
イタリア各地巡り
山へ行く〜その2〜
【ヨーロッパ最高峰を見る〜クールメイユール〜】
ヨーロッパの最高峰というとどこなのか?それはフランスのモンブランでしょう、と思うでしょう。 しかし、またそのあたりの地図をよく見てみると、フランスとスイスとイタリアの国境に接しているのが わかる。今でこそこのモンブランにトンネルを掘り、10分ほどで国境を超えてしまうのだが、そんなもの が無かった時代は、ローマ人もガリア人もゲルマン人もノルマン人も目立つ海岸線を行かずに、この 山を越えていった、古代からの交通の要衝であり、最大の難所であったのであろう。
そのモンブラントンネルのフランス側がシャモニー。そして、イタリア側の街がこのクールメイユールである。 モンブランもこちら側からだと、イタリア語で「モンテビアンコ」と変わる。酔狂な私は、この山を飛行機の 上から眺めているだけでは足らず、すぐそばまで行ってみたくなり、ある年の夏(9月)に行ってみることにした。
この年の夏は9月といえども、北の都市ミラノも連日30度を越す毎日で、東京の暑さを避けてきたはず なのに、まったく期待はずれであった。しかも、この年「蚊」が異常に発生していて、ワイパーに雪のようにかき取られる 蚊の大群をテレビで見て、蚊取り線香いれていこうかな〜なんて本気でおもっていた。たしかにミラノの駅前ホテル でも、いつになくぶんぶん飛んでいてちょっと不快であった。
今回のクールメイユールへの旅にはもうひとつ目的があった。ある人物に会うことである。それは、いろいろインターネットで 情報収集しているうちにメールで何度かやり取りしていたリノという人物に会うことであった。リノさんはこの街のHPを 作っていて、実際に行くとなるとどのようにいけばいいかとかいろいろアドバイスしてもらい、ほんとにくるんなら私が ミニツアーを企画してあげましょう。ということになった。同行者と何度も、「このイタリア人大丈夫かねえ〜」 「いいのかねか〜こんな話にのってさあ〜」といろいろあやしんだり、あなたはほんとに大丈夫か?なんていうやりとり もしたりして、正直なところ「半信半疑」であった。でも、いろんな問い合わせに対してもきちんと、しかも、イタリア人 らしい英語で(イタリア人が英語を訳すとこういうふうになるのかな?と、妙に納得してしまう英語??まあ私の英語も いい勝負だとおもうが...)で応える様子に、「とにかく行ってみようか」と、ちょっとした冒険をする気になったのだった。
しかしどうかんがえても日帰りの場所ではないんだが、今回も日帰りで決行した。トマスクックの時刻表で調べると 電車でも行けないことはない。しかしミラノからトリノに出てアオスタまで行きそこから超ローカル線(そろそろ廃線という噂も) にのりかえ、その終点からバスで行くという方法。しかも連絡が悪い。正味5から6時間といったところか?これでは 日帰りトライアルでできないこともないが、厳しい。で、リノさんのHPによれば、ミラノのスフォルツァ城前のバスターミナルから プルマンで朝7時の便に乗れば10時半にここに着くことがわかった。これなら午前中に到着して天気がよければモンテビアンコ 登頂(ケーブルカーを乗り継いで登頂できるのだ!)できるかもしれない!と、がぜんたのしみになってきた。
マルペンサ空港に着いて中央駅に行くバスの中に、いかにも「山」行きますみたいな日本人が大声で、これからの ルートを確認しあっていた。きいていると、先ほどの5時間鉄道コースで「山」へいくみたいだ。それだったらバスがいいのに〜 とおもったが、私達なんども来ています風の人たちであったのでま、いいかと中央駅までの40分我慢して聞いていた。
翌日はミラノをうろうろして、その城のバスターミナルまで行ってチケット購入と乗り場の確認をしないと、とおもって 行ってみた。ま、いつものことながら、非常にわかりにくい場所にあるしイタリア語は必要である(でも〜窓口のにいさんが 英語つかってくれてうれしかったよお〜でも〜つい間違えて片道しか買わなかったよお〜)、と、困惑のうちに無事に購入。 明日7時にここにくればいいわけだ。城でのら猫とあそんだりして(猫が豊富なのだ。イタリアは!)再びミラノの街でふらふら していた。
