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【5月のイタリア日記1】
<2002W杯後:ワタシタチのリベンジ>
あれからもう3年経過した。もう来年の2006年はドイツでW杯が行われる。今、世界中各地では、そのことで一喜一憂しているところである。
イタリアへ行ったのも、2002年からしばらくご無沙汰である。あのときは、到着と同時に不幸な事件
(同行者の父上急死の報せ。急遽翌日帰国)に遭遇し、その後の日々も、なんとなく、自分たちも
含めて世界中が暗雲に包まれたような日々を過ごしたような気がする。人生においてそんな時期なのかなあ?と思うが、自然界の
猛威や、新型疫病の流行、大事故の報せを見るたびに、これからいったいどうなってしまうのだろうか...などと、空を仰ぎ見る日々...。
いや、そんな落ち込んでばかりではいけない。なんとか、疎遠になっていたイタリアとの縁を回復したいものだと去年あたりから思い続けて来た。まだまだ、
見ていないところはたくさんあるんだし、なんとかならないものかなあ?と。
年末あたりからイタリア常連の姐さんから
サッカーがらみで「インテルとローマ2月に見に行こうよ」(そうか〜トッティー王子も見たいなあ〜。)
「ミラノ・スカラ座は今度この演目だよ」(そうだなあ..ミラノへ行く大義名分には十分だなあ〜。うーん、でも年度末だからなあ〜。)等々...。
なんとなく「よし行こうっ!」という決め手が無いまま、ある日「5月8日のセリエAは、ミラン対ユベントスだから、これは見逃せ
ないよね」とのこと。ん?待てよ。キター!連休ぢゃん♪
8日日曜日の試合であれば、黄金連休の後半にかかるので、お休みも取りやすい。
その話を聞いて、ちょうどその場にいたゆききさんに
「ほんじゃ行く〜?」ということで「行けそうだわ..」と、意見が一致したので早速航空券を手配することにした。やった!とうとうイタリア復帰だっ!!
昨年までであれば、連休の後半でもPEXの料金はかなり高く設定されていた。この時期は、格安航空券で行くしかなかったのだが、今年は微妙に、
「あれ?ずいぶん安いなあ...」といったかんじであった。3日はさすがに値段も高く満席であったが、4日ともなると、6日が平日となる
ために、前半組と後半組に分かれるのだろうか?急に空席が見えだし、帰国の週明け9日のフライトは、
全く問題なく手配が出来た。それで、
料金も7月以降のハイシーズン前半並の値段であったので、これなら良いねえ〜と、ミラノまでの往復(またおJALだが...)を、
それぞれゲットしたのであった。とりあえずモウマンタイだねえ〜。
2002年の旅行のやり直しをするのならば、もういちど全く同じスタート地点に立って見るのもよいかな?と、思った。ホテルである。
ゆききさんにとっては、衝撃の事件(前述)が起こった場所であっただけに、ちょっと抵抗があるかなあ〜と思ったけれども、そのときは動揺して
ほとんどホテルの印象はないだろうと思い、実はとても快適だった..ということを確認してもらうべく(今のところミラノ定宿暫定王者に決定)、
ここから再スタートも良いかな?
なんて思った。それにあのとき行けなかった場所とか、今回行ければいいんだけどねえ..。
と、このように、ホテルまでは順調に手配が進んだ。ふと思う。そういえば、あのときいろいろ話につきあってくれたホテルのバーテンダー氏はどおしている
だろうか?今回会えるのだろうか?ホテルのサイトを見ると、どうも別の人に変わってしまっていてがっくりしてしまった。2002年の冬には
またミラノに帰って来るね。そのときは、日本のお酒持ってくるから..なんて言っていたのに、かなわなくなってしまったか?
そのとき氏にもらった焼酎「黒霧島」のワンカップを今も飲まずに大切に飾ってある。(日本のコンビニで売っているものと同じなんだけどね...。)
また、数少ないイタリアンコネクションを思い浮かべれば、6年前に
モンテビアンコ(フランス語はモンブラン)でお世話になったR氏とは、2003年5月以降突然音信不通となっていた。
その年は確か、「東京にワインを送ったから楽しんで欲しい...」という
メールをもらって、すごく期待して待っていた。が、船便にしても掛かりすぎる時間に、本人に確認をとろうとしたところで、何故か音信
が途絶えてしまった。本人のサイトもクローズし、メールも戻ってきてしまう...すっかりネット上で音信不通となったことで、
「ワインを送る」ということに、何かイタリアでは
不吉な(?)意味(たとえば、もう連絡しないでくれ〜みたいな?)
があるのだろうか?と、しばらく悩んだものであった。でも、結局そのあたりから、ワタシもなんだか身辺にいろいろあって、その行方不明ワインのことも
あきらめて忘却の彼方へ去ってしまっていた。ただ、心の片隅では確実に、「ああ〜だんだん
イタリアが遠くなって行く〜」と、カナシイ思いに駆られたものであった(今思えば、すぐ電話すればよかったのだったなあ〜)
そんなこんなで、今回突然イタリア行きがケッテーして、ふと、再びイタリアンコネクションはどおなってるんだ?と考える。ある日、根拠レスなのだが、
もういちどメール送ったら届くかもしれない、なんて、なんとなくそんな気配(?)
がしたので早速メルボを遡って送ってみることにした。すると、その妙な予感は的中して、送信成功したようであった!(何故だ?)して、数日後とうとう
返事が来たのであった。をー、電子メールというのは、こんなにもアナログ的展開があるのかいな?と、全くもって原因は不明
なのだが、とりあえず「イタ・コネ」復旧!
氏も何度もこちらにメール送ったが(君もそう思ったら電話しなさい)返事がなく、せっかく送ったワインももらいっぱなしで薄情なニホンジンだ..などと
嘆いていたとか...はあ〜。弁明することができてヨカッタよ...。
日本もイタリアも、郵便事情はかなり優秀と思われるのだが、まれにこういったことが起こるようである。
国際郵便の場合、保険を掛けていなくても、追跡調査はできる。但し、ものすごく時間がかかるのだが、
送付したときの伝票を必ず手元に残しておくことがおすすめ。でも、送った方から追跡を開始したほうが、効率が良いとのことであるが...。
とにかく、なんとか細々とした、「マイ・イタ・コネ」は復旧したのであった。
<イントロが長いが:その数ヶ月で...最後のあがき>
そうなのである。今回メインイベントとなるはずの8日の試合は、両チームが大変なデッドヒートを繰り広げ、両者譲らず、とうとう勝ち点も何もかもすべて
同率に並んでしまったのである!そして、あろうことか、ヨハネパウロ2世がお亡くなりになり、その葬儀によって日程が若干変更
されるなどという事態も起こった。なんということだ!ワタシタチのミラン×ユーベも日程変更かっ?!
