1月のマカオ・香港日記


やあ良く来たね。まあこちらへ!
ってアナタは誰?!

【1月のマカオ・香港日記】


 最近毎度イントロが「忙しい」だが、 この2008年も、夏を過ぎたあたりから、とても慌ただしく、しかも、なんでこんな事が起きるんだ!みたいな事も ちらほらあり、なんとなく落ち着かない日々を過ごしていた。そんなこんなで、9月の姉の誕生日企画旅行も のびのびになっていた。旅行も、7月以来ご無沙汰となっている。 そういえば原油の乱高下や、経済パニックもありで、ほんとうに、世界的に混沌とした 1年だったのかもしれないなあ。そうこうしているうちに、2009年を控え、あの、いったいどんな調達してんだか? と思われる、おJALのダントツに高いオイルサーチャージも、とうとう1月1日から大幅引き下げ(と、言っても、まだまだ他社より ずっと高いんだけどね)となる。タダ券で行くにはなるべくタダに近い金額で行きたいものだ、と思っていたので、 チャンス到来と思い、年越しと同時にパソコンに向かい香港行きのチケットを手配したのであった。

しかし、今回の目的地は香港ではなく「マカオ」であった。

 これまで何度も訪れているマカオだが、どれも日帰りの慌ただしい滞在で、今度こそ宿泊してみようと 思っていた。今回は仕事の調整かつ日程的に旧正月にかからないように行きたい と思っていたので、あまり選択肢がなく、週末のホテルが高いマカオなのだが、17日(土)から2泊 マカオ・1泊香港という日程になった。ホテル選びも、ラスベガス直営ホテルが話題の中心だが、 地図を眺めていると、やはり新興の物件は、新しい地域=中心をちょっと外れた埋め立て地?のような ところが多く、そぞろ歩くのが楽しいマカオでは、少し不便を感じるので、今回はマンダリンオリエンタル にしてみた。とはいえマンダリンもフェリーポートに近い新口岸地区で、決して中心ではないが、より中心の ホリディインか、どちらかに迷ったが、香港のマンダリン よりもお得感があり、マンダリンというブランドを試してみたくなって、ここに決めることにした。

【1月17日(土)マカオへの直接入国(入境)】

 フライトはいつものおJALの午前便JL731、10:00発である。今回は香港国際空港からフェリーで 直接マカオにはいる予定にしている。このサービスは数年前から始まったが、こういう手順のようだ。香港に入国してから マカオへ向かうという二度手間ではなく、香港の入国カウンター手前に設けてあるフェリー乗り継ぎカウンターで 乗船チケットを購入し、成田で預けた荷物のクレームタグを提示し、 フェリーにピックアップしてもらう、というようなしくみである。このシステムが出来てから、何回か香港を行き来したが、 なかなか「マカオだけ行く」チャンスがなく、次回こそは、と横目で見つつ 思っていたところであった。それとは別に、おJALのHPによると、成田でマカオまで荷物を スルーにする事が最近出来るようになったそうだが、おJALに確認してみると、フェリーの予約が決まっていないと出来ない、 とのことであった。(そりゃごもっとも)

 いちおう、「おJALスルー」を検討してみた。 空港発マカオ行きのフェリーの本数が増えて便利にはなっているが、乗り継ぎの条件として、 乗船1時間前がチェックイン の〆切、とあるので、とかく遅れがちな朝一フライトで果たして便を指定してしまって、 うまく行くのだろうか?予約したらおJAL便の到着を 待っていてくれるのだろうか?(まさか)と、 ひっかかるものがあった。確かにマカオ空港間フェリーはWEBで予約が出来るのだが、 そんなわけで、FIXするのはビミョーなので、おJALスルーは使わずに 直接香港機場の乗り継ぎカウンターへ出向くことにした。 (いちおういつ着いても良いような、1日オープンチケットもあるようだが、スルーには使えないな)

■香港国際機場〜マカオフェリー乗り継ぎ手順確認■

 乗り継ぎ方法は事前に調べておいたとおり簡単で、 カウンターでパスポートとクレームタグを提示してチケット料金を支払う(カード可)と、新しいクレームタグを 作成してくれる。チケットと船内誌最新刊・フェリー客識別用のシールとニホンゴ対応の、乗船方法の説明書を 渡されるので、シールを服など目立つところに貼って指定のゲートに向かう。 手荷物チェックを受け、ゲートでフェリー乗り場 行きのシャトルバスを待つ。シャトルバスはゲートを出ると、機場をぐるりとエキスポ会場方面?にかなり走り、 フェリー乗り場の新しい建物に到着。待合室(トイレ・売店あり)で乗船時間まで待機することになる。 (船内は香港間とは違い、自由席であった) と、こんな流れでOKであった。至近距離で飛行機が見られるので、飛行機ファンにも楽しいコース かもしれない。(ところで、おJALのHPにも、この乗り継ぎ方法について記載したほうが良いような気がするのだが、 余計なお世話か?これを知らないと、おJAL客は素直に香港入国してしまいそうな感じなのだがまあいいか。)

 ちなみに、帰りのマカオのフェリーターミナルでは、各航空会社のカウンター(共同?)が設置 されており、マカオからスルーで各方面へフェリーも飛行機もチェックインできるとのことであった。 おJALも最近対応するようになったそうで、マカオのみの往訪もずいぶん便利になったということか。 飛行機で行く場合は、以前は台北などを近場アジアなどを経由していかなければならなかったが、 日本からの直行便(定期チャーター便扱い)も最近は関空(エアマカオ)と成田(ビバマカオ)から 発着するようになった。週2往復でツアー向けが中心であったが、年明けから、エアのみの取り扱いも 開始して、今後はもっと便利になるのかもしれない。

 この日は天候も良く、南洋の天候にしては湿度も低く、さわやかな日であった。波も穏やかで、 フェリー船内が多少くたびれている事を除けば、まったく問題のないクルーズとなった。 とはいえ、海の上ということで、悪天候であれば大きく揺れるし、聞いた話では、途中でストップ(車両故障?!)して しまい、海上で他の船に乗り換えなければならなかった。などというオソロシイ事故もまれに起こるようだ。 万全を期するのであったら、やはり飛行機に乗る帰国の日などは、香港に移動してから にするのが良いかもしれない。まあ〜そう頻繁には無いとは思うけど、相手は海だからねえ...。

