海を見ていた午後A
江ノ島では思わず時間を食ってしまった。
時刻はもうお昼に近い。
さあ、先を急ごう。
再びバイクにまたがると、海沿いの道に戻った。
右手に海を眺めながら、三浦半島へ向けて走る。
片道一車線の細い道路は、週末のレジャーの車で大渋滞している。
湘南の夏の大渋滞は有名だが、この辺はシーズンオフでも渋滞が日常化しているようだ。
以前鎌倉に車で行った時にはいい加減うんざりしたが、今日はバイクなので楽ちん。
渋滞で身動きのとれない車の列を後目に、どんどんと先へ進む。
バイクを買って4ヶ月間、都内の渋滞に鍛えられたせいもあり、私は今ではすっかり
「すり抜け王」だ。
車列の右になり、左になりしながら、ミラーに触れそうな細い隙間も厭わずぐんぐんと
入り込み、前へ前へと進んでゆく。
この辺りでは江ノ電が道路と並行して走っており、時折りバイクの傍らをがたごとと走り
抜けてゆく。
単線なので、一本の線路の上を前後から交互にやってくる。

湘南の風物詩。
右手に広がる砂浜には、サーファー達が大勢サーフィンに興じており、もう夏のようだ。
渋滞と、江ノ電と、ビーチと、サーフィンとが揃って、これはまさしく絵に描いたような
湘南の風景だ。
鎌倉、逗子といった名だたる観光地のあたりは、洒落た飲食店が軒を連ねており、どの店の
駐車場も車でいっぱいだ。
さらに道を下り葉山あたりまで来ると、ようやく道はすいてきて、昔ながらの落ち着いた
避暑地の面影が見えてくる。
道幅も若干狭くなり、住宅やローカルな商店が続いている。
この辺は緑も多く、木漏れ日が路面に美しい。
右手を見ると、鬱蒼とした森を囲むように長い屋敷塀が続いており、その所々に警官が
立っている。
葉山の御用邸だ。
御用邸の真向かいが葉山警察署になっているのは、警備のためだろうか。
このあたりまで来ると、それまで砂浜の多かった海岸線に、だんだんと磯を見かけるように
なってきた。
途中、人気の少ない小さな入り江にバイクを止めて小休止。
この辺り一帯が磯になっており、家族連れや釣り人がのんびりと休日を楽しんでいる。
江ノ島あたりの狂躁的なリゾート気分とは違う、落ち着いた週末の光景だ。
磯の上を歩いて岩場の先端まで行くと、遠くに今しがた訪れた江ノ島が見えた。

静かな入り江
この辺りはもう三浦半島の入り口だ。
目指すは半島の先端の三崎町。
さあ、もう一走りだ。
三崎へ向け、ノンストップでバイクを走らせる。
半島の先端に近づくにつれ、ますます景色がローカルになってきた。
途中で道は海からはずれ、人家や畑の中を抜けながら少しずつ高度を上げてゆく。
やがて小さな峠を一つ越え、そのまま道を下ると、三崎の町に入った。
おっと、この辺りで500キロ達成だ。
4ヶ月目の達成とはちょっとスローペースだが、週末ライダーだから仕方ない。
やっと慣らしが半分終了。
・・・とか言いながら、とっくにエンジン全開だけど(笑)。

500キロ達成!
三崎の商店街を抜け、そのままバイクを三崎港に向け走らせた。
時刻はもう1時半を回っている。
そろそろお腹もすいてきたので、この辺で昼飯としよう。
港に面した観光物産センターの建物の下にバイクを停めた。
ここにはたくさんのバイクが駐車中で、あちこちにライダー達がたむろしている。
三浦半島ツーリングの目的地として、みんなが目指す場所なのだろう。
乗用車の駐車場にも長い列ができている。
さて、食事はどこにしよう。
三崎といえば、なんと言ってもマグロである。
港に面して何軒ものマグロ料理屋が立ち並んでおり、どの店にもランチタイムの行列が
できている。
一軒一軒店頭のメニューを覗いて回ると、値段も内容も様々だが、どれもこれもマグロ料理の
オンパレードだ。
マグロの頭を丸ごと焼いたカブト焼き、なんていうのもある。

老舗のマグロ料理店。
あちこちの店を見て、結局物産センターのすぐ脇の店(名前を失念)に入った。
海鮮丼とまぐろの白子の天ぷらを注文。
味の方は・・・まあ、こんなもんですか。