しかし、バチカンの一大事は、その1節が日程変更となっただけで、8日の
試合は影響が無かった。けれども、日本でいえば今期「天王山」のこの試合。直接対決が地元ミランで行われるとなれば、この
チケットはプラチナどころではすまされない。チャンピオンズリーグもセリエAも完全制覇を目指す、目下ノリノリのACミラン。
ミラン主催のチケットは、ミランのサイトからオンラインで購入できるはずであった。通常
1ヶ月ほど前にサイトにアップされて、郵送・現地受け取りなどを選択し、現地受け取りの場合は、スタジアムのチケットブースで
2時間前に引き替えるというシステムである。この方法は、イタリアのサイトでは一般的のようで、ヴェローナのオペラもこの
システムであった。ところが、このプラチナチケットは、待てど暮らせどサイトに登場しない。とうとう2週間前に「来たっ!」と、
思って見てみると、いきなり「全席売り切れ」のマーク。がっくり...。あとで姐さんに聞いたのだが、出た瞬間は購入枠があった
ようなのだが、アクセスしても全然動かない状態で、動き始めた時には、すでに売り切れとなっていたそうである。姐さんでも
取れないものを、ビギナーのワタシがとれるものか...。いや、そういうものではないが...。
このことは予想外の事態(いや、かなり予想された=楽観しすぎた)
であって、通常ならば、現地に行ってからミランの「BPM銀行」や、
ミランポイント(ミランのファンショップ)のチケットブースで手に入るものだそうだ。(姐さんはいつもそのようにして手にしているそうだ)
それ以外であったら、もうダフ屋から買うしかないの
だが、偽造チケットやら高額ふっかけ等々トラブルが耐えないことは、日本と同様である。はあ〜これは「サン・シーロ(ミラン・インテル
の本拠地:ジュゼッペ・メアッツァスタジアムの愛称)」デビューは危うしかああ〜。という事態に陥っていたが、まあ、とにかく地元優先
が基本なので、このときすでに「テレビ観戦でもいっかー」とあきらめムードに陥っていた。
が、せっかく行くのだから、
最後のあがきとして、半日早くミランにはいる姐さんに、
BPMやミランポイントなどで情報収集してもらい、こうなったらとにかく可能性のありそうなところには、
種をまいておこうということで...マイ・イタ・コネ氏にも、ダメ元で「チケットを4枚〜」と奔走してもらうことにした。
しかし、時間がない!そういえば、新スカラ座のオペラチケットも東京に届くハズなのだがまだ届かない〜。イタリアからはラストミニッツで
「もうちっと時間をくれー」の叫び。今回は滞在が短いのでR氏の住むフランス国境モンテビアンコまで
足を運ぶのはどうかな?せいぜいトリノあたりかな?と思っていたが、その結果を聞くためにも、
往復7時間以上掛けて赴かねばならなくなったし...。はああ〜この緊迫した状況が、出発まで続くのだなあ〜あああああ〜。
★5月4日(水)★
<おJALもニホンジンも....>
そんなこんなで、不確定要素だらけの今回の出発であったが、それに輪を掛けて体調の悪いワタシであった。今年の花粉症はひどかった。
連休明けまで続くのかと思いきや、ぱたりと4月の最終週には終結していた。その置きみやげが、クスリの副作用によるげろげろ、げりげり(!)、
発熱..であった。ああ〜最悪だあああ〜。でもなんとか、最後の週までに体力を回復させて、胃腸も整え出発出来ることになった。5月の
イタリアは初めてなので、どんな気候か検討が付かなかった。おそらく、東京を変わらないとは思うのだが、何しろモンテビアンコまで行くのだし〜
今回は、前回果たせなかったイタリア側最高峰ポイントまで行く気満々であったのだ。セーターも入れていこうっと。全天候ピステジャンパーも入れて...。
こんなもんだろうなあ〜というところでスーツケースの蓋を閉めた。
心配された新スカラ座のチケットは、2日前に自宅へ到着した。ヨカッター。これでひとつ不確定要素がクリアされた〜と思ったが、そのほかの
事は、とにかく行ってみてからのオタノシミでいいかあ〜と開き直って、サワヤカに出発する。
連休中なので、成田は超大混雑かと思いきや、全くそんなことはなかった。いつもの
週末午前発(10時頃の出発がイチバン多いそうである)と変わらないようであった。このときからおJALはWEBチェックインも導入スタートし、
自動チェックイン機よりも前の3日前から受け付け出来るので、とにかく早め早めにフィックスできるので....って、JAL悟空のチケットは
事前座席指定ができるから不用では?と、思ったが、この段階ではフィックスまではしていないので、これをしてもらえると、おJAL的には有り難いようである。
200マイルのおまけが付いてラッキー?
おJALも、JASと統合してから、どうも調子が悪いようである。ここに来ていろいろ小さな事故が続いている。管制が悪かったり、些細な
ことでも大げさに取り上げられてしまうみたいなツイてないところもまああるのだが..。前回の香港からの帰着便も、到着便の遅れで出発が
かなり遅くなったことがあった。今回もさて搭乗〜と思ったところで、同様の遅れにより、まだ機内清掃中とのこと。この日は40分ほど搭乗が遅れた。
関係者の証言によると、こういうメンテナンス系のスタッフを削減している影響だそうだが...。お掃除ぐらいは許すが、整備はきっちりやって
ほしいものだが...。
各国の空港で指定されているミニマムコネクティングタイム(最短乗換時間)は、大きな空港で40分ほどが一般的であるが、他社便に乗り継ぎの場合は、
もっと時間を要するので、結構はらはらするものである。今回は、乗り継ぎがないので良いのだが、昼便で欧州に行く場合、乗り継ぎで行く
にはかなり時間がタイトになってくる。日本からの直行昼便で乗り継ぎの場合、同日乗り継ぎはかなギャンブリング
のような気がするなあ〜。今後、欧州航空会社のように、発着がずれずれで
読めなくなるのであれば、ますます夜便を利用するか、翌日の乗り継ぎに...と、安全策を取りたくなってしまうなあ..。でも、1時間ほどの
遅れであれば、定刻着まで復旧はほぼ可能と思われるのだが...。でも、間に合うか間に合うか〜って
12時間じりじりしているのもなんだか落ち着かないしねえ...。
欧州便のサービスは、アジア便に比べそんなに奈落の底に落ちたわけではなく、別に可もなく不可もなくである。今回の乗客は、
いつもの「欧州ニホンジン糠味噌夫婦の旅」とは違い、なんだか若いカップルが多いように思えた。新婚さんというよりも、
カレ・カノジョ的なワカモノが多く、ワタシの隣2席もそんな感じであった。糠味噌夫婦とカレ・カノジョの違いというのは、
真ん中にカレが座るか、オクサンが座るか...である。糠味噌は狭苦しい真ん中には妻を据え、旦那は奥に座って
食べ終わったものを妻のテーブルにガンガン置いたりし、CAの方とお飲み物のお願いをするのも妻の役である。カレ・カノジョは、らくちんな窓際に
カノジョを座らせ、カレは真ん中にじっと甘んじるのであった。そして、彼らは何故かノンアルコール族が多い。極道なワタシタチにしたら、
「ちょっとキモチワルイオトナ」だなあ...。トイレも「すみませーん」と2人そろって行くのである。
そして12時間オレンジジュースばっかりのんで...まあ、別にいいんだけどさ。あっちもこっちもそんな感じなので、なーんかサワヤカ
なのかもしれないけれど、やっぱニホンジンってオトナかコドモかわかんなくてキモチワルイ...。
ニホンジンを憂いながら(?)、ワタシの12時間はワインと食事と睡眠と少しの上海(麻雀ゲーム)でつつがなく経過する。成田で買った
日本プロ野球の特集雑誌を真剣に読んでいるウチに、もうミラノはそこまでになっていた。ああ〜楽しき12時間(?)の後、
3年ぶりのイタリアへどすんと到着する。
<天高く5月のミラノとは>
今回のフライトはニホンジンはもちろんだが、韓国人も大勢乗っていた。どうも聞くところによると、韓国ではおJALのチケットが
とても安いそうである。なのでわざわざ成田経由で欧州へ旅立つ人が多いとか?日本ももっと安くしてくださいな、と思ってしまうが..。
夕方の到着ラッシュ時間のようであったが、まあ、そこそこつつがなく荷物が登場して来る。何故か、東京から来ただけなのに、ゆききさんのスーツケース
が、ぼこっとへこんで居たのが謎であったが...。相変わらずやる気のない入国審査と税関をスルーすると、やった!イタリアだっ!
