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【2月のイタリア日記】
<それは札幌から始まり長野で結実した>
五輪開催国の活躍というのは、どの大会でも見られる現象である。普段からトレーニングしている場所であると言うこと以上に、何か
選手に与えるパワーがあるのかもしれない。札幌冬季オリンピックにおけるジャンプ陣の活躍はワタシもかすかに記憶にある。そして
アルベールビル・リレハンメルの黎明期を経て長野大会。
何かこう、日本も冬の大会で結果を残すことができるんだ、という自信につながった記念すべき大会であったように思える。そのとき、
かの史上初の外国人横綱、曙が雪のゲレンデで土俵入りを行ったことが印象的であった。
そういえばその時の様子を、イタリアの友人に後日書き送ったものであった。
世界が見ている晴れがましき日々に、日本の美や力への誇りを感じて...。
そして、悪夢のような日本選手団の米国の大会の惨憺たる結果を経て、再び冬の大会がやってきた。こんどはイタリアのトリノで行われるということだった。このイタリアでの
五輪開催は直近では夏季ローマ大会以来ということで、冬季に至っては50年振りの開催ということである。数年前に訪れた、麗しき山岳リゾート地コルチナダンペッツォ
での大会である。その大会で、現IOC役員を務める猪谷千春氏がアルペンで銀メダルを獲得した。アルペンはそれ以来メダル獲得の実績はなく、
日本にあれだけスキーブームがあったにもかかわらず、競技種目としてはまったく伸びていないというのは、これはどういうことだろう?と思ってしまう
のであった。それはさておき、今回久々のイタリア大会であり、何か日本にもイタリアにも大きなシアワセなムーブがあるのではないかという期待と、
ある一つの報せがワタシのイタリア行きを決めたのであった。
それは5月のイタリア旅行の際、クールメイユールの友人R氏が「今度のトリノ大会で日本チームの事前・期中合宿地がここに決まった。応援に
来るのならばツアーを組んであげるよ」とのことであった。そうか。これまで五輪というのはテレビで見るモノで、決して気軽に見に行くようなモノでは
なかった。しかし今回、あまりにも身近になりつつあるイタリアからの誘いと、長野での五輪体験者の話と、
日本選手団とのつながりと、R氏の画策と、ワタシの本業の繁閑度がぴたりとあてはまり、
「そっか、これは行くしかないのでは?もうこの先いつイタリアで大会があるかわからないもんね」なんてことで、5月のイタリアから帰国後準備に
とりかかったのであった。
R氏のプランでは、日本からの応援ツアーであれば15人ほど集めてくれればひとつのツアーとして成立するとのことであった。そっかーと思い
それとなく声をかけるも、やはり「五輪はテレビで応援するもの」ましてや冬のイタリアなんて寒さも何もかも想像がつかない。しかもトリノはイタリアの都市
としてどれだけの人に認知されているのだろうか?社会科の授業でイタリアの産業都市としてしっかり出てくるのだが、サッカーのW杯と重なったために、
どちらかというと、そちらのほうが圧倒的に認知度が高く、
同じ国際大会が故に、トリノはドイツだっけ?なんていう人も出る始末であった。こりゃ先が思いやられる..と思っていたところ、会社の後輩で、長野五輪観戦経験のある
T子ちゃんが突然手を挙げるのであった。「こんな機会ないと思うのでご一緒していいですか?」
そんなこんなで、これは「マジメに」実現しなければならなくなったうえ、人数もあつまらないのでR氏に丸投げすることもできない。行くことには
なりそうだが、そんな状況で個人的に行くことになったと伝えて、この6月あたりからこのビッグイベントとの「ひとり」格闘が始まるのであった。ポルトガル
旅行からすっかりおなじみになっている極道姐さんは、
アタシも行くから現地で会いましょう〜なんてことになっていて、お互い別々に準備をすすめる。方やT子ちゃんは、イタリアへ行ったことは
あるものの、旅行といえば添乗員付きのツアー以外考えられないとのこと。ああ...なんてこった。その間、ワタシはバンコク行ったり、本業が
忙しかったりであったが、常に五輪のことはアタマの隅にあり、後手にならないように気を配っていた。まずチケット。今回公式サイトから
直接購入できる国と、その国のオリンピック団体から購入する国と分けられていた。日本の場合後者であり、JOCはチケットぴあを通じて6月から販売を
行った。しかし、枠が決められているためか、思うような競技をゲットできないでいた。
日本人はこのルートで入手するのがまっとうであったが、公式サイトでも買えないわけではない。
日本の住所を発送先に指定できないため、それ以外の国に「〜様方」として指定すれば可能である。
公式サイトだと、ぴあのチケット空き状況とは異なっており、
売り切れとなっていたものも、こちらではまだ余裕があったりする。そこで、ワタシは着後転送してもらうためにも、信頼のおける
香港友人にお願いしてそちらへ届く登録をしてチケットをゲットした。
しかし、現物は偽造防止のために数週間前にならないと現物が発送されない。となると、逆算して香港の旧正月と重なる危険性もある。
そうなると、郵便局や航空便関係もすべて休みになってしまうのであった。
しかしまあ、決済もされていることだしなんとかなるだろう、とチケットについてはとりあえず手配済みとした。
下期になって、料金確定し発売開始した飛行機は難なく押さえることができたが、問題はホテルであった。
ミラノからトリノまでの移動はFS(国鉄)で2時間ほどであることが
解っているので、ミラノ滞在をしていてトリノに日帰りして観戦することは可能である。しかし、山岳部にあるアルペンの会場へ行くのであれば、
やはりトリノにいたほうが足回りが良いに違いない。かつて同じビッグイベントで、2004年サッカー欧州選手権の時は客室キャパの少ないポルトであっても、公式サイトが
遙か遠くのホテルを紹介しているなかで、中心部のホテルをピンポイントで
直接交渉すると特別条件で部屋をゲットすることができたが、今回は全くと言って良いほどにホテル独自路線はなく、
いっさい個人的に交渉する隙間もないという状況で、どこのホテルからも
「オリンピック期間なので満室です」と断られた。そんなはずは〜とあちこちコンタクトするうちに、満室の返答とともに
「3ヶ月切ると状況が変わるかも」などと、情報を
与えてくれるホテルもあった。とりあえず、ミラノのホテルを押さえつつ状況が変わりゆくのを待ったが、時間ばかりが過ぎていく。
このままで行くと、旅程がいつまでも確定しないので困ったなあ〜と思っていると、次第にぽつぽつと
公式サイトにトリノ中心部立地の、星のついたホテルが現れて来た。住所を頼りに地図で場所を確かめ、
2002年に一度行って土地勘のあるポルタスーザ駅近くのホテルを公式サイトから手配した。この辺は現在建設中の地下鉄のルートにもなっているし、
開通が間に合えば、非常に便利な場所であるということも選択の一つであった。
そして、せっかくミラノにも行くので、サッカー観戦やオペラも盛り込みたいと思い、片っ端から取れそうなものを詰め込んでみた。オペラはモーツァルト生誕
250年にちなんだ演目が今年は各国の劇場で目にするが、スカラ座もしかり。新劇場ならぬ本劇場で「フィガロの結婚」を上演するので、発売開始日に
ネットにかじりつき最安値チケットをゲット。サッカーはセリエAだとミラノではインテル×ユーベの天王山プラチナカードだった。発売日にこれまたネットで半日
がんばってアクセスし続けても取れなかったので、
近郊のパルマに逃げて、パルマ×新進のアスコリのチケットをゲットした。なんとセリエA観戦デビュー実現である!とりあえずこれだけ
詰め込めば、お宝ツアーでおつりが来そうなものだろう〜と、半年に渡る孤独な準備作業の格闘に、自画自賛だけど大満足であった。ある一点を除いて...。
<チケットが来ないっ!>
そう、その一点とは、待てど暮らせど香港友人のもとにチケットが届かないのであった。チケットぴあで手配した分は、
1月の連休中に届けられたのだが、香港ルート分がそうであった。伊・英・仏語のみのサイトをくまなく確認して、確認のメールを送るも
音沙汰がなく、1月中には届く予定とだけあるのだが、やはり旧正月にかぶってしまった。そして明けてもう来週に出発が迫るのだが、まだ
音沙汰がない。香港友人も心配して、日本に転送するには3日必要で、もしそれ以降ならばイタリアへ転送するように依頼確認まではしたが、
なんとも雲をつかむようで、しかもチケットはそんな安くない金額なのにこんなことになるとは...と、対策に苦慮していた。香港からイタリアへのEMS発送も
、営業日ベースで3〜5日となっているのも心配である。開会式の時間帯は空港が閉鎖されるなどという情報もあり、航空便の状況も
気になるところであった。そこで、念のためR氏にチケット会社に直接電話
で確認してもらった。すると先方は8日までに必ず届く。それ以降ならばまたメールするって、大丈夫、ダイジョーブ...シンパイナーイ!と。
しかーし、出発は11日だって知っているのかねっ!まったくどいつもこいつもっ!楽観しすぎだあああ〜と香港友人とともに怒ってみるも、
イタリア人の一発代打逆転サヨナラ満塁ランニングホームラン級の強運に掛けてみるしか
ない、ニホンジンのワタシがタダひとりいた...トホホ。T子ちゃんにこの微妙なイタリア魂が伝わるか心配であったが、ま、サイアクどれもテレビ観戦かも
しれないけど...と言ったところ「それもタノシミです」なんて言ってくれた...ええ子だ。
そして、日本発送のデッドラインである8日は軽くすぎていった。ああ、これで現地で受け取るなりの処理になるんだろうなあ〜かえってそのほうが
よかったかもしれないなあ〜と思っていたところ、
香港友人から「キターっ!」のメール。「とうとう来たから今からイタリアに送るねっ!ほんぢゃあ!!」と、高速処理をしてくれたのであった。きゃー、ということは、
これが届かなければワタシタチはやはりテレビ観戦になってしまうのでしょうかああああ〜。と、またまた大いなる不確定要素を抱えたままに、
個人旅行初心者のT子ちゃんといっさいがっさいひっくるめて旅立つのであった。「あのーお金はいくら替えますかっ?」って、
あるだけ好きなだけもってってくれー!!行くぞっ!トリノっ!!いやっまずミラノだっ!!
★2月11日(土)★
<開会式見られればよかったかなあ〜>
8時間の時差があるために、日本では11日の早朝開会式の放映があった。例によって深夜荷造りをするために、ほとんど放送開始
の4時近くまで起きていたのだが、やはり数時間でも出発前に寝ておくことにした。やはりもう1日早く出発して現地で放映を見るべきであった
かなあ〜などと思いながら...。競技のダイジェストは後日見る事はできるかもしれないが、こういったセレモニーはリアルタイムで見逃した
場合そのままになってしまうものだ。イタリアの誇る美と芸術とスポーツの英雄の勇姿を見るチャンスを逃したのは大きいか...。いや、とにかく
久しぶりにボローニャの爆弾王子:アルベルト・トンバが見たいだけでもあったのだが...。
そんなこんなで、13時過ぎのフライトなので、ゆっくり自宅を出発し成田へ向かう。とにかく今回は、防寒関係の衣類が多いために、最初から
スーツケースがいっぱいであった。バーゲンシーズンであるのに、この空きスペースの無さはたぶんなにも買って来れないかもしれない〜と、ちと
カナシイものがあった。この日のために、久しぶりにお茶の水のスポーツ店街やデパートのスキー用品のコーナーで防寒スパッツやフェイスマスク、2重になってる
毛糸の帽子やら、地元スーパーで3桁デニールのタイツやら遠赤外線靴下、ババシャツ...事前にいろいろその機能性もチェックしなければ
ならないので、部屋も防寒着でいっぱいになっていた。寒さは命にかかわるので、
その中から厳選し合格したものを詰め込んで来たのだが、かさばるかさばる。夏の2倍はありそうだ。それに更に暖冬ではあまり登場しなかった
レザーコートにレザーパンツに狐の襟を巻き付け、フランス陸軍仕様のブーツを履いてみると...かなりアヤシイニホンジンであった。
T子ちゃんとは自動チェックイン機の前で待ち合わせる。パスポートを出すだけで、搭乗手続が終わってしまうEチケットに感動しつつ、
今回の旅は始まる。フィギュアの村主選手が同じ便で出発と聞いていたので、ゲートにはたくさんのプレスがスタンバイしていいた。また、
この便で入る関係者も多いようで、日本がそのまま横滑りするおJAL便なのに2002年のW杯の時のように
すでにロビーはやや国際的な雰囲気に満ちていた。フライトもこの時期なので、隣に空席があり楽なフライトだった。本当はワタシの列は3席空く
ハズだったが、プレスの人らしき男性が3席占領して寝るため(別に具合が悪いわけでは
なさそうだった)、ひとりこちらに移ってきてしまった。何故同じエコの客なのにアタリマエのように特権が
許されるのか理解出来なかったのだが...。飛行機ニガテというT子ちゃんも
天候が安定していて、滑るようなフライトだったので快適に過ごせたようだった。いつもはワタシが近づくと機嫌の悪いモンテビアンコも、きれいに
顔を出して出迎えてくれた。機長もこんな良い天気は珍しいと言っていた。確かにアルプスの山々がはっきり見えて、この地での五輪開催を
祝福しているようであった。
定刻より早く到着してターンテーブルで荷物を待つと、村主選手一行もそこに居た。ということは、彼らもエコノミーで来たのだろうか?
五輪はアマスポーツの大会なので、それも別に不思議ではないが、昨今の不自然な報道を見ていると、この人達はアマとして扱われるのか?
それともそうでないのか?何か錯覚してしまうところがある。運動選手なのか?芸能人か?みたいに、競技とまったく関係のない取り上げられ方
にとにかくうんざりである。まあ、本人には関係ないとは思うのだがなあ〜。現地のイタリア人取材チームもその到着をとらえていたが、
彼らの動きもまた滑稽であったなあ...。空港から中央駅まではバスで向かう。バスもニホンジンが多く、この時期いったいどこへ行くのだろうか?
なんて思ったりした。特に渋滞もなく、5月以来のミラノ中央駅に到着。駅入り口構内は改装中のようであった。タクシー乗り場が駐車場で
あったところに新設されて、すこし様子が変わっていたが、まあいつものミラノである。そして、いつものアンドレオラホテルにチェックインをする。
カウンターにふと目をやると「2月12日インテル×ユベントス戦チケットあります」え?なんだって?!
<ナビリオでスロウな夜>
部屋で荷物をほどいて一息ついたあと、先にミラノにはいっている姐さんに電話をする。今日は到着次第「飲み会」をする約束
であった。ブレラのホテルに居る姐さんと地下鉄で待ち合わせて、お気に入りのレストランのあるナビリオ方面へ向かう。
ポルタジェノバ駅から運河に出て、橋を渡ったすぐたもとにあるワインバーへ。そこは、例のスロウフード協会の会員とのことで、
それだけで期待を持ってしまう。ファーストフードに対するスローフード。日本だって立派なスローフードマインドの国なのになああ、と常々
思うのだが、わざわざ理由をつけなければいけない時代なのか?店は抑えめの照明に木の梁が見えている山小屋風の造りで、いきなりひづめのついた
生ハムやおいしそうなサラミが置かれたテーブルがあり、ワインのボトルがずらりと並ぶそれだけで期待の持てる店である。チーズや加工肉に
造詣の深い姐さん好みのチーズと地元加工肉サラミ類の盛り合わせ(小)サイズを頼むが、結構な量で、しかもどれも個性的でウマイ!
プロセッコと、地元ロンバルディアの赤を1本宛頼み、メインは鹿肉のベリーソースにカリカリに焼いたポレンタ、
レンズ豆の煮たものに干しダラの身をほぐしたものを載せた料理等
で「最初の晩餐」。エアフラの夜便でトリノ経由してミラノにはいった姐さんは、さすがにデザートのあと眠りに落ちていたが、12時頃ナビリオ界隈を
後にする。ミラノの週末夜遊び族はこの辺に出没するようで、どの店も大盛況であった。明日は姐さんも夜はインテル×ユーベ戦の予定で、
例のフロントにあったチケット次第では明日また会うことにして地下鉄モスコヴァ駅で別れた。
最小サイズを頼んだのに日本ではありえない「てんこ盛り」のハムチーズ類
(うまうまです。もちろん)

