正月は奥多摩で温泉



2004年1月4日   本日走行172km  総走行距離319km


正月の四日。今日はすることもないし、天気は素晴らしく晴れているので、
今年初のバイク乗りに出かけてみようと思う。
行き先は東京の西の秘境、奥多摩。
距離にして片道70〜80kmはあるから、初のロングツーリングだ。

8時半頃、朝飯も食わずに早々に家を発つ。
外はかなり冷え込んでいるので、上には厚手のダウンジャケットを着て、下はジャージの
ズボンとエアテックのパンツの二枚重ねと、防寒対策を充分にしたつもりだった。
環七に出て暫く走ると、手が冷たくてたまらない。
あ、手袋を忘れてきた。
あわてて家に戻り、ついでに子供がスキーに使ったネックウォーマーも拝借した。
これで寒さ対策も万全だ。
ネックウォーマーを鼻のところまで引き上げると、吐く息で顔の周りも暖かくなってきた。

気を取り直して環七に戻る。
三賀日は過ぎたとは言え、日曜ということもあり、道路には普段見かける大型車や
配送の車などの姿は見えず、がらがらにすいている。
大原交差点で左に曲がり、甲州街道を一路西へ。
こちらも道はすいており、あっという間に環八を通り過ぎた。
40kmくらいで巡航する。
周りを走る乗用車もけっこうスピードを出している。
普段原付で都内を走ると、渋滞の中を赤信号ごとに自動車を追い抜きながら走るのだが、
ここでは原付は追い越される立場だ。
赤信号でせっかく列の先頭に立っても、すぐに抜かれていってしまう。
そのうちすり抜けをするのが馬鹿らしくなって、列の後ろにおとなしく付いていることにした。
もっとも甲州街道は片道二車線なので、左側車線の真ん中を走っていればよく、
自動車にすれすれで抜かれるひやひや感はない。

甲州街道をひたすら西へ、西へ。
どんなに走っても町並みは途切れることがなく、同じような景色がどこまでも続いている。
もう自宅から20キロくらい来ただろうか。ここは調布のあたりだ。
右手に大きな競技場のような建物が見える。
何だろうと思っていると、「味の素スタジアム」の看板が見えた。
へえー、こんなものが出来ていたんだ。


味の素スタジアム

考えてみるとこの道を走るのは12〜13年ぶりだ。
そのころスバル360のオーナーズクラブに加盟していたのだが、そのミーティングが
奥多摩湖で催され、今日と同じ道をオープントップのスバルで走ったのである。
約30台のスバルが集合し、テレビの取材も来たりして、なかなか賑やかな
ミーティングだった。
その時のスバルは今も家の車庫に眠っていて、レストアされる日を待っている。

スタジアムの前にバイクを止めて写真を撮っていると、頭上にこんな看板があるのを
見つけた。


あれから40年・・・

五輪のマークの下には1964.10.21と書かれている。
そうか、もう40年も前のことなのか。
選手達はこんなところまで走ってきていたんだ。
40年前のその日、私は父に手をつながれて、千駄ヶ谷の駅前でゴール直前のマラソンの
試合を見ていた。
当時、私たち家族は千駄ヶ谷の競技場のそばに住んでいたのだ。
アベベが、円谷が、私の目の前を通過した筈なのだが、もちろん6歳の私にそんなことは
わからない。
ただ大勢の沿道の観客が旗を振ってランナー達を見送っていたことだけを覚えている。
あの時の父は、今の私よりずっと若かったはずだ。
その父も今はこの世にいない。
40年の時の重みを思わず感じさせられた一瞬だった。

調布から府中を通り、甲州街道を西へ走る。
景色は相変わらず単調で変化がない。
こんな時は歌でも歌おう。
口から呟き出た歌はユーミンの「中央フリーウェイ」
う〜ん、おじさんぽい選曲かもしれない(笑)。
でも中央高速のそばを走ってるんだから、そう場違いでもない。
「町の灯がー、やがてまたたきだすー」
と、だんだん大声になってくる。

考えてみると原付は孤独な乗り物だ。
走っている時はいつも一人なので、頭の中をいろんな考えが行ったり来たりする。
イギリスのアラン・シリトーという作家に「長距離走者の孤独」という本があって、
マラソンランナーの孤独な頭の中を描いているのだが、原付ランナーもまた孤独な存在だ。
そこが原付の魅力だと私は思うのだが。