 そんな今回の往路でいちばん心配なのは、 ワタシタチの荷物が、この短時間に正しくピックアップされてこの船に同舟しているか?ということだけ であった。香港(九龍・上環)から乗るよりも空港からのほうが距離が近いため、 1時間未満でマカオフェリーターミナルに到着する。例の新興の 建物群が、久しぶりに訪れたワタシを歓迎する。といってもどれがどれだか解らないが、 以前なんとなく異様なアヤシイ黒い岩山を作っているなあ、 と思っていたものが、どうもフィッシャーマンズワーフというものだったらしい、とか、 埠頭近くのヤオハンが中心部へ移転した等、そのへんの変化にはワタシもとりあえず対応できそうであった。

 さて、フェリーと同じくややくたびれ気味のターミナルで入国手続きを行う。今回は 到着したのがワタシタチの乗ったフェリー1艘だけなので、 香港入国の長蛇の列と違って非常に手続きが早かった。 大陸からのフェリーと同着になると、大変な騒ぎになるのだが、今回は快適であった。 さて、懸案の荷物であるが、ここに空港のようなターンテーブルはなく、 大きな荷物用ワゴンに満載した荷物を、入国手続きカウンターを出た右側の一角で、 特にチェックもなく(まあ、普通そうだけど)ピックアップしていく。だいたい大きいワゴンに 2回分で一回分完了のようであった。ちょっとホテルのクロークのような風情であった。ここまで来て、ほっとひと安心して、周りを 良く見てみると、やはりマカオで一儲けしようとぎらぎらしている、いわゆる「週末マカオ行き」風情の人々が ちらほら居たのが逆に安心したりして。

■パタカの国で貴重なパタカ■

 到着したら、まず資金をゲットするべく、1階でATMを探す。そういえば行く前、お金に関して悩ましかったのは、 ATMで引き出すと現地通貨=マカオパタカになってしまうのかあ、不便だなあ... などと思っていたのだが、何と、悩むまでもなく、ATMの画面で 香港ドルかマカオパタカか選択できるようになっていた。ご存じの通り、マカオ内ではパタカと香港ドルどちらも 使えるが、香港でパタカは流通しない。もちろんまったく別の通貨なので、率が少し違うはずなのだが、 その差益・損は無視(だいたいパタカのほうがやや低い) して流通している、不思議な場所でもある。帰りに香港へ立ち寄るワタシは、もちろん 香港ドルを出金した。

 フェリーターミナルから市内へのアクセスは、バス・タクシーは右側、ホテルのシャトルバスは左側 の出口を目指す。これは前と変わりないが、マンダリンのバスを探しに左側へ出ると、 なんと大量のシャトルバスとそのカウンターの列!一番目立ったのは金沙(サンズ)と ヴェネチアン。とにかく、何かイベントの送迎とかお祭り屋台でもやっているのか?と思うほどの賑わいで、 これまで休日でもわりと閑散としていたのが嘘のようであった。ここでぎらぎらした 人たちをごっそりとカジノへ送り込むってことか?!(こんなにニーズがあるのか?!) 当然少数派のマンダリンのバスなどは どこかに埋もれてしまいさっぱり見つからない。 やむなく金沙の受付お兄さんに「文華(まんわー)は?」と聞くが「まんわー」の発音が悪くて「?」で あったが、なんとか理解してもらい、停車定位置を教えてもらった。そんなこんなであったが、 ちょうどよく、すぐにバスがやってきた。 少数派のワタシタチとあと1名お姐さんを載せ、運転手からマンダリン印の水をもらい、 バスは出発する。(実は、当日の予約者表を持ったスタッフが待っていたようなのだが、 その他の迫力に負けて、全く目立たなかった)といっても、ほとんど目と鼻の先の距離なので、5分も経たないうちに 到着する。落ち着いた色調と、コロニアル風の気持ちの良い 2階までが吹き抜けになっているロビーを横切り、チェックインを行う。ベルボーイも含めて、 気のせいか、スタッフは皆それなりに容姿端麗で、一様にまるでタイのように穏やかな印象を受けた。 ここでウェルカム雲南沱茶をプレゼントされ、部屋には久しぶりに見たなあ、と思うウェルカムフルーツが置いてあった。

 部屋はそれほど広くはないがほどほどで、落ち着いたインテリアは大変居心地が良い感じであった。 海とは反対側の通りに面していて、マカオグランプリの時は特等席になるのかもしれない。 窓ガラスがクリアではなかったのがちょっと残念だが、大陸からの大気汚染のせいだとすると、 ちょっとオソロシイ気がしたりして。

マンダリンの部屋です

をををっ!ウェルカムされてる〜(涙)


■やはりマカオはマカオである、という存在感■

 荷物を片づけて散策に出かける。時計を見ると5時近くで、ほぼ予定どおりに進んでいる気が した。マカオの移動はバスかタクシーを駆使して、ほぼどこへでも行けるようである。また、意外と 狭いので、歩いてどこまでも行けるようである。但し、バスは香港のオクトパスのように、共通のICカードが 無いので、数日の滞在であれば小銭(これも香港ドルでOK:但しおつりは出ない)を用意して行くのが無難だろう。 ホテルの正面から路線バスが走っているようだが、例によって、行けるところまで歩いて、とりあえず街の中心を 目指すことにした。先程のレースコースをリスボアホテルまで行くと、いつもの丸いリスボアだけでなく、 びっくりするような建物が出現していた!「グランドリスボア」である。 近々、リスボアが改築のため閉鎖と聞いているが、それに代わる、更にグレードアップした、フォー家の ランドマークが空に向かって誇らしく立ち上がっていた。 ここに至るまで、いくつか、巨大カジノ ホテルのそばを通過してくるのだが、さすがっ!地元っ!大御所!よっ!千両役者!と、妙な感動を 生むイカガワシさとゴージャスさと豪華さ、というか、なんとも表現しがたい外観がこのグランドリスボアであった。 ああ、この中にはたしかロブションのフレンチもあるとかないとか。フランスから最初に来たスタッフはさぞ驚いた だろうなあ〜と思う、夕暮れにそびえ立つゆるぎなきマカオの象徴に、もう心底恐れ入りましたと言うしかなかった。 いや、こうでなきゃ、マカオは..と思うのだった。

こちらがいつものリスボア(もうすぐ建て替え)

そしてこれがっ!マカオの殿堂「グランドリスボア」!!
(下は極彩色たまねぎ)