名物というのは、食べたという事に意義がある。
食事を終えてから、しばらく物産センターの中を覗いて回った。
たくさんの海産物店の並ぶセンターの中は、買い物の観光客であふれ返っている。
生まぐろの大きな切り身や、ブロックのままの冷凍まぐろが、一つ一つ値札を付けて売られ
ていた。
まぐろ饅頭やまぐろコロッケなんていうのもある。
試しにまぐろコロッケを買って食べてみると、う〜ん、普通のコロッケと変わりないぞ。
結局三浦産のたくあんを買った。

どこもかしこもまぐろだらけ。
お腹がいっぱいになり買い物も済ませたところで、三崎港を後にする。
港から抜け出る道の途中で、まぐろ漁船とツーショット。

お船はどこへゆくのでしょう。
横須賀方面の国道へ戻る道を探していると、頭上のかなり高いところに橋が見えた。
城ヶ島へ渡る連絡橋だ。
城ヶ島は、三崎のすぐ南に位置する小さな観光の島である。
せっかくここまで来たのだから、ちょっと寄ってみることにしよう。
急な坂を上り橋の入り口まで行くと、料金所があって、なんとこの橋は有料だ。
しかし原付はタダ。
二輪は50円だから大した違いじゃないが、やっぱりただというのが嬉しい。
橋を渡って大きなループを下り、数百メートル行くと駐車場になっていて、そこで道は行き
止まりだった。
周囲には何軒も土産物屋があり、江ノ島ほどではないが観光客でにぎわっている。
「灯台」と書かれた方へ皆が歩いてゆくので、私もバイクを道路脇に停めると、そちらへ
歩いていった。
土産物屋や食堂が向き合って並ぶ細い通りを抜け、右手の細い急な階段を上ってゆくと、
小高い丘の上に出た。
クラシックな白い灯台が立っている。
案内板によれば、これは明治初期に建てられた日本で五番目に古い洋式灯台らしい。
今は使われていないのだろうか、灯台の周りには枯れ草が生い茂り、潮風になびいている。
ホッパー(アメリカの画家)の描く灯台の絵を思い出した。
ここからは太平洋が一望できて、素晴らしい景色だ。

どことなく寂しげな灯台。
灯台の脇から藪の中の道を下ってゆくと、海岸に出た。
島を取り囲むように岩場が広がっており、その上を観光客や家族連れが思い思いに散策して
いる。
岩場には不思議な褶曲痕があって、うねった曲線を表面に無数に描き出している。
すぐ向こうの海中から突き出た岩場には、側面に幾筋もの断層が入っており、それが斜めに
傾きながら海中に没している。
地質学的な成り立ちを感じさせる光景だ(と言っても私にはわからないが)。



つまり地盤が斜めに傾いて、その表面が波で削られた?
島の遙か向こうの方まで岩場は続いており、なるほどこれは奇観だ。
岩場のずっと先の方を見ると、崖に穴をうがって作られた天然の橋のようなものが見える。
まるでグランドキャニオンのようだ。

自然の造形美。
もっと近付いて見たかったが、歩いて行くとかなり時間がかかりそうだ。
時刻は既に3時を過ぎている。
そろそろ帰りを急ぐことにしよう。
再びバイクにまたがり、路上に戻った。
三浦半島の南岸を海沿いに走る。
海沿いといっても海は見えず、道は比較的高度の高い場所を緩やかにワインディング
しながら続いている。
周囲には一面にキャベツ畑が広がっており、のどかな田園風景だ。
三浦半島といえば三浦大根だと思うのだが、季節はずれなのか、大根の方は見かけない。
風力発電機が二機、風を受けてゆっくりと回転している。
やがて道は下り坂になり、下りきると右手に海岸が現れた。
この辺は三浦半島の東岸、いわゆる三浦海岸だ。
白い砂浜が道路に沿って続いている。
道路の左手にはモダンな飲食店が立ち並び、湘南とよく似た雰囲気だ。
海沿いの駐車場にバイクを入れて一休み。
夕刻の海岸にはあまり人影もなく、少し寂しい感じだ。
今日は空気が澄んでいるせいか、対岸の房総半島が手に取るように近くに見える。
海沿いに立ち並ぶ建物さえ見える。
左手の陸続きに見える高い煙突は、横須賀の火力発電所だろうか。