イタリアも含めてヨーロッパはこのプルマンという長中距離バスがなかなか移動に便利である。特にしょっちゅうストばかり やってる国鉄の代替交通として、おさえておいたほうがいい、と、ガイドに書いてある。確かにバスは便利だ。このチケット を買うことと売り場、乗り場を探すのになれれば、使い放題(と、まではいかないが...)便利便利!(と、まではいかないが...) なのだ。私は幸い飛行機も国鉄もストにあたったことはないのだが、1回だけ「明日はストだから空港へはタクシーで行きなさい」 と、フロントのおじさんにいわれて「そーですか。そりゃこまったぞい。おねがいします」と、翌日タクシーで空港に向かうと、 街中の交通は正常運行していた!なんつーことはあったが(おやじ!おぼえていろ〜!!でも楽々だったけどねat Roma ) 概ね、イタリア交通機関とは相性がいいみたい。
で、7時に城前広場に行くと青いプルマンにたしかにクールメイユールとある(あたりまえじゃ)。どんな人がのるのかとみていると、 地元民ばかりで、マルペンサからの日本人のような人々はいなかった。3分の1ほど席がうまったところで、バスは出発した。 おそらく途中まではおととい空港から来た道を行くのだろう、高速を飛ばす飛ばす。ミラノ周辺ロンバルディア地方はイタリアの 米の産地となっているが、高速からの風景はとにかくとうもろこし畑ばかりであった。これがポレンタになるのだなあ〜しかし多すぎ ないかなあ〜なんて思っているうちに寝てしまう。
1時間ほど走ってバスはインターチェンジに停車。運転手が人数を数え特に私達に向かって「10分休憩」を宣言。 地元民はバールに終結しエスプレッソをぐびっとのんでいる。私はせっかくなのでトイレ休憩(?)と、売店見学。なかなか 充実しているのだ、これが。見てるとパニーニなんかがうがう食べてる地元民もいた。ということで、あっという間に10分過ぎ、 またバスは走り出す。
とうもろこしの平原を超え、バスは大きなターミナルに到着。アオスタだ。ここで降りる人も乗る人もいた。外はずいぶん 涼しい。高地の気候だ。ここからはどんどん山地をのぼっていく。しかしスピードは速い。かのユベントスもこの近くの村(街?) で毎年キャンプをするらしい。あのミラノの埃っぽい熱気も、彼らの本拠地トリノにもない清涼な気候がぴったりなんだろう。 ここからはいくつかの停留所に停車しては人もどんどんいれかわる。そして、3時間半後バスはクールメイユールに到着。 バスを降りると、いたのである。リノさんが待っていたのである!
変な気分であった。リノさんの顔は一度も見たことがなかったのに、「あ、この人だ」とわかったし、なんか友達と久しぶりに 会ったような気がしたような、なんとなく見たような風景でびっくりしてしまった。リノさんはたぶんみつけるまでもなく、東洋人 は私達だけであったので、すぐわかっただろうが....。インターネットというのはいつもおもうが、人との距離も時間も縮めてくれるのだ。

ということで、リノさんのツアーが始まる。クールメイユールはあまりにもモンテビアンコから近いためその山の全容をみることはできない。 しかし、冬場は良好なスキー場であり、夏場は山の避暑地でありトレッキングはもちろんその他のスポーツも充実している。乗馬、 ハンググライダ−、プールもあるし。なにもしなくてもすずしくて、街の中央にはコルチナほどの高級店は並ばないが、趣味のよいさまざま な店がならんでいる。今回はリノさんの車で周辺をドライブする。リノさんは英語を勉強中らしく、メールの英語とは違ってなかなか良く しゃべれる。言葉というのはきまりだから、書くと文法が気になりなかなか上達しないが、しゃべるほうは意外と早く上達するものだ。