 いきなり、マカオの洗礼を受け、刻々と色の変わる、巨大極彩色タマネギ(グランドリスボアの下部 はそうなっている)を呆然として眺めながら、気を取り直して、マカオ陸軍倶楽部餐廳のピンクの建物のそばを 抜け、アルメイダリベロ(新馬路)に出る。ここまで来ると、新興のラスベガスホテルやら、リスボアの ゴージャスさから逃れる事が出来る。旧正月の派手な装飾とポルトガル式モザイク舗石の 夕暮れの雑踏をセナド広場を目指して歩いた。 すでに陽がほとんど落ちた広場は、大きな旧正月の飾りのはりぼてが入口を占めており、ライトアップ前であったため、 非常にせまく感じてしまった。しかし、建物に灯りが灯り、黄色やピンクと白の漆喰で飾られた、ポルトガル 風の建物の連なりを眺めると、昼間とはまた違う顔で美しく見えた。

■セナドでうろうろつまみ食い巡礼■

 ここに来たらまずは、義順のプリンを食べないと、ということで、広場の入口近くにある店にはいった。この日は 暖かい牛乳プリンと冷たい卵プリンを食す。卵も美味だが、牛乳のあたたかく、ほのかに甘い素朴な 味はいつ食べてもほっとする味である。子供の頃、ホットミルクに砂糖を入れて飲んだ時の懐かしい 味である。しばし一息ついて、再びセナド広場を登っていく。聖ポール寺院を目指して行くのだが、 前回と全く同じところで道を間違える。実はここからでも行けなくはないのだが、もういちど軌道修正して... と、思ったところに、台湾名物「胡椒餅」のお店がっ。非常に美味しそうだったので、一つ宛買い食い することにした。「胡椒餅」は肉まんの具が焼まんじゅうの中にはいっているような、いわゆるお焼きの ようなものである。皮が少しさくさくして堅めだが、かじると、熱い肉汁が飛び出すので要注意である。 でも旨い、でも熱い、ぐわーっ火傷したっ!でも〜なんて言いながら、ポルトガルの石畳の上で食べているのも、不思議な ものである。やっぱりこんないろんな文化が混然としているところがマカオだなあと思う。 同様に迷っている大陸からの観光客に路を聞かれたり、路の両側からの中華ジャーキー屋の試食のすすめ (ジャーキーとはさみを持って、ちょっと切って試食させる客引き:この 数がすごかった)をかいくぐり、もうすっかり暗くなった聖ポールの前に出る。 後方が焼け落ちた、ファザードだけの聖ポール寺院は、夜のライトアップをされて いなかったので、ただ白い姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。ここに至る路があまり 明るいので、少し寂しげなコントラストであった。夜景モードで苦心して写真を撮るが、 たぶん手ブレれだろうなあ..などと思いつつ。でも、明日再来する時間あるかなあ..と、 案じつつ、ひとまず聖ポールを離れた。

セナド広場うろうろ




ほらやっぱり暗いぢゃん...(聖ポール大聖堂)

ジャーキー屋が多数出没する道は骨董街でもある


 セナド広場の新馬路をはさんで正面にある民政総署 (ポルトガル語で「レアル・セナド(忠誠なる評議会)ビルディング」 清掃や文化活動、運転免許や飲食店の営業許可など市民生活に直結した行政事務を行う建物だそうだ) の建物は、世界遺産とのことで、前を通るたびに 見学はできるものかな?と、いつも 思っていた。気付かなかっただけかもしれないが、 ふと見ると、この日は入口が解放されていて、自由に出入りできるようになっていた。 内部は アズレージョタイルで装飾された、ポルトガル風の建物である。旧正月の派手派手な、 中華風のクリスマスから、お正月まですべて網羅しているような装飾で飾られており、 やや、アズレージョも陰が薄くなってしまっていた。が、外側からはわからないが、 ポルトガル風の建物らしく、美しい中庭があり、そこに至る途中の階段は上層へ吹き抜けに なっていた。ちいさいながらも非常に洗練された造りで、タイルの保存状態も非常に良い。 思いがけなく見たかったものを見ることが出来て幸運であった。 (9:30〜21:00まで開放:2階ギャラリーは月曜休館)

民政総署はポルトガルだった:でも飾りは中華だった





 すっかりあたりは夜になってしまったが、 今回もやはり、ポルトガルワインの事が非常に気になっていたので、京都酒店近くのスーパー、 Pavillion(百利來超級市場)のワインセラーを偵察に行った。1994年以降のバルカヴェーリャが入荷 されていないか、気になっていたのである。ドウロ産のこのワインは、数年に1度のペースでしか 生産されず、最近では89年、91年、94年といった3年に1度ペースであったので、ひょっとして、 その後2回ぐらいは出ているのではないか?と、地下のセラーの中でも特に高いもののはいっている ケースを眺めると...「あった」。1997年がたった1本だけあった。「やった」と思ったが、 あまりに値段が高すぎて(91年・94年は1万円しなかったのだが、この1本だけで1700パタカ =約2万円)もするのであった。さてー。見つけたは良いけれども、ちょっと高すぎる気がする...。 ヴィンテージでこの値段であれば、そうでもないじゃないか、と思うかもしれないが、 セラーに寝かせておくだけではなく、このワインをしっかりと、どこがすごいのか何本か飲んで吟味して みたいと思っているので、もう少し安いほうがありがたかったのだった。なのでもっと数があるとなお良かった。 セラー内をぐるぐる廻り、 ほかのワインなどを見ながらどうするか大いに悩んだが、今日答えを出すのは見送った。他のヴィンテージも、やや 値段が上がっていたような気がする。やはり、マカオバブルの影響が出ているのか?などと思ったが、 カジュアルなワインは、日本よりももちろんずっと安いし、 すべてバブルのせいとは言えないなあ、などと思い、また出直す事にした。

正月の買い物でもして帰ろうってかな?