★2月12日(日)★
<チケットの行方とセリエAデビュー>
ホテルで朝食を食べたあと、昨晩「午前中に問い合わせないとだめ」と、夜勤フロント氏に言われていた例のプラチナチケットが、果たして
どんなものか知るべく、朝フロント氏に聞いてみた。すると、おもむろに受話器を取り上げ誰かと話しを始める。そして話ながら、サンシーロの
座席表を取り出してきてなにやら確認をしている。そうして、その電話を切ってからワタシタチに「このメインスタンド2階席221番の
席が2枚だけある。1枚現金で150ユーロだ」とのこと。また、この値段は確かに高いが(3倍?)まだいいほうで、ブラックマーケットでは(つまりダフ屋)もっと
とんでもなく高い...とのことであった。即返事待ちとなったが、150ユーロはちょっとなーと思い、T子ちゃんのほうへ顔を向けると、
しばし、その高さに絶句していたものの、この両チームのメンバーを思い巡らせ、この首位攻防の一騎打ちをナマ観戦
することを考えるとおおお〜と、お互いにぐるぐる考えた末、T子ちゃんから先に「いっちゃいます?」ということで観戦ケッテー。
その足で、ATMから現金を引き出し、相当な大金である300ユーロをフロント氏に託すと、なんの苦もなくチケットをゲットできる
ことになった。但し、氏曰く「なるべく早く球場へ向かいなさい。ここで下りて歩いても20分はかかるからね。早めに行って
お土産買ったりしてね...ところで誰のファンなの?と聞かれたので、「えーと、ふぃ...フィーゴ?」と、言ったら氏は怪訝な顔をしていた。
やはりニホンジンならデルピエロとか言っておいたほうがヨカッタのだろうか?ホントはヴェロンだったりするのだが..いやネドベド。
あ、イブラヒモビッチ...ああ、きりがない...今更ながらスゴイメンバーだ。
ということで、姐さんに今日夜はサンシーロへ行く旨を報告。さてとりあえず、昼間はパルマでパルマハムを食べて試合観戦だ!
姐さんおすすめの店へ向かうべく、中央駅からパルマへICで向かう。所要時間は1時間ほどであるが、結構距離があり、また、
直通の本数が少ないためわりと混雑していた。帰りも確実に座りたいのでパルマに到着後座席指定を行った。サンシーロへ行くには試合も前半しか
見られないが仕方がない。とにかくまずは店を探さなければ...。と、歩き出すも結構街のサイズが小さく、
ミラノサイズで歩いていると、すぐに街の中心へ来てしまった。大聖堂や宮殿などの歴史的建造物も現れ、ひととおり通りすがりに観光も
出来てしまう。しかし残念なことに、休日は店がほとんど閉まっており魅力的なショーウィンドウだったので、ちょっと残念であった。
そのまま街の中心を通過して行くと、ちょっと行き過ぎてしまい、街はずれのモーターウェイまで出てしまった。しかし〜この辺に
やっている店などあるのかな?と、その気配の無いことに途方にくれつつ、もっとちゃんとした地図を持ってくればヨカッタ
かなあ〜と思ってうろうろしているうちに、そうとう引き返したところにその店を発見したのであった。
パルマ到着:不案内なため名所とおぼしき建造物をパチリ

<パルマ至福の味と愛しき時間>
この店はパルマの選手も多く訪れるという、家庭料理の店である。もちろんかの中田ヒデもかつて訪れたとかなんとか...。
とはいえとても気取りのない居心地の良い店であった。ワタシタチはちと迷ったこともあり、そもそもこちらに来るのがすこし
遅かったので、あまり爆食する時間がなかった。とりあえず赤ワインを頼もうとすると「発泡?」と聞かれて、はたと
「ををを〜ランブルスコの故郷っ!」であることを思い出して早速オーダー。甘すぎずほどよい発泡と濃厚な葡萄の味が美味。
そしてほどなくやってくる「切りたてパルマハム」のしっとりとほどよい塩味と甘みすら感じる肉の芳香とこのランブルスコが
ほどよくからみあう....あああ〜やはり本場は素晴らしい〜!思わすおかわりしたくなったが(すればよかった)。
あっという間に半リットル消費してしまったので、そちらはおかわりを頼み、手打ちパスタを待つ。一つはリコッタチーズと
生ハムなどのはいったパスタをブロードに浮かせた「水餃子風」。見た目がシンプルだが、味は濃厚であった。もうひとつは
かぼちゃの詰め物パスタであるが、こちらは甘いカボチャのペーストにアマレットがたっぷりはいっているようである。パスタに
詰められて、その上からチーズを大量にふりかけてある、甘さとアンズの芳香とチーズの塩気と香りが絶妙にからむ1品であった。
あー本日のおすすめで黒板に書いてあるモノをもっと食べたいっ!とおもいつつも、そろそろスタジアムへ向かう時間となって
しまった。シンプルなパスタは見た目よりも意外にボリュームがあり、皿に残ってしまうと、女将さんは残念そうな顔をして、
こちらもとても残念だった。しかし、ここから徒歩で15分ぐらいと聞いていたので後ろ髪を引かれる思いでこの店を後にした。
とにかくパルマハムは食うべし:水餃子風トルテリーニ:カボチャの甘いパスタ
どれも美味すぎて立ち去りがたし...

地図によると街の中心を少し外れたところにこのスタジアムがある。どんどんその方向とおぼしき所へ歩いていくと、
見覚えのあるパルマカラーに身を固めたおじさんが早足で歩いていく。後ろからは、荷台にパルマ座布団をくくりつけた自転車を
飛ばしているおじさんが数名。みな同じ方向へ試合開始3時に間に合うように進んでいく。と、ほどなく、パルマの本拠地
が現れてくる。をををを〜こっこれはまるでバンコクのルンピニースタジアムか、はたまた浅草花やしきか?!といった風情と
趣のあるスタジアムのエントランスであった。入り口前のプレハブには、当日券を求めるファンの行列があったが、
ネットで購入した人は、その隣にあるプレハブの窓口に控えを見せると、用意されていた封筒をポンと渡されて、受け取り完了であった。
なあんだ、といった感じ。というのも、今年のシーズンから、チケット購入には全員の名前を登録しなければならないとか、
サッカーコードを記入するとか、暴動や事件防止対策で入手方法が変わったと聞いていたからだ。TicketOneという
会社から買うと、あらかじめ個人情報を登録するので、手続が簡単と書いてあったが、同行者の分はどこで登録するのか?
なんて心配していた。が、この調子だと、特に問題ないようであったが...これでよかったのか?確かに、今晩のプラチナ
チケットもガウチ●●氏の名前が入ったままで受け取ったし...まあ、ホンモノが手に入れば問題ないってことなのかなあ?
このおっちゃんもネット購入したのだろうか?
「ネエチャン。孫がインターネットで予約したのぢゃが..」「あ、はいはい」みたいなやりとり?