到着ロビーの中央付近にあるチケットブースで、中央駅までのチケットを買う。マルペンサエクスプレス(FS:イタリア国鉄)
も中央駅に行ってくれれば利用したい
のだが、とにかくバスがイチバン便利である。ちょうど停まっていたバスに乗り込むと、ほぼ満席で、イチバン後ろのいわゆる「番長席」をようやくゲットした。
時間はもう7時を回っていたのだが、まだまだ日が高く午後の昼下がりのようであった。去年のポルトに到着した時の、何とも言えない「清涼感」
はここにはないが、春と初夏の入り交じったような湿気も感じる優しい空の感じが、5月のイタリアなのかな?と感じた。
しかし、超満員の大型バスは冷房なしでは息苦しいが、直接風が当たるとまだまだ寒すぎる...。前に座っていた陽気なイタリアンは、
寒い寒いと、窓のカーテンを自分の腕に巻いてしのごうとして引っ張りすぎてしまい、レールからはずれる始末...
レールの金具がこっちにふっとんで来たぞー!アブナイなあ〜まったくもう...。そんなこんなで、日本は黄金週間でも
こちらは平日の夕方。高速道もところどころ混雑があり、いつもより時間をかけて中央駅へ滑り込む。ああ、そういえば、日本に帰国するゆききさん
を見送ったのも、このバス停であった。さて、また始めましょうか?といったところだろうか?
アンドレオラ・セントラルステーションホテルは、その名のとおり、中央駅から東側に5分ほどの位置にある四つ星ホテルである。ハイシーズン以外は
わりと手頃な値段を出しているので、とにかく、この立地条件からしても大変にお薦めのホテルだと思う。徒歩圏内であって、なおかつスーツケース
とともに移動可能なぎりぎりの立地でもあるので(舗装された道路であれば、転がせて行けるのだが、石畳はとてもムリ)...とはいうものの、やはり
日本と違って、ぼこぼこの道路は苦難だが、なんとかホテルに到着。いきなり「マキキさんですか?」。はいはいお待たせしましたね!
前回は、ここで日本からのメッセージがあって終わってしまった。今回もなんとなくハラハラしたけど、何もなくてヨカッタ。でも「部屋が今ダブル
ルームしかありませんので...」とのこと。でも、「えーシンジラレナイ!!」なんて騒ぐほどでもない(?)ので(あまりにも強く否定すると、同行者に
失礼ではあるまいか?)。まあ、空き次第変更ということで話をしておいたが、そんなことはちっとも信用していなかったが、とにかく疲れたので
チェックイン終了。何もかも変わりなく、部屋は更に綺麗にリノベーションされていた。テレビもハイヤットのテレビシステムのようなものさえ配備していた。
をーすごい。と、いうことでつれづれに見ていると、テレビのコマーシャルで、今晩チャンピオンズリーグ準決勝PSV対ACミラン放映!とのこと。
をーそうであった〜!荷物をほどいてくつろぎながらサッカー観戦。うーん、やはりリアルタイムで見るのは良いなあ〜と、1年前のポルトガルに引き続き、
欧州サッカー満喫の旅第2弾の予感...。欧州サッカー選手名鑑(?)などを見ながら、途中意識を所々失いながら(?)、
先勝しているミランに対して、ホームでのゲームであるためにPSVの必死の攻撃は鬼気迫るものがあり、
完全に流れはこちらにあった。しかし、同点で終了した瞬間に、なんと得点計算のルールで一歩及ばずACミランの勝利となったのであった。
なんでミランの勝利なのか解らないまま、でも勝利は勝利であって、これでミラン完全欧州制覇が濃厚となった夜であった..。
散々おJALで飲み食い三昧してきたけれども、到着の夜というのはなんとなくこのまま寝てしまうのは物足りない。
かといって、試合を見てしまったので、もう時間は11時を
回っていた。でも、今回は、イタリア料理三昧をするんだ!と、心に決めていたので(何せ前回は、ひとり旅になってしまったので、はいりやすいイタリア中華屋
巡りをしてしまったからなあ〜参ったなああ〜でもおもしろかったけどね...)、ホテルの近くにあるナポリ料理へ行ってみることにした。
外に出て見ると、すっかり真夜中で(あたりまえか?)、東の空が雷で光っていた。どうも、試合を見ている間に雷雨があったようであった。
気温もすっかり冷え込んでおり、こんな中お店が閉まっていたら、なんかカナシクなりそうな雰囲気のミラノの夜であった。ところが、幸運にも
周りは一軒として開いている店がなかったのに、目指すナポリは賑わっていた。ちょうど帰る客を見送っていた給仕人に「まだ食事出来ますか?」
との、基本会話必須用語。もちろん!ということで、この日は、アーティチョークがたっぷり乗った「お任せピザ(カプリチョーザ)」と、スズキのグリルとハウスワインぐびぐび
で、いきなり本領発揮の夜だった。ワタシタチのあとにも入ってくる客があって、どうも、フェリーニの映画かに出てきそうな(日本的にはモリクミさんか?)
