|
[からすの巣] ≫ [プロフィール] |
☆
|
鷺尾 烏のプロファイル |
|
Profile プロフィール 国籍は日本らしい(よく外国人と間違えられるけど) 以来ぐねぐね曲がった意のままにならぬ人となる。15歳で高校に行きそびれ1年さまよった。16歳で高校入学。 |
|
ここで、「だだまろ」について説明をしよう。ちゅうほどのもんか? いや単に、「だだ」はだだ鬱(とんでもなく鬱)とかだだ草(とんでもなくしょうむない)とかにつかう強調の冠頭詞だ。 |
|
大学時代は一応、農林経済を専攻していました。が、ほとんど学科の授業にた記憶がない。何をしていたのでしょうか?だもんで、いわゆるお勉強した記憶がない。だけど、いろいろな方面で社会勉強だけは積ませていただきました。体力だけはあったね。 合唱団に入って歌ってましたね。歌うことが楽しいことだというより、対人恐怖克服とか、人間関係についてずいぶん勉強したような気がします。何しろたくさんいたからな。人間がわさわさと。あと、マイナーな宗教曲にも詳しくなったよな。 授業をさぼりまくったので大学院を落とされる。ちゅうか教授が今いち。で、筑波流しの刑に会う(大学院に行った)。筑波は今となっては楽しいいいとこだった気がします。タラの芽つみとか、山ウド、山芋、ムカゴ取り放題でした。アウトドアで健康的な生活だった。学園都市も一歩外に出たらただの田舎です。鶏さばいたり、人間的な生活をしていたような気がする。筑波時代まではずっと日本の農業研究をしてました。 で、そのときの指導教官にどっかほかの国も見てみろと言われる。世界に152カ国もあるのには選んだのが何故かフィリピン。なんでだろう?詳しくは、追々フィリピン徒然に書いてゆきますね。 |
|
だだまろの使用例「ショックだだまろ」。 これは、バックアップを全然取っていない状態で、ハードディスクがあの世に行ってしまわれた場合を想像してもらえればいい。実際そういうこと多かったしな(バックアップ取れよ→自分に言っている)。 |
|
フィリピンの農業研究をするということで、3年後京都に帰ってきました。1年待って京都の大学院に何故か入り直してしまった。これも奇縁で、どこに行ったらいいのかわからない私を来てもいいといってくれた先生が、たまたま京都にいた。というだけのお話。 京都に帰ってから、京都では不健康な生活送ってましたね〜。幽霊がでると有名な校舎に住んでたもん。その時に自分には全く霊感がないと悟りました。くすっ。 とりあえず、研究助成金をとってフィリピンには13ヶ月いましたね。いやあ、このお話はまとめて別項にして載せますね。元フィリピンはまり組、今でも縁の切れないフィリピンですから。だから専門は東南アジアの山地農業だったはず。 30歳で糖尿病発症! ちゅう訳でフィリピン研究に邁進しているはずが・・・・・・。が、身体がやばいのでフィールドワークに行けない無能野郎です(だって、今は衛生状態の悪いところにいったらマジで死ぬるかも)。体力と免疫力ないし。デング熱怖い。マジで今は、ハードな生活環境に体が持ちません。昔は水場まで1kmとか言う暮らしも平気だったんですけどね。 |
|
で、何故そのような言葉を慣用するようになったかと言えば、筑波にいたとき隣の研究室の先輩の口癖だったんだな。 |
|
ストレス性の自律神経疾患が多くて、すぐ倒れます。で、このように気が多くあちこちふらふらしているので、前の主治医に「ヤクザ」と言われました。本人は「隠居」だと思っています。だってすぐ倒れるんだもん。近所の鍼灸院の高齢者の以下の体力しかないさ。ちくそー。だけど開き直り脳天気です。 特徴としては。解説書、説明書がいっさい嫌いで時間がかかっても体で覚えるタイプです。今は絵(アクリル絵の具、ソフトパステル)、ビーズ細工、マーブリングなどにはまってます。料理もうまいぜよ。写真も好きだった。だけど、危険な生物にパソコンが破壊されてから志気が落ち、最近はあまり撮っていません。何せ鬱持ちなので、気力がわかないとしません。篆刻も書も気力があるときには続けています。 うちには13年間(一人暮らしを始めてからずっと)テレビがありません(災害時に不便)。だもんで、ブックオフで古漫画を買って読むのが娯楽かな。最近は少年漫画も好きです。ちなみに「山田太郎物語」には、人ごととは思えず爆笑の涙を誘いました。「つくろいものします」だと。わたしも時々手芸をします。こないだ間違えてミシンで指ぬっちった。血吹いちゃった。流血手芸。 |