■レトロスターの名物は大西洋発アフリカ経由珠海だった■

 今回はとにかくアジアの中の欧州を味わうべく、 この日は、マカオ・ポルトガル料理をなんとしても食べたいと思っていた。ほんとうは、タイパ島のほうへ 足を伸ばしてみようかと思っていたが、ちょっと歩きすぎて、疲れてしまったので、その気力が失せかけていた。 Pavillionの反対側にある 老舗のマカオ・ポルトガル料理店「Solmar」に行ってみることにした。外に人が座ったり、集まったりしていたので、 行列しているのか、ちょっとビミョーだったので店にはいってみた。順番に呼び込みをするとのことだったので、カウンターで お願いをしておいた。ワタシタチもその、ビミョーな人々の仲間になって、うろうろしていたのだが、 10分ぐらいで席を確保することが出来た。上海レトロ風に西欧風がまじったような、一見すると普通の中華 料理店のようであるが、これまたレトロな正装をした老人の持ってきたメニューは、明らかにマカオ・ポルトガル 料理であった。しかも、ワインはもちろんポルトガルワイン。ヴィーニョヴェルデも4種類ほどあり、 いつものカザルガルシアでも良いが、おすすめの1本をオーダー。アフリカンチキンが名物とのことで、ハーフを 頼み、鱈のコロッケ、魚のソテー、緑のスープ(カルドヴェルデ)などをオーダーする。

 老舗の有名店で(元々会員制の高級店だったそうだ:サイトより)雑誌やガイドに多く載っていたので、 通例としてあまり期待をしていなかったが、十分ポルトガルを感じさせるもので、 しみじみと、素朴な味わいに満足をした。名物のアフリカンチキンは、その中でもっとも 力のはいったものであったが、ちょっと、ここに来て「胡椒餅」が重く胃にのしかかり、 必死の完食ということになってしまった。しかし期待以上ということで、それを伝えると、老人も自慢げに見送ってくれた。 店のスタッフも穏やかで、ああ、マカオってやはりいいなあ...なんてしみじみ思うのであった。

 結局、ここからタクシーを飛ばして帰ろうと思ったが、消化のためにも、元来た路を ますますぎらぎらと加熱するギャンブラーたちの姿を眺めつつ、部屋に戻り長い1日が終わった。

【1月18日(日)極東の果ての安住の地は】

■友誼大馬路〜高美土街〜えびワンタン〜コロアン島へ■

 この日もさわやかで良いお天気であった。友誼大馬路をはさんで、ワルドホテルの裏側に、 観光バスがたくさん停まっているのが見えた。どうもそこが、マカオグランプリ&ポルトガルワイン 博物館のようであった。グランプリのほうはさておき、ワインのほうは行きたいと思っていた のだが、今回は果たして行く時間があるのだろうか?たぶんないなあ...と思い、朝食を 求めて高美土街を歩いた。リオホテルに至る界隈に、ポルトガル人のシェフがやっている店が ある、と本に書いてあったのだが、単に移転したのか、それとも再開発で廃業したのか、情報が古かった ようで、とうとう見つからなかった。そういえば、ワルドホテルの近くに、香港のランカイフォンホテル が進出するようで、現在建設中だった。古い地図と照らし合わせると、この新口岸地区も、まだまだ 再開発の余地があるようで、ブロックごと建設中になっていたり、古い建物がゴースト化して、 取り壊し作業中などというところが目立っていた。

 せっかくの「朝からポルトガル料理」の野望は途絶えたので、そのまま高美土街を リスボア方面へ歩き、何か食べつつ、今日の目的地へ向かおうと思った。途中、リオホテルを 通過したあたりから、旅行公司などの並ぶ界隈があり、それを過ぎると中華の定番・ 麺粥屋などが出てくる。その1軒にはいってみることにした。香港も最近は、どこでも 安くてウマイという訳ではなくなり、糖朝の粥も30HK$は出さないと食せない(まあ、ここは ちょっと高めだけど)ようになり、かといって、10とか20の狭間にある麺粥屋は、旨いのか マズイのか、微妙な状況に陥っている今日このごろである。が、マカオは麺粥の相場がちょっと 安いような気がする。といっても、フツーの店だから高いハズもないけれど、マズイ訳でもない。 それならばハッピーではないか。ということで、エビ味の濃〜いワンタン麺で朝食を済ませて、 ホリディインの前を通り、徹夜明けかもしれないギャンブラーたちがちらほら見えてくると、 あのリスボアホテルが眠そうに建っている所に出た。

 マカオのバスアクセスは、中心部であれば、このリスボア前のバス乗り場が各方面へ行く 本数が多く、便利だそうだ。その他では、フェリーターミナルや大陸との国境付近が本数が多いとのこと だが、まあ、とにかく、町中であればリスボアからが良いということか。今日は、コロアン島まで 足を伸ばしてみようと思っていたが、バスは本数が少ない。前回来た時も、本数が少ないということで、 タクシー飛ばして行ったような気がする。とはいえ、そんな遠い距離ではなく、せいぜい、 はじからはじまで車で30分あれば到達できるのでは?と思われる距離である。本数は、70分に 1本ぐらいで、よくよくルートを見てみると、乗り継ぎ乗り継ぎでも行けそうな感じもした。

 バスは本数の多い路線は、香港のように大型バスを使っている。さすがに2階建ては見られないが、 少数派のコロアン行きは、いわゆるマイクロバス(香港のミニバス風)で運行をしている。そういえば、 香港は英国領であったので、右ハンドルというのは不思議ではないが、ポルトガル領だった マカオも右ハンドルなんだなあ、と、あらためて思う。バスは、表示がはっきりしているので、 初めてでも解りやすい。タダ、香港と同じく、おつりは出ないので、それなりの小銭を 準備しておく必要がある、と、最初に書いたっけ。バス停の時刻表の時間を10分ほど過ぎて、 目的のバスがやってきた。しかし、終点ではないので、うまくバス停で降りられるか少し心配 だったので、メモに目的地の「街市」などと書き付けて、イザという時の準備を怠らなかった。乗客はほぼ全員 ローカルのようで、香港よりもやや丁寧な運転で、何度渡ってもすごいなあ〜と思う、タイパ橋を 渡る。お天気も海も穏やかで、空気も澄んでいるようであった。右手にマカオタワーを眺め、 橋を渡りきると、ワタシのお気に入りだった、ハイヤットのそばを通過して、タイパの街を通過する。 街が途切れたあたりに、ニュータウンのような新興巨大建物群が現れるが、よくよく見てみると、 あれ?リアルト橋。あれ?ドゥカーレ宮殿??のようなものが見えて、ゴンドラも見えたような オソロシイ錯覚に陥る。そう、これが「ヴェネチアン」ホテルであった。なんとまあ、よくぞ マカオにいらっしゃいました。という感じかな。呆気に取られているうちに通過してしまうのだが、 ディズニー・シー(は、行ったことないけど)のアトラクションのないやつ、みたいなものだろうか? しかし、宿泊・商業施設のみならず、コンサートホールなどもあるらしく、オープニング時期には、 スティングもここで演奏をしたらしい。ああ、いいなあ。近所にスティングが来るなんて。 素直にうらやましいぞ。マカオ。