美女?+じいさん+オヤジが夜食を食べに来たりしていた。この店は、イタリア映画の俳優や女優の写真、パネル、スチル写真などが
たくさんディスプレイされている。メニューもいろいろしゃれたネーミングがされており、たぶん、映画(シネマ)にゆかりの店なんだろうと思うのだが...。
まるで映画のワンシーンのような(?)イタリア版・モリクミさんの豪快な笑いにつられながら、第1日目は終わった。
今日の残りもの全部載せて見ました(?):すずきも焼いただけですがレモン絞ってドーゾ

★5月5日(木)★
<こどもの日は遠足だい>
時差ボケというのがあるが、ワタシは欧州ではあまり体験したことがない。これが、北米大陸に行った日には、もう、しばらく
ぐらぐらしていたのだが、たぶんワタシの中はこっち周りにできている(これまた根拠レス)んだろうな...と、自覚している。
もう着いたその日から、朝は朝、夜は夜で割り切れるようになっている。そして、そんな早朝...まだ7時前に電話が鳴る。
どうも姐さんからのようであった。姐さんたちは、昨日昼ミラノに到着して、用事を済ませてからパルマへ向かったのである。
ミラノでの結果報告をすると聞いていたが、こんな早くにかけて来るとはああああ〜。で、結局BPM銀行も、ミランポイントの
チケットコーナーも、そうった「正規のルート」では全く手に入らなかった!とのこと。唯一、ミランポイントの外にダフ屋が居たので
場所と値段を聞いてみると、1枚400ユーロとか言っていたとかいないとか..400つったらあんた5万円だよ5万!でも、
姐さんは「この試合は見逃せないから700でも出すわっ!」とイキマイテ居たようだが、なんと、なんと「ミラノでスリにあった」
とのことである。何っナニーっ!!75ユーロとカードやられたわっ!とのこと。おいおいそんな状態で700ユーロはどこから出て
くるんだああああい?と、朝からつっこみ一撃したいところであったが、とりあえず経過報告のみで慌ただしく電話は切れた...。
話が終わって時計を見てもまだ7時前であった。電話を受けたゆききさんから概要を聞くと、「とりあえずまだ早いので寝直すか...」
実は、ミラノでもローマでもパリでもロンドンでも香港でも池袋(?)でも、ワタシの周りには被害に遭った人がたくさんいる。ゆきき
さんもそのひとりである。姐さんも、たぶんフツウの日本在住イタリア人よりもイタリア−日本を往復していると思われるが、
そんなイタリア慣れした人でも会う時は会うのである。ツアー客をねらったジプシーに囲まれたりとか、ケチャップをかけられなくても、取られるときは取られるのである。
で、先輩のゆききさんからのアドバイス:まずカードをストップして、警察で被害届を作成してもらうこと。これは、保険の請求時に
必要なので、最寄りの警察で混んでなければその日のウチに受け取れ、また、姐さんによれば、ミラノで被害に遭っても、パルマの
警察でも作成可能とのこと。帰国後保険金で新しい財布ぐらいは買えるとのことで、万が一の時にどこへ行けばよいかだけでも
覚えておいて頂きたい。遭わないに超したことはないが...。あわてずさわがず...でも悔しいなあ...。
ああ、そういえば、姐さん。昨日誕生日だったような...。
朝食は11時までホテルで取れる。ビュッフェスタイルで、ケーキやパンの種類も多く、コールドミートも充実して、卵料理などもあり、
明るく綺麗な朝食室は居心地が良い。ただ、コーヒーもセルフになってしまったのが残念なのだが...。
今回は、時間はあまりないのだが、とにかく「遠足」も行くぞーということになっていた(いつ決まったんだ?)。して、今日は「湖の日」。
コモ湖は行ったことがあるので、ではいざマッジョーレ湖へ...ということにしていた。昼過ぎには到着して、
あちらの有名レストランで食事をしようと思っていた。いちおう、国鉄(FS)のサイトから時刻表をプリント
して持ってきていたが、中央駅発分だけであった。ミラノからマッジョーレのアクセスは、ストレーザという駅までFSで行き、この地の見所である湖にある、
小さな島めぐりには、フェリーやモーターボートで巡る。というものである。しかし、距離的にも100キロ未満なので、インターシティー
などで行っても準急で行っても、あまり所要時間は変わらないなあ〜と、思っていた。ならば、ポルタガリバルディなどの近郊線が
多く出る駅からならば、もっと頻繁にあるのでは?と、思い、昼前にポルタガリバルディ駅を目指した。が、それはちょっと違っていたようだ。
中央駅から地下鉄で2駅。地下鉄はいちいちチケット買うのめんどくさいので、何回か乗るときは1日券が便利である。夜の券売機
のあたりは、変な人がたむろっていたりするので、リスク回避(?)も含め、元が取れるようであればおすすめである。ガリバルディでは、ついでにR氏の待つ
モンテビアンコの麓クールメイユールへのバスチケットもゲットできて一石二鳥と思っていた。ところが、中央駅で検索したストレーザ行きの
時刻表=ガリバルディ発も含む、であったのである。チケット売り場で準急(IR)分のチケットをゲットしたあと、時刻表を見ても、
中央駅と同じ内容でがっかり。イチバン早い便で、1時前の出発となる。あああ〜時間が〜。ストレーザの「グルメがうなるレストラン
」に
果たして間に合うのかああああ〜。
ということで、ぽっかりと時間が空いてしまった。しかーし、グルメがうなるレストランに行くので、何か食べて時間をつぶすことができない。そうだ、バスチケット
ゲットしようということで、ガリバルディ駅前のバスターミナルへ向かう。アオスタ方面のバスは、以前はスフォルツェスコ城前広場の一角にあったが、
現在はこちらに集約されているようであった。FSの駅の向かい側で乗り継ぎにも便利かもしれない。さてチケットはいくらだったかな?
と思いつつ、往復チケットを購入。往復で25ユーロであった。行きの時間は7時発と指定してあったが、帰りはオープンになっている。
係のオネーサンも、帰りはこれで運転手に見せれば乗れる、ということを言ったと思うが、はっきり聞き取れなかったので「え?」と聞き返そうと
すると、横にいたゆききさんが「OK〜」なんて納得していた。あり?いつからイタリア語の達人に?スゴイ!と思って「解った?」と聞いてみると
「え?なんとなく雰囲気で...」と、言っていた。そうか、ワタシもそんな気はしたさ...。
これで明日の遠足の足も確保でき、効率が良いといえば効率が良い...が、時間があるので、モスコヴァあたりから
時間の許す限りミラノ散歩でも〜ということで地下鉄に乗る。地下鉄に乗る人々を見ると、もうすっかり夏!のような格好の
人もおり、まだまだ肌寒いですわね...みたいな人もいて様々である。しかし、地下鉄の広告などを見ていると、ヴァカンスに向けて、
最新超ビキニの特大超セクシーポスターが踊り、その横では「あなたの悩み解消〜」と、ちょっと太めの人向きダイエット広告などがあり、
笑えるのだった...。