あまりにあっさりとチケット問題を解決してしまったために、ちと拍子抜けとなったが、お天気もいいし、このパルマ・花やしき球場に入場だ。
自転車や徒歩でやってきた地元ファンは、自動改札のほうを通過していく。年間会員カードのようだった。紙チケットのワタシタチは、
その脇の通路からいちおう「偽造チェック」を受けて入場する。もうすでに時間は15時を回り、中から応援歌が聞こえている通路を、
メインスタンドに急ぐ。ぱっと開けたスタジアムは...「ちっ...近い!!選手が近い!!」そうなのである。手を伸ばせばベンチにいる選手
の肩をもんで労をねぎらえるぐらいの距離なのである。おまけに係員も「いいからその辺座っとけ」というので、一番前に座っちゃったりして。
でも、常連さんを眺めれば、だいたい10段目以降が見やすいらしく、その辺に陣取っているのが多かったようだ。メイン・バックとも7割
ほどの入りで、そこは屋根付き。メインから向かって左のゴール裏はパルマサポでぎっしり。そこは陽当たり良好で大歓声。片やアスコリの
黒を基調にしたサポ軍団は、対岸の角地にぎっちり収まってコールしていた。なんとウマイ具合に、そちら側は全く日の当たらない寒々とした
スタンド。ゴール裏も人がまばらになって更に寒々しい...。と、そんな感じである。スタンドも1階のみで、ほんとに地方球場にやってきた〜
というのどかな感じであった。ここに中田や、今はビッグクラブに移籍していった名選手の数々が活躍していたとは思えない「聖地」であった。
先程の係員もしきりに話しかけてきて「ワタシはナカタと写真撮ったことがあるよ〜」などと、今となってはあまり来なくなったニホンジンに
大いにアピールしていた。ナカタはここでホントウに愛されていたのだろうか?そうだと良いのだがね。
パルマチーム自体は親会社の不審もあり、スターの流出もあり、没落の一途をたどって、この新進アスコリにさえ、現在は
順位が上になってしまっている。しかし、こんなにたくさん歩いたり自転車に乗って応援に来る地元サポが居る限り、
がんばらんとなあ〜と思った。何か某西武球団と重ね合わせてしまったりして...。
パルマのスタジアムはこんなのどかな所ですよ。
観客もほぼ地元民ですな(自転車または徒歩率多し)

のどかな観戦も前半はスコアレスで終わり、ワタシタチもそこでタイムアップとなってしまった。とはいえ誰ひとり帰る客がいないということは、
更に好ましく、とても立ち去りがたいものがあった。スタジアムから駅まで歩いて30分かからないと思ったが、出たところに
タクシーでも待っているか、とおもいきや、全くその気配がない。歩いても、予約した電車にのれるかどうか微妙だったので、交通整理
をしていたおまわりさんに尋ねたところ、「ここははずれでタクシーも来ないから〜」っと言ったところでバスが通りかかったので、なんと
このおまわりさん、笛を吹いて停めてくれようとした。しかしそれが行ってしまうと、人を乗せたタクシーをむりやり停めて「どれくらいで
戻ってくる?5分?じゃよろしく」と、話を付けてくれたのだ。果たして、そんなことあるのか...と思っていると、ホントにさっきの
運転手が登場したのはびっくりした。このイケメンおまわりさんは何事もなかったかのように交通整理を行っていたが、またひとつ
パルマを好ましく思う要素が増えて、ちよっと困ってしまったなあ...。
駅構内にある売店で、アクアデパルマシリーズの香りヴィオレッタをお土産に買う。日曜日は一部の飲食店と、サルメリア
(ハム・チーズなどの食料品店)が開いている程度で、全くパルマに関するものがゲットできないところであったが、とりあえず、
記念になりそうな一品がゲットできたのでよかったかな?平日だと、市場も興味深いと聞いていたので、これはやはり
後日また再訪してみるかな?などと思う。蹴球場からタクシーだと5分ほどで到着。ほんとに小さい街なのだが、オペラハウス
もあるし、とにかく、ワインも含めてもっとしっかり「味わいたい」というのが本音だろうか...。日曜日の駅はそこそこ混雑を
しているが、サッカーとは無縁の普通の生活である。ほぼ定時にやってきたインターシティーに乗り込み、終点のミラノ中央駅へ。
<サンシーロは笑って出迎えてくれたが>
中央駅に着いたのは6時近かった。フロント氏の助言なくとも、蹴球場へ、ましてやダービーマッチへ行くのは緊張が走る。
しかし、ナイターということでいろいろ着込んだりしているうちに、6時半過ぎてしまった。急いで地下鉄駅へ向かい、1日券を購入し
Lottoへ。地上へ出たところで、ちょうどシャトルバスがやってきた。試合開催日はサンシーロまでシャトルバスが運行される。
それに乗り込むと、およそ10分で到着となるのであった。ををを、幸先良いではないか〜と、バスで降ろされた場所から、特異な
造形美のスタジアムまでの道のりは長かった。猛烈に美味しそうな香りを漂わせるパニーノ屋台車が連なる先は、薄暗く不案内な
足下の悪い不安な空間に突入する。日本のスタジアムのあの清涼感はどこにもない。ああ、とんでもないところへ来てしまった
と思いつつ、ガラスの破片やでこぼこになったアスファルトに注意しながら、自分たちの居場所を探す。しかし、どのゲートにも
長蛇の列となっており、しかも表示がわかりにくい。ようやくその表示システムを理解して、進むべきゲートを見つけた頃には、
もう試合開始間際となっていた。8万人を収容するというこのスタジアムは、メインスタジアムの4階となると、おそらくビルの10階
ぐらいになるのでは?と思われるほど巨大である。その中間点あたりであったが、螺旋状の階段は果てしなく長かった。
そうして、とうとう闇の中にあったワタシタチの目の前に光り輝く大観衆と、あこがれのピッチが怒濤の歓声とともに姿を現したのだった!
昼間のパルマとは全く正反対のサンシーロだああああ〜

しかし、しかーし!ワタシタチシロウトにとってここから先は聖域というか修羅場であった。地獄の沙汰も金次第というか、とにかく、
溢水の余地もないほどぎちぎちにあふれんばかりの観衆が、インテルの応援歌を歌って士気を挙げているのであった。つまり、すでに
指定席であって指定席にあらず。こんな大切な日に、気合いを入れて、朝からこの試合に備えて来ないどんくさい奴は、座るに
値しないのだっ!といった迫力で、通路にまで人があふれているのであった!!散々何度も自分の席あたりでうろうろしてみたが、
インテリスタはそんなことに動じない、むしろ「てめえらに絶対座らせてやんねーからな」というオーラみなぎる。さすがのワタシも
たじたじで、その気持ちもよーくわかるし、ワタシが逆の立場で、たとえその席のチケットを持って無かろうが(!)そうすると思うし、
とにかくこの場は降参状態。いちおう、係員とおぼしきおじさんにチケットを見せて
「あの〜わかっているけど:どこ?」と力無く聞いて見るも、おじさんが
「あの辺だ!行ってどかしてこい!」とキックスタートされても、今日の所は遠慮しておきます...と。マジでそんな雰囲気なので
あった。いやあ〜30ユーロの席に5倍払って、何する人ぞ...だけどさー。もう、通路で立ち見が精一杯だよな〜。次回は
絶対リベンジしてやるぜーと、心はめらめらしていたので、氷点下とおぼしきサンシーロのナイトゲームも、不思議と楽勝であった。
おじさんは途中で「見えるか?」と気に掛けてくれたりして、とてもうれしかったが、自分たちが見るのに夢中なのであった。正直で
よろしい。無法地帯であっても秩序だっているところが素晴らしい。しかし、眼下の極悪サポ席は、今日も禁止のはずの
発煙筒がばんばん焚かれている。そうして、ピッチ上もキラ星の如しスター選手が体を張ってシノギあうものすごいキツイ攻防。
会場の8万か、たぶんそれ以上のボルテージは上がる!そして、直接対決に活路を見いだそうとしたインテルの息の根を止めたのは、
この世に降臨した天使の如しファンタジスタ・デルピエロのPKの一撃であった。これまでに何度かアレのゴールを生で見てきたが、
こんなに魂のこもった一撃は初めてで、思わずカラダが震えた。日本のプロレス番組でドラゴンスリーパーをかけられて
ニコニコしていた善良な新日ファンのアレもほんとうだけれども、追いすがる敵に対ししっかりと引導を渡し息の根を止めることの
できる、本当のアスリートの勝者もアレの真の姿なのだ。
そうか、今日はこれを目撃するに至る道だったのだ、と、心から納得して、勝利して逃げるように
去っていくユベントスを見送った...。
どこが通路やら階段やらプラチナ席やら...。
あなたならこの状況でどおしますか?

高い授業料ではあったが、昼間ののどかなパルマといい、修羅場のようなサンシーロといい、とにかくセリエA初体験としては
良くも悪くも極上の一日となった。そして更に...群衆について行ったところ、道を間違え逆方向に出てしまい、多大な時間ロスをして
しまったが、ナントか軌道修正でサンシーロ前からトラムに飛び乗り、ぼろぼろ状態でブレラにたどりついた。
姐さんの泊まるホテルのロビーで
待ち合わせしていたのだった。モッツァレラバーがあるから行きましょうということだったが、到着したのは12時近くだったので、
もうすでに閉店しており、このあたりの不夜城地帯で軽く食事をすることにした。姐さんは、ゴール裏の1階席にいて、そこは
かなり安全で見やすかったとのこと。タダ、上層の極悪サポ軍団からいろんなものが飛んでくるとは言っていたが、選手にも近いし、
おすすめということだった。今日の報告をしつつ、トリノでもお会いしましょうということで2時頃散会とした。ホテルまでどおしようか
と思っていたが、この辺はナビリオ地区と同じように「夜遊び」地帯のようで、ちょうど客待ちタクシーが居たのでそれに乗って
長い一日が終わった。運転手のかけたイタリア語のプログレバンドの曲が気になったが、疲れていたので聞きそびれてしまった。
ひょっとしてこの人のバンドかな...なんて気もしたのだが...。
★2月13日(月)★
<依然不透明なままで出発>
昨晩遅かったので、朝は9時頃起きてホテルで朝食。こういうとき11時まで朝食がとれるのはウレシイ。コーヒーの
1杯も飲みたい時があるではないか。今日はミラノを離れていよいよトリノへ向かうのであった。しかし、出発前に、
トリノのホテルへ「届いたらミラノのホテルへご一報下さい」とFAXしてあったが、何の返事もない。やはり間に合わないの
だろうか?遅くとも明日には着いてもらいたいものだが...と、心配の種は尽きないのであった。荷物をまとめてチェックアウト
すると、あのサッカーチケットを担当したフロント氏が「昨日のゲームはどうでした?」と聞いてきた。いやあ〜とんでもなく
大変で座れなくてもう〜でも楽しかった♪と言ったら、それは大変申し訳なかった...と。いやいやこちらこそ、みたいな
感じだったので、次回またがんばりまっすと言ったら、氏も「そうですね」と、ほっとしていたようだった。
(クレームする客もひょっとしたらいるのかもしれないな。そんな無粋な事はしないさ)
中央駅からトリノまではIRで向かう。昨日買っておいたチケットで乗車する。席はだいたい埋まるぐらいの感じで、
あまりオリンピックがどうのこうのという雰囲気の客はなく、いつもどおりの定期便といった感じであった。特急だと荷物
置き場があるのだが、座席のほうに大きなスーツケースを置かねばならずちと迷惑だが、致し方ない。ロンバルディア平原も
先週の雪がところどころ残っていたが、もう春の気配がしているようであった。冬のイタリアは霧氷で木々が真っ白になって
いるのがイメージだったが、もう2月はそうではなかった。長い長い平野を横切っていくのはアウトストラーダと変わらず、
単調な景色に、昨日の寝不足もあってほとんど寝て過ごした。およそ2時間ほど経過して、街らしい街が見え始め、
川を渡るとドーラの駅だ。そこから、くすんだ都会の風景になり、ワタシタチの降りるポルタスーザに到着をする。
今回のホテルはちょうど駅の裏側になる。イタリアの主要駅は出入り口は一方向しかないところが多く、反対口があれば便利
なのになあ〜なんて思いつつ、駅前からタクシーに乗る。また、道路は一方通行が多いので、遠回りされた?!と、勘違い
するかもしれないが、このあたりのタクシーは優秀なのであまりそういうことはないと思う。地図でモーターウェイは進行方向
を矢印で示してあるので、不審ならば確認を...。で、5分ほどで今回のHotel Statutoに到着。こじんまりとした
二ツ星ホテルである。事前に写真を入手することができず、どんな所か心配であったが、入り口もまずまずで、
帳場の女将が明るく出迎えてくれた。を、いいかんじかも?そして、何か私宛に届いているか尋ねるが、英語はイマイチ
というのもあるが、実際なにも届いてないようであった。心配なまま、例のハコが吊ってあるようなリフトで、このパラッツォの
最上階まで行き部屋を開けて...びっくり。なんと屋根裏部屋のようなところで、しかもダブル。まあ、それは良くあること
だが、なんと確認したはずなのにシャワーがない。そしてトイレが屋根裏の一角に仮設されたような斜め天井の中に
押し込められている。なんて部屋なんだ!かろうじて、カラーテレビがあり、今日の注目競技スピードスケート500mは
見られるようだが...。これで3泊はツライな..いや、ワタシだけならいいんだが..どうしたもんか、と。
荷物も広げられないので、一息ついたあと街見学に出掛けることにした。ホントはR氏と約束していたのだが、
前回の如くドタキャンされてしまったのだった。そんなこんなでひまなことだし、ダメもとで女将に別の部屋が無いか聞いてみる
ことにした。当初答えはどこも一杯とのことであったが、ならばシャワーだけでも借りられないか?と食い下がったところ、
突然受話器を取りどこかに電話を始める。イタリア語なので定かではないが、話の様子だと、公式斡旋業者には良い
部屋をスタッフ用に明けておくように言われているけど、ニホンジンらしき(?)客をそちらに移してもいいわよね。というような内容だった
と思う。そんなこんなで、電話を切ったあと、「さあ、これで解決よ、今の部屋から荷物をこっちに移して。こっちならベッドも
ツインだしシャワーもあるから、これで解決!さあ行って行って!!」と、鍵を渡された。確かに、階下の部屋は至極まともで、
大理石張りのバスタブはないものの、シャワーブースに、ツインベッド、ドレッサー、姿見などひととおりのものがそろっていた。
やった!これでまた一つ解決してほっと一安心して、再び出掛けることにした。女将には「ホントにすべてOK!」と言うと、
彼女も満足気であった。
<サン・バレンティノの前日に>
ホテル問題も解決して、あとはチケットだけなんだけどなあ〜と思いながら、2002年以来のトリノを歩く。ホテルから
ポルタスーザまでは、歩いて5分ほどである。駅前は、長年にわたる構想を経て、とうとう開通にこぎ着けた地下鉄駅が
前日オープンしたため、周辺がやや広く整備されていた。トラムやバスのステーションが路上にまとめられて、分離帯部分には
今回の大会マスコットの大きな像が建っている。トリノの交通機関はGTTが運営しているため、バスもトラムも共通の
乗車券でOKだ。旅行者用には、観光地の無料入場や割引、各スポットでの特典、交通機関のフリーパス機能のある
「トリノカード」が便利だ。まあ、あまり観光はしないといった場合は、交通機関の共通パスのほうが安くて良いかもしれないが、
今回観光しなくもない、ということでトリノカード72時間を購入した。こういったイベントの期間なので、駅前には臨時の
ブースが出ていて、ほとんどシロウトとおぼしき係員が販売している。おじさんは無料の観光地図担当のようで、あのーと
行った瞬間、反射的に地図を差し出したが、いえいえトリノカードを...というと、英語はニガテのようで、となりの
ワカモノとバトンタッチしていた。このカードは、●月●日●時〜24時間なり72時間なり使えるようで、自分でカードの裏面に
記入をして有効期限とする。カードと一緒に特典や利用法について事細かに書いたブックレットをくれるが、これを読んでいる
うちに72時間経ってしまいそうなぐらい長大で絵も写真もなく無愛想である。でも、特典満載であることは確かのようだが...。
トリノは雨に濡れない街なのです。うーんなんだかお上品だこと♪