 などと思っているうちに、タイパ島も通過...というところに、巨大な「四季ホテル(フォーシーズンズ)」 も、オープンしていた。この、ちいさなミニバスからみると、なんとなくギャップがありすぎて、 却って可笑しくなってしまうのは何故だろう。マカオ初のDFCギャレリアの巨大免税店もここに隣接しているそうだ。と、 ここあたりまでは10分かからない距離。この先、カート場を通過すると、はっきりその継ぎ目はわからない のだが、コロアン島に突入するようだ。たぶん、このまま開発を続けていれば、巨大リゾートホテルも このあたりまで進出してくるだろうし、フェリーもコロアン行きなんていうのも出来るかもしれない。 ヴェネチアンが出来たことによって、香港-コタイ地区を結ぶフェリーも出来たらしく(不定期のようだけど) 急にのどかになるコロアン島も、ひょっとしたら、チープな建造物で覆われる日が来るかもしれない。 なんて憂いつつ地図を見ていると、あたりの緑も多くなり、この丘を巻いて行ったところが目的地かなあ、とおぼしきところで 停車をする。見覚えのあるところで、乗客も数人降りていったので、なんのことはない。降りそびれる心配も杞憂に終わった。 リスボアからの所要時間は、30分弱だろうか?

ああここが"欧風"旧市街の街市




■コタイ−コロアンの歴史と時空超越バカンス■

 前回は、エッグタルトで有名なパン屋ロードストウが目的であったので、この街市界隈と店を往復した だけであったが、その時も、そこはかとなく、南欧の香りのする佇まいだな、と、感じていた。 本当に急にのどかになり、日差しも明るく、スタンレーのように開発されてなく、何があるわけでもないのだが、 海しかないのだが、 ふと、それこそヴェネチアの中心からちょっと離れた漁師の島のような風情があるのだった。まずは、古くて 可愛い、素朴なロードストウでお土産にクッキーを買い、エッグタルトも一つずつ買って海を見ながら食べることに した。まあ、珠海であるからして、水質云々は何も言えないのだが、ロードストウを出て、路地から海のプロムナード を歩くと、やはり、ムラーノやブラーノの裏道を歩いているような気がするのだった。小さな広場のフォンタナ跡 のようなところに腰をおろして、澄んだ青空と、白や黄色や若草色の壁とレンガ色の屋根を眺めてエッグタルトを さくさくと食べる。ああ、こんなところがあるんだなあ。と、しみじみと、大西洋を望む遠いポルトガルを想うのであった。

 そののどかな漁村の街市に、日本にキリスト教を伝えたと、教科書に載っていて馴染みの深い、フランシスコザビエルの 名を冠し遺骨を納めた教会「天主堂」がある(現在ではこの遺骨は別の教会に安置されているということだが)。 この日はちょうど日曜日だったので、ミサが行われていたようであった。信者を笑顔で見送る 神父の姿があり、地元にしっかりと根付いている信仰があることを知る。ほどなく静まり返った教会を見学してみる。

 ポルトガル国王の命を受け旅立ち、 ゴアを拠点にしていたイエスズ会から、日本へ布教にやってきたスペイン人ザビエルは、その後アジアに留まり マカオ西方で終焉を迎えた。 その後まもなく、日本ではキリスト教の禁教令および鎖国にいたる流れの中にあり、それによって、 多くの関係者がこのマカオにも逃れてきたと聞く。(聖ポールの建設にも それら日本人が携わったとのこと)。そんな状況の中、 本体の遺体はゴアに安置されているという聖人ザビエルだが、その一部を切り取りマカオ経由で、 ゆかりの深い日本に送られるはずであった。ところが、そのような事情で日本での安置は見送られ 再びマカオに戻ることになる。しばらくは聖ポールに安置されて いたそうだが、火災で焼失した後、あちこち転々としたあげく、いったん、この地に建てられた教会に 落ち着いたが、更に現在は聖ヨゼフ教会に安置されているとのことである。

ザビエル無き亡きザビエルを祀る村の教会





 海に面して建てられたレモンイエローの壁に漆喰の装飾が施された天主堂は美しく、 (これは比較的新しい建物で、世界遺産ではないそうだが)中にはいると、ほんとうに小さく、 欧州の巨大な教会を目にして来たワタシには、感動的なほど小さくて、なんだかそれだけで心を打たれるような気がした。 それも、リスボンから長い長い旅の果てにやってきたスペイン人が、最終的な目的であった中国への布教を果たせず、 その中国を望むこの地で客死する。本当に無念であったかもしれない。 また、望郷の念もあったかもしれない。しかし、 現在彼らの伝えた信仰がこの地で今も生き続け、手厚く祈りを捧げられている事を目の当たりにすると、 彼が半ばと思っていた任務も、この珠海を望む地のちいさな教会で祀られることによって全うされ たのでは無いのか?などと想った。この穏やかなコロアン島の海も、 信じがたいけれど、あの風の強い大西洋に 確かにつながっているのだなあ、なんてぼんやりと想ったりして。 実際ザビエルもこの穏やかな海を見て、 そんな風に想ったのだろうかなあ。あ、でも実際マカオに来たのかなあ...絶対来たよなあ..。 急に、教科書の 中だけだった人物が現実味を帯びてくるのが不思議であった。

ここはミニミニ図書館【びぶりおてか】

街市の外れにある中華海の神様の廟


   この界隈には、欧風のミニチュアのような綺麗な建物がいくつかあり、それ以外の民家の 何か欧州を感じさせる町並みも相まって、不思議な 世界感が漂っている。もちろん、中国の海の神様を祀る祠や観音堂などもあり、まさに、混然としたマカオスタンダードの風景が 楽しめる場所だと想う。ちょうどお昼時だったので、どうしようかと思ったが、この辺には麺粥屋などがちらほらあるが、 そう期待できない。かといって戻るのももったいないので、地図を見て「歩けそうだね」ということで、岬の道をてくてくと、 その先のビーチに向かって歩くことにした。途中、軍の射撃施設があって、銃声がオソロシかったが、車もほとんど通らず、 まあ、暗いとアブナイ感じだが...。思ったより距離があったが、天候も気持ちよく、途中海を臨む住宅街などがあって、 こんなところ住みたいなあ〜なんて思いながら歩く。人はあまりいない。最後にきつい階段を降りてビーチへたどり着く。 地図を見ると、ポウサダやホテルなどもあるようで、レストランの表示もあったのだが、季節のせいかクローズしている ようで、発見できなかった。この時期でも泳いでいる人がいて、更衣室隣接のカフェはオープンしていたが、ちょっとさびしいので、 もう一軒のレストランへ はいってみることにした。

海岸への道の途中にあった住宅街
(こんなとこ住みたいねえ:でも台風すごいかな?)