暫く走るうちに、だんだん寒さが耐え難くなってきた。
防寒具で覆った上・下半身や顔面、手の先はいいのだが、足の先が冷たくてたまらない。
コンビニでバイクを停めると、靴用のホッカイロを買って装着した。
うん、これは効果抜群だ。
すぐにつま先が暖かくなってきた。


靴用ホッカイロ。ずれないパッド付き(笑)。

お腹がすいてきたので、その近くのマクドナルドで朝マックして、再び道へ。
もうずいぶん走ったのに相変わらず同じような景色だ。
ちょっと飽きてきた。

甲州街道から奥多摩街道へと抜ける。
道は相変わらずすいているが、この辺からは片道一車線だ。
もう半分以上の道のりは来ただろうか。
この辺でようやく「奥多摩」の文字が見えるようになってきた。


奥多摩は遠い。

このあたりから道は青梅街道に合流する。
しばらく行くと、こんな看板も。


ここがスタート地点。

青梅市は高台にあって、見晴らしの良いところだ。
この辺まで来るとだいぶ郊外まで来たような景色になる。
遠くに見えていた秩父方面(?)の山々もだんだんと近くに見えてきた。


山が近づいてきた。

青梅街道をさらに西へ進む。
このあたりから道は川沿いになり、川幅がだんだん狭まると共に山が迫ってきて、
緩いカーブが連続するようになってきた。
道沿いの建物も少しずつ減ってきて、ようやく田舎らしい景色になってくる。
川は道路よりも大分低いところを流れるようになり、渓谷の趣も帯びてきた。
途中、鱒釣り場が見えたので側道を下へ降りてみた。


快適な鱒釣り場。

開けた河原に作られた鱒釣り場はなかなか快適なところで、車で来た家族連れやグループが
釣りやバーベキューを楽しんでいた。

青梅街道もこの辺まで来ると細い田舎道になり、車も少なくなって、
快適なライディングを楽しめるようになる。
道は川(多摩川の上流?)に近づいたり離れたりしながら次第に高度を上げ、
それと共に周囲の木立も深くなってくる。
ブラインドなコーナーが続くので余りスピードを出せないが、それでも40kmくらい出しながら
コーナーを曲がるのは気分がいい。
右に、左に、体を少し傾けながらコーナリング。
この辺がバイクツーリングの一番の楽しみなのだろう。
時々大型バイクが60〜70kmくらいのスピードで追い抜いていくが、地面に手が付きそうな
ほどコーナーで体を傾けている。
原付で(しかも私の実力で)は残念ながらこの真似はできない。


快適な田舎道。

さらに西へ、西へと進む。
道はもうすっかり山の中だ。
ここが東京の一部とは思えないほど幾重にも山に囲まれた道を、左右にうねりながら
奥多摩湖の方へ向かって高度を上げてゆく。
今日の目的地は、奥多摩のはずれにある日原(にっぱら)鍾乳洞
青梅街道から奥多摩湖の5キロほど手前を日原街道という道に入り、そのどん詰まりにある。
そろそろ曲がり口が近い筈だ。
この鍾乳洞はこの辺では有数の観光スポットなので、必ずサインが出ているだろう。
そう思い周囲に気を配りながらバイクを走らせた。
このあたりはもう完全に深い山の中で、トンネルが次から次に現れる。
中には1キロ以上の長いものもある。
トンネルを出たり入ったりしながら高度を上げてゆくうちに、前方にダムのようなものが
見えてきた。

ダムの水門の向こう側まで道を上り詰めると、目の前に突然広々とした湖が広がった。
あれ、これは奥多摩湖だ。
これじゃあ行き過ぎだ。
どうも曲がり口に気が付かず、5キロほど来てしまったらしい。
いや、古い地図を持ってきたので、それとは気づかずに新しい道を走っていたのだろう。
実は先日バイカー御用達の地図帖「ツーリングマップル」の最新版を買ったのだが、今日は
それを持ってこなかったのだ。
この地図はいろいろな情報が盛り込まれて大変に良い地図だと思うのだが、いかんせん文字
が小さくておじさんには読みづらい事この上ない。
そこで今日は家にあった古い(1994年版)マップルを持ってきてしまったのである。
やれやれ、バイクはやはり若者の乗り物らしい。

来た道を引き返し、奥多摩駅の方へバイクを走らせると、今度は日原鍾乳洞方面の
看板を見つけた。
ふう、これで一安心だ。
日原街道へバイクを乗り入れた。


日原街道に入る。セメント工場(?)が見える。

ここから鍾乳洞まで10キロくらいの道のりである。
この街道は地図で見る限り、鍾乳洞のすぐ先で行き止まりになる一本道だ。
他の車は全く見えないのでスピードを出して行きたいところだが、夜のうちに雪でも
降ったのか、路面が濡れている。
万一凍結して滑ると怖いので、そろそろと上っていった。
道の片側は切り立った崖で、もう片側は深い谷である。
その谷の向こうにはびっしりと杉に覆われた山が幾重にも重なり合って見える。