この街の見所は2つの谷(ヴィニとフェレ)の雄大な景色。谷の向こう側はすぐに3千4千メートル山が聳え立つ。やはりすごい風景 である。ちょうどこの手前の壁をこえるとモンテビアンコ、という位置関係。ほんとうに昔の人はここを越えていったのだろうか?とおもうような。 リノさんはお気に入りの場所へ次々と車で案内してくれる。かつてあのピークに飛行機が墜落した、なんて言っていたが(KEらしきことを 言っていたが)そんな事故は記憶に無いなあ...でもあのピークでの救助活動なんて考えただけでぞっとしてしまう。地元の人にとって 事故現場というのはその衝撃のため、長く語られるんだなあ、とおもった。岩手の雫石にいったときも、タクシーの運転手に恐い話 聞かされたことがあるが...。そしてあれがモンブラントンネルの入り口と指した方向は、人間の考えることはこんな もんか〜なんておもってしまうほど味気ない風景で...。ここには美しい滝、山の斜面、おどろいたことに温泉まであるらしい。いわゆる鉱泉 なんだろう。これには英語の説明はちとむずかしかったみたいだが、テルメというイタリア語は最近日本でもつかわれているのでOKである。 そう、いわゆるテルメもあるのにはおどろいた。
そして、ラ・パリュというモンブラン行きのケーブルカーの駅にもつれていってくれたのだが、この日は残念ながらモンテビアンコには 雲がかかってしまい、恐らく山頂ではなにも見えないだろうということであった。これがひとつの目的ではあったのだが、確かに、ここから 見える雲というのはその近くではかなりの荒天であることが多いし、しかも4000メートル上空はまだ私には未知の世界なので、 なぜかあっさりと「今日はいいや」と、あきらめてしまった。いや、なんとなく「またくればいいや」なんて思ったのかもしれない。
この乗り場からだと、モンテビアンコはその丸い、おいしそうな(?)しろい頂をみせてくれる。こんなにちかいんだなあ。でもこれだけでも ここに来れただけでも十分満足してしまった。
リノさんとのメールのやりとりで、おししいワインはあるのか?とすでにチェック済みであったのだが、この日の昼食のワインも格別で あった。昼食は、いわゆる山小屋(冬場は非難小屋となるのか)がやってるレストランにつれていってくれた。小屋の前の広い草地に テーブルとパラソルをおいたところで食事である。白ワインをゴン!と1リットル置くと3人で乾杯!このアオスタ州は山地であるがなかなかの ワインの産地である。もう少し南にはイタリア屈指のワインの産地もあるという、なかなかすべてにおいてあなどれないのである。 イタリアを旅行しての楽しみはローカルの名も無いワインを昼間から(昼間じゃないとダメ)ぐいぐい飲んで、その幸せにひたることである。 この日は、切り立つ山を肴に、屈強なスイス人のおねえさん(彼女はリノさんの友達、スキーの名手らしい)が運ぶ料理は、土地の 料理である。きのこや山で捕れた獲物(?)などのソースが何種類か出てきて、それをふわふわのポレンタにかけながら食べるもの。 「この肉はなんじゃ?」と聞くと「あの辺でとれたものだ」といった。ワイルドである。

ここでいろいろリノさんのこと聞いたりできたのだが、彼はもともとはずっと南の出身であるらしい。南は若い者にも仕事はなく、兵役を経て、 ローマにもいたし、ミラノにもいたし、どんどん北上して、10年ほど前からここにすむようになったという。そういった都会はあまり あわなかったらしく、私達がミラノに滞在しているというと、本当にあそこはよくないといっていた。港町ジェノバもよくないといっていた。 とにかく、彼にとってここは彼曰く「チベット」なのだそうだ。おそらく「理想郷」みたいなことだろうが、たしかにここは良いところだ。 とにかくこの街のいいところを知ってもらいたいということで、HPをつくっているという。しかし、どうもトンネルの向こう側シャモニーの ほうが、世界的な観光地として有名である。南側の斜面であり、スキー場の充実はさしてかわらないのに、一点だけ挙げるとすると 「病院」の数が少ないということで、スキーのツアーも万が一のことを考えるとシャモニーにしてしまうという難点があるという。そんなこと だけで、いまひとつ知名度が低いことを悔しくおもっているらしい。こんどはぜひ最低でも1週間滞在して、スキーに来ないか?と 言っていたが、来たいのはやまやまだが、このおそろしい斜面に雪がついて、果たして私のスキー技術で滑れるコースはあるのか? と危惧される。事実リノさんも数年前スキー中骨折して、それが原因で15キロ太った(?)