熱唱ではなく、 大西洋の風や波にしっかりと立ち向かう、からりとしたまっすぐな音楽に聞こえた。亜熱帯の東の果てにいてはわからない、 ホントのポルトガルの心意気にひとり納得した夜だった。

ちなみにここは、ビール代100円ぐらいで楽しんでしまったなあ...。

★7月3日(土)★


<これ以上いたらやばい>

 とうとう、帰国の朝となる。多目的バーでの朝食も最後。壊れているトイレのタンクにしろ、ごとごと 言いながら上がっていくエレベーターにも、今となっては愛着すら感じる。欧州選手権の決勝に向けて、ふたたび 盛り上がりつつあるこの地を後にするのは、なんとなく残念な気がするのだが。やはり、ここにこれ以上いると、 帰れなくなってしまいそうな気になっていた。はあ〜。イタリアに比べれば、ホントに買うものも無く、 サッカー選手達も、たぶんテレビに出てくる、ここではいちばんイケてると思われる人々も、ひとつ、パンチが 足りない、というかアカ抜けていない...。いかん..。フィーゴがいかにこの地では突出したスーパースターか、 思い知らされた気がしたが、フィーゴだけではねえ..。にもかかわらず、この地に沈没しそうな気配を感じるのは... イワシ焼きかな...。あれにはやられた..とかなんとかぶつぶつ言いながら、例によって、瓶だろうが割れ物 だろうが、なんでもかんでもスーツケースに詰め込む。ぎりぎりのところで鍵が閉まると、さて、決勝戦は日本で 見るぞー!とチェックアウトをして、ロッシオ広場へ向かう。リスボンカードの最終日。やってきたエアポートバスは それを見ることもなく乗車。なーんだ、ほんとうに問題ない...。ポルトに到着したときと、全く同じように 快適に空港まで運んでくれるのであった。何もかも問題のない日々だったなあ...。

 しかし、日本に帰ると言うことだけで、ワタシタチの日常は過酷にストレスフルに展開して行くのである。 座席指定をしているのに、違う席にされてしまった。また戻って長蛇の列につき直して、クレームするのもめんどうだと 思い、エアフラに乗り込み、例の堅いサンドイッチをかじっているうちに「座席指定できるからJAL悟空買ってんのに さあああ〜」と、怒りがこみあげて来て、ドゴールではおJALカウンターにクレームに行き、すでにそこの席は無いのだが、 別の席に替えてもらう。すると、満席にもかかわらず、となりが1席空いているので、ラッキーと思いきや、またCA がやってくる。「具合の悪いお客様が横になるので、その隣のひとがここへ移ってきても良いか?」と。またか! こういうお願い事を、連続で行うというのも、しかもおなじようなことを同じ人に!と、これまた納得いかない。 更に、やってきた田舎オヤジは最悪で...もう思い出したくない..ぐらい。とにかくフライト中も「絶対クレーム してやるううううう!」と、復讐鬼(!)化しているワタシが居た...。ポルトガルを出た瞬間からこの調子だからねえ..。 どうするんだ?この先ワタシ...。

★7月4日(日)★


<そしてホントウに終わった>

 5日の早朝、この結果を知り、さぞやポルトガルの人は落胆しているのではないか?と、心から気遣った。部屋に 転がっている、大会予想の雑誌が全く的はずれな予想に終わったのを見ても、この大会は全く読めなかったということがよくわかる。 しかし、 後日のあるレポートで、「ヨーロッパの端の小さな悲劇の似合う国ポルトガル、というイメージのしみついたこの国が、あきらめの海に 沈んでいるのか?と、思いきや、彼らは負けても元気に、あの、決勝に進出した晩のように、ロッシオ広場でお祭り騒ぎ を行った」ということであった。それを読んで、ワタシも納得し心から喜んだ。 そうか。そうだよな。だってポルトガル人って、そうなんだもん...。

ロッシオ駅は今日も静かにリスボンを見守りますです


■ 決勝 2004年7月04日 - マッチ 31 ポルトガル 0-1 ギリシャ ルス - リスボン■)

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