モスコヴァからブレラ地区を通り抜け、ああ、なんかこの辺は見覚えがあるなあ〜と思いながらしばらく行くとスカラ座の横に出る。
そこからガレリアを抜けて行くと、世界各国のオノボリが集結する、観光地・ミラノの顔になる。でも、目玉の大聖堂は、ほとんど顔を
隠したような、修復中の姿が痛々しかった。なんというか、こんなに隠れてしまったら、記念写真もままならないかもしれないなあ〜。
なんて、ところでタイムアップ。地下鉄でガリバルディ駅まで戻った。
2階建てローカル線:がらがらでっす

<そしてグルメのうなる店へ向かったのだが...>
1時前の電車は2階建てのまどの汚れがこびりついて落ちない、ローカル線である。だいたい、乗り込むと検札はやってくるのだが、
今回はまったくやってこなかった。乗客も、通勤通学の地元の人の足といった感じで、お昼過ぎは閑散としていた。ミラノのほこりっぽい
街を抜けると、ほとんど高い建物(ミラノもそんなにないんだけど)も見あたらなくなり、どこまで行ってものどかな風景が続く。
ロンバルディア平原は広々と単調である。春の花が所々咲き、畑や水田も農作業はこれから始まるような感じであった。
マッジョーレ湖は、イタリアとスイスの国境にまたがる、縦に長く広い湖である。ミラノから1時間ほど経過すると、だんだんとその姿を
現してくる。コモ湖などと同様に、湖畔には赤煉瓦色の家々が立ち並び、それらは近郊の人々の別荘となっているようだ。
有名なセリエAの選手もこの地に別荘を持っているそうだ。電車が湖畔の街に停車するたびに、湖の全容が次第に明かになってくる。
いくつめかの街をとおりすぎて、ストレーザに到着するのであった。
ストレーザは、マッジョーレ湖の観光の拠点として有名な街である。アーネストヘミングウェイは「武器よさらば」の舞台を
この地に選んだ。欧州戦線に従軍した米国人作家は、傷ついてイタリアに逗留した経験から、再び彼の地に戻り、各地で歓待され、
酒場を転々とし、その結果
数々の作品を生み出した。この場所もそのひとつなのである。また、この地ゆかりの日本人で言えば渋澤龍彦の作品にこの湖が登場することで
知られている。イタリアを描いた外国人はもっともっと数多くいるのだけれどね...。
湖の中央には、かつてこの地で栄えたボロメオ家の別荘があったことで有名な島とそのほかにいくつかの島が点在する。
ボロメオ家にちなんで、この島々は「ボロメオ諸島」と名付けられている。湖の外輪を、初夏の山々が囲み、その先には、国境を
接するスイスの雪をたたえた白い山々が彼方に見える...。大変に風光明媚なこの土地を訪れる人々は、
いにしえのハリウッド映画で、国境を接するこの湖からスイスへ
逃亡をはかるラストシーンを思い浮かべるひと、渋澤ワールドのファン(?)、春を待ちわびた北欧の観光客...そして、うまいもんを
求めてやってきたニホンジン2人...。
マッジョーレ湖 「えーとスイスは〜ここまっすぐ泳いでいってください」

到着はもう2時過ぎていた。通常ランチタイムは3時ぐらいまでが目安である。その後彼らはお休みを取り、再び晩餐に店を開ける
のは7時か8時、というのが、至極まっとうな食堂の時間割である。ノンストップであるとか、24時間であるというのは、やはり、
異常なことなのである...。ネタ本「ガンベロロッソ」の地図を簡単にメモ書きをして、住所を持ってやってきた。だいたい、
どんなところでも迷わずに行けるワタシであったが、この日はなんだか不調であった。地図のポイントの位置がいい加減ということ
もあるのだが、どうもみつからなくて文字通り「路頭に迷って」しまった。はあ〜無情にも時間だけが通り過ぎる。ストレーザの中心部を
ぐるぐる、ぐるぐる...。住所までわかっているのに不本意であったが、えい!もう地元民らしきオヤジが歩いてきたので聞いてみることにした。
すると、奇跡的にオヤジは「ああ、しっとるしっとる。ここをまっすぐ行って左だよ、いいね」と!やった!そうか..なんどもとおったあの道に
あったのか〜オヤジありがとう!くまなく見たのになあ〜そっかそっか...って...ないぢゃん!「左へ...」と言った手前にも小道があったので、
そちらも行ってみたが「ないぢゃん!」はあああ...。もう、イタリアオヤジなんかに頼ったワタシタチが馬鹿だった...。
もう時間は3時近くに
なっていた。ああなんてことだ〜。商店はもう昼休みを終えて、店を開ける準備をしている。困ったときはオネーサンに聞け!ということで、
荷物の整理をしている、雑貨屋のオネーサンに聞いてみることにした。目の前の広場を左にはいったところよ、ということで、そうかーと、
店を出ようとしたところに、なんと、さっきのオヤジとばったり「なんだ!まだ解らないのか!着いてきなさい!」っと、再びオヤジに連れられ、
もと来た道へ。そうして「ほらっ!ここだっ!」と自信満々に店を案内して、やや怒り気味にその場を去っていった。しかし〜この店
違うんですけどねえ〜...。オヤジの勘違いであったようであった...。気を取り直して、オネーサンの言っていた方向へ歩いていくと、
「あああっ!あっったあああ〜」。オヤジの言ってた方向とは全く逆方向に、その目指す「グルメのうなる店」があった。が、しかし、
1組のグルメがうなっていたようであったが、すっかり、昼の部は終了しており、レジを締める音がムナシク響く。念のため店主らしき人物に
聞いてみると「おわりだよ」と言われた...。
<失意の麦ご飯と芦ノ湖遊覧船*イゾラ姉妹(by渋澤龍彦)の素顔とは>
はああ〜と、めくるめくイタリア伝統料理を食いそびれたワタシタチは空腹のままストレーザの中心部をさまよい歩く。しかし、先ほども述べたように「まっとうな」食堂の
時間帯はとっくにすぎていた。こんな店は入らないよっ!というような、いかにもハズレそうな店にも「終わりですよ〜」と断られる始末。
はあ〜。しかし、この街は期待していたほど、お買い物できそうな趣味の良い店がないねえ〜。これならばコモ湖のベラッジョなどは、
遠足にも買い物にもグルメにも対応できるので、圧勝だねえ〜なんて言いながらさまよっていると、ギネスの看板。中からサッカー中継
のテレビ放映が聞こえる...。とりあえずギネスでも飲んで休むか...。困った時は「麦ごはん=ビール」だよっと、とにかく足が棒だったのだ。
店に入ると、地元のオヤジが集う店であった。カウンター中にあちこちのサッカーチームのペナントが張り巡らされ、きっとそんなカルチョマニア
の店なのだろう。ワタシタチはオヤジ族の視線を避けるように、テレビのあるほうのサルーンに腰を掛ける。はああ〜。オヤジの集う店に
しては、若くてナイスな給仕人が登場してとにかく、困ったときの麦ご飯「ギネス!」。テレビではワールドスポーツの放送だったので、イタリアの
チームの試合ではなかったが、ひといきつくには十分であった。ギネスで飢えをしのいで(まるで産業革命時の貧しい英国人(いやギネスはアイルランドだが..)
のようだなあ〜)さてさて、
せっかくなので、美しき島々の見学と行きますか!
困った時のギネスパブ:飢えをしのげます...