といっていた。骨折も恐い。太るのも恐い(?) なんのこっちゃ?イタリア人で有名なスキー選手トンバの話をしても、私はおおらかないかにもおぼっちゃま育ちで、華やかなトンバを 競技のたびに応援している(なんてむずかしい英語は言わなかったが...)なんて言ったら、いやいや彼のような人物は、自分のこと とスキーのことしか考えていなくてもっとも良くない人物だ、なんていうことを言っていた。なるほど、イタリア人全部がトンバ容認派で 全員がトンバのようであるなんておもっちゃいけない。ちょっと目からうろこである。リノさんは食後のエスプレッソをおいしそうに飲み干す と「私はエスプレッソと女の子と車がだいすきだああ〜」なんていってたが、あわてて「変な意味じゃないからね」と、付け加えていた。 リノさんは小学生の男の子のお父さんで、今日日曜日なのにお父さんとあそべないのを残念がっていたと言っていた。それは悪いこと したなあ〜とおもい、今度来るときは家族にも会わせてね、と言っておいた。面白いことに、モンテビアンコの麓の少年も日本のアニメ 「タイガーマン=タイガーマスク」の大ファンらしく、よくプロレスごっこを親子でやってるという。ううむ、迫力ありそうだ。
そんなこんなで、モンテビアンコ登頂は果たせなかったが、バスの時間まで唯一の繁華街をあるいたり、知り合いの居酒屋で またワイン飲んだりしてすごした。ここの発泡性ワインでカシスを割ったキールロワイヤルのようなものがおいしかったなあ。ここの 繁華街にいるひとは、みんな知り合いらしく、リノさんは街の人気者なんだなあ〜なんておもった。「よう!すもう!」なんてリノさんに声も かかったりして、タイガーマスクだけでなく日本の国技も健在であるらしいのだ。この街は...。
バスの時間まえにもう一軒バールにより、また最後にワインを一杯。リノさんからお土産に土地のお酒をプレゼントされた。 このお酒はジェネピーというベリーを漬け込んだ、イギリスのピムズというお酒に良く似ていた。同行者は帰国後弟に飲ませたが、 彼は飲んだことも無い味でまるで薬のようだ!と、ギブアップしていたらしい。お酒は薬で結構結構。名前は違うがヨーロッパは 同じようなお酒ってあるのでおもしろいものだ。 今回はガイドさんとして1日いくらでつきあってもらったのだが、今度はいつでも友達として遊びに来てと言っていた。ここまでの 道のりが一瞬(もちろん東京からの果てしない...)よぎったが、再会を約束して、行きとおなじ人が運転するバスにのりこんだ。 最後まで運転手に「よろしくたのむ」だとか「席はどこがいいか?」なんて(もちろん自由席だが)気を遣ってくれたのだった。 イタリア式挨拶で別れを告げ、クールメイユールを私達は後にしたのだった。
リノさんがあまりにも良い人であったため、東京での心配事は杞憂に終わったことを同行者と祝し、確実に5センチは空中を 走ってると思われる暴走バス(?)は快調であった。ミラノまでの便は行きとはうってかわって超満員で、みな疲れていた。 隣に座った女の子も私も爆睡していた。私も地元民になったような気がした。なぜか帰りは休憩もなく予定よりはやく、あの暑く 埃っぽいミラノにたどりついた。
その後、何度かイタリアを訪れるたびに、クールメイユールはよぎるのだがなかなか足が向かない。そのたびに今回も行けなかった なあ〜なんて思ったりした。今年になって、あのモンブラントンネルで大事故が起こったと、新聞でみつけた。もしかして、あの街の リノさんや知り合いになにかあったりして?とおもって、久しぶりにメールをしてみた。そうするとあの懐かしいイタリア人英語の返事 には、皆無事であることがかいてあり、ほっとしたのであった。鈴鹿でレースがあったり、長野でオリンピックがあったときも、それを見ては 君達のことおもいだしているし、いつになるかわからないが、近くにきたら今度は会いにいくから是非教えて ほしいとあった。さすがだね、イタリア人!と、私はメールを見てなんだかにやにやしてしまった。イタリアの友人もいいものだ。
http://www.courmanet.com/リノさんのHP!あなたもモンテビアンコへ行こう!