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寅さんとおみくじ@
2005年1月15日 本日走行45km 総走行距離1625km
しばらくのご無沙汰でした。
日記の更新を楽しみにしてくれている方(そんな人いるかな?)には大変失礼しました。
久々のツーリング日記です。
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ここ半年は私の人生でも稀に見る多忙な時期で、パソコンの前に座っている暇もなく
都内や出張先を飛び回っていた。
愛車ズーマーにもほとんど出番がなく、既に購入してから2年にもなるのに
距離計はいまだに1600km少々。
考えてみればヤビツ峠にツーリングに行ってから一年近く経っており、
季節はその間に一回りしてしまった。
で、一月半ばの某日曜日、忙中にぽこんと暇な一日ができたので、久しぶりの
ツーリングに出かける事にした。
と言っても思い立ったのが朝起きてからなので、今回は都内のショートトリップ。
都心を抜けて東京の東側、いわゆる下町エリアを探訪してみようと思った。
東京に生まれ育って47年にもなるが、実は私は下町というのにはほとんど縁がない。
新宿で生まれ渋谷で育ち現在は世田谷に住んでいるので、ずっと東京の西側、
いわゆる山の手エリアで過ごしてきた。
両親とも世田谷の出身だし、親戚も皆この界隈なので、下町へはほとんど行く機会の
ないまま半世紀近くが過ぎてしまった。
もちろん全く訪れる事がなかった訳ではない。
千代田区内の小学校だったので、同級生の半数近くは下町エリアから来ており、
下校時に寄り道して遊びに行く事もあった。
休日になるとよく父に連れられて上野や浅草を訪れ、食事をしたり映画を見たりした。
その頃(昭和40年頃)の下町の様子というと、今ではもう記憶もあいまいなのだが、
いくつかの強い印象が記憶の隅に残っている。
たとえば駄菓子屋や紙芝居、ベーゴマ、メンコ。
これらは昭和20〜30年代の子供の世界に欠かせないものだったと思うが、少なくとも
私が小学生だった昭和40年代前半、東京の山の手にはもう見当たらないものだった。
それがその頃の下町にはまだ残っており、私はとてもうらやましかったものだ。
それからある日父に連れられて浅草に行ったときの事もよく憶えている。
にぎやかな商店街の人ごみの中を歩いていると、道端に一人のぼろぼろの身なりをした
男が座っていた。
伸び放題の髪と髯と、破れて汚れきった服。足元のゴザとその上の空き缶。
一目見て私は「あっ、乞食だ!」と思った。
まるで絵に書いたような見事な乞食だった。
私は乞食というのは本やマンガの中だけの存在で、そんなものが実在するとは
思っていなかったので、本当にびっくりしてしまった。
「乞食って本当にいるんだ。」
そして、どんな恐ろしい運命が彼を襲い、乞食になってしまったのかと想像した。
東京オリンピックの頃である。
後にも先にも日本で乞食を見たのはこの時だけだが、当時の浅草には
そんなものもいたのだ。
(もっとも最近は、似たような人がたくさんいるけど)
話がそれてしまったので元に戻ろう。
実は今回のツーリングには秘密兵器があるのだ。
mio168というGPS付きのPDA(小型コンピューター)である。
つまり小型のカーナビのようなものだ。
私の持っているのは古い機種なのでナビ機能はなく、現在地のマップ表示しかできないが、
最新のモデルでは実際にナビゲーションもできるらしい。
以前山登り用に買ったのだが、久しくお蔵入りとなっていたので、今回これを引っ張り出して
バイクに取り付ける事にした。
このPDAには自動車用のアームマウントが付いていて、吸盤でフロントグラスに
固定するようになっている。
別にバイク用のマウントもあるらしいが、今回は間に合わせなので、このマウントに
装着したままバイクのハンドルに紐で縛りつけることにした。
ちょっとぐらぐらするがまあいい。
それからズーマーのフロントキャリアに予備のバッテリーケースを装着してコードをつなぐ。
GPSはかなり電力を消耗するので、本体のバッテリーでは3時間くらいしか持たないのだ。
本来ならバッテリーから電源を取るところだろうが、この辺も間に合わせ。
ちょっとかっこ悪いが、まあ良しとしよう。

