きままにBookReview
読んだ本の感想などをつらつらと。
本によってはネタバレありかも。
ご注意を。
2004年1月25日
世界の中心で、愛をさけぶ 片山恭一 小学館
主人公である朔太郎は、クラスメートのアキと、いつの間にか話をするようになる。
高校も同じ学校へ進学し、二人でいる事が、さも自然であるかのように、二人は付き合い
始める。
二人で想い出を作っていき、楽しい日々を送っていた時、不意にアキが病気にかかる。
本人には知らせていなかったが、アキの病名は白血病だった。残された時間を二人で
過ごしていくうちに、朔太郎とアキは、アキが病気で行く事の出来なかった、オーストラリアへ
の旅行を計画する。
だが、計画を実行に移した時、アキはすでに旅行へ耐えかねる身体ではなく、数日後に帰ら
ぬ人となってしまう。
アキを亡くした事により、朔太郎はアキが欠けた人生を過ごしていく……という物語である。
本作は、百万部を突破した小説で、若い女性読者から「泣きながら一気に読んだ」等の批評を
受けている作品である。映画化もされるらしい。
読む前の予備知識として、「恋人が白血病で亡くなる」ということを聞いていたので、恋人を亡く
した後、主人公がその後の人生をいかに生きていくかを描いた作品だと思っていたのだが、ど
うやら違ったようだ。
主人公である朔太郎とアキの、出会ってから恋を育む過程が丁寧に描写されており、二人の
青春時代が、ストーリーの根幹を為している事からも、そのことが分かる。
時代背景がそう遠くないせいか、当時の二人の間に起こる出来事に親近感を持つ事が多く、
個人的には非常に読みやすかった。まあ、村上春樹氏の小説と比べてだが。
読み終えた後、最初に感じた事は、「書いて欲しかった部分があまりにも書かれていない」という
事だった。
先入観を持っていたということもあるだろうが、読む前までは、恋人を亡くした主人公が、いかに立
ち直るか、いかに亡くした彼女の事を、自分の人生の中に溶け込ませていくのか……という部分が
話の肝だと思っていた。
だが、ヒロインであるアキが亡くなった後、残された自分の葛藤が多少描かれているものの、ぐさりと
えぐるほど書かれているわけではなかった。
最後の最後に、恋人と思える女性と、想い出の場所を巡り、アキの遺骨である、小瓶に入った灰を
ばらまく……という形で終わっている。
この部分を見れば、主人公がアキへの想い、自分の過去への想いを立ち切った(もしくは吹っ切れた)
のは明らかだが、あれほどアキの事を愛した主人公が、どうやって気持ちを整理したのか、どうやって
アキを自分の心の中にしまい込んだのかという所が、一番読みたかった所だと私は思った。
「この世界には、はじまりと終わりがある。その両端にアキがいる」
という文章だけでは、言葉足らずに思えて仕方がなかった。
人が死ぬのは悲しい。悲しいからこそ、残された人間がどうやって立ち直っていくのか……その部分が
一番読んでみたい部分だったのだが。
だが、文章が非常に綺麗で、いかにも恋愛小説であるという事は、特筆すべき点ではないかと思う。
混じりっけなしの、純度100パーセントの恋愛小説……と言ってもいいのではないかと。
〜つれづれ〜
アキのセリフで、
「いまここにあるものは、わたしが死んだ後も永遠にありつづけるのよ」
というセリフがあるのだが、アキの立場を非常に端的に言い表していると思う。
自分の終わりが近い事を知っての言葉……永遠という形のない物に、自分の気持ちを託そうと
するけなげな面が、非常に美しかったと思う。
まさに、消える前のローソクが、一瞬激しく燃え上がる……に通ずるものがあったのではないかと。
2003年7月5日
すべてがFになる 森博嗣 講談社文庫
孤島に作られたハイテクな研究所に、天才と称される女性工学博士・真賀田四季(まがた・しき)が、
幽閉と呼べる状態で存在していた。幼い時から天才の名を欲しいままにしていたこの女性は、他人と