ポルタスーザは、トリノ中心部の西側の玄関になるのだが、中心部まで徒歩で10分圏内である。ただ、中央駅に
あたるポルタヌォーバまでは歩くと20分以上はかかってしまうかもしれない。バスなどを利用したほうが良い。例の
地下鉄は、この2駅と今回のプレスセンターがある、元フィアットの工場跡地リンゴットまでつなぐ計画であったが、
工事が間に合わず、全く五輪には縁のない郊外とポルタスーザ間が開通しただけで終わってしまった。こちらに来てみて、
地下鉄駅がちょうどホテルの斜め前にあるのを見て、ああ、もうちょっとがんばってくれればなあ〜なんて思ってしまった。
まあ、昨今物騒であのミラノ地下鉄もテロアタックを受けるのでは、なんていう噂が流れたそうなので、関係者も
警戒したのかもしれないが...それは考えすぎか?そんなこんなで、王宮方面へてくてく歩いていく。トリノは雨に濡れない
柱廊の街である。独特の街並みを持っていて、その中を、古めかしいトラムやバスが行き交い、車の交通量も多い。
以前も地図を持たずに歩き回ったが、表を歩く限り迷うことはないような気がする。ソルフェリーノ広場を超えて行くと、王宮前
広場がぱっと開けて、あたかもこの街の居間のようで...と言おうとしたところが、すっかり建造物でふさがれている。何?
すっかり気持ちの良い空間が隠されてしまっているではないかあああ。ここがかのメダル授与式や記念コンサートが行われる
「メダルプラザ」である。ここの優美さに打たれたワタシにはあまりにも無粋でショックだった。しかも、イベントは夕方18時からなので
周りに人が集まり始め、交通規制もはじまっているようだ。これじゃしょうがないねえ〜と南下してサンカルロ広場方面を歩く。
こちらは特に、王宮の門前、表参道なので、どこよりも豪華な柱廊が続く。コロニアル風でもあり、しかし、サヴォイア家の
末裔の清楚な顔をしている。明日はバレンタインデー(=サンバレンティノの日)
ということで、トリノの名物チョコレート店の仮店舗が両側にずらりと並んでいる。
そのほとんどが、トリノの独自メーカーのようであるから、これはホンモノのチョコレート王国である。カカオ80%以上の正統派から
遊び心あふれるパッケージまで様々な種類が並んでいた。途中で、今日の注目スケート500mの中継テレビがあったので立ち止まる。
しかし、日本選手登場のところで中断になってしまった。すぐそばに屋根付きのギャレリアがあり、そちらでは、ここの店子である
オメガがイベントスペースを造っていた。中央には赤い4人乗りのボブスレーが展示されており、誰でも乗ったりさわったり、
一緒に写真を撮ったりして体験することが出来る。そこにもスクリーンが設置されており、先程の続きが見られた。ワタシタチも
せっかくなのでひとりずつ写真を撮ったりして(記念にオメガのピンバッチがもらえる)日本期待の加藤選手の登場を待った。
ほおおこれが空をとぶんかい..アラお父さんちがいますよ!みたいなギャラリー

ははは、わしも聖火ランナーやっちゃうからねえ〜♪
おい次はわしだからな..よこせ!みたいなオヤジ達

しかしながら、世界新記録を持っているにもかかわらず、今回のレースは振るわず敗退。日本選手団に暗雲が立ちこめて来た
瞬間であった。大会初日のモーグルにしろ、新聞をくまなく見てもどこにもジャポネの文字が見あたらない。テレビを見ていても、
どこにも現れない...。あの異常な悪趣味の報道はやはり今大会の実態を何も伝えていなかったのではないのだろうか?
という不信感に陥った。「ああ、しかし、じょうじぃ〜」と加藤選手を思いつつ、オメガギャレリアを後にして、サンカルロ広場へ。
もう日はだいたい落ちていて広々とした空間はぼんやりと浮かび上がっていた。こちらにも、異質なアメリカの放送局の中継ブースが
陣取っており、このシンメトリーな空間の調和を乱していた。その他にも巨大スクリーンが設置されていたりして、ここでは
パブリックビューイングが行われていたのかもしれない。近くであれば出掛けて行くのだが、ちょっと遠いので残念であった。
その一角では大きな人だかりがしていて、伝統的な大道芸が行われていたようだった。何故かスクリーンよりもこちらのほうに
人が集まっていたのは、不思議な感じがした。
再びメダルプラザ方面に戻り、近くにあるユベントスショップを見たり、オリンピック仕様となっているその辺のウィンドウを眺めたりした後、
トラムやバスを駆使して、ホテルまで戻った。事前にバスルートを調べてプリントしてきたのが重宝したが、どうも日本と逆なので、
つい反対側行きに乗車してしまったり、例の交通規制でルートが変わっていたりで慣れるまで苦労したが、なんとかホテルまで
たどり着いた。フロントで郵便物をチェックするが、まだ何も届いていない。明日はもう競技なんだけどどうしたものか?と、思いつつ
部屋でフィギュア・ペアを観戦。いつの間にか、中国ペアの主戦場となっていたこの種目。何か違和感を感じつつも、今はこういう
芸風が評価されるのだなあ...と、呆然と結果を眺め、再び遅い夕食に出掛けた。トリノの冬の街は終わりが早い。ミラノもそうだが、
日本から来ると、夜の時間が長く感じてしまうのだった。でも、その分夏に思い切り楽しんでいるのだろうが、あまり歩いても開いてる
店がなさそうだったので、駅前のリストランテでワイン・タコの前菜(いちおう海鮮メインの店)
・リゾットなどで済ませる。明日はチケットは無いけれど、会場に行ってみましょうとT子ちゃんが言うので、当日券チャレンジでもするかーと、
決起する夜だった。
トリノの夕暮れ時のトラムウェイ

★2月14日(火)★
<山は白銀朝日を浴びてぇ〜っとくりゃぁ←ヤケ気味>
あ、バレンタインデーだった。まあいいや...。ということで、ホテルでの朝食は地下の朝食室でイタリア式コンチネンタルであった。
ジュースを飲みのみ、パンを取るとなんとどれもチョコ入りであった。さすがチョコレート王国トリノ!宿の主人の入れるカプチーノ
と、フルーツを食べ食べ、同宿の人を眺めると、やはり地元の関係者らしき人々が多いようだった。スタッフにも宿を提供しつつ、
ビジターにも提供となると、やはり、昨日のような不自然対応になってしまうのか。受入スタッフの数もほどほどで、ワタシタチは
助かったわけなのだがね...。などと考えながら、今日は昨晩決めたように、予定通りアルペン会場のセストリエールへ行くことにした。
セストリエールへは、ポルタヌオヴァ駅からOulxという所まで行き、シャトルバスに乗りかえて30分ほどの所にある、とのことだが、
行ってみないとこれまたわからない。とにかく1番のバスに乗り出発する。車内は結構混雑していて、アルペン会場仕様のワタシタチは
ちと暑いかもしれない。うぁ〜暑さ限界っと思ったあたりで、10分ほど経過したのち駅に到着する。駅の正面でバスが停車するので、重厚な
構内へ入っていくと、ここにも五輪案内所が出来ていた。この駅はすぐに電車はホームが見えないので、いったいどこで切符買って
乗ればいいのか、ちょっとわからない。しかも薄暗いので、かつてのモスクワ空港のような風情である。チケットも最近ウェブ予約が
登場して、窓口も以前は当日と前売りぐらいにしか別れていなかったものが、緊急、ウェブアクセス(?)などと分化していて、
困ったものであった。まあ、「緊急用」あたりに並んでいると、ホントに緊急なおじさんが、「あと5分しかないので抜かしていいかね?」
と焦っていたので、譲ってあげたりした。窓口でOulxはバルドネッキア行きに乗れば良い事を確認して、往復券を購入。その更に
奥へ進むとようやくホームが見えてきた。ここは中央駅ということだけれど、フィレンツェと同じぐらいかそれより少し小さいか?といった
感じであった。会場行きの列車は、五輪仕様にペインティングされていて、車体にロゴマークや選手の写真などが描かれた
五輪トレインであった。でも、そのロゴが白地に赤い渦巻きのようなので、どうもバカボンのほっぺのように見えて、これからは
「バカボントレイン」と呼ぶことにした。
くるくるうずまきは何のロゴ?やはりバカボン?

内部では、ホテルで出会ったおじさんたちと同じようなロゴ入りのウェアを着たワカモノが乗車しており、おそらくボランティアで
会場に向かうようであった。中国人らしきこってり系アジア観光客などもいたが、ほとんどが地元および欧州人であり、席も
全然余裕であった。発車してほどなくすると、そのバカボンマークのウェアを着た係員がマイクを持って「みんな元気ですかー」
のような感じで登場。ちょっとだけイベント列車らしい気分になる。そして他のスタッフがバカボン柄のはいったカウベルをみんなにサービス
して回った。そういえば、スキーの試合では、あの「カラカラカラ」という音が鳴り響いているが、これが正体であったのだなあ〜と。
なんとなく応援に行くんだなあ〜という気分が盛り上がる。配り終えると、そのあとイベントは特になく1時間後の到着を
待つばかりであった。だんだん車窓の外に雪と山が現れてきてほどなくOulxに到着する。
さて、まずはチケット調達に行くか..ということで、ボックスオフィスに向かった。といっても、ほんとに駐車場の一角に
仮設で造られた窓口で、ネット申し込み用、その他用窓口があったので、とりあえずその他で当日券の有無を聞いてみた。
すると、今日のアルペン複合は、すでに滑降は始まっているが、夜の部の回転はスタンド席があるとのこと。やった!と、思った
が、100ユーロということで...あああ高いなああ〜ユベントス戦のような気分にはならず、パスすることにした。他にも
今日の競技で空きがあるものを調べてくれたりしたが、ホントならチケットとれてるのになあ〜なんて空虚な気持ちに
なってしまったので、とりあえずその場を離れることにした。そこから会場のセストリエールへシャトルバスに乗って向かった。
バスの中でふと、ネット申し込みのブースがあるということは、あそこで発券ができるということで、パスワードを渡して状況が
確認できれば再発行してもらえるのではないのだろうか?と思い当たった。
本当は画面の控えなどプリントアウトして日本から持ってきたのだが、うっかりホテルに置いてきてしまったのだ。
急いで手帳を探すと、購入時のアカウントを
登録してあるIDとパスワードを控えてあった。会場に着いたらもういちどトライしてみよう...と。バスは晴天の中、
どんどん山を登り、この周辺特有の山の連なりが深くなってきた先に、円筒形の建物が特徴的なセストリエールの中心が
見えてくる。
中心部から更に登るとゲレンデとなります。はああ〜キター!