|
絵も描きますが、文章はもっと書きます。だけど、今、一番はまっているのは「書」かね〜。 |
|
最近のお気に入り。ぬちゃぬちゃしたもので、何かを作ること。パンこね、紙粘土の塑像、「アクリル厚塗り謎の構成物」などを作ってます。あと、変わったところでは薬物を使った作品かな〜。まじで薬を使った作品作ります。「ピルピザ」とか。薬物取締法には、自分に処方された薬品を、げーじつ作品に流用してはならないとは書いてませんからね〜。何せ処方箋が6枚の人ですから。 生活はかなり不自由です。病気が多いので。公的支援を受けて、週に1度訪問看護と訪問介護に来てもらっています。ちなみに、一人暮らしです。ヘルパーさんと私の目標!「床の見える生活」。1週間ですぐにぐちょぐちょになっちゃうんだよな。ブラックホールのような私の部屋。腐れてます。まじで腐れてます。 病気になってから医学書をながめるのが趣味。最近は鍼灸、鍼灸、東洋医学がお気にいり。週に3回も通っているし。とりあえず、私には3つの魔窟がある。その1、書道問屋。その2、画材屋。その3、医学書店。この3つにはいると、というか踏み込んだ時点でよけいな大型出費を覚悟する。 |
|
昨年から書と35歳になったけど大学院を休学中(何年学校にいっとんのじゃ〜) 31歳からのちに、ついたおしゃれな病名
|
|
30歳で糖尿病で教育入院したはずが、摂食障害と躁鬱が激化して精神科に移されてあわせて1年間2ヶ月入院しました。入院中の主治医に絵を描けと言われる。その後、書をはじめさせられる。中学生の頃は、一応美術部でしたけどね。同じおっさんに書も書けと言われ、小学生以来二度とやるまいと思っていたはずの書にも取り組んでます。ついでに1年ぐらい前から篆刻もはじめました。書と篆刻には怪しい師匠がいます。 以来フィリピン行きと入院を繰り返す。いや〜、3年ほどはとんでもな生活でしたね。入院しては、海外に飛び出し。海外に飛び出しては倒れて入院を繰り返す。そんでもって、がたごとした人生を送っていたら、なんと最初に大学に入ってから現在13年もたってしまった。何年学生やってんだか。本業は大学院生のはずなんですが、博士課程に入ってから脳と身体にリーチがかかり、現在休養中。あと3年ぐらいは。たぶん学生をやってるでしょう。 こないだ、友達と二人展をぶちかましました。いやあ、作品が売れたのにはびっくりさ。だもんで、来年の八月にはテアトロというところで、個展をします。 で、まれに知人の本や論文の校正なんかのバイトもしてます。文章書くのは好きだね。篆刻のお名前彫りや、ビーズ細工、お絵かきで小金稼ぎにいそしんでます。ほんま♪コガネムシは〜の気分 絵はがき・カード販売(写真・絵・書とも)。はんこ彫り、ビーズ、手芸製品製作、文章校正何でもやります。ってとこかな〜。 貧乏の何でも屋です |
|
烏は大学の近くに住んでます烏は、京都にある大学の近く(つまり大学病院の近く)に住んでいます。病気が多いもので、学校に行っているのか、病院に行っているのかよくわからない毎日ですが(それでも一時期に比べたら出歩くようになったぞ!)。よろしくね。 |
|
隣のお犬様は「うつと遊ぶ会」の会長、かも次郎様だ。どこからかやってきて精神科病棟に住んでいる。私は奴のお毛並み整備係。 写真は全部、烏オリジナルでしゅ。 ああ、海外に行きたい。金がない。体力がない。でも行きたい。当分無理だろうけどさ。発病前のように放浪したい。 Posted by からす at 2004年10月
|
|
筆者へのメールや苦情などはこちらへお願い致します。 |
|
[からすの巣] ≫ [プロフィール] |
![]()