 ポルトガル料理を期待したのだが、ここはピザやパスタなどを出す普通のイタリアン系であったが、ワインは しっかりポルトガルワインであった。海を望む気持ちの良いテラス席で、ポルトガルの水LUSOとボルバの白を 飲みのみ、ムール貝のワイン蒸しとピザを食す。何故か廻りは白人ばかりで、英語の他にポルトガル語も聞こえる。 ああ、ここはどこなんだろう?と、かなり強くなってきた日差しをパラソルで避けながら、白ワインのシアワセな 昼食を楽しむ。香港のスタンレービーチも良い感じだが、何もないけれど、贅沢な時間が流れている気がして、 これだけでしばらくここに滞在してもいいかなあ、なんて思ってしまった。

コロアン島のビーチでのんびりボルバとルソをごくごく




 何時間ここに居ただろうか?すっかりくつろいだワタシタチは、ビーチに降りる急な階段を再び上り、 バス停に向かう。リスボア経由で新馬路へ曲がっていくバスがやってきたので、それに乗車する。 歩いてきた道とは違うのだが、次回来る機会があれば、バスに乗って来るほうが良いかもなあ、などと (30分以上係ったところがほんの数分であったりして)思う。帰りも、渋滞などする場所がないため、 のどかなコロアン島(その昔は東シナ海一帯の海賊の拠点の島であったそうだが)は一瞬にして、味気ない コタイ地区に突入する。再びタイパ橋を渡り終えると、街の密度は更に増してリスボアの前で左折すると、 アルメイダリベロ(新馬路)へはいる。やはりこの間20分ほどであろうか?ほんのちょっとした時間で あるが、確実にタイムトリップしたような気分になるのであった。

■コロアン後遺症で難問出現■

 そういえば、昨日検討中のまま離れたPavillionに再来することにした。新馬路のセナド広場近くで バスを降り、京都ホテルの角をまっすぐ行くと、左手に、新ヤオハンの新店舗が見える。フェリーポート 近くの旧店舗もかなり大きかったが、新ビルも、まさかこれが全部デパートなはずはない!と、思うぐらい 大きなビルであった。昨今、日本ではデパートの売り上げが伸びず、コンビニに負けたというぐらいなので、 このヤオハンの展開は 日本では考えられないほどの大勝負...に見える。ニーズがあるということかもしれないが、とにかく、 すごいなあ〜とおもいつつも、疲れそうなので、外から眺めるだけにした。ヤオハンはさておき、 懸案のワインを再度眺めるが、やはり高すぎるなあ、と思い断念。それ以外のものを何本か見繕って、 帰り際にそこにいた店員に念のためバルカヴェーリヤは「1本いくらですか」と 聞いてみた。やはりその1700パタカで正解であった。しかし、聞いてよかったのは、同じ1997年の セカンドがあると教えてくれたのだった。セカンドであっても4000円近くするわけで、決して安いものではない。 ヴィンテージ・ポルトとヴィンテージ・モスカルテルを2本セレクトした後 だったのだが、このセカンドもついでに購入...してみた。でも店を出て、セカンドを何本か買ったほうが 良かったかなあ...などと。あと、しばらく歩いて、いやな予感がして、「あ!機内持ち込みNGじゃん!」と気づく。 今更何をしているのだ、と思ったが、すいすい船で来て、マカオでのんびりしているので、なんだか 緊張感が無くなっていたのかもしれない。(コロアン後遺症か)さて、貴重な3本は無事に日本まで帰れるのだろうか...。

がんばって一緒に無事に日本へ帰ろう(涙)



 ということで、3本の運命を案じながら、いったん部屋に戻ることにした(もちろん歩いて)。 ホテルの売店でポルトガルの雄鶏のキーホルダーを売っていたので、お土産に購入することにした。 黒い雄鶏がオーソドックスだが、ここでは、色とりどりの配色で非常に可愛い。ひょっとして マカオ仕様?と、よくよく見てみたが、しっかり台座には「Portogal」の文字が書かれていた。 (ほんとかな?)店のお姉さんも綺麗で感じが良く、香港のマンダリンとなんとなく比べて しまうのであった。(宿泊したことはないが、なんとなく違う気がする。なんとなくね)。 やはり、時間的にワイン博物館は今回も行けなかったが、まあ、ワインをゲットしたことだし、 まあいいかと思うのであった。

■新口岸でパントマイム■

 マカオ最後の晩餐になるので、どこへ行こうか悩んだ。 マンダリンには、バンコクのオリエンタルホテル (最近マンダリンオリエンタルに、名称変更した)からシェフを 呼び寄せた、本格派タイレストランがある。そこも引かれるもの があったが、まあ、敢えて挑戦しなくてもタイで食べれば良いや と思いパス。実際この一週後にバンコク行きが決まっていたの だが、そうでなくても、広東系の人々の好むタイ料理は、ちと ほんとのタイ料理と違う気もするのでね。

かのオリエンタルホテルから来たタイレストラン
(入口付近)


 ということで、部屋で考えているとどうしても近場に気持ちが 傾いてしまうが、丁度ホテル周辺にマカオ料理を見つけたので行って みることにした。「新口岸長城焼■(火へんに考)」BBQのおいしい店というこ とで、ホテルから5分ぐらいのところにある。天井の高い がらんとした倉庫のような食堂に、たくさんのコカコーラ グッズが飾られている。かといって、米国料理もあるのか? というと、全くそうではなく、中華系の揚げ物と、ローストや 炭焼きの肉や魚が中心で、メニューはそう多くない。更に、 メニューがマカオローカル向けで、英語がほとんどなく、 店員も同じく英語不可には困った。メニューのポーションは、1枚、 1個単位が多いので、出てこないと量がわからないのは更に 困った。飲み物も漢字なので、さてどうしようという感じで いると、ワインもあるよ的な言葉の雰囲気(?)だったので、 じゃあそれそれ、と応えると、銘柄を聞いているようだった。 ヴェルデは?というと「??」であった。しかし、急に名案 ありと厨房に店員が消えて行き、瓶を持って走ってきた。 それがなんと「カザルガルシア」で、もうまさに 直球ストライクだったので、ワタシも大喜びでオーダー。 結局オーダーは、イワシの炭火焼き、ラムチョップ、 カニご飯(これは少し時間がかかる、と言っていたような 雰囲気)。ガルシアを呑みながら料理を待とうと思って いたが、やってきたのは、冷えていない白だった。をー それは困るーということで、もうジェスチャーで、ワイン クーラーに(桶のようないれもの)、氷をいれて(じゃらじゃら)、 この瓶を(持ち上げ)、がしっと入れる、と、やってみると「わかった!」と 再び厨房に消えた 店員大正解!無事に、夕暮れの新口岸で、良く冷えた ヴィーニョヴェルデを呑みながら、マカオ・ポルトガル料理 を堪能する、という幸福な晩餐にありつくことができた。 あーでも、確か広東語少し学んだはずなんだけどなあ...ワタシ。 次回はしっかりしようと思いつつ、月日が流れてしまうのだなあ...。