フィアットの会長等が開発を手がけたセストリエールは、この周辺では有数のスキーリゾートである。スキーのみならず、
夏季のエクスカーション(ホテルにスパもあるし)
も充実しているとのことで、通年楽しめる山岳リゾートとのこと。確かに都会のトリノ中心部から
電車とバスで2時間以内でこのようなW杯および五輪会場にもなってしまうスキー場があるのは素晴らしいことだ。
また、今回エコロジカルな大会と言われているのは、この大会のためにやたらと会場を新設せず、これまでの施設を
改装して使うこと。そして、こういった山岳地帯も、木を伐採することなくコースが造れること、というところらしい。確かに、
長野オリンピックでは、そういった自然破壊が問題視されていた。たった1回の五輪のためにどんなに原生林や貴重な
生物の生息地を破壊したか...と言われていた。
森林限界が3千メートル周辺の日本は、スキー場開発はこの問題は避けられないかもしれないが...。
このリゾートが出来たのはおよそ半世紀以上前ということなので、日本の
会場もこのような所を見習って山岳リゾート開発をしてもらいたいものだなあ〜などと思ってしまった。
さて、整った山に囲まれて中央にそびえる明るいゲレンデこそが、今晩回転競技の会場となるのであった。その正面に
道路を挟んでレストランやお店の建ち並ぶ街があり、五輪の案内所もこの中にあった。早速ボックスオフィスへ赴き、
端末へ向かっているスタッフに、チケットと入れ違えに成ってしまったのでどうしたよいか?オンラインですでに購入済みなので、
このIDとパスワードで確認をしてほしい、と言ったところ、をーなんて気の毒な〜と、その数名いたオネーサンたちは騒然となった。
で、すぐに端末で確認してくれれば5分で終わったのだが、責任者にそのことを告げ(その人も「をー!」とリアクション)、
絶対どうにかするから安心しろ、と言う状況になってきた。なので、たびたび、確認メールはどうしたこうしたと、いろいろ途中
聞かれたりしたが、とにかく買ったのに届いてないと言うこと自体由々しきことなので、ひたすら待った。すると、更に別のスタッフ
が、センターに電話でIDとパスを告げ確認を取り、とうとうワタシのチケットは紆余曲折の末、はるばるセストリエールで発券される
ことになったのだあああああ〜!やったー!!ついでに、15日のアイスホッケーも発券されてとにかく、とにかーくひと安心
というか、肩の荷が下りた。
賑わうチケット売り場。なんと当日券もOKだなんて誰ぞ知る!

複合の競技は滑降と回転の総合得点で争われるもので、滑降のほうは、すでに別会場で行われていた。昨日中に
このように手を打っていればこちらも観戦できたのだが、まあ、とにかく良しとしよう。もうお昼もずいぶん過ぎていたのだが、
そのへんのレストランにはいり、軽く昼食を取る。ほんとは山の料理をがつんと食べてもらいたいところだけど、今回は
なんとなくベジタリアンのごときオーダーになってしまう:ミネストローネ・チーズリゾット・ポレンタ...。ああ、なんかこう..
メインが足りないってとこだなあ〜でもこんなもんでお腹一杯になっちゃうんだよなあ〜と、ちと残念かな。しかしこれから
酷寒のゲレンデに立つのでしっかりチャージしなければと、思うのであった。だんだん試合が近づいて来て、伝統衣装の
楽隊なども登場して、国際色豊かな人々が集まり始めてきた。さあ、ワタシタチの五輪開始だよ!
どうも白っぽい食事ばかりになってしまう(チーズリゾットとポレンタ):セストリエール城下町

<テレビで見た「なにやってんだろあの人達」になる時が来た>
そう。かなりアルペン見に行こう!というのは冒険であった。暴言かもしれなかった。でも、冬の五輪の華といえばアルペンだと
思うのであった。そんなこんなで、今シーズンのW杯アルペン競技は欠かさず見ることにしていた。競技もさることながら、アルペンの
観客というのは、どんな風にしていればよいのか?を見るためでもあった。年末のオーストリア大会は、氷点下20度近く
気温が下がり、しかもナイターであった。しかし、ファンが何万人もつめかけて、その部分は湯気が立ち上り、異様な熱気に見えた。
でも、地元や慣れてるファンならば
熱気で済むかもしれないけど、シロートのニホンジンには「低温症」「凍傷」「凍死(!)」の文字が浮かぶ...「無理かも...」。しかし、
来てしまった現地に...。取れてしまったチケット...。そして、はいってしまった、アルペン会場!!複合の場合、どちらかの
券をばら売りできないように、入場の際昼間のチケットも見せなければならない。もぎりのおばちゃんは、滑降が
未使用なのを見て「あら、これはおみやげね」なんて言ってたので、笑ってしまった。そのあと、セキュリティーチェックがあるのだが、
結局ピーピー鳴っても徹底的に調べない程度のチェックなので、ホントアヤシイ。そして、あまりにも関係者が多すぎる!!
警察と山岳兵と憲兵とよくわかんない制服と、あと鬼のようなボランティアの数!!なんなんだあああ〜そして、立ち見席の
立ち入り禁止地帯で、選手がフィニッシュしてきてよおおく見えるところに、憲兵・山岳兵・警察・ボラ・憲兵・警察・ボラ・ボラ...
見えなーーーいっつーの!まったくイタリア人ってやつはああ〜と...思いながらも実に素直なところが愛おしいのであった(?)
第1回目の滑走を待つキトクな人達:右側の大群が関係者ね

ついでに会場チェック。テレビで「あのひとたちトイレはどおすんだろ」と危惧していたが、シンパイナーイ!巨大仮設
トイレテントが暖房ガンガンでいつでもOK。人類・男女ノンカテゴライズのため、いちおう内容チェックしてみたが、
洋式で、比較的長身の
ワタシでも「よっ」と乗らなければならない。
しかしその前にせまい空間で清潔を確保するためにいろいろ作業が必要で...ぎゃああ〜。
なので、荷物や上着はツレに持ってもらい、なるべく空身がおすすめだなあ〜なんて思った。T子ちゃんは断念して
出てきたらしいが...ま、そんな感じ。そして、巨大テントにカフェテリア、グッズショップがあって、インターミッションの
間もこのへんに避難していれば良いということになる。屋外にもカフェテリアがあって、雪の上のカウンターで、楽しそうに
冷たいビールを飲んでいる人がいて、見ているだけでぞぞっと来てしまった。民族が違う...。きっとそうだ...。
そして、立ち位置はどこにするかが問題である。1回目は、フィニッシュゲートの近くに陣取っていた。そうすれば必ず
選手は通るのだが、とにかく高速なので、一瞬しか見えない。しかも、今誰が滑っているのかを示すボードが見にくい。
なので、2回目は、後ろの報に引いてスタンドの脇あたりに居ることにした。そうすれば、スクリーンも見えるし、DJ(!)
の声も聞こえてノリノリなのであった。しかし寒いには変わりないので、一生懸命バカボントレインでもらったカウベルを鳴らして
応援しないと凍ってしまうのであった。1回目の滑走はまだ夕暮れ時に行われるので、天気が良ければさほど寒くは
ないのだが、おそろしくきれいな夕焼けが去ったあとは、とにかく寒さとの戦いとなる。スキーウェアがいちばんだとおもうが、
帽子・手袋(革でウサギ毛ラインカイロ入り)・タイツ・スパッツ・中敷きカイロ・ババシャツ・Wセーター・
革コート&パンツ・フェイスマスク・キツネ襟巻き...で、なんとか体温が逃げるのは防げたようだ。でも、末端や顔が
だんだん痛くなるほど冷えてくるので、後半はとにかく常に動いてないとやばい感じであった。
ああ、遠き山に陽は落ちる〜:高いスタンド席も凍るのは同じ〜(涙)

さて、競技のほうだが、てっきりこの試合に日本の佐々木・皆川・湯浅らが出場すると思っていたが、姿が見えず、
ちと当てがはずれてしまったのだが、W杯のスター達は健在。しかし、波乱含みの展開で、トンバの再来と言われる、
今期絶好調のジョルジョ・ロッカも不調、米国のヒーロー(なんでもそうなっちゃうが)ボディ・ミラーは、せっかくの
首位も失格。ライヒも失格となんでこーなるの?状態。1回目30位までの選手が事実上首位本命で、2回目は
その30位から逆に滑るというもの。W杯と違うのは、1回目30位以下だと2回目進めないのが五輪ではファウルが
なければ全員2回目も滑ることが出来ることだろうか?この距離でこのメンバーで優勝争いとなると、タイム差は
1秒以内となってくる。すると、まったく肉眼では解らない世界なので、やはりモニターやタイムを確認できる席で
見ているのがベストだと思う。ロッカの2回目滑走が終わり、逆転が無いことが解ると、観客はタメイキ混じりに
次々に帰って行くのであった。
ワタシタチは「えー終わり?」「えー帰っちゃうんだ」なんて言いながら、せっかくなので最後までねばる。まあ、
結果は明日の新聞で見ればいいかなあ〜と思い、でも、アキラー!!ケンタロオオオ!!なんて叫んで
みたかったなあ〜なんてやや不完全燃焼気味に帰路につく。イギリス人のキルト(スカート)にハイソックス応援軍団
がギャラリーで人気を博していたが、見てるだけで寒いのでうろちょろしないで欲しかった...かな?とにかく、
さよならセストリエール。ワタシもここですべってみたいものだなあ〜。などと、再びスキーデビューを目論むワタシであった。
ナイターのゲレンデは選手には滑り安いのかもしれない。見てるのはサムイ〜
試合終了後、大勢の観客が移動をするわけだが、こういったビッグマッチであるのに、何故か会場はどこも綺麗だし、
人が殺到して大混乱になるということが、この欧州では全くないのがいつも不思議である。日本であれば、
宴のあとといえば、交通に大混乱をきたして、ほんとうにその日1日のエネルギーを根こそぎ奪われてしまう。しかも人の去った
あとのゴミの山だとか、ものすごいことになってしまうものなのだが、そういうことが一切無いのは驚きである。何がどう
違うのか?スカートニイチャンもバイキングコスプレさんたちも、それぞれ楽しんでいるが、場内トラブルもなければ、そこにいた
痕跡すら残さずに整然と帰っていく...。今回も終了後、シャトルバス乗り場に向かうのに相当歩かされたが、
何の苦もなく来たバスに乗ってもと来たOulxまで戻ることができるのであった。この辺はまだまだニホンジンも見習うべき
ところだろうと思うのだが...。なんて考えながらFS駅で待つ。さすがに試合終了後21時を回っているので、
吹きさらしの駅で待つのは冷え切った体にはつらい。さっきバルドネッキアに向かった列車が戻ってくるまで何分ぐらい
待っただろうか?その割には闇は深くなく、降るような星空ではなかった。やはり、明るい街に近いからなのだろうか?
ほどなく、凍えた人々を列車は飲み込み、およそ1時間、快適な暖かさで包む優しいバカボントレインであった。
ポルタヌォヴァに到着したのは23時過ぎ。綺麗な五輪ライトアップを見ながらバスでホテルへ戻る。
あまりにカラダが冷え切っているので、何か温かいモノをと思うが、どこも店が閉まっているので、
足は近くの中華料理へ。スープで復活するが、そんな夕食になってしまうのはちとカナシイものがあるかな?
めくるめくピエモンテ料理と名醸ワインはいったいいずこに...。
すでに入り口が施錠されているホテルは、毎晩同じじいさんがフロントを守っている。私宛の手紙は
まだ無さそうであったが、いったいいつ届くのだろう?R氏からの伝言メモを渡されるも、もう遅いので電話は
明日にしておこう...今回は会えるのだろうか?微妙になってきたな。
トリノ中央駅のライトアップ。うーんニクイですなあ〜