ボロメオ諸島への観光は、ベッラ島とペスカトーリ島、ちょっと離れたところにマードレ島というのがメインのようである。ギネスパブを出て、
湖畔に向かって歩いていくと、観光船の乗り場の建物が見える。その手前には、モーターボートの巡回観光タクシーのカウンター
があり、いかにも〜という船員たちが客引きをしている。観光船のほうは、わりと大きな周遊船で、定期的に各島々を周遊している
と思われる。この「思われる」というのも、実は、このぎりぎり「クモスケ系」巡回モーターボートのほうに先に声を掛けられてしまったので、
その値段などはチェックできなかった。(残念)ま、しかしそうは言っても、かつてヘミングウェイや渋澤氏が乗ったのは手こぎボートであったかも
しれないが、その、正統派マッジョーレ観光の流れはこの「クモスケ系」で、島巡りをすることなのかな...と。クモスケに連れられ、
値段を確認すると、マードレは遠いので、これを入れるとかなり高い。今回は時間がないのでパス。ベッラとペスカトーリ島を選び、更に、
途中下車(ストップオーバー)して、観光をするとちとチャージされる。気分だけというならば、ボートに乗りっぱなしというのがいちばん
安いようだ。ワタシタチは、せっかく来たのだし、島も上陸してみたいと思い、15ユーロ支払い2島めぐりへ出発する。
最初に向かうのは、ストレーザから近いベッラ島ではなく、横目に見ながらペスカトーリ島へ。この島はベッラ島に比べると、名前の「漁師の島」
という通りに、静かな庶民的な島である。今でも漁業が盛んなのかは定かではないが、船着き場の裏手には、それらしきボートもたくさん停泊
していた。島はぐるりと、およそ15分もあれば1周できてしまう。学校帰りの子供達が、観光地の湖とは思えないほど透明な水が打ち寄せる湖畔
で、楽しそうに遊んでいた。路地をはいるところにあったホテルのエントランスには、ピンクがかった紫色の藤が、日本のようにきれいな藤棚に手入れ
されていた。遠く外国に来て、日本と同じ花を見ると、なんとなく不思議な気がするが、そのほかにもライラックや、ツツジ、あじさいなどおなじみの
花があり、そういうのを目にすると、無性にその場所に親しみを覚えたりするのだった。もう時間は5時近かったが、強くなりつつある日差しを求めて、湖畔で日光浴をし
ているグループもいた。
最初の写真の答え:ペスカトーリ島の藤棚でした♪

ぐるりと1周して、もと来た船着き場へ戻ると、ちょうど結婚式(平日なハズだが?)があったのか、華やかに着飾った人々が集っていた。
モーターボートは、会社毎にシンボルが決まっていて、チケットに書いてあるマークを付けた船がいれば、それに乗っていくことが出来る。
次のベッラ島へは、ドイツ人かな?という家族2組と一緒だった。後ろのデッキに、子供達がしぶきを浴びながら座っている。はらはら
する光景だが、日本のコドモよりもしっかりしているので絶対落ちそうにないなあ〜なんて思うのであった。なんでそんな気がするのかな?
そうこうしているうちに、ベッラ島に到着する。小学生ぐらいの遠足の一団やら、たぶん(?)ドイツ人やイギリス人と思われる観光客が、
ペスカトーリ島よりもたくさんいるようであった。この島は、かつてボロメオ家の別荘であった邸宅が島のほとんどを占めている。写真で良く
見る、バロックの、アル意味奇怪な庭園・装飾で有名である。渋澤氏や「ヨーロッパ怪奇紀行」で有名な
荒俣氏などは、こういった「怪奇派」の欧州芸術に、大いに
インスパイアされるのであろうが、なんとなく、ワタシはそのおどろおどろしさに、その中を見学することなく「パス」。よく見ると、そのエントランス
周辺に敷き詰められている、黒い丸石の石畳も、なんとなくキモチワルイ感覚が足底から襲ってくる始末であった...。ぞわわわ〜。
左から:ペスカトーリ島・ベッラ島ボロメオ家の邸宅・ベッラ島からストレーザ方面遠景

ベッラは美しい・麗しい、という意味である。その麗しき島は、邸宅以外は今となっては良くある観光地のひとつとなっている。土産物屋が
建ち並び、テラスレストランが海の家のように軒を並べる。そんな、ありきたりの観光地にうんざりして、横道にそれると、秘密めいた迷路の
様な小さい坂道が島の本当の顔かもしれない。ボロメオ家の門前街は、猫のトイレがあちこちに設置してある、実はのんびりとした生活が
ひっそりとあった。表側はさながら、箱根芦ノ湖のようなノリであったが、このネコ路地にいる
女王猫がゆっくりこっちを向いた時、まあ、今となってはこんなものよ...
と言ったような気もした、イゾラベッラであった。
マッジョーレ猫コレクションにゃ
石垣の獲物を狙うきじとら・おそらく女王様・昼寝くろねこ

白く雪をたたえた山を望み、初夏へ向かう青い山々に囲まれたベッラ島を後にするが、先ほどよりも、風が強くなって来た。
すると、5月でも十分暖かいなあ〜と思っていた気候も一変しそうな気配。湖面も海のように波立ってモーターボートも
かなり揺れて来た。ストレーザ近くの、ケーブルカー乗り場にいったん停泊したあとに、もとの場所に戻ってきた。そこでチケットは
回収されて、マッジョーレ・ボロメオ諸島ホッピングは終了するのであった。
モーターボートの船内。家族旅行と同舟:そんなに船内は広くないのだ

時計を見ると、5時過ぎであった。観光といっても、ほんの数時間あれば完了するコースなので、日帰りにはもってこい
かもしれない。しかし、このあと、グルメのうなる店が再びオープンする7時30分まで時間をつぶす術がない。地元の
スーパーなどを冷やかしたりして、ここで粘ろうかとおもったけれど、来たときも思ったように、見所・お買い物処がないので、
あきらめて、ミラノへ戻ることにした。これから帰って8時ぐらいから夕食ならば、ちょうど良い時間だしね。
駅では、60年代風のお金持ち風ファッションで身を固めた中国人のオネーサンが、切符売り場で大困惑していた。
携帯で知り合いと連絡を取りながら、FS職員をナニヤラ大もめしていたようでしばらく眺めていた。すると、オネーサンは
ワタシタチを見つけて、安堵した表情で近づいてきて、中国語で一部始終を語り始めた。どうも、また中華娘と
間違えられたらしい!申し訳ないが話を遮って「ヤップンヤン(=ニホンジン)ですよ」と言うと、オネーサンは落胆して、悪かったわねえ〜
といって、また駅員とバトルに戻っていった。ワタシタチも力になれなくて申し訳なかったが〜仕方ない。そんなこんなで、
どたばたとミラノに帰還することになり、そうなると、すぐにも戻りたい。普通列車の切符しか持っていなかったので、
すぐ数分後にやってくる特急に替えてもらうべく、料金を追加したりしていた。が、そのとき切符の枚数が増えて混乱して
しまっていたので、帰りの切符に改札刻印をしなければならないところ、行きの切符に刻印してしまった。はあ〜。
検札に来たFSのおっさんが何か言おうとしたが、こちらの勘違いと解ったみたいなので、おとがめ無しで通過していった。
レストランが見つからなかったことや、意外にも、マッジョーレは芦ノ湖並であったことなど、今日はちょっと厄日なのかなあ?