深い山と森

時折り木製の細い吊り橋や古いトロッコの鉄橋が現れて、秘境のムードを盛り上げる。


吊り橋。


渓流。


頭上にトロッコが。

でも、こんな所にも人は住んでいるのだ。
古い木造家屋の残る小さな集落をいくつか通り過ぎた。
家の脇に大量の薪の束が詰まれていたが、あれを今でも使っているのだろうか。


ここにも人は住んでいる。

右に左にワインディングを繰り返しながら進んでゆくと、やがて小さなお茶屋のような建物が
現れた。
その横に「日原鍾乳洞」と看板がある。
バイクを停めて谷底への階段を下りていった。


谷底へ降りる。

谷底には幅3mほどの渓流が流れていて、そこに木の橋が掛けられていた。
その向こう側が鍾乳洞の入り口だ。
入場料650円也を払って入場した。


橋を渡って鍾乳洞に入る。

日原鍾乳洞は国内有数の鍾乳洞という事だが、私の見たところでは規模も小さく、
以前行った福島のあぶくま洞や沖縄の玉泉洞と比べてずっと地味な鍾乳洞だ。
見学に訪れている人も、シーズンオフのせいか殆どいない。
蛍光灯に照らされた通路を足元を気にしながら順路沿いに見てまわった。

地中を浸透し洩れ出る地下水のせいで、洞内の空気は湿度が高く息苦しい。
天井高の低い場所が多く、岩に頭をぶつけないよう腰をかがめて歩かなければならない。
それが下りの階段の途中だったりすると、リンボーダンス状態でのけぞりながら進む。
どこの鍾乳洞にもお決まりの「○○岩」「○○観音」「○○の間」といったネーミングの
岩塊が次々に出現する。
言われてみればもっともだが、半ばこじつけも少なくない。
他の鍾乳洞ではよく見る「石筍」が、ここではあまり見かけないのが、少々不満だ。


「竜王の間」。この奥に玉座があって、その後ろを調べると隠し階段が・・・。(わかる?)

洞内には「旧洞」部分と「新洞」部分があり、新洞部分へ行くにはビル5階層分くらいの
階段を上らなくてはならない。
滑りやすい急勾配の階段に気をつけながら一気に上ると、汗をかきそうなほどへとへとに
なった。
しかしそのお蔭で冷え切った体が少し温まった。
洞の一番奥に謎の祠を発見。
背後の岩に無数の一円玉が埋め込まれ、それが蛍光灯の光を反射してぎらぎらと
光り輝いている。
なんだこれは・・・。


一円玉のきらめく壁。

鍾乳洞を出ると、さらに道の先へとバイクを進めてみた。
道の左手は見上げるような石灰岩(?)の岩壁になっている。
百メートルも行くと道の舗装は途切れ、あとは石ころの多いオフロードになった。
見るとまだ先の方まで道は続いているようだが、路上には雪も残っていて、さすがに
これ以上行く気は起こらない。
あきらめて引き返すこととした。


道はオフロードに。

青梅街道へ向けて来た道を戻る。
鍾乳洞で温まった体がすぐに冷えてきた。
寒いなあ。
体が芯まで冷えてしまった。
ついつい「神田川」を口ずさんだ。
洗い髪がー、芯まで冷えてー
そうだ、温泉でも入っていこう。

青梅街道へ戻って少し走ると、すぐにJRの奥多摩駅があった。
普段私が通勤に使っている中央線の、西の果ての終点の駅だ。
観光客も多いらしく、駅前にはかなりお店もあるが、今はシーズンオフという事で閑散と
している。
案内所も今日はまだ正月休みだ。
案内所の前にある観光案内図を見ると「もえぎの湯」というのがすぐそばにあるので、
そこに行くことにした。


奥多摩駅はなかなか立派。

青梅街道をしばらく戻り、旧道のような脇道に入ると、すぐに「もえぎの湯」は見つかった。
人気のあるお風呂らしく、手前で自動車が何台も駐車場の順番待ちをしていた。
警備員の人が「オートバイの方、お先にどうぞ。」といって先に通してくれる。
こういうときバイクは得だ。

