小さな生き物(ヤシガニの話)


 バイクとは何の関係もないのだが、我が家にやってきたヤシガニの話である。

 昨年の十月に家族で沖縄を訪れた折り、那覇の鮮魚市場で現地産の生きたヤシガニを
買った。
子供たちがどうしても「食べてみたい」と言うのである。
地元ではこれを蒸して食べるらしいが、脂ののったタラバガニのような味だという。

ところが二泊三日の滞在中には調理して食べる機会を得ず、容器に詰めたまま東京に
持ち帰ってきてしまった。
 
家に着くとすぐ、透明なプラスチックの衣装ケースの中に放してやった。
何日も小さな箱の中に身動きできないまま押し込められ、水も餌も与えられずにいたのに、
ヤシガニは箱からでるとすぐに動き始め、ケースの隅に移動して蹲った。
手を伸ばして触れようとすると、両手の大きな鋏を振り立ててこちらを威嚇した。


 
見ればヤシガニとは奇妙な生き物である。
艶のない茶褐色の甲羅から棘だらけの八本の足が伸び、甲羅の先端には小さな尖った頭が
載っている。
頭の先端には胡椒粒のような黒く丸い目と、二十センチもある長い髭、そして五センチほどの
折れ曲がった触角が付いており、それを時折りもぞもぞと動かしている。
鋏は太く頑丈で、力も強そうだ。
甲羅の下には柔らかな腹部があり、それを丸く折り曲げていつも体の下に隠している。
脚を広げると差し渡し三十センチもあるのだが、一見すると巨大な蜘蛛のようにも見える。
事実ヤドカリの仲間で、蜘蛛やサソリの近縁種らしい。 

  インターネットで調べると、ヤシガニは雑食性で、椰子の実の他にも色々なものを食べると
ある。
試しに家にあった固形のキャットフードを与えると、翌朝にはかなり食べた形跡があった。
陸棲の生き物なので水は必要としないが、乾燥しすぎないように時々水をかけてやる。
温暖な気候を好むので、ケースの横にパネルヒーターを置いて暖めてやることにした。

こうして我が家でヤシガニを飼うことになったのである。



 それから約一ヶ月間を我が家のヤシガニは無事に生きながらえた。

自然環境の変化から沖縄のヤシガニは絶滅が危惧されていると言うが、その割りには
生命力の強い生き物である。
実際、天然のものはなんと五十年も生きるらしい。
性質はなかなかに獰猛で、水を掛けたり甲羅を指でつついたりすると、後ろの脚を踏ん張って
体を起こし、鋏を振り立てて威嚇をする。
細い木の棒を差し出すと、千切れんばかりの力でそれを挟んだ。
下等動物なので人間に「馴れる」ことはない。
ケースを掃除する時にはいつも怒って私のことを威嚇した。



 この新しい同居人に一番興味を示したのは我が家の猫である。
子猫のテトはヤシガニを初めて見るなり大興奮して、ケースの上に身を乗り出した。
何とかちょっかいを出してやりたいとは思うのだが、さすがにケースの中に入るほどの
勇気はないようだった。
 私の二人の子供たちは、最初のうちはこの新しいペットが珍しくて、ケースの中を始終
覗き込んだり棒でつついたりしていたのだが、そのうち興味を失って、
殆ど構わなくなってしまった。



 ある晩のこと、夜中に起きて居間に行ってみると、暗がりの中でヤシガニがごそごそと動く
音がする。
夜行性の動物なので、夜になると活動が活発になるらしい。
飼育ケースの蓋を開けてみると、動きを止め、私のことを小さな黒い二つの目で見上げた。
折れ曲がった一対の触覚だけがもぞもぞと上下している。

  ――この小さな生き物は何を考えているのだろう、と私は思った。

沖縄のどこか小さな島の海岸で生まれ、何度か脱皮を繰り返して大きくなり、五十年を
生き続ける不思議な生き物。
それがどういった数奇な運命をたどってか、東京の我が家にやってきて小さなケースの中に
閉じこめられている。
彼(彼女?)は自分の運命をどう思っているのか。
故郷の南の島を懐かしむことはあるのだろうか。

 いや、無論ヤシガニに人生観などあるはずはない。
それは人間の下らない感情移入に過ぎないのだが、何も言わないヤシガニの小さな目を
見ていると、どこか現在の自分の姿と重なるように感じられるのだった。



  以上が我が家にやってきたヤシガニの話である。
その後彼がどうなったかというと、ひと月ほど飼ううちに私も育てるのが面倒になってしまい、
引取先を探すことになった。
だが当然ながらこんな奇妙な生き物を飼いたい人は周りにはいない。
一計を案じてネットオークションに掛けたところ、都内の愛好家が落札して引き取ってくれる
ことになった。
落札金額三千六百円也。
その金でズワイガニを買って食べたというのが、この話のオチである。


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