<あらためて問う:良いレストランとは?>
ミラノに戻り、ホテルでもういちど行きたいレストランをチェック。かといって、遠足で疲れて、更に空腹であったので、
あまり遠いところへ行く気力がなく、近場で
人気のある店をチェック。すると、レッパブリカのあたりに何軒かあるのを発見。ガンベロロッソでも高得点を獲得している
店というのは、料理はもちろんのこと、サービス、内装、店舗の立地、ワインリストなどいろんな角度で採点をし、
カテゴライズしている。ざっと眺めていると、イタリア料理に限らず、各国料理の店もランク入りしているのだが、
そういったところは敢えて必要はなかろう。が、ミラノやイタリアの食のトレンドが伺われるような気がするので、どんな事
が書いてあるのか..特に和食のところなどは興味深い..といっても、イタリア語を読むのは大変なのだが..。
地下鉄に乗り目指すレストランへ向かう。しかし〜なんというか、ミラノはなんか街全体が、ゴミと工事現場と
落書きに覆われすぎていて、ずいぶんと印象が悪いのであった。中心街はそうでもないといっても、そのすぐ外側に位置する
地域が、埃っぽいやつれた都会のような顔をしているのは頂けない。もっと綺麗だったような気がするんだけどなあ〜。
と、目指す「JOIA」という店を発見。が、中でどうもパーティーをやっているようであった。ああ〜やられたかあ〜と、良く
目を凝らしてみると、なんとニホンジンの会社のパーティーのような感じであった。入り口で店員を呼ぶと、申し訳なさそうに
ニホンゴで「ゴメンナサイ」と言っていた。感じも良さそうで残念であったが、
このあともしばらく空席は望めない様子だったので、次を探すことにした。
このJOIAのそばにあるトスカーナ料理のLUCCAへ向かった。ほんの2〜3分離れたところであったが、ワタシタチの前には
高級車から降りてきたおじおばさんカップルが店にはいるところであった。そのすぐうしろから、中にはいろうとすると、
すぐに入り口に鍵が掛かるようで、ガラス越しに東洋人とイタリア人らしき給仕人に合図して開けてもらった。まあ、予約も
無く、飛び込みであったのだが、この二人に今入れるか聞くと、なんとなく困ったようなめんどくさそうなそぶりをしたので、
予約ないし、一杯なら結構だけど...と言うと、あーハイハイ大丈夫だから、こっちだ...いいから早く来い!
というような通され方をした。
ちょっとその対応に驚いて、しかもその案内する先が厨房の裏側だったので、なんだかものすごく不快で不満に陥ってしまった。
すぐにでも帰ろうかと思ってしまったが、とりあえず、席があったのでまあ落ち着くことにした。周りはホントにラフな格好の
地元の宴会やグループで、表から見えない宴会場のようであった。こういうときは、自分の着ているものとか、言った事が
いけなかったのかもしれない、とか、やはり自分に落ち度があったのか?といろいろ思ったりして不快になるが、
この周りの人々を見る限り、そんな気にすることはなさそうであった。その給仕人のカラーであったようで、
単に仕事の荒い奴であったようである。そうなると、残念なことに、このひとりのおかげで、
鍵をしめたり、敷居を高くしているが、普通の店なのかな?と思ってしまうのであった...。なんかがっかりして、味も
そこそこだったけど、全然いやなことのほうが印象に残ってしまった。やっぱり厄日だったのかなあ〜。が、そこでも
ワイン2本クリアして、チップなどはいっさい置かずに店を後にした。あああ〜グルメ本の明暗といったところであろうか?
あ〜やっぱグルメのうなる店がよかったなああ〜:調理場裏の宴会場にて...
気持ちが暗いと写真も暗い....とほほ

★5月6日(金)★
<モンテビアンコ再び...>
昨晩、ホテルに戻る前にネットポイントに立ち寄り、各々贔屓チームの好調を確認。ああ〜ワタシタチ
が日本で応援していなくてもがんばってるねえ〜と思うと、なんとなくツイてなかった昨日もすっきりクリアできたのであった。
3年前にもあったこのネットポイントは健在であったなあ〜。
この日は早起きして、ポルタガリバルディ駅前バスターミナル7時発のバスに乗る予定である。しかし、ちょっと時間がぎりぎりになって
しまったので、中央駅からタクシーを飛ばして行くことにした。山だから寒いだろうなあ〜と、思って、昨晩いろいろ
準備したが、果たしてどんな感じなのだろうか?
イタリアは、鉄道が思ったよりも便利で、主要な都市であれば大体網羅できる。が、小さい都市へのアクセスは、このバスを
利用するのが良いようである。鉄道で行くと、とても時間がかかるようなところでも、直通で時間も少なく行けることも多い。
今回のモンテビアンコを始めとする、ヨーロッパアルプス方面へ出かける際も、バスがいちばん便利のようだ。所用時間が
3時間半となると、とても遠く感じるが、鉄道で行った場合も、本数が少ない上に、それ以上時間がかかるようである。
バスの利用者は、今回、ニホンジンの女性がひとり乗車していたが、ほとんどローカルの人々といった感じである。おそらく、
スキーのシーズンであれば、その目的の人達も多く乗っているかと思われるが、今回はほんとに10数人乗っているかどうか?
といったところであった。ビルゲイツに似た運転手さんといざ出発。
前回は、運転手の気分だったのか?行きは1回バールに立ち寄ったが、今回はノンストップであった。ミラノからトリノ方面の高速に
乗ると、まったく平坦なロンバルディア平原を突っ走るしかない。昨日のマッジョーレ湖までの道のりと途中まで同じところを行く
のだが、ほぼ2時間はその調子である。と、いってもワタシタチは爆睡しているのであったが...。トリノの標識が見えてくると、
段々山が近くなってくるようである。この先はこれまでの平坦な道とは打って変わって山岳地帯に突入することになる。
アオスタの駅で、今日の乗客がほとんど降車していく。ニホンジンの女性もこのあたりで下車をしていった。ニホンジンの
友人を訪ねてきたようであった。これから以降の山岳ドライブは、ほとんど貸し切りでひとりで乗っていたオネーサンも「ええ?