★2月15日(水)★
<チケット問題は解決したけれど>
朝食室に1台パソコンが設置されている。日本語フォントがはいっていないのだが、自分のアカウントを呼び出して
ブックマークからイタリア郵便局のサイトに接続し、なかなか届かないEMSの捜索をしてみることにした。
日本からも送れるEMS(国際スピード郵便)は、伝票の番号によって今どのへんにあるのか確認することができる。
但し、日本(発送国)を出てしまった後は、送った先の国の郵便局で確認をしなければならないので、ちとめんどくさい。
イタリアポストの場合は、いちおうサイトのイタリア語ページのみでトラッキングできるので(英語対応なし:それもなんだかなあ〜)、
そのページにある該当箇所に入力すれば現在の状況が解る。してワタシのチケットは14日にミラノに入り、すぐに出発し、15日にはトリノ入りしている
ようである。を!これが間違えなければ今日にも届くハズだっ!でも、もう時すでにおそしである。9日木曜日に香港を出てから、
14日までいったい何をしていたのか...。10日中にはミラノに到着して
11日ミラノ発、13日トリノってのが順当ではないのかしらねえ〜。まあ、週末を挟むと1週間はかかるという、良い実験になったということだな..はははは。
普通便と変わらないではないか...。
考えれば考えるほど悠長な、どこがスピード郵便やねん!と静かに怒りがわき上がって来たところに帳場(?)から「お電話ですよっ!」の声。
姐さんからであった「何?ここのホテルって
呼び出しなの?」いえちゃんと部屋にありますって...昭和じゃあるまいし...。
今日はパラスポルト・オリンピコへアイスホッケーを見に行くのだが、
姐さん達も同じ試合(イタリア×カナダ)を見に行くことになっていた。トリノ入り以来連絡を取っていなかったので、今日が現地で会えるラスト
チャンス(=うまいもの食べて飲めるチャンス)かなと思っていた。明日の早朝には日本に帰ってしまうそうであるし...。
ホッケー会場の席番号を聞いて電話を切った。そうだR氏にも連絡を取らなければ...
5月の1ダースワインの返杯として、日本酒を厳選。秋田か新潟かはたまた長野か、
散々迷った(飲んだ?)挙げ句、どれも捨てがたいのだが、
R氏の故郷・マンマの手作りワインに対抗するのならば、長野の純米酒「真澄」に決まりかかっていたのだが、
故郷対決とあらば我が東京の日本酒「澤ノ井」大吟醸にするかーと、大逆転で決定。
有田焼の杯とともに、せっかく重たい思いをして持ってきたのに、渡せなくなってしまう。
ああ〜でも今日1日しかないよなあ〜どちらも。
試合開始は午後1時なので、部屋で昨日の競技結果などを見ながら過ごす。
こちらに来て毎日見ているのだが、Rai Sportsのキャスターの「イタリア男」っぷりが素晴らしく、
日々の着こなしにしろ、身のこなしにしろ、とにかく目が離せないのであった。あんなに動いているのに、しわひとつよらないあのスーツは?
細身のパンツにあの丈は絶妙..。
今日のネクタイは、こんなのアリエナイっ!とか、彼のカメラを追う目線とか、ちょっとしたポージングとか、とにかく見てて飽きないパーフェクト(?)なのであった。
できれば日本でも毎日見ていたいがなあ〜。
ちなみに相変わらず夕方のゴールデン・バカ番組はイタリアハゲオヤジ&美女が席巻している
のだが、今回はそれを見ているヒマが無く(ちと残念)、
競技かこの素敵なキャスターばかり見ているような気がする。Raiの放送しない分のフォローとして、euro sportsも
良く見ているのだが、こちらのドイツ語にもだんだん聞き慣れて来たかもしれない(euroはドイツ語の放送)。そんなこんなで、さて今日は
アイスホッケーダブルヘッダーだ!
とうとう出来たトリノ地下鉄の駅:空港連絡線みたいね

<異国の地でジャポネーゼの意志を感じる>
さすがに3日目になると、地下鉄もトラムもバスも地元のトリネーゼの如く乗りこなしているワタシタチ。
今日などは、地下鉄で一駅乗って、バスに乗り換え、2駅乗ってトラムに乗り換えるというかなり高度な技。とにかくトリノカードの威力はすさまじい〜。
たぶんさんざん迷ったから元は取れているような気がするなあ〜なんて思いつつ、目標のスタジアムに急いだ。トラムは「競技場は
こちらで下車してください」との案内表示があり、非常に分かり易かった。しかし、この会場は、開会式の行われたスタジアムと同じ広大な敷地内に
あるので、トラム駅はこちらのスタジアムほうに近かった。おかげで、初めて五輪聖火の姿を見ることが出来た。やはり、なんというか、
五輪って小さい頃からのあこがれの競技会だったんだなあ〜と、聖火を見てつくづく思った。たぶん世界中の人がそんな思いでこの
アテネからはるばるやってきた火を眺めているのかと思うと、素直に感慨深いモノがあった。もちろん写真撮影などをして、ふと競技場と反対側
を見ると、青空市場が出ていたので覗いてみることにした。以前来た時にも、ポルタスーザ駅近くにあった、日用品や食料品中心の
マーケット(メルカート)である。入り口には、お総菜も売っている魚屋のバンが数台連なり、八百屋、チーズ・ハム、干しタラ専門(かっ買いたいのだがっ!)、
などうまそーなものから、靴、洋服、毛皮のアウトレット、サッカーボール、毛糸、電動工具...と、なんだか
なんでもありありのスーパーのような品揃えなのであった。
ああ、こんなところであーだこーだ言いながら買い物する人になりたいものだなあ〜などと、
今が旬らしいアーティチョークの山を眺めつつ、「ああ、がぶっと
食いたいい...」と思いつつ、ぐっとがまんをして会場へ向かうのであった。
見よあれがホンモノの聖火だっ!すごいなあ〜すごいなあああ

広大な運動公園の敷地に、ゲートは2カ所となっており、アイスホッケーにとても行くとは思えない素敵な毛皮のシニョーラがいたりするところは、
やはりトリノかなあ..などとおもいつつ、長蛇の列に並ぶ。しかし、あの地獄のようなサンシーロの混沌とは比べようもなく、ただ列に着いていさえすれば
ほどなく順番が回ってきて、ほぼ形だけのセキュリティチェックは終わった。ペットボトルとかカメラとか食べ物とかのチェックはほぼないと言ってよかった。
そういえば、ポルトの蹴球場で、買ったばかりのペットボトルの水とカスタード入りのうまうま揚げパンを、目の前でゴミ箱にポイされた時はショックだった。
入る前に飲んで食ってやればよかった...などと思ったが、ここではそんな悲劇は起こりようもなかった。平和だ。ゲートを通過して会場に向かうも、
建物までも広大な公園になっており、さながら、写真で見るタージマハールのような池が前庭に造られており、
その奥に、ニホンジンの磯崎新氏作のパラスポルトオリンピコ
が出現するのであった。
広大な運動公園に静寂を感じる建造物(ここが会場)

この五輪に際し、新たに建造された施設のひとつであるこの建物は、公開コンペティションにより、磯崎氏の作品に決定したとのこと。
前にも書いたように、今回は新設物件が非常に少ない大会であり、既存の施設を増改築して対応をしている。
五輪開催において、自然破壊もさることながら、開催後に他に転用もできず、
廃墟のようになる施設が多い事が問題視されている。五輪後も多目的に、その開催地で活用
される建物を..というコンセプトで創りあげられたものが、このパラスポルトオリンピコであった。
竣工当初より、このシンプルな作品は、周囲の景観にも良くマッチしており、地元でも通称
「パラ・イソザキ」として親しまれているとのことだ。海外において、交通機関や建造物でも何でも、単なるモニュメントとしてではなく、
日本の技術や創造が意志を持ってその場所で活用され、受け入れられているのを見る事は、非常にうれしく喜ばしい事だ。今回は
そういった問題提起に対する答えとして、シンプルに機能的に創りあげられた建物である。それはまた違った形で
日本人の叡智が大会に参加しているような気がする。競技で体現するだけでなく、
大会全体の精神を形で表しているとでも言うのだろうか?この建物の存在を感慨深く思うのであった。
どこからも見やすい高角度のホッケーリンク
あまり寒くなくて快適っす♪

<どちらかというとバトルロワイヤル>
前庭にあたる部分と、建物の間には、アルペン会場のような巨大テント(レストランとグッズショップ)
と、カフェスタンドがいくつもあり、試合を続けて見る人が
過ごせるようになっているようだ。レストランではバンドの生演奏が行われており、この次の試合の対戦国サポが、
すでにわらわらと思い思いに楽しんでいた。やはり国際大会の場合試合の日は6時間前入りが、サポ諸氏の
最低限の基本のようだ。ワタシタチは1時間前行動となり入場する。パラ・イソザキはエントランスの部分が開放的で、正面には
斜めに大きな鏡がついており、入場する自分たちの姿が建物の一部となる。入ってみて解ったのだが、向こう正面には移動できないように
なっており、姐さんたちの席に挨拶は不可となってしまった。ワタシタチの席は、ゴール裏のイチバン上で、リンクを囲んで急角度に見下ろす
構造なので、あまり距離を感じなかった。また、すぐ天井なのだが、透明なフェンスや、網状の天井板のおかげで圧迫感がなく快適に
観戦できる。隣とはやや狭く、横の列が長いので一度座ってしまうと出ることが困難だが、前の人が視界にはいることはないので、
とにかくどの席でも見やすいかもしれない。2階のスペースにはゆったりした椅子を置いたカフェテリアなども対岸に見え、早めに来て
飲み物や軽食もゆっくり取れそうであった。
さあ運命のゴングが鳴る!!って氷上の格闘技ですからっ!
(イタリアチームって西武ライオンズみたいだなあ〜)

さて、試合だが、アイスホッケーの試合を生観戦するのは初めてである。しかし、NHLプロリーグの演出そのままなのか、中央の
スクリーンでは、過去の名場面を流したり、ルールの説明、ジャッジの解説などがその都度流れるので、初めてでもゲームは
楽しめる。また、リングアナならぬDJのコールも、試合中の曲の選択も、仮にこれらが何もなければ非常に地味になりそうなこの
競技(当たりや動きは激しいのだが、スケートは音無く滑るのでなんとなく静かなる競技)
を適切に盛り上げていた。この試合は地元イタリアと、本場カナダのプロチームとの戦いであり、その実力差はあるものの、
非常に最初から盛り上がった。イタリアもその声援を受けて善戦し、なんとカナダから2点も奪ったりしたが、後半はやはり
カナダ優勢で7点入った頃には、熱烈に応援をしていた隣のニイサン達もすっかりおとなしくなってしまった。氷上の格闘技
と言われているが、そのメンバー交代のめまぐるしさから、格闘技は格闘技でも「バトルロワイヤル」のようだなと思ったりした。
T子ちゃんは有名選手にも詳しく、ルールも良く知っているので、ニホンゴ解説付きというオプションも付いて、なかなかに
盛り上がる興行であった。
試合後は完全入れ替え制で、いったん外に出なければ行けないので、例のテント街で休憩をすることになる。バンドも
張り切って節操のない選曲となっていたが、試合が終わったカナダ人や、次のドイツ人、チェコ人たちには受けていたようだった。
今回グッズも、さすがイタリア!というようなウェア類があったのだが、会場のショップはどこも満員で、なかなか中に入れない。
入ったとしても、品物まで手が届かなそうな予感(だって、皆でかいので...)がしたので、やめておいた。ああ、何か欲しい
けどなああ〜。仕方がないので、外の売店で冷たいパニーノとホットチョコを飲む。気のせいかもしれないが、やはり
トリノで飲むホットチョコは、こんなカフェスタンドの安物であっても他の所より美味しい気がした。昨日のアルペン会場ほど
ではないが、空がどんより寒々しいので、ビールよりも、ホットチョコがカラダにちょうど良く染み渡るのであった。
さて、ほどなく次の試合の入場開始のようである。今回は、天井桟敷席ではなくて、改めてよく見てみると、ものすごく
良い席ではないかああ〜。このチケットは、日本で手配したもので、ゴール裏であるが、なんと前から5列目だった。とすると、
さっきの席はイチバン後ろだったということは、発券順に席が決まっていくのかなあ〜なんて思ったりして...。入場ゲートは
先程の反対側で、こんどは、会場内のグッズショップへ行こう!と思ったら、そちら側へ移動するルートが良くわからなくて
断念。ううう。して、先程ボランティアのおばちゃんに教えてもらった席へ戻ってみると、別の人が座っている。をー!また
サンシーロの繰り返しか?!と思われたが、今回はワタシタチの勘違いであった。というか、ボラ・おばちゃんが指示間違えた
ってこと?まあ、いいか。
ドイツ・チェコ戦はこんな近い良席ですた:やはり近くだと迫力ありまつね