誰もいない(わけでもない)海。
海岸沿いの道を横須賀方面へ向けて北上する。
久里浜の辺りで道は海からそれ、町中を通るようになった。
この久里浜からフェリーに乗れば、対岸の房総半島まであっという間だ。
いつか東京湾一周に行ってみることにしよう。
久里浜の先で「観音崎」の看板を見つけたのでそちらへと向かう。
途中、浦賀港付近をを通過。
浦賀ってペリーの来航した?
いや、あれは下田だっけ?
日本史が苦手の私はよく思い出せない。
小さな峠を越える途中にトンネルがあり、その手前に観音崎灯台への入り口があった。
バイクを路肩に停め、坂道を上ってゆく。
周りは木立に囲まれて薄暗く、森閑としている。人影も見えない。
時折り下を通る道路から自動車のエンジン音が響いてくるだけだ。
坂を上り詰めると、昔のトンネルのような煉瓦造りの構造物の遺構があり、そこから道は細い
石畳に変わった。
しばらく行くと、目の前に白い灯台が現れた。

友人曰く、「灯台は大地のボッキである。」 う〜ん・・・
観音崎灯台は明治初期に造られた、日本で最初の洋式灯台である。
もっともその後2度の地震に遭い、今あるのは大正時代に建てられた3代目という事だ。
本来なら中に入れるらしいが、時間が遅いせいか、入り口の扉は閉ざされている。
灯台の周りにも人影は見えず、寂しい空気が辺りを包んでいる。
暮れ始めた空を背景にそそり立つ八角形の塔が美しい。
灯台の脇の見晴らしの良い場所に立ち、夕暮れの海を眺めた。
ここからは東京湾が一望の下に見渡せる。
大小の船が何隻も、白い航跡を描きながら眼下を行き交っている。
対岸の房総半島が夕日を受け、ぼんやりと夕靄の中に浮かび上がっている。
それも間もなく、夕闇の中に隠れてしまうのだろう。
しばらくの間、何もせずぼんやりと佇んでいた。
こんな風にして海を見るのは何年ぶりだろうか。
もう久しくなかったような気がする。
毎日が忙しく過ぎてゆく中で、そんな時間を忘れていたのかもしれない。
大事なものを失っていたのかもしれない。
だがバイクに乗るようになって、少しだけそれを取り戻せたような気がする。
それは一人になって自分と向き合う時間だ。
繰り返す日常の中で一瞬立ち止まり、周りを見回す時間だ。
その時間を与えてくれるバイクは、今や私にとってなくてはならないものだ。・・・

灯台に夕暮れが迫る。
そんなことを考えているうちに、空は一段と昏さを増したようだった。
時計を見るともう4時半を回っている。
暗くなる前に先へ急ごう。
バイクに戻り1キロほど走ると、観音崎公園入り口というのがあった。
看板を見ると、色々な施設が敷地内に点在しており、かなり広大な公園らしい。
灯台への道順も書かれているが、それによるとどうやら私は裏道から灯台に行って
しまったようだ。
入り口の脇が駐車場とトイレになっていて、ツーリング中のライダー達が大勢休憩して
いるので、私もバイクを停めてしばしトイレ休憩。
野良猫が何匹かいて、ライダー達がそれを取り囲んで楽しそうにおしゃべりしている。
大勢でツーリングするのは、それはそれで楽しいんだろうなあ。
でも私の知人でバイク乗りは一人もいないので、それは望んでも仕方ない。
そもそもバイクとは孤独な乗り物なのだ。
私は孤独を愛する一匹狼のライダーなのだ・・・って、原付でカッコ付けてもサマに
ならないよなあ。
トイレに入り、手洗いの鏡でふと自分の顔を見ると、真っ赤になっている。
触ってみると肌もがさがさで、目の周りが少し腫れているみたいだ。
どうやら半ヘルでゴーグルもせずに長時間走ったのが原因らしい。
次回のツーリングまでに、ジェットかフルフェイスのヘルメットを買うことにしよう。
孤独な原付ライダーは再び路上の人となる。
しばらく海沿いを走ったあと、道は賑やかな市街地に入った。横須賀の市内だ。
右手に米軍基地を見ながら広い道を走っていると、向かい側からデモ隊がやってきた。
100名ほどの人達が口々に「基地反対」を叫びながら行進している。
ここではいつもこんな事をやっているんだろうか。
横須賀を抜け、さらに北へと走り続けた。
5時を過ぎると空はだんだんと暗さを増してきて、それと共に気温も下がり始めたようだ。
寄り道している時間はもう余りない。
とりあえず横浜まではノンストップで行こう。
混雑した道路を黙々と走り続ける。
そういえば何かのマンガに「止まると死んでしまうライダー」っていうのが出てきたなあ。
そのライダーは走りながら食事をしたりトイレに行ったりしないといけないのだ。
赤信号で止まると、突然顔色が真っ青になったりして。
あれは何ていうマンガだっけ?
そんなことを考えながら走っているうちに空はますます暗くなり、辺りの景色はすっかり闇の
中に溶け込んだ。
もうこの辺りは横浜の市街だ。
本牧のしゃれたショッピングモールの前を通り、元町方面へ向かう。
週末のショッピングモールは買い物客で賑わっていて、さすがに大都会だ。
やがて道は市の中心部に近付き、車の流れが増えてきた。
道の左手に続く高台は山手の住宅街だ。
・・・そういえば彼女とは、また別の日、横浜に来たこともあった。
あの時は港の見える丘公園に行って、山手の外人墓地に行って、そうそう、それから
ドルフィンにも寄ったんだ。
たしかこの辺の細い道を入って、山手に上ってゆく坂の途中だった。
今も同じ場所にあるのだろうか。
もう15年も前の事なので、はっきりと思い出せない。
ドルフィンで彼女と何を食べ、どんな話をしたのかも、もうすっかり忘れてしまった。
そして私の記憶の中の彼女の顔や声や姿も、既にぼんやりとしたものになり始めている。
こうやって人の記憶は時間に呑み込まれてゆくのだろうか。
山手の高台を横に見ながら、ユーミンの「海を見ていた午後」を小さな声で歌った。
山手のドルフィンは〜 静かなレストラン〜
晴れた午後には遠く 三浦岬も見える〜
そうそう、彼女もユーミンは大好きだったんだ。
この曲も二人で車の中でよく聴いた曲だ。
なんだか今の気分にぴったりな気がする。
ソーダ水のな〜か〜を〜 貨物船がと〜お〜る〜
ちょっと情感を込めて歌う。
長いこと聴いた事もなかったのに、メロディや歌詞が自然と口に甦ってくる。
頭の中に、曲のエンディングを奏でるシンセサイザーのソロが静かに響いた。
混雑した横浜市の中心部を道路看板を頼りに右へ左へ走り、目指す今日最後の目的地、
中華街に着いた。
中華街には年に一度くらい出掛けるが、最近は来るたびに賑やかになっているようだ。
老舗の中華料理店の連なるメインストリートは、今日も観光客であふれ返っている。
さらに、以前には店のなかった細い路地裏にもどんどん新しい店が出来ていて、あちこちに
行列が発生している。
裏通りだった関帝廟の辺りも賑やかだ。
中華街は「線」から「面」の発展の時期を迎えているようだ。