接触する時はすべてモニター越しという、普通では考えられない状況で生活をしていた。
ある時、真賀田四季の部屋から、ウェディングドレスをまとって、両手両足を切断された女性の死体
が姿を見せる。この場所に居合わせていた大学教授、犀川創平(さいかわ・そうへい)と女子学生、
西之園萌絵(にしのその・もえ)が、この密室殺人事件の謎に挑む……という物語である。
「面白い推理小説」の条件として、「自分の推理を裏切られる」と言うのが挙げられると思う。一番大き
い所では、「まったく予想していなかった人物が真犯人だった」と言えるであろう。
要するに、自分が予想した人物が犯人であるかどうか……このことで、推理小説の「面白い」と思われる
部分の、六割は占めているのではないかと個人的に思っている。
その点から言えば、この作品は、私にとって「面白い」と思える部分が欠如してしまった。
つまり、読み進めている途中で、犯人が推測出来、その推測が当たったからに他ならない。
今までだったら、「凡作」と片付けてしまいたい所だが、さすがに第一回メフィスト賞を受賞した作品
らしく、この作品はひと味違った。(まあ、賞を取った作品すべてに対して、諸手をあげて賞賛する気
はないが)
何が違うのかという、解説の方も書かれているが、読者に常識を問い掛けているのである。
一般的に、推理小説の読者が求める要素は、
「明確な動機」、「ほころびがなさそうで、ほころびがあるトリック」、「犯人のけじめの付け方」
……他にもたくさんあるが、ざっと思いつく所では、これらのポイントをはっきりと提示することだと思う。
また、これらの点は昔からの不文律で、上手く消化されていない場合は、「駄作」のレッテルを貼られる
と考えていた。
だが、この作品、いや、作者である森博嗣氏は、この定義を壊そうという意図を感じさせた。
つまり、「推理小説の定義は、作家が提示するのではなく、読者の考えによって生み出される」という事である。
その事実が、いいか悪いかは別問題として、推理小説の定義の新しい切り口であることは、
間違いないと思う。
推理小説というジャンルが故に、クライマックス部分についてはあまり書きたくないが、
読後に与える違和感は、推理小説を愛する人には感じてもらいたい所である。
〜つれづれ〜
登場人物で、ガンダムオタクの女性が登場するのだが、非常に新鮮だった。
普段読む推理小説の作家は、森氏よりも年齢が高めの方が多く、こう言った
お遊び要素が少ないからだ。
ライトノベルでガンダムネタが使われていると、非常に嫌悪感を抱くのだが、
お堅いと思われがちな推理小説でこういう部分があると、思わず笑みがこぼれてしまう。
2003年5月7日
マリア様がみてる 今野緒雪 ひびき玲音(イラスト) コバルト文庫
超お嬢様学校である、私立リリアン女学園には、姉妹(スール)と呼ばれる制度がある。
上級生が、下級生に対してロザリオを授受する儀式を行い、姉妹になることを誓うと、姉である
上級生が、妹の下級生に対して、色々と指導をする制度だ。
主人公である何の変哲もない一年生の祐巳(ゆみ)は、ふとしたことで全校生徒の憧れである
「紅薔薇のつぼみ」こと二年生の祥子(さちこ)から、姉妹宣言をされる。
自分の憧れでもあり、雲の上の存在だと思っていた祥子から声をかけられた祐巳は、どのような
行動を取るのか……という物語である。
話題になっていたからと、ミーハー的に手に取ったというのが、この本との出会いである。
少女向けコバルト文庫というせいもあり、正直言って、最初はレズ要素の強いストーリーかと思っていた
のだが、まったく違っていた。いい意味で期待を裏切られた感がある。
この物語で、特筆すべき点は、何と言っても世界観ではないだろうか。女子校・お嬢様・セーラー服とくれば、
男ならどれかひとつは反応を示すはずである。まあ、元々男性向けに書かれている訳ではないのだが。
お嬢様学校に通っているはずの祐巳がやたらと庶民的なのも、読者が自分の姿を投影出来て良いのでは