ナビ付きバイクで発進! スバルはいまだ休眠中…
準備の整ったところで出発だ。時間はもう12時に近い。
自宅のガレージから勢いよく外に飛び出すと、一月の半ばというのに
今日の空気は少し生ぬるい。
今年は何十年ぶりかの厳冬で、東京でも年末年始と厳しい寒さが続いていたが、
今日はまるで春のような陽気だ。
空も気持ちよく晴れ渡っている。
絶好のツーリング日和だ。
下町エリアは東京都の東部にあたるので、私の住む世田谷からは都心を抜けて
行く事になる。
渋谷から西麻布、六本木を通り、永田町で皇居にぶつかって右折。
GPSを見ると、ちゃんと設定したルートをなぞっている。
屋外で使うとちょっと画面が暗いが、精度に問題はないようだ。

六本木ヒルズを目指して進む。ホリエモンはそのころ・・・。

「国会前」を右折。

皇居のお堀前でひと休み。右は帝劇と旧GHQの第一生命。
大手町を抜け、神田小川町で右折して靖国通りに入る。
前にも書いたとおりこの辺は私が毎日仕事で行き来しているエリアなのだが、
日曜の都心は人通りも少なく、シャッターの開いた店もまばらで、平日とはまるで別の町だ。
車の数も少ないので、バイクはすいすいと進んでゆく。
すぐに隅田川を渡ると、そこは両国だ。
左手のJR駅の向こうに国技館がちらりと見えた。
カラフルなのぼりが何本も風にはためいている。
ちょうど今は大相撲の初場所をやっているので、どことなく町に活気が感じられる。
浴衣姿のお相撲さんも何人か歩いている。
番付が下の方の人たちは、早い時間に取り組みがあるのだ。
私の祖父はいわゆる「タニマチ」をやっていて、自分の郷里出身の力士を熱心に
応援していた。
当時蔵前にあった国技館の桝席の権利を持っており、時々は孫の私も連れて
相撲見物に行った。
生で見る力士のぶつかり合いの迫力はすごいもので、横綱・大関クラスの取り組みには
胸をどきどきさせながら見入ったものだった。
お蔭で私はかなりの相撲好き少年だった。
まだ大鵬が現役だった頃の話。
靖国通りをそのまま東へと進み、錦糸町、亀戸を通過。
この辺で道は京葉道路と名を変え、それとともに大きなビルもだんだん少なくなって、
だいぶ下町らしい風景になってくる。
荒川を渡ると小さな住宅も増えてきて、その感じはますます強くなる。
この辺はもう江戸川区だ。
川を渡るとすぐに左折して千葉街道に入る。
そのまま少し行くと、小さな橋を渡った。ここが中川だ。
中川は東京の下町を流れて荒川に注ぐ小さな川で、下町の情景を作るアイテムの一つだ。
アニメ「こち亀」のオープニングにも「中川に浮かぶ・・・」と歌われていた。
このあたりまで来ると町並みはすっかり下町の風情で、表通りから少し入ったあたりには
小さな家がぎっしりと密集して立ち並んでいるのが見える。
それから2キロほど行くと、道は大きな川の土手にぶつかった。ここが江戸川だ。
右に曲がると橋を渡って対岸の千葉県に出るが、そのまま直進して
川沿いの細い道に入った。
江戸川の土堤の裾に沿って作られた道なのでここからは川は見えない。
途中で上り口を見つけたので、バイクで土手を駆け上がった。
土手の上は人が歩ける散策用の道になっていた。
バイクを止めて、少し歩いてみる。
ここから見る江戸川は、河口に近いせいか、かなり川幅もありゆったりと流れている。
日曜ということもあり、土手の上をみんな気ままな格好で散歩している。
川原のグラウンドでは子供達が野球をしている。
土手の斜面に腰を下ろしてぼんやり川を見ているだけの人もいる。
川の上には橋がいくつも架けられていて、車や電車がせわしなく行き来しているのが見える。
鉄橋のすぐ脇には駅があって、ホームのアナウンスの声がここまで響いてくる。
あれは京成線だろうか。

あっという間に下町に到着。

のどかな週末の景色。
土手の下の道に戻り1キロほど走ると、幅のやや広い道に合流し、そのすぐ先に
「柴又帝釈天」の文字が見えた。
ご存知寅さんのふるさと葛飾柴又。今日の最初の目的地だ。
バイクの止め場所を探してうろうろしていると、そこら中に観光客が大勢歩き回っているのが
目に付く。
ガイドに引率された団体客もたくさんいる。
さすがに全国的な有名観光地だ。
参道のそばの歩道にバイクを止めて、まずは柴又駅に行ってみる事にした。
(つぎへ)

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