 ワタシがパフォーマンスを終えた頃には、がらんとしていた 店内がほぼ満席となっていたのには驚いた。隣はカジノ勤めの ようなきれいなお姉さんたちが、山盛りの揚げ物をぺろりと 平らげていた。後ろは10人分ぐらいの席を用意した、ある 家族の晩餐。次々と家族が集まり、ゆっくりと食事が進んで いく。反対側の隣は母と息子。そんなローカルのフツーの 日常食の店だった。イワシはさておき、焼き肉は柔らかく 美味。もう一枚いけそうだったが、ちょっと我慢して、 正解だった。最後のカニご飯がとにかく絶品であった。 ニンニクの効いたぱらぱらのご飯に、細かいサラミのような ものが混ぜられ、殻付きのカニを1匹ばらしたものをそのまま炊き込んだ ものであった。もう、カニの味がじんわりと隅々までしみ渡り、 もう満腹なんだけど、いつまでも食べていたいような味 だった。まいたんも、ええ?そんな安いの?みたいな感じで、 言葉も通じた(わけではないが)し、すべて大満足で店を後にした。

【1月19日(月)20パタカは持ち帰ることになった】

■マカオを離れる前に■

 マカオから香港に向かう朝だが、近くで麺粥なんかでよいかな?と思い、 ホテルの敷地をちょっと出たところにあった麺粥屋で朝食セットを頼むことにした。 ここも、英語不自由度が高く、場所柄そんなことはなさそうだったが、そんなことあった という感じである。しかし、朝食セットは19パタカで飲み物まで付いている。 メニューは漢字だったので、ワタシは高菜麺で、姉がオーダーしたのは、何かを期待させるネーミング であったが、やってきたのは微妙な味付けにマカロニが泳いでいる、スープパスタ風であった。 微妙にトマト味であったが、定番朝食の中にあるということは、これはれっきとした 定番料理ということなのだよなあ〜などといろいろ考えてみる。妙にくせになる 味であることは確かであった。そういえば、マカオへ行くと言ったら20パタカ札を お餞別(?)に後輩がくれたのだが、日本円にすると水ぐらいしか買えませんが、 と、恐縮していたが、とんでもない。結構1食いけてしまうのはびっくりであった。 でも、そういえばこちらではおつりもほとんどが香港ドルで、20パタカ札など貴重で 使うのがもったいない気がして、結局この麺粥屋でも使わず、持ち帰ることにした。 Mちゃんありがとうね。そのうち使います。

素敵なマンダリンのロビー階段


 香港にお昼頃着きたいと思っていたので、10時半ごろチェックアウトし、 ホテルのシャトルバスでフェリーポートへ向かった。九龍行きのチケットブースの 前に、必ず声をかけてくる変な人がいるのだが、何をしているのだろう? いつも振り切っていかなければならないので、いやな感じだが、チケットを買って ゲートに向かう。入り口のところで、手荷物持込料金を20HK$支払うように言われた。 (高いじゃないか=1食分だっ)ひとり20かと思いきや、二人でとのことだった。なんとなく変なの、と思いつつ、 出国(出境?)し、乗船ゲートへ。結構帰りは15分ぐらいあれば、その船に乗る事が 出来るので、ロスがなくてありがたい。帰りの海も穏やかで良好。しかも、九龍行きの新渡輪の ほうがぱりっとしている感じである。無事に1時間で香港に到着し、ターミナル出て、 最後の1泊となる、カオルーンホテルまで歩いて向かうのだが、なんだか急に 人が多くなったような気がした。マカオとはこんなに密度が違ったのか?と、 今更ながら驚くほどであった。平日の昼時ということもあるが、ああ、こんなに違うんだなあ、 香港って都会なんだわ、 と、あらためて思った。

ただいま「香港」

おかえり「まきき」


 ペニンシュラホテルのすぐ裏手のカオルーンホテルまでは、だいたい10分ぐらいで到着。 チェックインの時間には少し早かったが、部屋が空いていたので、すぐに入ることが出来た。 前回、下層のエコノミーな部屋で、よく言えば機能的だが、ようするに狭かったので、 ちょっとだけグレードを上げてみたのだが、結果、やはり狭いのには変わらず、階が上に なった程度で、あまり意味がなかったようであった。利便性からしばらくここが定宿と なりそうなのだが、次回からは、もう安い部屋で充分ということが良くわかった。

■24時間ない時の香港巡り■

 今回は短い香港滞在になるのであれこれ焦るのだが定番巡りスタート。

★飲茶する★
 とりあえず、飲茶にセレナーデへ向かう。 最近ワゴンおばちゃん率が減ってきたのが気になるが、ヴィクトリア湾の眺めにしろ、 居心地にしろ、味にしろ、落ち着いて堪能できる所が良い。点心もほとんど記入式になってしまったが、 出てくるものが変わった訳ではないので、毎度おなじみのものを一通り頼んで楽しむといったところか。 装飾過剰になってしまったが、マンゴープリンは相変わらず濃厚で美味しい。天気も上々、順風満帆、 船が行き来するのを眺める...。まいたんは、だんだん値上がって来ているような気がするが、 香港も東京もやむを得ないといったところなのかなあ。 まあ、でも飲茶屋新規開拓をしたとしても、ここはキープとなりそうだなあ。

★旧正月前のバーゲン巡り★
 この後も、結局定番の所を一回りすることになる。 まず、大空の対岸にある中藝を覗く。旧正月前の大バーゲンの表示があるので、どれどれ?と 言う感じであったが、意外に、最近は洋服系が可愛いかったりする。中華テイスト満載 ではなくて、普通に使えそうな、しかも裕華よりもずっと品質が高いので信頼おけそうな、 物が多くなったような気がする。ということで、姉はジャケットなどを購入。そして、 その足でスターフェリーに乗って中環へ渡る。香港の社員旅行のような一団と遭遇。 皆若くて、研修旅行か何かなのか?写真をうれしそうに撮っているところが、初々しい。 空中回廊で上海たんを目指すが、すこし 上環へ行き過ぎてしまったが、無事にペダー通りに到着。ここもやはり最終バーゲンの 真っ只中で、まだまだ品物も豊富..ということで、日本人と白人の客ばっかりで品物を物色 しまくる。銀座に進出している上海たんだが、こういうお買い得品は手にはいらないと 思うので、こちらも、普段行けそうなものをチョイスして購入。こんな時なので、姉は 普段どうしようか迷い、結局買うのをやめてしまうカシミヤに 翡翠のボタンがついたセーターなども、思い切って購入。てな感じで散在をする。