ないかと思う。ただ、読んでいて、祐巳がお嬢様だと感じさせてくれる場面がほとんどなかったのが、世界観
から浮いていると言えば浮いている気もする。まあ、実際のお嬢様学校に通ったことがないので、憶測に過
ぎないのだが。
それに付け加えるかのように、リリアン女学園には突拍子もない部活が存在する。まずは、写真部。
華族の令嬢のために作られたお嬢様学校に、何故そのような俗物的部活が存在するのか? 二巻
以降で証明されているのかも知れないが、現段階では大いに謎である。
さらにマンドリン部や落語同好会など、訳の解らん部活動がてんこ盛りである。普通の学園ならさほど
気にならないが、お嬢様学校であることを売りにしているリリアン女学園に何故そのようなものがと、気
になって仕方がない。
さらにエンディング間際に、ファイヤーストームを囲み、生徒達が踊る場面があるのだが、東京音頭が
かかっていたりする。今野先生が所沢出身なら、所沢音頭がかかっても、まったく不思議ではないと思
われる。
リリアン女学園の奥深さを垣間見せてもらったような気がする。
また、会話以外の文章が非常に面白いというのも、この作品の特徴ではないだろうか。
「祥子さま、私なんかをそんなに見つめたら、お目汚しです」のような、やたらと卑屈な
モノローグがあったり、祐巳のモノローグで語られる、先輩達に対する突っ込みが、非常
にいい味を出している。
電車で読もうかとも思ったが、あまりにも笑い所が多くて、とてもじゃないが人前では読めないと
言うのが、正直な感想である。
様々な要素が入り交じったリリアン女学園から、今後も目が離せない所である。
〜つれづれ〜
キャラクターも非常に立っており、当然のごとく魅力があることも補足しておきたい。
一巻を読んだ時点では、祥子、志摩子あたりに、非常に萌えを感じる……。
2002年1月1日
スプートニクの恋人 村上春樹 講談社文庫
主人公である“ぼく”と、ふとしたことで知り合いになる“すみれ”、そして、すみれが好意を抱く“ミュウ”という
女性を巡る物語である。
ジャンル的には“恋愛小説”という区分になっているようだが、ハッキリと断言出来るほど恋愛小説でもないと
思う。
主人公は、すみれというちょっと変わった女性と知り合い、他愛のない会話を繰り返しながら、お互いの存在を
認め合っていくという展開で話が進む。
恋心にも似た感情を主人公が抱き始めた時に、すみれからミュウという女性のことが好きだということを打ち明
けられ、すみれはミュウと一緒に旅行へと出掛けてしまう。
村上春樹氏の小説に出てくる主人公はいつもそうなのだが、「往々にして主人公が受け身である」ということが
言えると思う。
すみれが旅行に出掛けると聞いても、主人公は自分の気持ちをぶつけて旅行を阻止するわけでもなく、暖かく
送り出す。自分の気持ちを押し殺して、後で相手に対しての自分の気持ちを再認識するということが、非常に多
い気がする。
今まで何冊か氏の小説は読んだが、だいたいの主人公はどこかクールで、斜に構えた印象を与えるキャラクター
が多い。その辺りは、氏の性格が反映されているのではないかという気がする。
ストーリー後半から、ファンタジックな流れになり、少し理解しがたい展開になるのだが、その事象に対しての答
えを提示しないまま、物語は終わってしまう。その部分が、不満といえば不満だが、氏の小説はこの手の終わり
方が多いような気もするので、何冊か読んでいる人にはさほど気にならないだろうと思う。
ただ、個人的には話の中で何を言いたいのかというメッセージを、何も感じることは出来なかった。まあ、そういう
のをあまり感じさせないのも、氏の特徴とも言えるのだが。
ちなみに“スプートニク”とは、旧ソ連が打ち上げた人工衛星のこと。何でも、中に犬を乗せていたらしい。
〜つれづれ〜
実は、去年の正月に読んでおいて、感想も書いておきながら、アップしていないというていたらく。
世間では「海辺のカフカ」を読んでいるというのに……。