いつも賑やかなメインストリート。

関帝廟は中華街の新しい観光地。
バイクを脇道に止め、人ごみの中をしばらくうろついた。
今日の晩飯をここで食べようと思って来たのだが、どうも中華料理を一人で食べるというのは
寂しいものだ。
こんな時一人ツーリングはつまらない。
結局関帝廟通りの小さな店で什錦炒麺(五目焼きそば)を頼んで晩飯とした。
中華料理ファンの私としてはちょっと物足りない。

わびしい・・・
メインストリートの物産店でお土産にジャスミン茶と鹹蛋(塩玉子)を買い、7時頃中華街を
後にした。
あとは自宅まで一直線だ。
夜の国道一号線をフルスロットルで突き進む。
道路を走る車のテールライトの列はまるで川のようで、バイクはその流れに乗りながら下流へ
下流へと下る小船だ。
流れに逆らうことも、立ち止まる事も出来ない。
頭の中では、先程から「海を見ていた午後」が鳴り響いている。
繰り返し繰り返し、同じメロディーがリフレインする。
バイクの振動に身を委ねながら、また小さな声で歌った。
あなたを思い出す この店に来るたび
坂を上って 今日も一人来てしまった
山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船が通る
小さな泡も 恋のように消えていった
あの時目の前で 思いきり泣けたら
今頃二人 ここで海を見ていたはず
窓に頬を寄せて カモメを追いかける
そんなあなたが 今も見える テーブル越しに
紙ナプキンには インクがにじむから
忘れないでって やっと書いた遠いあの日
そう、結局全ては思い出になるのだ。
愛も、恋も、出合いも、別れも、楽しい事も、悲しい事も、時が経てば全て想い出に変わる。
そしてその思い出さえも、時はやがて忘却の彼方へと押しやってしまう。
それが年をとるということなのだ。
時の流れはこの道を走る車の流れのように、逆らう事も引き返す事も出来ない。
抜け道も支道も側道もない。
流れはただ一本しかなく、誰もがその流れに乗って走り続ける以外ないのだ。
どこまでも続く夜の一国を、孤独な原付ライダーはただ走り続けた。
ライダーの目から一粒の涙がこぼれ、風の中に消えた。
いや、ゴミが目に入っただけだけどね。
早く帰ってお風呂に入ろう、っと。
(おわり)
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