★石の買い付け(?)に行く★
 次に、その足でMTRに乗りサムソイポーまで行き、基隆街の石屋(パワーストーン)を目指す。 中環からまっすぐこの駅に降り立つと、毎回どこを歩いているのか解らなくなるが、 今回こそは、迷わず目指す石屋を発見することが出来た。前回5月に来た時と全く同じ店が あったので(って、そんなに回転が速いとは思えないけど)安心して買い物が出来そうである。 と、調子に乗って、あれこれ見せてもらい、吟味して、値切って、あれこれゲットする。 ああ、やはり円高だと気持ちよく買い物が出来ていいなあ〜なんて思う。パワーストーンも 日本で買うと、かなり高い値段を取られるのだが、この問屋街でのクォリティーを知って しまうと、日本では買えないなあ、なんて思うのだった。今回は時間が遅くなってしまったので、 翡翠市場はムリだったのが残念だが、次回顔を出せばいいかなあ〜などと思いながら、チムへ戻る。

★許留山へ行く★
 さて、もうすっかり夕方である。ということは、飲茶も消化されて、そろそろデザートを食べても良い 時間帯となる。そこで、許留山に突入して、マンゴーのデザートを食する。九龍公園脇の許留山はいつも 大混雑だが、するすると中に入ってテーブルをゲット。といっても長居は出来ないのだが、マンゴー たっぷりにマンゴーアイスと小丸子(ちいさい白玉)入りのものがお気に入り。帰りに、マンゴー餅を お土産用に購入する...が、あ、これも機内持ち込みが出来ないかもしれないっ!と、買ってしまって から気付く。前回糖朝に行った時に、持ち帰り方法を書いてあったが、今回それが通用するかどうか不明 だったので、ああ、これもワインと同じ運命をたどる事になった。崩壊しないで、無事に到着してくれー。

★高級中国茶をゲット★
 なんと言っても、良いお茶を手に入れるのならば、信頼のある店でゲットするのがいちばん、という ことで、元ハイヤットの所にあった路上店へ向かうが、なんと消滅していた。茶藝楽園もとうとう... と思ったが、後日確認をしてみたところ、この近くに移転したとのことであった。ちょっと安心した。 そういえば、我が家の在庫もたんまりあるので、他の茶屋は敢えて目指さなかった。 (茶藝楽園はチョンキンマンションの隣に引っ越したそうですよ:住所: Shop 136A, 2/F., CKE Shopping Mall, 36-44 Nathan Road Tsim Sha Tsui Kowloon)

★マッサージへ行く★
 チムの近辺というのはビミョーな店が多いのだが、買い物をしながら探し回るが、やはり、行ったこと あるところが安心である。昨年行ったところに、見覚えのあるおばちゃんが立っていたので、いたいた、 という感じで足ツボいくら?と聞きつつ商談(ちょっとアヤシイ)。 ほならこちらへ..と、確かそのビルだったはずなのに、 おばちゃんはどんどんカオルーンホテル方面へ歩いて行く。えええ、これはやられたか?!と、 思ったが、まあいいかとついて行き、こんなところが入口かっ!と思うビルに突入。 なんとなくうさんくさい顔をしてしまうワタシであったが、とてもウェルカムな店の おばちゃんとバトンタッチされる。店のテレビもNHKに変えてくれたりして、 更にまあいいか度が増し、1時間経過する。おばちゃんが「肩もやるから こっち来なさい」と、台湾系のふみふみ強烈マッサージを15分サービスして くれた。なんともありがたい事よ...ということで、もらった名刺を見ると、 実は前回と同じ店で、場所が移転したようであった。香港ナビにも出ていると、 アウトプットを見せてくれた。なんだーそうかーということで、 ようやく安心したワタシタチであった。アヤシイ雑居ビルの下までお見送りをしてくれた おばちゃん。疑ってすまんかった。次回も来るかもしれないからよろしくね。と、雑居ビルを 後にする。

★豪華香港最初で最後の晩餐は★
 北京ダックは美味しいの?と、姉にリクエストされていたが、ダックは北京式 の皮だけ食べる式のほうが美味しいかなあ..と、思うワタシに、ネタが なかったというのもあり(北京楼は連れて行ってもらった事があるが)思案。 上海蟹のシーズン最終ぎりぎりというのもあって、それもいいかな?いや、 フカヒレかな?海鮮かな?といろいろ考えていたが、いつものチャーシュー飯& 蒸し鶏飯を部屋で食べるのもいいかも!と、姉のリクエスト変更。そういうことならば、 大歓迎あるよ、ということで、また来た道を戻り、極上だけれども格安晩餐をゲット。 やはり、生力(サンミゲルビール)も大量にゲット。マンゴー餅もデザートにあることだし、 これでいいんかいなあ..と、思いつつも部屋に戻り、ワタシ的にはいつもの晩餐となった。 なんとなく、これで香港はほとんど終了になってしまうのだが...いいのかな?まあいいか。

【1月20日(火)さて無事に帰れるかな】

■更にリーズナブルな朝■

 実は昨日の部屋飯が多すぎて、残ってしまった分を朝ご飯にし、非常にエコなスタートを 切ったワタシタチ。10:30のフライトなので、8時過ぎにチェックアウト。ターバンの 長身のベルキャプテンに九龍駅までタクシーを手配してもらう。このインド人は、きちんと 車番号を書いて渡してくれた。実に良い展開で、前回「なんで空港まで行かないんだ」なんて、 運ちゃんに商談(?)されたりせずに、ほんとに快適に九龍駅まで到着。 うっかり上着を座席に落として来てしまったが、 運転手が追いかけてきてくれる。ああ、今回はなんて快適なんだろう。 旅はやはり楽しくなければと、フライトも快適に、成田からの道のりも渋滞無く 我が家に到着する。さて、問題はバッグの中に...。マンゴー餅は結局昨晩食べて しまったので、ワイン達は....無事だった!実は今のところ、瓶を無事に持って帰る 記録を更新中なのだった。今回も自信があったが..とりあえず良かったな...。いつ飲もうかな?    

ぶひひ