2試合目はかつての金メダリストチェコ対今年はW杯もありすべてノリノリのドイツの対戦。実力的には、チェコの圧勝かと
思われたが、見たところその力に大きな違いが無かったように見えて、大接戦の好試合であった。さすがに5番目の席は
先程と違って大迫力で、試合に目が慣れたところで、詳しく見られるのでホントウにラッキーだった。ホッケーの場合、応援団
がそれぞれのサイドに別れると言うことが無く、入り交じっての応援なので、応援席での応酬もなかなかおもしろいもの
であった。戦力もさることながら、チェコサポの数の多さと熱心さにはびっくりさせられた。私たちの前にはずらりと、「チームチェコ」
ワッペンをつけたおじちゃんおばちゃんが、わりと肉をたぷたぷさせつつ国旗をぶんぶん振って大応援!隣のチェコのオネーサンは、
学生っぽかったが、ひとりで来ていて、同じようにチャンスに国旗を振っていたので、ついでにワタシタチも旗振るの手伝ったり
した。「ちぇし!ちぇし!」(いつからチェコ人になった?!)今、知ってるチェコ人はネドベドだけなんだがあああ〜と思いつつ...。
また、熱い攻防では、試合のパック(ゴム製の黒丸)がスタンドに飛び込むことしばしばで、そのファウルパックは、
もちろん、ボランティアのイタリア人が記念品としてポケットに収めていた。(いーないーな)もうボラ全員当然のように
キープしている姿と、一番前の席で楽しそうに見ている姿は、ここでもイタリア人万歳であった...。また、
インターミッションの間に、観客がモニターに映し出され、そこにカップルが登場するとKissをする流れ(?)になるが、
こちらのほうは、やはり第一試合のほうが皆ノリが良く、これまたお国柄というか、イタリア人万歳...。
試合はドイツの驚異的粘りと硬いキーパーのナイスディフェンスが功を奏し、元王者チェコに引けを取らない戦いが続くも、
最後には総攻撃をかわされ失った得点により万事休す。予選ではあったが、今後、この2チームの活躍に期待が持てる
展開となった。チェコサポの歓喜のカウントダウンで試合終了。良い席でとても良い試合だったと思う。大満足で、会場を
後にするが、外はすっかり暗くなっていた。さきほどまで曇天にぼんやりと浮かんでいた聖火はくっきりと赤く夜空に浮かび上がっていた。
<ティピアーチェ トリノ?>
会場を後にして、もと来た道よりも中心部へ出ようとバスに乗り、ソルフェリーノ広場に出る。ひとたびバスに乗ってしまうと、
オリンピックなんてどこでやってるんですか?みたいな雰囲気になるから不思議である。いつものトリノの日常が流れている車内から、
大規模なスポンサーヴィレッジに占領されている広場に出ると、ああ、やっぱりやってるよな〜五輪。と思うのだった。
入り口では例の如くセキュリティーチェックが実施されており、そういうのがあると、なんとなくはいる気がしなくなってしまう。
この中では、競技の体験コーナーやグッズショップなどもあったそうなのだが...。
サムソンとコカコーラのロゴが踊る巨大施設に迷惑そうなソルフェリーノ。そこで、人気のチョコレート店を発見したので、
またホットチョコを飲むことにした。伝統的パラッツォに素敵な内装を施し、美味しそうなチョコとジェラートが並ぶ上品な店。
出てきたホットチョコもスプーンが添えてあり、濃厚で、薫り高く、なめらかで、温かく、この上なく幸せな1杯であった。
最後の1すくいまですべて上質のチョコレートで満たされており、これが正真正銘ホットチョコなんだろうなあ〜と、納得の味であった。
お祭り騒ぎに紛れてしまっているが、こんなところがトリノなんだけどね。
そういえば、姐さんたちはどおなったのだろう?すぐそばに電話があったので、ホテルに連絡してみることにした。手帳を
取り出して、ページをめくるが..ない!そうだった。ホテル名だけ聞いておいて、あとで調べようと思ってすっかり忘れていた
のであった。そのホテルは一度コンタクトを取ったことのあるところなので、すぐに解るから油断してしまったのだ。あああ〜。
ということで、もう一つの懸案R氏は今いずこ?と思い、携帯に電話をしてみると、なんともうひとつのアイスホッケー場にいる
とのことだった。食事の時間あるか尋ねるとOKとのことで、ワタシタチのホテルで待ち合わせをすることにした。ソルフェリーノも
盛り上がっていたが、その先のメダルプラザでは、夜空に何発も花火が打ち上がって、遠くから歓声が聞こえて来た。
日本式の高い位置の花火ならもっと見えたのになああ〜ちと残念。
ホテルに戻ると、フロントにはあきらめていたスピード郵便が到着していた!とうとう着いた!やっぱり、すべて見終わってから
到着だったなあ...はあああ〜しかしお疲れ様のことアルよ。ホテルのスタッフも、目的を果たすことができてほっとしている
様子だった。早速部屋で、中身を確認すると...あれ?やけに薄いのですが...では〜開封...。ん?
チケットがはいっていなあいいいい〜!!明細いちまいしかないいいいいい!!!
えええええ〜?!てっきり、未使用のチケットが入っていると思って、あのアルペン会場のもぎりのおばちゃんではないが
「それはお土産にしようねえ〜」なんて思っていたので、愕然としてしまった。あまりのショックで、パクパク...。どういうこっちゃ。
と、あたまぐらぐらして酸欠で放心しているところに電話が鳴る。「来たよ〜♪」とR氏登場。とりあえず検証は
あとでゆっくりすることにして、急いで大吟醸をつかんで、階下に降りていった。ピエモンテの淡い日差しに数日慣れていた
ところで、やはりR氏は南国の太陽のように楽しげに立っていた。ああ、番長健在...。しかし、胡散臭い表情を向けていた
夜勤じいさんに「ぢゃあ、行ってきます、ちゃーお!」なんて極く明るくドアを出た瞬間「ティピアーチェトリノ?(ねえトリノ好き?)」と言う番長。
そうねえいいところじゃない?〜と言ってみたが、番長はもううんざりという表情だった。まあ、都会嫌いの番長にはちょっとトリノはああ...まだるっこしい、
気取った人ばっかりの都会に見えるんだろうなあ...。モンテビアンコのパラディソ(天国)とは大違いでしょう。
そんなこんなで、かなりお疲れの
R氏とともに、食事のつもりだったが、このあと日本選手団関係者を迎えに行き、クールメイユールまで戻らなければならないとのこと。
時間は30分あるかないか..。日本人選手団の世話をするR氏の今の悩みといえば「どのニホンジンも同じに見える」とのこと。
確かにいつも見慣れている選手ならともかく、お偉いさんのジイサン
達なんてワタシだってワカランからねえ...また、ワタシと同じく英語ニガテなR氏は英語でニホンゴを勉強させられているそうで、
気の毒なほどの脳内パニックを起こしているとのことであった。この際ばっちりニホンゴを学習してもらいたいところであったが、
もうみんなイタリア語にしてくれ〜とパニック陥っていた...。合掌。そんなこんなの毎日のようだが、今日はしっかりと
ホッケー観戦できたそうで、やはりR氏もいちばん良い場所でタダ見している関係者であった。いいのだ。それでいいのだ!
そうじゃないとイタリアらしくないのだ!是非最後まで自分たちがいちばん楽しんでほしいものだ。
トリノで行きつけのバールで軽食とスプマンテを飲み飲み、店員のニイチャンに「車でしょ」とおきまりのつっこみをもらいつつ、ニホンジンをピックアップ
する時間が迫る。今年の冬は大きな雌鹿を撃ったとか、家族の話とか、サッカーの話とか
もっとゆっくりバカ話したかったのだけど、今回はここまで。
いつも都会のミラノだとかトリノだとか慌ただしすぎる、もっとゆっくり遊びに来なさい!と説教されつつも、
でもこうしてちょっとでも会うことが大事なんだ...と言って駅前で別れた。
大吟醸はよく冷やしてくれればいいな...
いや、大会中ニホンジンとうまくやって、道中無事でいてくれることを祈るばかりであった。(またくれぐれも雪にはまらぬよう..)
トリノの夜は早い。ポルタスーザの周辺はもうだいたいどことどこが開いている、なんてわかってしまったが、もう足を伸ばす
時間でもなく、最後の晩餐も近場のレストランで済ませることにした。どこも無難なところばかりで、ピエモンテ料理はまるっきり
語れないことになってしまったが、とにかく無事に予定通りオリンピックを楽しめた事に乾杯をするワタシタチであった。
ドックミラノのレストランにて:ああ、ピエモンテの夜はふけて...

★2月16日(木)★
<五輪の地を離れる>
トリノ到着の時は、どうなることかと思ったが、無事に最終日の朝を迎えた。ホテルもあのまま屋根裏部屋だったらと思うと
ぞっとするのだが、いや、もうとにかくイタリアでは「ああなってなかったらどおしよう」なんて思うことは辞めよう。
過ぎた事はどうでもよく、結果オーライこそがこの地では良く似合うのだ。チェックアウトをして、電車の時間まで荷物を
預かってもらい、それまで街をぶらぶらすることにした。多分この街を離れれば、五輪関係のグッズは手に入らないと思ったので、
日本で待つ人々へのお土産などをいろいろ購入。お菓子屋で、まるで香水の瓶のような入れ物に入ったグラッパを発見。
グラッパはなにはなくともバッサーノ名産ナルディーニ社のものをいつも買って帰るが、たまには熟成系を買ってみては、
といわれていた。しかし、このきれいな瓶にはいったグラッパは「ORO(=金)」という名前でその名の通り金粉が入っていて、
揺り動かしてみると更に美しいのである。
ああ、こんなことしたら中身は飲めないぢゃないかあ〜と、思いつつも、トリノの街の優美な印象の思い出として購入。
トリノの人はマジメでとても丁寧で親切なイメージがあるが、ここの店員のオネーサンもひとつひとつ丁寧にギフトラップしてくれて、
他の場所ではせいぜいビニールにぼこぼこ丸めて詰められるのがオチで、「まあ、こんなもんだよな」なんて思っていたのが、遠い過去のことに
思えてくるようだった。商品の説明を求めると、わざわざ近所から英語を話せるオニーサンを呼んできてくれたり、
そんなこんなで、大したものを買ったわけでもなく、膨大な時間がかかってしまったが、とても気持ちよくトリノを去ることが出来た。
イタリア版「ゆびつめ注意」
クマちゃんピンチです「イテテ...」