それにしても「オートバイ」と呼ばれたのは初めてなのでちょっと嬉しい。
最近、友人達によく「俺、バイク買ったんだ。」と話をするのだが、
それを聞くと皆最初は「へえー」と、ちょっとうらやましそうな顔をする。
次に「原付だけどね。」と私が付け加えると、「なーんだ」という顔に変わる。
どうも原付はバイクではなく、全然別種で格下の乗り物だと思っているらしい。
これは明らかな差別だ。
でもこのおじさんはズーマーを初めてオートバイと呼んでくれた。
ありがとう、おじさん。嬉しかったよ。


もえぎの湯は新しくてきれい。

入湯料750円を払って入る。
もえぎの湯は最近できた施設のようで、建物は新しく清潔だ。
しかし、客数の割に建物が小さいので、待合室も浴室の中もごった返している。
シーズンオフでこれだから、夏はもっと恐ろしい状況になっているのではなかろうか。
浴槽は屋内と露天とが一つずつあるきりなので、こちらの中も芋の子を洗う状態だ。

浴室から外に出て、少し階段を下ったところにある露天風呂にざぶりと浸かった。
ふう、生き返るなあ。
冷え切った体に、温かいお湯がしみ込んでいくようだ。
寒くて感覚を失いかけていた指やつま先やに、徐々に血が通い始める。
極楽、極楽。
ここのお湯は塩素臭の強い無色透明泉で、おそらく循環式の沸かし湯(天然温泉ではない?)
と思うが、何はともあれツーリング途中の温泉はライダーのオアシスだ。
と言うか、おじさんというものは温泉とビールには滅法弱いのだ。
湯上りにビールを飲みたい気持ちをぐっと抑えた。

すっかり見も心も(?)温まると、再び路上に戻った。
さあ、あとは帰るだけだ。
時計を見るともう3時半を回っている。
急がないと家に戻るのは6時を過ぎてしまうだろう。

帰り道は甲州街道へは入らずに、青梅街道をずっと走ることにした。
夕方になるにつれ、気温はまた一段下がったようだ。
温まった体がすぐに冷えてきた。

「新宿方面」のサインを追いながら、来た道を今度は東へ向け、ひたすら走る。
都心へ向かう車の流れに乗るようにして走ると、50km前後のスピードが出ている。
下り坂ではそれが60キロ近くにもなっていたりするので、慌ててアクセルを緩める。

都心に近付くにつれ、車の量が増えてきた。
小金井を通るあたりで空はかなり暗くなり、ヘッドライトとテールライトの流れの中を
走るような感覚になってきた。
東へ、東へ、ズーマーの快調なエンジン音を聞きながら夕暮れの道を走り続けていると、
たったひと月前まで自分がバイクという乗り物を全く知らずにいたのが嘘のように思えてくる。
人との出会いもそうだが、遊びとの出会いだって、幾つになっても新しい出会いは
あるものなのだ。
これから自分がどれだけの趣味や遊びと出会えるのかわからないが、バイクは末永く
付き合える遊び道具になりそうな気がする。

それから、バイクに乗るようになって、自分の世界観が少し変わったような気もする。
私は自動車の運転暦は25年と長いが、自動車のフロントグラス越しに見る世界と
バイクの上から見る世界とは、全然別物なのだ。
例えて言うならば、自動車から見る世界はブラウン管の中の虚構の世界だが、
バイクから見る世界は実際にそこに存在する生身の世界だ。
音や、匂いや、風や、埃など、車の中からは味わうことのできない様々なものが、
直接自分の五感の中に飛び込んでくる。
その違いが面白い。
しかも40Km前後と言う原付の走行速度は、その世界を体感できるぎりぎりの速度である。
この絶妙なスピード感と言うのは、実は自動車にも大型バイクにもない原付の大きな
メリットのような気がする。

そんなことを考えながら走っているうちに、自宅が近付いてきた。
さすがにこれだけ長時間走ると腰が痛い。
赤信号で停車中は地面に両足を着き、膝を屈伸したり背筋を伸ばしたりして、何とか耐える。
やがて環八をすぎ、環七を右折。
環七はさすがに自動車も多く、それがかなりのスピードで流れていたが、
50km前後で流れに乗って走ることができた。
自宅に着いたのはちょうど6時頃だった。
本日の走行距離は約170km。
なんと、ズーマーを買ってから昨日までに走った距離以上を、今日は一日で走ってしまった。
さすがに体はくたびれたが、また一つバイクの楽しさが見えてきたような気がする。
さあ、次のツーリングはどこへ行こうか。



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