こんなところで降りるの?」と言ったところで下車していた。いったいそこにナニがあるんだっ!(たぶん自宅と思われるが)
アオスタをすぎて、およそ1時間ほど経過して、見覚えのある風景の先にクールメイユールの街が現れるのであった。そして、
6年前と同じように、R氏はそこに立っていた。をー!またやってきたぞー♪
バスの運転手ニセ・ビルゲイツ氏とは顔見知りらしく、そうえば、途中でニセゲイツ氏の携帯が鳴って、
ナニヤラゆききさんに話しかけていたことがあった。どうもそのときワタシタチが乗っているかR氏が確認したみたいで、
イタリア語で「Rさんの知り合いなの?」と聞いたけど「全然通じなかった!」と言われた、と笑っていた。
急に聞かれてもねえ〜こちらは寝起きなんだからさー。ということで、再会を喜び、とりあえず空腹であったので、
バスターミナルそばのカフェで軽く朝食。ここで、懸案事項のミラン×ユベントスのチケットについて報告を受ける。
やはり、直前であったことと、今回はホントに品薄のプラチナチケットであったらしく、20ユーロの席が1000ユーロ
にまでなったとか...で、結局あまりに高騰しすぎていたのでマトモなルートでは取れないので断念した、とのこと。
しかし、通常の発売の前であればなんとかしてあげたのに〜と残念そうであった。R氏も、場所柄ユベンティーノかと
思いきや、ミラニスタだそうで...がっちり、チケットを取れる知り合いが居るから...と言っていた。その人を通じて
、いまをときめくストライカー・シェフチェンコのサイン入りユニフォームを息子のために入手した〜とのこと。次回は、
是非是非お願いしたいモノである。そんな強力コネクションを行使するには、やはり試合の約2ヶ月前、一般発売前でないとムズカシイ
そうである。
ところで、このクールメイユールにニホンジンの住人はいないそうだが、スキーシーズンともなると、
各国からやってくるスキーヤーの中に、ニホンジンの姿もあるそうだ。しかし、以前の話であると、モンテビアンコ
周辺でいうと、フランス側のシャモニーのほうが人気が高いと言っていた。いまひとつ伸び悩む、ニホンジン
集客率...というところであったが、こんなふうに、ひょんなことから、はるばる訪ねてくる謎のニホンジン
コネクションが出来て以来、R氏も除除に日本の風が吹き始めたようである。
というのは、2006年のトリノオリンピックのことである。
次の冬季オリンピックは2006年トリノで行われる。冬のオリンピック大会は長野以降不調続きの日本選手団であるが、
ここらでお家芸の数々を復活させたいところである。しかし、ワールドカップの結果を見る限りでは、一時期の華やかさ
からは遠のいているようだ。そういった経緯もあって、冬のオリンピックからニホンジンの感心が遠ざかっている事は
確かである。しかし、ここに来て、女子フィギュアスケートの華やかな躍進・ フリースタイルスキーの実力が注目
され始め、ようやく「ああ、次はトリノなんだ〜トリノってどこよ...」てな、ところまで上がってきていることは事実である。
そんな日本選手団の大会前のトレーニングに、このクールメイユールが選ばれたそうなのである。
(3月後半に一般紙上で記事になっていたようである。見逃したなあ〜)ピエモンテ州とアオスタ州で
場所が違うぢゃない〜と思うかもしれないが、ここは高速道路の交差する地点であり、実は今回の山岳部で行われるアルペン
競技会場へのアクセスも、トリノ市内へのアクセスも良好であるとのこと。して、日本選手団は大会の10日前から、ここで
キャンプを行い、大会開始後はまだ未定のようであるが、会場へ直接向かう場合、なんと、このR氏が輸送を担当するとのことである。
なんと〜ニッポンがこんなに近づいてきたではないかああ〜!
<日本選手団に先駆け下見見学する部外者(?)>
ということで、意外なことにニッポンブームに沸くクールメイユール。R氏はまず「日本選手団の施設を見せてあげる」ということで、
スポーツセンターへ車で向かった。山小屋風の作りのこの巨大な建物は、欧州で2番目の規模を持つスポーツセンターとのこと。
様々な国際大会もここで行われる。関係者ということと、この町の番長(?)であるR氏はどこへ行っても歓待される。そして、
どこへ行っても顔パスである。メインアリーナでは、つい昨日までスケートの大会が行われており、お次はなんとその氷の上でバレーボールの
国際大会だそうだ。そういえば、日本の男女チームもここで試合を去年おこなっていたが、その会場がここだとはねえ〜。会場の
担当者がわざわざ説明をしてくれる。今回は日本は参加しないとのことだが、確かに去年は来ていたと言っていた。しかし...流暢な
英語である。てっきりこの街の人々は、R氏のように「超・イタリア英語」だと思っていたらとんでもない。場所柄、フランス語・英語・ドイツ語が
飛び交う土地である...当然どの言葉もウマイのが普通だということが良くわかったりして...。
ワタシタチにとって「超・イタリア英語」のほうがワカリヤスイんだけどね。まあ、それはさておき、ここは他にも、様々な種目の
トレーニングが行えるような充実した施設満載であった。カーリング場(初めて見た)、ゴルフのフォームチェック用の打ちっ放しブースや、地下に
インドアテニスコート、はたまた、ディスコまですべて一カ所に完備されている。アカルイ陽のあたる食堂も良い感じで、体育館のイメージよりも、
リゾート施設といった風情である。おそらく、日本の選手たちも気に入るに違いない。おまけに、施設を一歩出て周りを眺めると、
欧州の屋根といった風情の山々がそびえ、美しい緑の谷が街をとりかこんでいる。ああ〜絶景かな...。
確かに絶景なのだが、どうも天気がすっきりしない。昨日おとといまで、この地でも気温が20度を超えていたそうだ。今日は
悪いお天気も一緒にミラノから連れてきてしまったねえ〜といって、天を仰いだ。しかし、ここまで来て、前回も雲が多く断念した
モンテビアンコのケーブル登頂。今回こそはリベンジしたいと思っていたので、とにかくケーブル乗り場まで行ってみることにした。
ケーブルの出発点は、街のはずれにあり、バスで来るときに一つ手前の停留所がその最寄りとなる。車の中から「番長」が
ケーブルのオペレーターに声を掛けると、「さっぱりですぜ、ダンナ...」みたいな表情を返され、またまた、モンテビアンコ
登頂はお預けとなってしまった。まあ...飛行機で上空を越えてくるときも、このあたりは気流も悪く、パニックになるのが常
(常というのもなんだが...)であるから、致し方ない...。番長も「あーここもだめかー」とがっかり。しかし気をとりなおして、
美しき谷巡りへ。
モンテビアンコ〜出てこんかぁ〜オラー!(PRIDE男祭りの高田延彦風に)
とまあ、下から見てこんな調子だと、何もみえましぇん

この時期になると、先ほどの話のように、気温も暖かくなり、すっかり春〜初夏の風情..といっても、まだ木々には
冬枯れが残り、残雪も山にたっぷりとあるので、また夏とは違ったワイルドは風景に見える。唐松の林が芽吹き、陽当たりの良い
ところには、春の花が咲き乱れ、それまでクロスカントリーコースであったところは、川面が現れ、もう少しすると、緑が茂り、そこはゴルフコースと
なるそうだ。今はその増水した川で釣りを楽しんでいる人達が見られた。魚といえば、
番長の故郷、南イタリアでは、魚(PESCE)は男性のシンボル
の事をいうらしい。あまり「さっ魚・魚あああ〜!」と騒ぐと、ばかうけされるのは間違えないが、ちょっとハズカシイので
淑女の諸君は密かに覚えておこう...(?)
スキーシーズンは、4月一杯で終わったようであった。つまり〜冬のハイシーズンは終わり、次は夏モードに変換している途中と言って良い。
このクールメイユールは、夏のリゾートとしても名高く、暑い都会を離れ涼しい高原で一夏を過ごす人もいるそうだ。東京人もここまで
逃げてきたいものだああああ〜。つまり、今はオフシーズンまっただ中とも言える..。番長は、「天気も悪いし、ケーブルは止まってるし、
この辺のホテルもレストランもクローズしてるし、まったくなんて良い日なんだあああああ..!」
と、言って、一同がはがは笑っているところで、更に良い一日が待っていたのだった...。
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