んがっ、1時間に1本のミラノ行き直通電車は混むだろうなあ〜なんて思っていたところ、誤って1等車両に乗り込んでしまい、
重い荷物とアウトグリルで買ったパニーノを持って席取りは大失態であった。トホホ。T子ちゃんもカプチーノを持ったまま
だったので、大災難だった。飲んじゃえ飲んじゃえ!と言ったが、あいにく猫舌のためそれもできず更にサイアク。
そんな状況だったので、検札の車掌さんも連結部分でパニーノを片付けているワタシタチには、
敢えてチケットを要求しないで去っていった。そして、ひととおり食べ終えてから、荷物を転がして二等車で席を探す。
軽装の人が多いので、なんだか迷惑なワタシタチであったなあ...。それからおよそ2時間でミラノ中央駅に到着する。
途中で降りる人も多く、ずっと寝ていたので、目が覚めたらキャビンはほとんど空席となっていた。総選挙を控え、
駅構内にはベルルスコーニ首相の巨大パネルがあちこちで笑っている。日ハム新庄の極上の白い歯と良い勝負だなあ...。
再びミラノの定宿アンドレオラへチェックイン。この週はフェア料金となっており、最初の2泊合計よりも、今回の1泊のほうが
断然高いということになっている。でも、勝手知ったる定宿のほうが安心して最後の夜を過ごせるかな?と思いここに決めた
のであった。平均すると、トリノのホテルよりも安いような気がして、なんだかこういう時って、
どちらかが不当に高いと、逆に金銭感覚がマヒしてしまうの
だなあ〜。今度の部屋は、客室では最上階の5階であった。今年になって、6階部分に新にレストランが出来、
そのすぐ下は音が響きそうであまり期待できないかなああ〜なんて思っていたが、鍵を開けると、ふかふか絨毯敷きで(いつもはフローリング)、
明るい光の入るちょっとゴージャスな部屋でびっくりした。大理石のバスタブもひとまわり大きく、気持ちの良い窓とベランダが
ある。はああ〜こっちに2泊だったらウレシかったなああ〜なんて思ったりして。ま、とりあえず、時間もないので、細々した
買い物をしに、駅スーパーを往復する。トリノ産チョコレート(!)や、やはりナルディーニの定番グラッパなどをがさがさ買ったので、
軽く1万円ほどになってしまった。スーパーはカードも使えるのだが、
たぶんある金額以上だとパスポートを提示しなければならない。両替でも見せることがあったし、、
最近は常に携帯してないといけないのかなあ...。日本もだいぶ、本人確認などがウルサク言われるように
なったけれど、やはりここでもガイジンは念には念を入れられるということか?
<ミラノ最後のスカラ座の夜>
サンシーロの教訓もあり、この日、今回の旅のフィナーレとなる「スカラ座でオペラ鑑賞」が待っているので、なるべく早め早めに
行動開始。今回は、というかいつも一番安い席の客なのだが、本家スカラ座へ赴くために、T子ちゃんはきちんとドレスアップ。
ワタシもそれなりのステージ衣装を引っ張り出してきて、カモフラージュ。オペラ鑑賞は何を着ていけば良いか?と聞かれるが、
何を着ていっても入場を断れることはまずないと思うが、それは気持ちの問題で、肩身の狭い思いをしたくなかったら、
自分で満足の行く格好をするほうが、居心地が良いと思う。自分が納得して快適に過ごす事ができるかできないか、
が、判断の基準かなあ...などと思うのであった。
さてスカラ座に到着:最後の夜にふさわしき場所かな

なんて思いながら、24時間地下鉄券を買ってスカラ座へ向かう。1時間前に行けばいいかなと思って行ってみると、
なんと、まだメインエントランスは開いていない。夜になって冷え込んできたミラノの街は、うっすらと霧が立ち込めているようにも
見える。そこに集う人達は、老若男女問わずであったが、地元の人が多いように思えた。女性は皆温かそうな毛皮を着ており、
いろんな種類・デザインがあるが、どれもその人に良く似合っていた。ワタシもさりげなく着こなせる人になりたいものだなあ〜
などと思って見回しているうちに、開演の30分ほど前になると、大きくて重厚な正面の扉が開き、外観からは想像できないほど
豪華なロビーが登場するのであった。
昨年5月に行ったスカラ座新劇場は、どの席種もメインからの入場となっていたので、てっきりこちらもそうかと思ったが、
本家はさにあらず。たった18ユーロしか払っていない者は左脇のミュージアムの入り口からの入場となる。裏口入場だ。
ロンドンのコベントガーデンのロイヤルオペラがこの裏口方式で、パリのオペラ座は堂々正面で、これはお国柄の問題か?
と思っていたが、いちがいにそうではないようであった。
(オペラ座は休憩時間に格安席の者もすべて、ワインとおつまみを振る舞ってくれたのは感動であった。いつもそうなのだろうか?)
そういえば、一番最初の海外旅行でイタリアを訪れた時、この階段を上がったところのミュージアムで
ヴェルディの直筆楽譜や、カルーソーの胸像などを見た覚えが...ここだったのか!昼間の見学で垣間見たステージを、
いつか客として再来したいものだとそのとき思ったのだった。帰ってきたよスカラ座、といったところだろうか?小さな夢も
いつの日か少しづつかなうものなのだなあ...なんて感慨深く、長い階段を登り、長い回廊から3階にあたる部分にある自分の
席に着く。シートプランはちょうどながい桟敷席のようになっており、ステージに近い方から4列あり、通路を挟んで壁際の
「補助席」がいちばん安い18ユーロの席となっている。天井も低くて、前方まで距離があり、柱もあるので、ステージが遠く感じる。
新劇場が最安でも距離が離れているだけで十分楽しめたのに比べると、ここはホントに正真正銘「悪い席」だから安い。
ということらしかった。
イチバン安い席からの眺め:ちと遠いかな?
(ちなみに撮影禁止なので良い子はまねをしないようにね)

ところで、演目だが、最初に書いたように今年生誕250周年とのことで各国各地で盛り上がる、モーツァルトの定番「フィガロの結婚」であった。
聞き覚えのある優美なフレーズの応酬であり、非常に聞きやすい内容であったが、この安席の過酷な環境(音が遠い・
立ち上がらないと舞台が見えない・天井が低い・暑い・となりが携帯メール打ってる(!)...)に、これまでの蓄積疲労
と相まって、いまいち音楽に集中することができなかった。でも、T子ちゃんが、オペラグラスを持って真剣に4時間近い長丁場
を楽しんでいたので、とにかくがんばってチケット取った甲斐があったかなあ〜なんて、今回いろいろあったけど、良きイベントの
大団円となった事をしみじみ思う。でも、
とにかく、次回この本家に来るときは、もうちょっと派手で濃いイタリアオペラなどを選び、もうすこし良い席で見ようと心に
決めたのであった。前回は難解な音階に悩まされて、今回はハコに悩まされ...
イタリアで自分の聴くべき音楽をいろいろ試されているのかもしれないなあ...。
いつもはオノボリであふれるここも
間もなく眠りにおちることでしょう...そして

<健全なミラノにメッシーナじゃなくてボスフォラス海峡の風が吹く>
舞台がはねると、先程の裏口は閉鎖されており、どんな席種の人達も皆中央のエントランスから出て行くのであった。
豪華なシャンデリアと慇懃な係員に見送られ外に出ると、ひっそりとしていたヴィットリオエマヌエレ2世のアーケードが、一瞬だけ
今日最後の賑わいとなる。しかしもう時間は12時近くなっていた。思い返せばほんとに今回は宵っ張りの日々であったなあ〜。
ビッフィなどの有名店は、まだオペラ帰りの客を目当てに開店しているようであったが、ワタシタチはいつもの中央駅へ地下鉄で向かった。
実はいつものホテル近くのナポリ料理店をあてにしていたのだ。これまでであれば12時すぎまで遅い食事の人で賑わっていた
のだが、なんと今日は戸口を硬く閉ざしているのであった。ひょっとして、廃業してしまったのかな?と思ったが、
かろうじて看板はあったようなのだが、ちと心配である。
この界隈であれば、いくつかやっているだろうと思いきや、冬のミラノは、
いや、冬のイタリアは健全だということがよおくわかった。エスニック系のカレー屋ですらあいておらず、ぐるぐるホテル周辺を歩き
回った挙げ句、たった1軒だけ開いていた、ドネルケバブ屋でテイクアウェイすることにした。
(正確にいうとマクドナルドはやっていたのだが..さすがに...)この界隈最後の砦であるこの店には、
地元の仕事帰りの若い女性や、猛烈な酔っぱらいのオヤジなど行くアテのない人々が集っていた。皆一様に疲弊しているのであるが、
それに比して、
店員のきびきびとした動きが対照的であった。ケバブサンドとユフカがあったので両方頼んでみた。が、どちらも中身が同じようだったので、
もっと別のサイドディッシュを頼めばヨカッタかなあ..なんて思った。チキンのローストや、豆・野菜のペーストなど、中東系
の副菜類もひととおりあったのだがなあ...。ああ、愛しい中近東料理よ!
それらをすべて温めてもらい、ホテルに戻る。彼らがトルコ人のある一派であれば、
そこでビールやらラクやら酒類を買う事が出来たのだが、それもかなわず、先程駅スーパーでもっとモレッティを買っておくんだった〜と、後悔。
シチリアへ渡ろうとメッシーナ海峡を目指したけれども、気が付いたらボスフォラス海峡を思いっきりアジア側に渡ってた...
ってところだろうか?
ミニバーから高価な「ノストロアズーロ」の小瓶を2人で分け合う「最後の晩餐」となった。
T子ちゃんはケバブは初めてと言っていたが、ミラノで食すケバブはいかがなものか?
はあ〜スカラ座帰りに豪華な部屋でケバブの夜かな...。これもいいのかな?結構うまかったし...。
★2月17日(金)★
<そしてようやく平穏なる朝を迎える>
ミラノ今回最後の朝。ゆっくりと食堂に赴き、コーヒーを飲みのみ最後の朝を満喫する。さて夕方まで何をして過ごそうか...。
部屋でイタリアもドイツも絶好調のオリンピック放送を見て、クロスカントリーの一団の中に、必至に食い下がる
日本選手を見る。結局ここまで日本選手団は良い結果を残す事ができなかったようだ。しかし、こんなにも
開催国であるイタリアが盛り上がっていたことが、なんともうれしく、晴れがましく、楽しい大会であることは
間違えないのであった。おそらく日本中が深刻な春を迎えているであろう時に、こんなに心ヤスラカな日々はなんということだろう?
ニホンジンも強烈に日本選手を応援しつつも、もっと他の競技をタノシメばいいのになあ...なんて思う。いつの日かまた
開催されるであろう日に備え、このイタリアでの開催を大いに参考にするが良い、と思った。あ、でもチケットはもっとしっかりと
やって欲しいモノだ...。日本ならまず大丈夫だろう...。なんて事を考えつつ、チェックアウトぎりぎりまで部屋で過ごす。
その後、荷物を預けていつものようにミラノ中心部へ繰り出す。もう街は春色に変わっており、いくら今年が寒いからといって、
春は確実にやってくるのだ、といわんばかりであった。買い物に熱中してしまい、ふと時計を見ると2時過ぎていた。
フライトは夜9時だから、それまで何か食べておいたほうが良いので、ランチタイムも終わりかかっていたが、大聖堂の近くに
あるレストランのテラスに落ち着く。そういえば、ミラノでミラノ風カツレツを食したことがなかった。そういえばミラノ風リゾットもだった。
そんなメニューのある店だったが、どれもとても上品でしっかりとした料理であった。限りなく薄いカツレツなどは、ああ、
これがひょっとして本家の薄さなのかな?などと納得するような店であった。スプマンテなどを飲みながら、くつろいでいたら、
最後の客となってしまい、夜の部の準備を始める店員が落ち着かない様子であったので店を後にする。
なんとなく、春のような強風が吹いているミラノの街であった。きっと山のほうは荒れているのかもしれないなあ...。
思ったとおり、山は次第に天候が悪くなっていたようで、到着したおJAL便も、離陸前に除雪作業が必要となり、
かなりの遅れが出た。帰宅(もうすでに機内は日本だし)便は、やはり隣の席がひとつあいており、ディレイを除けば
実に快適なフライトであった。おJALの不人気もワタシタチのようなエコ客には有難いのであった。確実にワタシをイタリアへ
運んでくれれば良いのだよ...。
★2月18日(土)★
<そういえばトリノを彩っていたのは>
帰国後もしばらく、まだ大会は半ばであるというのに、ニホンジンにとっては苦難の日々が続いていた。ワタシタチが、
本当に楽しかった!と言っているのに、迎えた彼らは「負け試合見て何が楽しいのか?」といった感じであった。まあ、
ニホンジンならニホンジンの応援に行くもんだと思われても、致し方ない。そしてとうとう、そんなニホンジンにも
それまでの苦難が雲散霧消するような大団円が待っていたのであった。そう、フィギュアの荒川選手の金メダルである。
究極の美麗なる演技をして、日本の美を世界の美に高めその名を告げたのであった。そう、まるでトゥーランドットの
一幕のような終演に日本も世界も酔いしれたのであった。そういえば、トリノに到着してから、街を彩る看板に顔こそ見えないが、
その姿はまさに荒川選手その人が使われたものがあった。この大会はこの女王の誕生を予感し、熱望し、そして実現させた
のであろう。その流れを感じたとき、ははあ〜こういうことか...と、ジョルジュ・ロッカをはじめとする、キラ星の
如しスター達を悲嘆させ、絶望させ、はたまた時に歓喜させてきた。おそらく、
聖火とともにアテネからやってきて、トリノに間違えなくいた、オリンピックという魔物の存在と意志と力を大いに感じるのであった。
勝ちたかったら、流れに身を任せて、魅入られる事なのかもしれないな...。難しいよ。
ぶひひ
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